「草太君って綱渡り出来る?」
「出来るよ」
「すごーい。私、出来ないんだ。バランス感覚なくて」
「じゃあ一緒に練習する?」
「いいの? ありがとう草太君!」
そうして二人で綱渡りを練習する台に乗る。足元の台から反対側の台までは10m程の綱が伸びており、向こうまで渡り切ることが目標だ。床からの高さは私の腰ぐらいなので、落ちても怪我はしない。
「こういう長い棒を持つと重心の移動が簡単になるから、バランス取りやすくなるよ」
「うん、わかった!」
「じゃあ俺は向こうの台で待ってるから」
草太君は何も持たず、まるで普通に地面を歩いているかのようにするすると綱を渡って向こう側へ行ってしまった。す、すごい……。
私も気合を入れ、棒を持ったまま一歩踏み出した。
……おお、長い棒のお陰で意外と進める。
「あ、名前ちゃんだ! 綱渡りの練習してるの?」
「うわあっ、ミリカ課長!」
突然ミリカ課長に声を掛けられてバランスを崩しかけたけど、なんとか元の体勢に戻る。課長は綱渡りをする私の隣を歩きながら会話を続けた。
「じゃあ良いこと教えてあげる!」
「良いこと?」
「綱渡りはね、"恋"って思うといいよ! 向こう岸の相手に辿り着くために頑張るの!」
「"綱渡りの恋"ですか」
「うん! じゃあ頑張ってね! ちゃんと渡れたらきっと好きなコに想いは伝わるよ!」
それだけ言うと課長は練習部屋から出て行った。向こう岸の相手って……草太君なんだけど。
た、確かにまあ、私は草太君の事が好きだけど! 課長が変なこと言うもんだから、急に意識し始めてしまう。
「名前ちゃん、課長の言うことは気にしなくていいからね」
「う、うん!」
そんな私を見透かしている草太君の言葉に、心臓がドキッとしてまたバランスを崩しかける。
そんなにわかりやすく顔に出てたのかな。我ながら正直でいけないや。
足元に集中し、目の前の草太君を見据える。
私の気持ちが彼に届くように、真剣に一歩一歩足を進める。
そして――綱を渡りきり、彼の元へ到着した。
「すごいね名前ちゃん、ちゃんと渡れたじゃん」
「き……緊張した……!」
ドッと疲れが来て、大きな溜め息を吐いた。ふらりと体が揺れると、草太君がそっと肩に手を添えてくれた。
「課長の言葉が相当刺さっていたみたいだね。すごく真剣だった」
「それもあるけど、やっぱりシンプルに落ちちゃ駄目だと思って」
「そうなんだ。てっきり僕は、名前ちゃんが本当に恋してるのかと思ったよ」
「えっ!」
思わぬ言葉にまたもドキリとする。否定するわけにもいかず、目が泳いでしまう。そんな私を見た草太君はクスクス笑って、「なんてね」と言った。
「でも気を付けてね。他の男なら勘違いするから」
ということは、私の気持ちはまだバレていないって事だ。良かった……こんな練習で伝わっちゃうのは味気ないもの。
「じゃあ、これからも草太君が練習に付き合ってくれる?」
そう返すと草太君はキョトンとした後、優しく頷いた。練習熱心な同僚と思われただろうか。
でも今は、それくらいが丁度いい。いつか本気で伝えに行くから、待っててね。
Smotherd mate