タイムリミットを数え出す
「今日も大変だったろ?早く休むんだぞ」
「いえ、遥さんのお陰でそんな事は…」
壁一面ガラス張りの廊下をプリノと二人で歩く。プリノの手の中には明日までに目を通すと言って聞かなかった書類が握られていた。窓から見える月は丸みを帯初めている。満月になったら月見でもするか。
「プリノ様!」
後ろから聞こえてきた足音と声に、プリノが反応して足を止めた。それに倣い、私も数歩先で足を止める。
「お電話です。魔王様に代わってほしいと…」
若い兵が電話をプリノへ差し出す。受け取ったプリノは、淡々と相手に魔王不在を告げていた。
アイツが出ていって早3ヶ月強。壊れた壁も無事に直る程の期間が経っていた。その間、掛かってくる電話は全てプリノへ繋がれ、実質今の魔王城の指揮はプリノが取っているのではないかと思うまでになっている。
私は相変わらずに空気の様にプリノの周りを漂い、様子を見ながらもプリノの仕事の手伝いをしていた。邪魔こそしていないと思いたいが、役にも立っていないのではないかと気が気ではない。
「お待たせしました」
「お疲れ、プリノ」
「何度も不在だと告げているので、そろそろ遠慮して頂きたいところです」
「ああ…まあ、仕方ない」
疲れた顔をしているプリノの頭をポンポンと撫で、持っている書類を奪い取る。
プリノは慌てて取り返そうとしてくるが、返してしまっては意味がない。
「明日、要点だけ纏めて伝えるからプリノは今日はもう寝ろ。な?」
「ですが…!」
「明日は新しい兵が配属されるんだろ?疲れた顔の上司じゃ心配するから、今日はゆっくり休まないと」
プリノの背中を押しながら廊下を歩く。プリノは困った様に私を見ながら、少しずつ進んでいる。このまま無理矢理プリノを部屋まで押し込んで、ベッドへ入らせる。私が譲らないと分かれば、プリノも諦めるだろう。
ズイズイと進み続けていれば、プリノは私の思ったよりも早く諦めたのか、抵抗も弱まり歩く速度も速くなった。
「遥さんも、きちんと休んで下さいね」
「休んでるよ、ちゃんと」
プリノの目を見て答えたらプリノは信じてくれたみたいで、部屋に着いて真っ直ぐにベッドへ入ってくれた。布団を被ったことまで確認して、扉を静かに閉じる。中から、おやすみなさい、と小さな声が聞こえてきた。
*
足早に自室へ戻ってベッドへ腰掛け、プリノから奪い取った書類に目を通す。文章は馬鹿丁寧に書かれているが、内容は酷い。
魔王を見付け出せ。最悪腕だけ取り返せ。そして新しい魔王を立てろ。
こんな簡単に纏まる話を、わざわざ書類に認めてくるな、と言いたくなる気持ちを抑えて、書類を机の上に放る。代わりに机から紙を一枚取り、簡素に簡潔に三文で済ませた文章を書く。それを書類の上に乗せて、明日プリノに渡せば終了だ。
プリノの返信はきっとこの書類に負けない位の丁寧な文章で、今は不可能です、と書くのだろう。
このやり取りは何度も繰り返されているのに、よくお互い飽きないものだ。
「さて、と…」
休むと言った手前、寝ない訳にもいかない。ベッドへ入り直して、部屋の電気を消す。目を瞑れば、完全な暗闇だ。枕元に微かに、細やかに感じる魔力に、すがり付きたくなる衝動を必死に抑えて、ただひたすら時間が経つのを待った。
プリノにはちゃんと休んでいるとは言った。間違いではないので、嘘は吐いていない。ただ、ちゃんと寝れてはいないだけだ。身体を休めてはいるのでいいだろう。
――昔から、心底安心しないと眠れなかった。
それはきっと、私の記憶の、一番古いモノが原因なんだろう。それを知っていた彼は、毎日毎日私の部屋で私が眠るまで何日も付き合って起きていてくれた。彼の存在が、私にとっての安心材料になるのにそう時間は掛からなかった。彼の魔力を感じれば、問題なく寝れる様になった。
城から出ていく前に残してくれた彼の魔力は、そろそろ薄れて無くなる頃だ。この城にいられる時間はあと少しだ、と言われている様な気がする。
随分と前から、心は決めていた。
そろそろ、機会が来る気がするのだ。
毎日顔を合わせるプリノが、不審がらずにこの城を出る理由が、出来る気がするのだ。
*
「将軍!紅とキャロルが…っ」
プリノの部屋の扉を勢い良く開けた兵が、机に向かっているプリノへ向けて大きな声で言った。
またいざこざか。
このところ、日常茶飯事になっている紅とキャロルの問題行動。魔王の側近だった癖に、今では魔王城一の問題児コンビだ。
「すぐに行きます」
プリノが持っていたペンを置いて立ち上がった。私もプリノについていく為に立ち上がりながらも、一体今回は何をやらかしたのかと頭の中で考えていた。
これが、私の魔王城での最後の仕事になるなんて、思いもしなかった。
to be next...
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