初戦の大切な試合
「あれ?ドリンクまだかな?」
公式ウォームアップがもうすぐで始まるという段階で、ドリンクを作りに言った2年生がまだ戻ってきていないことに気付いた。
キョロキョロとしていると、影山くんが何も言わずに外へ向かって歩き始めた。呼びに言ったんだろうか。あんな怖い顔をして行かなくてもいいのに。
階上くんを見ると、何だか疲れた様に溜め息を吐いていて、まだ試合前なのに、と心配してしまう。
「影山が戻ったら直ぐにウォームアップ始めるから準備万端にしておいてくれ」
「はいっ!」
監督の号令に、皆が素早く動く。
私が影山くんより早く2年生を迎えに行けば良かった。そうしたらウォームアップの時間を削るかもしれない様な事にはならなかったのに。
皆がバサバサと脱いでいくジャージを一つ一つ畳み直しながら、影山くんが出ていった入り口を見る。
コートもベンチも準備万端になったところで、バタバタと2年生がドリンクを持って走ってきて、少し空けてから影山くんがギラギラと戦意満々の顔で現れた。
2年生の顔は少し怯えてるみたいで、ドリンクの籠を置いてすたこらと応援席の方へ走って行ってしまい、影山くんとすれ違う瞬間、あからさまに肩を揺らしていた。
影山くんは一体何をしたのか。
ジャージを脱ぐ姿をじっと見ていても、何も気にしないのか無言だった。そして直ぐにコートへ入って行った。
「…真剣なのに、なぁ…」
ベンチからトスを上げていく姿を見ていて、思わず呟いてしまった。
2年生の中にも、勿論レギュラーである3年生の中にだって初戦の相手である雪ヶ丘中の人達を大したことないと思って、力が抜けている人がいる。誰とは言わないけど。変に力んでしまうよりは良いかもしれないけれど、相手に失礼だ。誰も注意しないけども。
でも、影山くんだけは、真剣。
多分彼は、バレーで手を抜くなんて考えたことなくて、どんな相手にだって全力で挑む不器用で素直な性格だから。だからこそ、真剣に挑む彼と、周りとの温度差は広がるんだろうか。
「タイミング遅えよ!!速攻はもっと速く入って来いっつってんダロ!!」
「……悪い…」
影山くんの声が響いた。
あんまり良くない雰囲気になってしまう前に影山くんを止めようと立ち上がったら、監督が先に影山の元へと向かって行った。
「影山。“速さ”に拘りすぎるなよ。大事なのはお前個人の技術じゃなく、スパイカーに如何に“打たせる”か…だからな」
「…わかってます!!」
影山くんが汗を拭いながら監督の言葉に答えた。同時にホイッスルが鳴る。整列の号令が掛かり、レギュラーがエンドラインに並んだ。
わかってます、言う割に表情は全然納得している様に見えないし、監督もそれに気付いてるのか、険しい顔をしたままコートを見つめている。
再びホイッスルが鳴り、試合が開始した。
影山くんがメンバーに指示を出していく。北一のサーブから始まるようだ。スコアブックとノートを開いてコートを見る。
最初のサーブ。綺麗に決まったけど、相手に転びながらも拾われた。セッターから“翔ちゃん”くんへトスが上がる。ぼこっと酷い音がしたけれど、山なりにきちんとボールは上がった。
ボールへ向かって、翔ちゃんくんがしっかりと踏み切る。
「………すごい…!」
その跳躍力は、素直に凄いと思った。
持っていたシャーペンを取り落としそうになり、慌ててシャーペンを握り直す。
*
1セット目は問題なく北一が取って、2セット目も北一のマッチポイントになった。あと一点で、初戦突破だ。個人での目立ったミスもなかったと思う。でも、影山くんのトスはブロックを振り切る為の無茶なモノだし、試合中にも関わらずチームメイト内での雰囲気は悪い。
北一より、私は雪ヶ丘の動きの方がチームプレーに見えた。翔ちゃんくんが拙い技術ながらも必死に周りをフォローし鼓舞していく。右にも左にも、よく動く。
きちんとした経験者のセッターがいれば、彼はもっとしっかりと機能したんだろう。
「チャンスボールだ!」
雪ヶ丘のサーブがネットインして、金田一くんが何とか拾うけど、ダイレクトで相手コートに返ってしまう。
「翔ちゃん頼――…あっ」
雪ヶ丘のセッターが左にいる翔ちゃんくんへトスを上げようとした。
翔ちゃんくんは、間違いなく左で、ボールを待っていた。
でも、ボールは右に上がった。トスミスだろうか。
そっち側には誰もいない。誰も、トスを待っていない。
「……え……」
一瞬。
それは正に一瞬だった。
左にいたはずの彼は、ボールに対して、反射的に動いた。
そして、右に上がったトスを、打った。身体は勢いで流されてそのままベンチへ突っ込んで行ってしまったけれど、でも、反応して、対応していた。
それこそ、厳しい影山くんのトスさえも、打てそうな、身体能力。
――ピピーッ!!
「あ……アウト…」
試合終了のホイッスルが鳴ったことで、さっきのスパイクがアウトだと分かった。
気付いたら持っていたはずのシャーペンは手から落ちていた。
足元に転がっているシャーペンを慌てて拾って、整列しようとしている皆を見る。あまり、嬉しくなさそう。あのスパイクの印象がそうさせてるんだろう。
翔ちゃんくんは、ネット際から動かない。何故か影山くんも動かない。
「お前は3年間、何やってたんだ!?」
「ちょっ……影山くん!?」
怒っている様な声で、影山くんは言った。静かになったコートに、その声はよく響いた。
相手の反応など関係ないとでもいうように、影山くんは言いたいことだけ言って、整列する為に振り返った。
試合終了の礼をしている選手を横目に、ノートにしっかりと翔ちゃんくんの名前を書き、分かりやすい様に目印を付ける。
試合時間、31分。きっと北一の今回の大会での試合で一番短いであろう、初戦。
でも、とても大事な試合になった。
20160201
(さすがにあれは影山くん言い過ぎだよなぁ)
(後で話しておこう)
(でも、バカにしてる風でもなかったし……)
(何だったんだろう…?)ALICE+