はじめまして坊や


「えぇー…」


久々の休日に、趣味の自転車を走らせていた光儚は休憩ついでに入った喫茶店で何故か事件に巻き込まれていた。
トイレの中で死んでいた被害者には連れもおらず、何故か身元が分かる物を所持していなかった為に捜査が難航している様だ。
刺殺だから、と直ぐ様人の出入りを止めさせたのは、眼鏡を掛けた少年だった。家族らしき男性が事件現場をウロチョロとする少年を捕まえ、高校生ほどの年齢の少女へ押し付ける様をぼんやりと眺めながら、光儚は深い溜め息を吐いた。
何で喫茶店なんて人の出入りの多いところで殺人なんて決行したのか、犯人に小一時間問い質したい。捕まえて下さいと言っている様なものだし、周りにいる無関係な人間の迷惑も考えてほしいものだ。


「お姉さん、お姉さん」
「………ん?」


不意に幼い声に呼ばれ、光儚は周りを見渡した。自分を呼んでいるのだろうが、一体誰だ。キョロキョロと視線を動かす光儚に、こっち、と声が聞こえ、そちらを見ると、先程までウロチョロと動いていた眼鏡の少年がいた。えへへ、と笑う少年は光儚の向かいの席へと流れる様に座った。


「お姉さん、一人?」
「うん、そうよ」
「この辺の人?」
「いいえ、休日だから遠出してるの」
「そうなんだ。荷物が少ないからこの辺りに住んでるのかと思ってた」


光儚の手荷物を見ながら、少年は不思議そうに呟いた。確かに光儚の荷物は少ない。自転車に乗った時に邪魔にならない様に財布と携帯を入れられるだけの小さいカバンのみだ。


「私、自転車だから。残りの荷物は車の中なの」
「自転車なのに車なの?」
「あー、えっとね、家からこの近くまで車で来て、サイクリングしてたの」
「へー!楽しそうだね!」
「坊やもいつかやってみな?」


何故か世間話をしている事に疑問はあるが、少年は無邪気な笑顔で話している。変わった少年だな、と光儚が考えていると、少年は顎に手を当て、鋭い目付きで思考を始めた。その様子を見ながら、何故か直ぐに帰れる気がした光儚は目の前に置かれていたコーヒーに口を付ける。
一人、リラックスモードに入った光儚を余所に、少年は何かを閃いたのか辺りを見渡し、席から飛び出して行った。

そこから事件解決までは速かった。
どうやら男性は巷で話題の“眠りの小五郎”だったらしく、少年の力を借りながらスイスイとトリックの説明を済ませ、犯人を突き止めたのだ。
光儚は突然始まった推理ショーを自宅でワイドショーを見る様な感覚で眺めていた。被害者は金に汚かったらしく、相当な恨みでの犯行で、犯人である男性は何一つ後悔することなどないといった様子で警官に連れて行かれた。
光儚は最後に冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、荷物を手に取り立ち上がる。


「お姉さん」
「ん?…ああ、坊やか、どうしたの?」
「お姉さんってさ、………ううん、なんでもないや。じゃあね、お姉さん!」
「うん、またね坊や」


歯切れの悪い少年の言葉を気にせずに、光儚は少年の頭を撫でて店を出ていく。

光儚が外に待機していた警官と何やら会話をしているのを見ながら、少年――江戸川コナンは考える。
殺人事件に巻き込まれた割には、動揺した様子は一切なく、コーヒーを飲む余裕まであった。更に、犯人に向けた視線は冷たく、何処かで感じた事のあるものだった。思わず声を掛けはしたものの、自分と相対する時は全く様子の違う優しい瞳だった為、何も言えずに行かせてしまった。
一体彼女は何者なのか――



*



帰宅した光儚は、己のパソコンに来ていたメールを確認して、慌てて返事をする。
相手も丁度パソコンを弄っていたのか、返事は直ぐに来た。
そこには、今後の仕事について書かれていた。


「了解、ボス」


光儚は小さな声で呟くと、パソコンの電源を落としてから明日の準備に取り掛かる。
明日から、出勤する場所が違うのだ。初日の第一印象を良い物に出来る様に念入りにしなければ、と光儚はスーツを並べる。


「んー、これかな…?」


紺に薄いストライプの入ったスーツを手に取り、光儚は首を傾げながらもそれをリビングへ持って行く。携帯で調べた地図も確認しているし、準備は完璧だ。
久しぶりに身体を動かしたし、今日は直ぐに休もう。
光儚はささっとシャワーを浴びて、ベッドへ倒れ込む。枕元に放り投げていた携帯のメールを何通か確認して、携帯をまた元の場所に戻す。布団の中に入って、光儚はふと今日出逢った眼鏡の少年について思い出す。彼が噂の少年だったのか。新聞に載っていたこともあった様な気がする。中々に面白そうな少年だった。
今後、会うこともあるだろうからしっかりと覚えておかなければ。


「…よし、」


寝るか。
音にはせずに口を動かした光儚は、部屋の電気を消して就寝する。



*



翌日、コナンは例に漏れず事件と遭遇していた。スキーに行くべく灰原哀と共に沖矢昴の車に乗っていたはずなのだが、車を停めた際に張り込み中の高木と出会い、更には男性の転落事件遭遇へと発展したのだ。
灰原と沖矢を下に残し、コナンが高木と共に容疑者たちの部屋へと向かった後、通報を受けてやってきたパトカーがマンションの入り口に近付いて停車した。
中から出てきた女性警察官に、沖矢は既視感を感じるが、見たことのない人間である。勘が鈍ったのかと人知れず首を傾げる。


「すいません、皆さんもう少し下がってください」


女性警察官がKEEP OUTのテープを引きながら野次馬を後ろに下げていく。沖矢と灰原も車の位置まで移動し、沖矢は運転席へと戻った。車の目の前に引かれたテープ越しに、女性警察官と目が合うが、会釈をされるだけで特に何もない。近くで見ても誰か思い出せない為、気のせいだったかと沖矢は一人納得していた。


「…あれ……?」


女性警察官が他の警官や鑑識と一緒に現場の様子を確認し始めた時、高木と共に戻って来ていたコナンがマヌケな声を上げた。灰原と沖矢の耳に届いたその声に、二人は何事かと視線を向ける。
コナンは口を開いたまま、女性警察官を見上げて固まっていたのだ。


「昨日の、お姉さん…?」
「ん?…あら、坊や、昨日の」


女性警察官はコナンの顔を確認して、特に驚いた訳ではなさそうに言った。


「何だ、コナン君。知り合いなのか?」
「目暮警部、このお姉さんは…?」
「今日からうちに配属になった綾瀬君だ」


目暮が名前を呼ぶと、女性警察官はコナンに視線を合わせる様にしゃがみ、自己紹介を始めた。


「昨日振りね、小さな探偵さん。綾瀬光儚です、よろしくね」


女性警察官――光儚は、ニコリと笑いながら、コナンの頭を撫でた。





20180416
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