追憶の中の少女


窓から見える森と、扉一枚隔てた先の廊下。
風に揺れる葉の音や、遠くを歩く人の足音も、窓や扉を閉めてしまえば些細な音にしか聞こえない。


――約束だよ?


「…はぁ…」


目を閉じれば、さっき見た夢を思い出す。
忘れたいのにはっきりと記憶に残るその映像に、昴は溜め息を吐いた。
約束だと、そう言って楽しそうに笑った少女はもう隣にいない。
探しても何処にもいない。
分かっているのに。


「小桃…今日は遅いな…」


いつもならばこの時間には侵入を果たし、廊下が騒がしい事になっているはずなのに。ベッドに腰を掛け、全く騒がしくなる気配のない廊下に、昴は再び小さく溜め息を吐く。

来てはくれないのだろうか。
今日の様な日は出来れば来てほしいのに。
小桃を見れば、このどうしようもない気持ちも消えてくれる気がするのに。


「来ないのかな…」


呟いた昴の声は静かな部屋に溶けていく。


――コンコンッ


不意に扉を叩く音が部屋に響き、昴は顔を上げた。
こちらの返事を待っているのか、ノックの後、特に扉の向こうから何か聞こえてくるわけではない。


「誰?」
「紅だ」


昴の簡潔な質問に、扉を叩いた相手である紅は淡々と答えた。


「…入っていいよ。何の用?」


少しばかり不機嫌な音の混じった昴の声に、紅は全く気にする事無く扉を開けた。
廊下の冷たい空気が昴の頬を軽く掠める。


「今、警備から不審な人影を城付近で目撃した、と情報が入った」
「ふぅん…。ほっといちゃえば?どうせ侵入なんてしないさ」


もし侵入したら、捕まえればいい。


昴はそう続けるとベッドから立ち上がり、紅の隣を抜け部屋を出ようとするが、紅が腕を掴んだため、必然的に足が止まる。


「…何?」
「漆黒の腰まで伸びた髪、翡翠の瞳、腕には蝶と鎖のタトゥー。目撃された人物の特徴だそうだ」


紅の腕を振り払おうとした昴の動きが止まった。
軽く瞳を見開き紅を見れば、紅は部屋の中を見渡していた。


「此処に来てるんだ。
忘れた訳じゃないんだろう?」


問う、というより確信を持った紅の声音。彼は問うてはいるものの、否定の答えを聞くつもりはない。


「君には関係ないでしょ。
……小桃は?今日はまだ来てないの?」
「…来てないだろうな。全く騒がしくない」


紅は昴から廊下へと意識を移す。その隙に、昴は紅の腕を振り払った。


「おい!」
「君はこれから任務でしょ。早く準備しな」


返事も聞かず、部屋の扉を閉める。


夢に見たんだ。
笑顔の彼女を。
でも、いないんだ。
だから、忘れたんだ。

だから、今更なんだ。
それなのに……


「……遥…」


小さく呟く昴の声は、足音にかき消された。




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