とある冬の出来事


「二葉ちゃんに会いたいっ!!」


気温も大分肌寒くなり、長袖一枚だと厳しくなってきた頃、及川が突然叫び声を上げた。
部活終わりの自主練中だったのが及川にとってまだ救いだっただろう。及川をヤバいモノを見る目で見ている人がまだ少ない。まあ、俺も例に漏れずヤバいモノを見る目を向けているのだが。


「岩ちゃんはズルいっ!毎日二葉ちゃんに会えるなんて!!」
「家族だからな」
「俺も!二葉ちゃんと家族になりたいっ!!」


あ、これは本格的にヤバいヤツだ。
このまま会話を続けていてはダメな気がして、及川の主張を無視してサーブ練を再開する。及川にもボールを一つ投げ渡すと、案外素直に受け取った。及川はボールを手にしたままぶつくさと呟いていたが、誰も話を聞かないということが分かったところで、大人しく自主練に戻った。
否、サーブがとんでもない威力で飛んでいったから、本人の中にはフラストレーションが溜まっているんだろう。

このままだと面倒くさいことになりそうだし、どうにかしろと皆が視線で訴えてくる。俺だって面倒くさいんだが、とりあえず帰路ついでに話を聞いてみてやるくらいはしてやろう。今後の部活の為にも。



*



「及川、帰んべ」
「岩ちゃんやだ二葉ちゃんがいい」
「ウザイ」
「ひどっ!」


自主練を終えて及川を呼ぶと、鞄を引き摺りつつ未だにぶつくさ文句を言っていた。居もしない二葉が見えてでもいるのか、二葉の名前を連呼している。これを末期と言わず何と言うのか。


「二葉と連絡取ってねえのか?」
「メールはしてる…」
「ならいいじゃねえか」


あの様子なら全く連絡を取っていなかったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。会いたいならメールでそう言えばいいだけのことなんだから。


「でも、俺からメールしないと、来ない…」
「元々メール苦手なヤツだからな」


納得して頷いていると、及川はそれが不服だったのか、ぶーぶーと文句を垂れ始めた。そういうのは大の男がやっても全く可愛いげがない。


「勉強一生懸命なの知ってるから!俺から息抜きなんて誘えないの!」
「確かに、帰ってから部屋に籠ってるな」
「岩ちゃんは俺を慰めに来たの!?更に落ち込ませに来たの!?」
「ウザイ」


帰ったらそれとなく話してやるから、と小さい声で呟けば、及川の耳は敏感にそれを聞き取った様で、急に笑顔になった。
俺としても、少し根つめ過ぎている様に見える二葉に休憩をしてもらいたいからであって、断じて及川の為ではない。
テンション上げて歩いていく及川に、態々言うまでもないかと思い直し、家に入っていく姿を見送った。



*



心配事も一切なくなって、後は受験で失敗しないように勉強するのみになった。合間にバレーの勉強や、マネージャーとして必要になるであろう知識を詰め込むことも忘れずに。
学校が終わってから直ぐに部屋に籠って勉強勉強だから、お兄ちゃんにはたまには休めと心配された。そんなに必死にならなくても、烏野なら合格圏内なのは分かっているけど、勉強してなきゃ落ち着かないのだ。
お兄ちゃんは、よく分からんと何度も言ってくる。勉強よりバレーに重きを置いているお兄ちゃんは、ぶっちゃけ勉強が苦手だからだろう。


「二葉」


息抜きがてらリビングでお茶を飲んでいたら、お兄ちゃんに声を掛けられた。


「おかえり、お兄ちゃん!」
「おぉ、ただいま」


荷物を床に置いて、お兄ちゃんは私の向かいに座った。


「お茶飲む?」
「ん、頼む」


返事を確認してお兄ちゃん用にお茶を準備する。お兄ちゃんは少し疲れた顔をしている。学校で何かあったんだろうか。


「二葉、最近及川と連絡取ってるか?」
「え?徹くん?」


突然のお兄ちゃんの質問に思わず首を傾げてしまう。徹くんからはしょっちゅうメールが来るから、一応連絡は取っているつもりだけど、グッタリとしているお兄ちゃんを見るに、もしかして徹くんはそれじゃ満足していないんだろうか。


「メールはしてるけど…会ってない、かな」
「だろうな」


会ってない、と言って、そういえばずっと会ってないと気付いた。私の進路の話をした時以来、玄関先で会ったら少し話す位で、しっかり時間を取ったりしていなかった。
そうだと分かると、急に徹くんに会いたくなった。
部活の様子とか、お兄ちゃんから聞いてはいるけど、徹くんの口から聞きたいし、何より楽しそうにする徹くんを見たい。


「今度の日曜、練習試合やるんだけど、見に来るか?」
「え…?」
「今のままなら推薦行けそうなんだろ?たまにはガッツリ息抜きしろよ」


お兄ちゃんの言う事は間違っていない。うちの学校から烏野が少し離れているからか志望する人が少なく、推薦が行けるかもしれないのだ。でもそこで気を抜いてはいけないと思って必死に勉強しているわけなんだけど、やっぱりやり過ぎなんだろうか。


「及川が、会いたがってたぞ」
「……!」


その言葉は、ズルい。
私にはもう行かないなんて選択肢がなくなってしまったじゃないか。


「…行く」
「おぅ」
「お弁当も作る、頑張る」
「無理すんなよ」


力いっぱい頷いて、飲んでいたお茶を飲み干す。
日曜日の為に今から勉強をもう一頑張りしよう。気合いを入れてリビングを出ると、後ろからお兄ちゃんがもう一度、無理すんな、と言葉を発した。





20170911
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