※探偵と刑事シリーズ設定
とあるデパートで起きた殺人事件。午前から現場捜査に掛かりっきりで、私は相変わらず気絶しそうなのを堪えていた。
正午になり、哀牙探偵が昼食に行くというので私も誘われた。食欲なんてないけど、全く食べないのも体に悪いのでスープだけ注文した。
休憩を終えて現場に戻ると、見慣れない二人組の男女が居た。一人は赤い上着を肩にかけた高校生くらいの男の子で、もう一人は木槌を手に持った落ち着きのある綺麗な女性。
男の子は私達に気付くとツカツカ歩み寄ってきた。
「ん? お前も刑事だな! 俺は検事の一柳弓彦。皆は俺をイチリュウ検事と呼ぶぞ!」
「い、イチリュウ検事…?」
指揮棒を持って自信満々に言い放つ彼は、自身を『検事』だと言った。どう見ても未成年の少年だけど……本当に彼は検事なの?
「それで、検事の方が何故ここに?」
「この事件はイチリュウの俺が引き継ぐことになった。今からお前も俺に従ってもらう」
「……は? ま、待って下さいよ! 見ての通り、今も我々が――」
カアン!
乾いた小気味いい音が辺りに響き、その場に居た全員が黙った。その音源は一柳検事と一緒に居た女性が木槌を床に叩きつけたものだった。木槌の柄ってそんなに伸びるんだ。
「申し遅れましたわ。わたくしは裁判官の水鏡と言います。法の神の名のもとに、この事件を弓彦さんと追求することがわたくし達の使命ですわ」
「さ、裁判官!?」
「これはこれは麗しきレディ。貴女の前では法の女神の美しさも霞んでしまうでしょうな」
ちょっと哀牙探偵、何おべっか使ってるんですか。まさか鼻の下伸ばしてませんよね。ゼントルメンなのは良いことですが、自分の立場まで忘れないで下さいよ。
「んがッ、しかし! この事件はかなり複雑化しておるゆえ、我々も苦難を強いられておるのですよ。そこな少年にこの謎が解けますかな?」
「もちろんだ! イチリュウの俺が奏でる推理のハーモニーをよく聞いておけ!」
彼らがこの現場に来てまだそう時間は経っていないはずなのに、もう推理にまで至ったというのか。自ら一流と名乗るだけあるのかもしれない。
「犯人はあの女だ! そこに落ちてる凶器で、こう……グーッと刺して……殺したんだ!」
「いや曖昧すぎるでしょ!!」
「苗字刑事、彼は貴女と同レヴェルですぞ……」
う、耳が痛い。何故なら一柳検事の推理は、午前の捜査中に私が哀牙探偵に意気揚々と語ったものと全く同じだったからだ。
「五十歩百歩、どんぐりの背比べですな」
「あの、水鏡さん。彼は本気ですか?」
「弓彦さんを侮辱するおつもりですか?」
「え、俺、侮辱されたのか?」
する一歩手前だけど、水鏡さんの木槌がいずれ私にも飛んできそうな気がするので、やっぱりそれ以上何も言えない。
「苗字刑事!」
「ひょわぁっ!? は、はい!?」
気が抜けている状態でいきなり一柳検事に名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げる。
「さあ、これからあの女を犯人に仕立て上げる証拠を集めるぞ!」
「仕立て上げるって……。とりあえず哀牙探偵にもこのまま協力して貰いますよ」
「探偵なんているのか?……まあ、いいか。真実を見つけるのはこの俺だろうけどな!」
わーっはっはっはと笑い声を上げながら、一柳検事と水鏡さんはもう一つの現場へ行ってしまった。すでにこの場所は調べ終えたのだろう。
「……なんか変な人でしたね」
「苗字刑事。くだらぬ話は後回しにし、今は彼奴らより先に真犯人を見付けますぞ」
確かに、このまま彼らが先走ってしまえば無実の人が犯人にされてしまう。それに、一柳検事の言葉で哀牙探偵のハアトにも火が付いたようだ。
「あの三流検事のハナを明かしてやりますぞ!」
「お……おお……」
よっぽど腹が立ったのか、哀牙探偵の勢いに気圧されてしまう。この調子ならもうすぐ事件は解決しそうだ、と私はひっそり思った。
Smotherd mate