離れる決意
「……え…?」
影山くんから放たれたボールが、綺麗に弧を描いて床へ落ちた。相手のセットポイント。取られたくない点なはずなのに、セッターのトスに反応するスパイカーがいなかった。今日何度もミスはあった。タイミングが合わない、そんなミスはたくさん。
でも、今のは違う。だって、誰も、合わせようとすらしていなかった。誰も、影山くんのトスを打とうとしなかった。
「――影山。お前、もうベンチ下がれ」
監督が、静かに告げた。
影山くんが絶望した顔で監督を見た。
ああ、イヤだ。その顔は、イヤだ。あの時と一緒の顔。あの時の、ベンチへ下げられた徹くんと一緒の、辛そうな顔。
「…っか…げ、やまく…」
ベンチへ戻ってきた影山くんは、ドカリと座って、頭にタオルを被ってしまった。表情は見えない。でも、辛いに決まっている。だって、チームの彼は誰より一生懸命で、チームの誰よりバレーが好きなんだから。コートにいられないのは、バレーを出来ないということ。一瞬でも長くコートに居たいであろう彼がどれほど辛いか、私には分かってあげられない。
何て声を掛ければいい。何て伝えてあげればいい。
私なんかに、何か言ってあげる資格があるのか。
視線を、応援席に向ける。きっと何処かにお兄ちゃんと徹くんがいる。二人なら、何て言うんだろう。二人の言葉なら、今の彼を救えるんだろうか。
――ピーーッ
ホイッスルの音に、視線を上げる。2セット目、いつの間にか始まってて、チームの雰囲気が、柔らかかった。影山くん一人がいないだけで、こんなに変わるのか。
スコアブックの空白を慌てて埋めながら、でも試合に集中出来ない。隣に座っている影山くんの様子が気になってしまう。
お兄ちゃんなら、徹くんなら、そんな言葉が、頭の中をグルグル回る。私はこんなに二人に頼りきっていたんだって、この状況ではっきりと思い知らされた。
側にいない二人にまで頼ってしまう自分の無力さが嫌になる。
「……こんなんじゃ……だめだ…」
ピクリと影山くんが反応したことで、思わず声に出ていたんだと気付いた。影山くんに言ったと思われただろうか。生意気にも説教か、と思われただろうか。
「影山くんのことじゃないよ、私自身のこと…」
影山くんは顔を上げない。けど、多分、聞いてくれてる。
「私、ダメダメだね…誰のこともちゃんと助けてあげられてない。こんなんで、マネージャーなんて、ほんと…ダメダメだ…」
握っていたノートが、ぐしゃりと音を立てる。目の前のコートから聞こえる声も、ボールの音も、何処か遠くから聞こえてくる様な気がする。点数が入っても、取られても、何処か集中出来なくて、気付けば、試合は終わっていて、悲しむ皆の顔をぼんやりと見ることしか出来なかった。
*
「お疲れ。…残念だったな」
「……うん」
帰ったら、お兄ちゃんがソファーに座ってて、声を掛けてくれた。私の返事が暗かったからか、お兄ちゃんは不思議そうな顔をして私を見てきて、私はその顔を見て、今日、試合後にずっと考えていたことを決心した。
きっとお兄ちゃんは驚いて、でも私が決めたことを受け入れてくれる。だから、誰より先に、お兄ちゃんに話そう。
「お兄ちゃん、」
「どうした?」
お兄ちゃんは、未だに不思議そうな顔をしているけど、私の言葉を待ってくれている。持っていた荷物を置いて、お兄ちゃんの前まで移動して、真っ直ぐにお兄ちゃんの顔を見る。
「私、高校は、青城じゃないとこに行く」
言った瞬間、お兄ちゃんの目が見開かれて、お兄ちゃんの手から携帯が滑り落ちた。
20160322
(徹くんはきっと嫌がるだろうなんて)
(私の思い上がりだろうか)ALICE+