こいごころを知った日
「光儚ちゃん、おーきくなったらオレとけっこんして!」
徹くんがそう言うのに、私は決まって同じ言葉を返していた。
「おにいちゃんよりトオルくんがかっこよくなったらね」
小さい頃から、私の好みのタイプはお兄ちゃんだった。お兄ちゃんみたいに性格が格好良い人を一生懸命探したけど、でもお兄ちゃんと比べるとやっぱりお兄ちゃんの方が格好良くて、世の中って難しいものなんだって痛感した。
「光儚ちゃんっ!だいじょーぶっ?」
「ト、オルっ…くんっ」
徹くんは物心つく前からずっと一緒にいた。お兄ちゃんと比べてへらへらしている印象の強い徹くんが一度だけ、お兄ちゃんより格好良く見えた時があった。
お兄ちゃんを追い掛けて出掛けていったはずの私は、常にお兄ちゃんにくっついて歩くせいかあまり道を知らなくて、簡単に迷子になったのだ。泣きながらひたすら知っている場所を探し続けて更に迷子を拗らせて、どんどんと暗くなっていく空に、歩くことすら忘れて泣きじゃくった。
そんな時、徹くんがすごく焦った顔をしながら走ってきて、私を見付けた瞬間にぎゅっと抱き締めてくれた。尚も泣き続ける私に徹くんは呆れることなく、ずっと優しい言葉を掛けながらあやしてくれた。大丈夫、心配しないで。ずっと一緒だから。離れないから。そんな言葉で、私を安心させようと必死な徹くんは、いつものヘラヘラとした感じなどなく、凄く真剣な顔をしていて、泣いていたにも関わらず、私は徹くんに対してドキッとしてしまった。
徹くんに連れられて家の近くまで行ったら、お兄ちゃんが凄い焦った顔をしていて、近付いて行くと怒られた。本気で怒るお兄ちゃんはそれが初めてで、折角泣き止んでいた私は、家の前でまたもや大号泣をしたのである。
後からお母さんから聞いた話だが、帰ってきたお兄ちゃんに私がついっていった筈だと言った瞬間に、後ろにいた徹くんが走り出したとか、お兄ちゃんは自分を責めながら私を必死に探してくれていたとか。
二人にとってはあまり良い思い出ではないだろうけど、私にとっては二人に大切にされていることを再認識出来た良い思い出だ。
この件以来、二人は過保護になり、そして、私は徹くんに恋心というものを抱いた。
「光儚ちゃん!制服似合ってる!可愛い!」
「徹くん、ありがと」
中学入学の年、徹くんとお兄ちゃんとは二つ違うから一年しか一緒ではないけど、二人と少しでも一緒が良くて、バレー部のマネージャーをしようとお兄ちゃんに相談しに部屋に行った。そこには当たり前みたいに徹くんが居て、明日の準備の為に着ていた制服を物凄く褒めてくれた。
「光儚、どうした?」
「お兄ちゃんも少しくらい褒めてよ……」
「悪い…、ちゃんと似合ってると思う」
ぷうと頬を膨らませた私に対して、お兄ちゃんは冗談なんか一切なく答えた。そんなにはっきり言われると恥ずかしい。反射的に頬に熱が集まって、そんな私の顔を見て、徹くんが、岩ちゃんばっかりずるいっ、て声を上げる。そして、いつも通りうるさいって頭を叩かれる徹くん。
「それで、どうしたの、光儚ちゃん?」
叩かれた頭を撫でながら、徹くんが私に聞いてくる。そうだ、お兄ちゃんに相談に来たんだった。
「私ね、バレー部のマネージャーやりたいの!」
「バレー部の…」
「マネージャー!?」
二人の驚いた様子に、私が驚いた。ダメなの、かな。なるだけ一緒に居たいのは私だけなのかな。ショックで視界が滲んで、お兄ちゃんの部屋から飛び出す。お兄ちゃんが名前を呼んでるのが聞こえたけど、無視して隣の自分の部屋に駆け込んでベッドに伏せる。お兄ちゃんのバカ。
「一緒に…いたいのに…」
「俺は嬉しいよ?」
「…と、おるくん」
独り言に返事が来たかと思ったら、扉のとこに徹くんが立っていて、泣いてるなんて恥ずかしくて布団に顔を埋める。ぎし、って床が音を立てて徹くんは行っちゃったのかと思ったら、頭に温もり。徹くんがよしよしと撫でてくれている。
「岩ちゃんはね、可愛い妹が男所帯に来るのが心配なんだよ」
分かってあげて、って徹くんが言う。よしよし、温かい手に撫でられているうちに、意識がぼんやりとしていく。
20141003
ALICE+