※フォロワーさんへの捧げ夢
「いよいよ今日からですね」
「ああ。しばらくこっちには戻って来れねえけど、元気でやれよ」
「馬乃介さんこそ」
今日から海外出張に行く馬乃介さんを見送る為、私は羽咲空港に来ていた。大きなトランクを傍らに立つ馬乃介さんは、いつものスーツ姿でビシッと決まっている。この姿も見納めだなーなんて、つまらない冗談を心の中で呟いた。
「でも心配だなぁ。ちゃんとご飯食べてくださいよ? 変な女に引っかかったり、怪我したりしないで……」
「お前は俺のカーチャンか! ガキじゃねえんだ、いつも通りしっかりやるっての」
確かに馬乃介さんの海外出張は、今回が初めてではない。こうして彼を見送るのも三度目だ。けど、今回はいつもと違って一週間やそこらよりももっと長期の出張だ。その間、馬乃介さんと遊んだりご飯に行ったり出来なくなるのは寂しい。でも、そんな事を言ったら気を遣わせてしまうから、私は最後まで笑顔で見送るって決めたんだ。
「向こうでも頑張ってくださいね」
「おう、お前もな」
じゃあな、と言って馬乃介さんは別れを惜しむ様子も見せずに背を向けて歩きだした。その背中を見送り続けるのは、まるでもう戻って来ない人を懸命に目に焼き付けているみたいに感じて嫌だったから、私もすぐに踵を返した。
馬乃介さん、また行っちゃうんだ。
彼にはいつもお世話になっていた。嫌なことがあったと愚痴れば飲みに連れて行ってくれて、見たい映画があったら仕方ねえなと付き合ってくれて、困った時はいつも世話を焼いてくれて、ここぞという時には必ず助けてくれた。私のことを本当に可愛がってくれていたんだ。
あんなこともあったなーと思い出しながらとぼとぼ歩いていると、視界に入ったのは若いカップル。彼氏が彼女の頭を撫でながら楽しそうに笑い合うのを見て、自分と馬乃介さんの姿が重なった。そうそう、ちょうどあんな風に馬乃介さんも私の頭をよく撫でてくれたっけ。そうすれば元気が出ると思って……全く、すぐ子供扱いするんだから。でも、最後にもう一度、撫でて貰いたかったな。
……どうして、こんなに胸が痛むんだろう。
今までなら、馬乃介さんを見送る時はまた日本に帰ってくる事はわかっていたし、お土産を楽しみにするくらいだった。けど、今回は違う。だって、今度はいつ会えるのかわからない。馬乃介さん、いつ帰ってくるかわからないって言ってた。
……本当は、今すぐにだってまた会いたい。別れたばかりなのにもう恋しい。馬乃介さん。馬乃介さん……。馬乃介さん……──好き、です。
自分の本当の気持ちに気付いた瞬間、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって涙がこみ上げる。指で拭っても拭っても、自分の意思に反して大粒の雫が両方の瞳から零れ落ちる。
「ふ、ううっ、ぅ……ひっ、く……」
やだ、もう止まって。止めなきゃ。泣き止まなきゃ。それなのに感情が言うことを聞いてくれない。息が乱れる。呼吸が苦しい。寂しい。会いたいよ。声を聞きたいよ。
馬乃介さん、遠くに行っても元気で居て。怪我なんてしないで。笑っていて。そしてどうかお願い。私の事を、忘れないで。いつか帰ってきたら、もう一度、あの笑顔で、あの大きな手で、私の頭を優しく撫でて。
「──名前!」
「っ!!」
大きな声で名前を呼ばれて振り返ると、そこに居たのはさっき別れたはずの馬乃介さんだった。
……どうして? 彼は先程、私の目の前から去ったばかりじゃないか。それに、こんなぐしゃぐしゃな泣き顔は見られたくなかった。笑顔で見送ることは出来たはずだったのに。
「なんで」と私が紡ぐ間もなく、馬乃介さんが私の手を引いて抱き締めた。大きくて厚い胸板が私の視界を占める。
「ま、馬乃介さん……!?」
「振り向いたらあっさり姿消しちまってるし、追いかけりゃ泣いてるしよ……そんなお前を放っとけるかってんだ」
彼が私を追い掛けてきてくれたなんて、信じられない。でもこうして触れているのは現実で、本物だ。夢じゃないんだ。
「ったく。こんなんじゃおちおち出張も出来ねえぜ」
「ご、ごめんなさい……だって……!」
大きな手で優しくあやすように私の頭を撫でる。いつもより柔らかい撫で方なのは気の所為じゃないはず。ああ、馬乃介さんの匂いだ。ふわりと鼻孔をくすぐる彼のいつもの香りに、次第に落ち着きを取り戻していく。
「すまん、言い方が悪かったな。つうか、嬉しくもあるんだぜ? お前がそんなに俺を想ってくれてるなんてな」
「べ、べつに想ってなんか……!」
「じゃあ何で泣いてたんだ? 教えてくれよ、鈍感な俺に」
「うっ……!」
イタズラっぽく聞かれて、つい言葉に詰まる。
ああ、もうバレバレだ。私の気持ち、全部馬乃介さんに気付かれてる。でも、そうやって受け入れてくれるってことは、“期待”してもいいのかな。ねえ、馬乃介さん。
「……なあ、名前。俺が帰ってくるまで、絶対に隣を空けとけよ?」
「……!」
そっと耳元で囁かれて、胸が大きく高鳴る。“期待”なんて、そんな言葉じゃ足りないくらいの感情が私の心を震わせた。
ずっと馬乃介さんに、異性として見られたかった。好きになって欲しかった。抱き締められたかった。愛されたかった。
それが叶うなんて、本当に信じられない。
「寂しいのはお前だけじゃねえ。だから、返事をしてくれ」
「はい! 私、ずっと待ってますから……馬乃介さんのこと、ずーっと……!」
何度も大きく頷いて、胸元に添えていた手をそっと彼の背中に回した。初めて抱き締める彼の体は大きくて、筋肉質で、まぎれもなく誰かを守るために鍛え上げられたボディガードの肉体で。
これで、私も彼に守られる存在になれたのだろうか。でも彼はこれから私を置いて、私以外の人を守りに行くのだ。嬉しさと恥ずかしさと、少しの切なさの感情が入り乱れる。
ふと、馬乃介さんの顔が近付いた。チュッというリップ音と共に唇に柔らかい感触を覚える。
驚いて目をパチクリさせていると、馬乃介さんが眉間に皺を寄せながら苦笑いした。
「……お前、こういう時は目を閉じておくもんだぜ」
「えっ!? だ、だって、急に……!!」
「“続き”は帰ってきてから、だな」
「も、もうっ……!」
周りに人が沢山居るのに、なんて大胆なことをしやがるんだ。ポカポカと馬乃介さんの胸元を叩くけど、全然効いていない。ニヤニヤしちゃって、全く。
けれど先程の寂しさはどこへやら、今は馬乃介さんへの愛情で満たされていて、今なら何でも出来そうなくらいだ。
「……行ってらっしゃい、馬乃介さん!」
「おう! 行ってくるぜ、名前」
そう、これは今生の別れなんかじゃない。
この愛しい人と、また会えるんだ。
彼の温もりを、また感じれるんだ。
寂しい時は思い出せるように、この抱き心地を忘れないように、力一杯馬乃介さんを抱き締める。そして笑顔で手を振りながら、彼がゲートに入り、背中が見えなくなるまで見送った。
Baby Don't Cry
(20171227 加筆修正20241006)
Smotherd mate