それは全て自分の為


受話器を置いた瞬間、プリノの今にも泣きそうな顔が目に入った。
プリノは急に体調でも悪くなってしまったのだろうか。慌ててプリノの額に掌を当てる。熱は、ない。


「プリノ?どうした?」
「いえ…」


何でもないと首を振るプリノだが、やはり泣きそうな気がする。よしよしと頭を撫でると、また小さくふるふると首を振った。本当に、どうしたというのだろうか。さっきまであんな真剣に仕事をしていたし、紅からの電話も普通に受けていた。この短時間でのプリノの異変は、私には全く心当たりがなくて、どう対処していいのか分からない。
なでなでと、兎に角、プリノの頭を撫でてみる。


「…違うんです…」
「違う?何が?」
「私じゃなくて…」


プリノが小さな声で紡いだ言葉は、少し意味が分からなくて、首を傾げながらも、プリノの次の言葉を待つ。
顔を上げて私を真っ直ぐに見てきたプリノの瞳は、やはり揺れていて、心配になるけれど、彼女はそれを望んでいない。


「遥さん、です…」
「…ん?私?」
「電話してる間、遥さん凄く泣きそうな顔してました…なのに、なのにっ……」


言葉に詰まったのか、プリノは口を閉ざした。揺れる瞳に映る私は、確かに上手く笑えていない。
プリノは、泣けない私の代わりに、泣きそうになっていたのだろうか。
何て、優しいんだろう。
私なんかの気持ちを考えてくれるなんて。
プリノを抱き締めると、プリノはぎゅっと私の服を握り締めた。

私なんかの為に泣かないで。
そう言おうと思って、でも止めた。きっとプリノは、私が自分を卑下する言葉を言うことを、望んでいない。
彼女が求める言葉は、きっと。


「ありがとな、プリノ」
「……っ」


ゆっくり背中を撫でる。
プリノが小さく息を詰まらせた音が聞こえて、でも何も聞こえないふりをして、静かにプリノが泣き止むのを待った。



*



「…すいません、顔を洗ってきます…」


目を赤く腫らしたプリノが、ぽつりと声を上げたので、背中に回していた腕を離した。プリノはペコリと綺麗に一礼をして部屋を出ていった。
プリノを見送って、私はソファへと倒れ込む。さっきまでのプリノを思い出して、自嘲の笑みが溢れた。
私の為に泣いてくれる、心の綺麗なプリノ。きっと、素敵な家族に、愛することを教わったのだろう。
そんなプリノと、私が仲良くしていていいんだろうか。


「……はっ…」


私に愛をくれた昴に対して、私は自分から側を離れた。それが私の意思と反することであったとしても、私は自分から愛を手放した。
昴が城を出ていくと言ったあの時、私の存在価値はなくなったのだ。それなのに、この城にグダグダと留まる私は、何がしたいのだろう。

プリノの優しさに甘えて、やるべきことをせずに、ただ日々を過ぎている。


「………よし、」


倒していた身体を起こす。
今まで目を背けてきたことをやろう。決意をすれば、あとはタイミングを図るだけだ。
プリノは急に私がいなくなったら心配するだろうか。悲しませてしまうだろうか。
私はまた、大切な人の手を放すのだろうか。


「…すいません、遥さん」
「おお、おかえり、プリノ」


不意に、プリノが濡れタオル片手に戻ってきたので、私は考えることを止める。プリノを笑顔で迎えると、プリノも笑顔になった。良かった、プリノに笑顔が戻った。
二人で笑いながら、書類を片せる為に机へと向かった。





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