寒さ地獄まであと一歩
「よかった、プリノ!怪我はないか?」
意識を取り戻したらしいプリノへ椅子から立ち上がり駆け寄る。プリノは自分が紅の肩に顎を乗せていたという事実に気付いたみたいで、石になっていた。
「おーい。放心しないでくださーい」
「紅がそんな怖い顔をしてるとプリノがビビるだろ!」
げしりとプリノの横から紅を追い出し、その位置に座る。混乱しているであろうプリノの頭をゆっくりと撫でてやると、意識が覚醒したのか、私の顔をしっかりとした瞳で確認し、自分の両手へと視線を落とした。
「遥さん、わ…っ、私は一体何を…何故、紅の肩にアゴを…」
「“呪い”です」
混乱するプリノに対して、ナースさんは冷静に言い放った。その言葉に、プリノの目が見開かれた。
「あの中で見たでしょう。“魔狼の木乃伊”。アレは欠片1つでも絶大な魔力をもっています。それに魅入られてしまったようですね」
「……なにそれ。魔狼がプリノを選んだってこと?」
何でだ。魔狼っていうのは、私の大切なモノを壊す為にでも存在してるのか。偶然だろうがなんだろうが、これで、4人目だ。私の大切だと思う人が、また魔狼の被害に合うのか。
「くそったれが…」
思わず呟いた言葉はプリノに聞こえていた様で、プリノがビクリと反応して私を見てきた。
「ああ、ごめん…何でもない。気にしないで」
よしよし、笑顔で頭を撫でてやると、緊張していたプリノの顔が一瞬和らいだが、自分に呪いが掛かっている事実を直ぐに思い出したのか、真剣な表情に戻った。
「具体的には、どんなものなんです?」
キャロルがナースさんへ質問をする。
「魔狼に…精神をとって変わられる呪い…」
ナースさんはキャロルへ返事をした。精神をとって変わられる、ということは、先程までわんわんと紅にハートを飛ばしていたのは、魔狼ということか。いや、待てよ。私の中に浮かんだ細やかな疑問をきっと分かってくれるだろうとキャロルと紅を見ると、二人も同じ気持ちになったのか、何だか遠い目をしていた。今なら二人の気持ちが分かる。
魔狼ってつまりは狼なんだろうけど、どっからどう見ても犬だった。ちっちゃくて可愛い仔犬だった。あれは狼なんて強そうなモノじゃない。チワワとかポメラニアンとか、庇護欲をそそるか弱い、兎に角、そういうやつだった。
「治す方法は…?」
あの時の自分の姿を知らないプリノだけが、真剣なまま話を続けていた。何かゴメン、と謝りたくなったから、もう一回頭を撫でておく。
「そこまでは…しかし、魔狼の右手を持つ魔王様なら何かを知っているかも…。しかし、時間もありませんよ。次の満月には完全に自我は消えて…姿も人のものではなくなるでしょう」
「え…?」
人のものではなくなる。
今、ナースさんは確かにそう言った。それって、放っておいたらあと二週間足らずでプリノがいなくなってしまうということか。どうして。なんでそんなことになってしまうんだ。
私が、あの時、ちゃんとプリノを庇えていたら、こんな風にならなかっただろうか。私が直ぐにプリノを立たせていれば、私がもしプリノより先に部屋に入っていれば、プリノは、無事だったのに。
「私が行く」
「いえ、僕らが行きます」
私の言葉の直ぐ後に、キャロルが言った。驚いてキャロルを見ると、既に決心した様な目をしていた。
「僕らの対応によっては防げた事態です。僕らにも責任があります。ねっ、紅さん」
「ああ…魔王を連れてくればいいんだろう?」
「それなら尚更私も行くよ。色々と、力になれるはずだ」
「遥さんがいると心強いです」
昴をこの城へ連れてくるなら、力ずくでないといけないかもしれないし、連れて来れないにしても対処法を聞いて実行するにしても、私がいた方がいいだろう。
「いいえ…アレは私のミスです。私が行きます」
プリノが、キャロルや私の言葉を否定し、立ち上がり扉の前まで移動した。
「将軍!貴女一人ではあまりにも…」
「プリノ!?」
「心配しないで。すぐ戻ります」
そして、プリノは扉を開けた。
みし、と箒が何本も倒れてプリノへぶつかった。
「…何処に行くつもりだよ…」
医務室の扉と掃除用具入れの扉とを間違えて真顔で開いて行こうとするプリノが、一人で目的地に向かい目的を果たそうなんて無茶すぎる。
「自殺行為ですよ…」
ナースさんにですら、その事実を言い当てられてしまった。
箒の下敷きになっているプリノを救い出して、きちんと用具入れに箒を戻して扉を閉める。プリノの顔を覗いて見ると、若干恥ずかしかったのか、頬を赤らめていた。
ぶつけた頭に手を当てているプリノに、キャロルがふと口を開いた。
「陛下の居場所、わかるんですか?」
「手がかりくらいならあるハズです」
「ああそれなら…」
「僕ならわかりますよ、陛下の居場所」
何となく分かるよ、と言おうとした瞬間、キャロルが自信満々に言い放った。
一時、医務室の空気が固まる。
「………お前…どうやってだ?」
長い間を空けてから、紅が質問した。今、医務室に居る誰もが思っているであろうことを、代表して聞いてくれた。
「フッフッフ…なんと!陛下の使い魔(うめさん)に発信機をつけておいたんです!こんな事もあろうかと!」
いつのまに!しかも、こんな事もとか絶対想像つかないだろ!
そういや、前回の魔王捜索もあっさり昴の場所見付けてたし、あの時は既に発信機つけた後だったのか。何て言う抜け目のなさ…というか腹黒さ…。
今後キャロルの動きには気を付けよう。じゃーん、と笑顔で受信機を取り出すキャロルを見て、そう決意した。
「どうします?将軍」
「…陛下の、居場所は?」
「極寒の地、フリージア」
にこりと綺麗な笑顔のキャロルが告げた場所は、とても行きたいとは思えない場所だった。
to be next...
ALICE+