広がる嫌な予感


たまたま、本当にたまたま。
お昼休みに廊下を歩いていた時、金田一くんと国見くんを見掛けた。声を掛けようと近付いて行って、聞こえてきたのはあまり楽しくなさそうな声だった。


「ホント勘弁して欲しいよな、あの王様」
「昨日も酷かったよな」


二人は私に気付いていなかったのか、“王様”に対しての悪口を言い続けていた。

王様。
それは最近、バレー部内で広がった名前だ。
誰が付けたのかは分からない。いつの間にか王様という渾名が浸透して、他校にまで伝わっているらしい。
初めて聞いた時は、何て仰々しい渾名なんだろうと驚いた“コート上の王様”は、誰かが影山くんを揶揄して言ったモノだった。

私は、その渾名が嫌いだ。

確かに影山くんは、無茶ばかりになってきたし、その言動は正しく王様だと思ってしまったことも何度かあったけれど、彼は彼なりに必死なのを知っている。一年の頃から彼を見てきた同級生ですら、彼の努力を否定している様に見えて、私にはそれが嫌なモノにしか見えなかった。どちらも歩み寄らず、このままになってしまう様な嫌な予感が、誰かがその渾名を口にすることで、少しずつ広がっていく様な気さえした。

二人が私に気付く前に、踵を返し、影山くんのいる教室を目指す。今すぐ、お兄ちゃんと徹くんの言葉を伝えなくてはいけない、そんな気にさせられた。
胸の中に広がったもやもやしたモノを、どうにかぬぐい去りたかった。


「影山くんっ」
「……二葉さん?」


影山くんの名前を叫びながら教室に飛び込んだ私を、影山くんが不審そうに見てきた。影山くんは一人でもくもくとお昼を食べていたみたいで、頬をパンパンに膨らませていた。机の前まで移動すると、影山くんは首を傾げながらも私を見続けている。丁度空いていた前の席に腰を下ろして、いざ影山くんへ声を掛けようとして、ふと思う。
一体、何て話し出せばいいんだろう。日常ではこんなにぼやっと生活している影山くんだけど、バレーの話を振ればきっと、部活中みたいな刺々しい空気になるんだろうか。そんな影山くんと、私は会話を続けられるだろうか。


「二葉さん、どうした?」
「あ、えっと…」


口の中の物を咀嚼しきったらしい影山くんが、真っ直ぐに私を見てきた。悩んでいても仕方ない。何とか影山くんを怒らせないように話してみよう。


「中総体、もうすぐだね」
「?おぉ」
「今年こそ、全国行きたいね」
「おう」


首を傾げていた影山くんだけど、その返事だけはしっかりしていた。目がギラギラとした光を宿した。影山くんの変わりように、本当に影山くんはバレーが好きで、きっと、だから勝ちに拘るんだろうな、と理解出来た。


「影山くんさ、」
「ん?」
「影山くんの実力なら、ベストセッター賞だって狙えると思うの」


じっと影山くんを見ると、声には出さずに真剣な眼差しだけで私に返事をしてきた。勿論狙っている、と。
実力では、影山くんにも可能性がある。でも私は、今のままじゃダメなんだって知ってる。影山くんに欠けているソレが、一番大切なことなんだと、知っている。


「あのさ、影山くん。ベストセッター賞ってさ、」


――この賞は北一のスパイカーが一番力を発揮してたって証拠


徹くんが嬉しそうに何度も繰り返していた言葉が甦る。


「“セッターとして”一番の人に貰える賞だからさ、」


強調してみてもそれが影山くんに伝わるか、自信はない。でも、バレーに対して真剣な、影山くんを信じるしかない。


「セッターって何なのか、ちゃんと考えて、…ううん違うね、………頑張ろうね」


影山くんの顔は、訳が分からないという表現にぴったりの表情だった。私がどんなに言葉を並べても、上手く影山くんに伝わらない。もどかしくて言葉を連ねていくけど、途中で諦めた。
大会までの部活の中で、皆の力を借りて頑張るしかないかもしれない。


「ごめん、じゃあまた部活でね」
「あ、……おう」


席から立ち上がって、影山くんに別れを告げる。始終よく分からないって顔をしていたけどいいんだ。これから分かってもらうんだから。
全国へ行くためには、影山くんの力も勿論必要なんだから。





20151230
(二葉さん、どうしたんだ?)
(何か……必死だったな)
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