嘘を真に


「え?明日?」
「おう」


部活の休憩時間、何時もの様にタオルで汗を拭いて、さあ自主練だと思っていたら、岩ちゃんが近付いて来て、突然の質問。

――明日、家に来れるか?

明日なんて、また唐突な。しかも、朝から機会はあった筈なのに、何でこのタイミング。昨日からのモヤモヤをやっと部活で晴らせそうだったのに、ホント岩ちゃん空気読めない。
悔しくて、持っていたタオルを岩ちゃんにぶつける。何でもない顔をして避けられて、更に悔しくなった。


「岩ちゃんが俺を呼ぶなんて珍しいじゃん」
「俺じゃねぇ、光儚だよ」


岩ちゃんの口から出てきた名前に無意識にピクリと反応してしまう。タオルを持っていた手に力が入ったのを、岩ちゃんも気付いたみたいで、眉間に皺が寄った。確かに、光儚ちゃんに関して俺がこんな反応するなんて初めてだから、岩ちゃんは不思議なんだろう。俺だって、まさか光儚ちゃんの名前を聞いただけでこんな気分になるなんて考えたこともなかった。
明日、会えない。
違う、会いたくない。
会ったら思い出してしまうから。
会ったら感情を爆発させてしまうから。
会ってはいけないんだ。


「あー……明日は、ごめん。予定入ってる…」
「……」


俺の言葉を聞いた岩ちゃんは、真っ直ぐに俺の目を見てくる。反らしたら、嘘だと言っている様なものだから、反らしちゃダメだ。いつも通り、笑って、真っ直ぐ見つめ返して。
へらりと、笑みを浮かべてみる。
岩ちゃんが、視線を反らした。


「そうか。じゃあ、光儚にそう伝えておく」
「うん、ゴメンね」


ズキリと痛んだ心に気付かない振りをして、俺は自主練をする為にタオルを置いた。



*



岩ちゃんと別れて、家に入る。
疲れた身体を引き摺って部屋へ入り、布団へ倒れ込む。岩ちゃんのせいで休憩後の試合形式の練習は散々だった。サーブは入らないしトスは上手く連携出来ないしスパイクは綺麗にブロックされるし。
ちらちらとちらつくあの光景に、俺はどうにかなってしまいそうだ。このまま練習が手に付かなかったら俺の高校生活は残念すぎるだろう。


――ピロン、ピロン


「……ん?」


鞄の中からメール受信音が聞こえてきた。必死に腕を伸ばして鞄を引っ張る。ズルズルと音を立てる鞄を引っ張って倒して、携帯を出す。
開いた待ち受け画面を成るべく見ない様に新着メールを確認する。


「あ……」


何で。
普段俺がメールしなきゃ、メールなんて送って来ないのに。
何で、こんな時に限って。

いや、違うか。
きっと俺の答えを聞いたから、メールをしてきたのだろう。
普段、俺が呼ばれて断ることなんかなかったから、驚いたのだろう。
見ないで乗り切ることも出来るが、そんなことはしたくない。
気乗りはしないが、メールを開く。


『こんにちは。部活お疲れ様です。
明日について、突然誘ってごめんなさい。また、用事のない日に家に来てほしいです。また、連絡下さい。』


丁寧なメールだ。
丁寧すぎて、今の俺には辛すぎる。
俺が勝手に辛い気持ちになっているだけなんだけど、それが彼女には全く通じていないだろうし、彼女は何も悪くないのだ。
また約束をしようとするなんて、何か大事な用事があったのだろう。悪いことをしたかもしれない。
返事をする気になれず、携帯を閉じて布団へ俯せになる。
少しずつ薄れる意識の中で、ふわふわと笑う光儚ちゃんの笑顔が頭に浮かんだ。


*


――さて、困った。
昨日、岩ちゃんには何気なく用事があると言ってしまったが、実際はそんな物ない。直ぐに帰って家に籠っても親同士が話題にして直ぐにバレてしまうだろう。何としても学校にいる間に予定を作らなくては。岩ちゃんにバレない様に。困った。


「及川くん、今日は部活休みなんでしょぉ?」
「あれ、よく知ってるね」


悶々と悩みながら廊下を歩いていると、たまたま同じクラスの女子に声を掛けられた。たまたま、とは語弊があるな。彼女はしょっちゅう声を掛けてきては俺を遊びに誘うのだ。ハッキリ言って、俺は普段は部活だし休みの日は大概岩泉家なので、今まで彼女の誘いを受けたことなどないのだが、そうか、これがあった。


「いつも断っててゴメンね。今日は出掛けられるよ?」
「ホントぉ!じゃあ、約束ね!」


また放課後、ってウキウキしながら先に教室へ去っていく彼女は、化粧もバッチリで光儚ちゃんとは正反対だろう。丁度いい。

これで用事は出来た。俺は岩泉家には行けなくなった。だから、光儚ちゃんの誘いを断ったのだ。罪悪感など感じなくていい。
さっきまでの気分が嘘の様に晴れて、次の授業だって完璧に乗り切れる気さえしてきた。


「おやおや、及川くんは遊び人だねー」


席に座り直していたら、後ろから声が聞こえてきた。
振り向かなくても誰の声か分かる。


「マッキーに言われたくないし」
「いいのか?本命の彼女に勘違いされちゃうかもよ?」


首を傾げながら前の席の椅子を引いて、座り込んだマッキーの言葉に、上がってきていた気分がまた下降し始めた。やっと振り払えたはずのあの光景が、また頭の中をグルグルと回り出して、全ての元凶はマッキーだということを思い出して、全部マッキーのせいなんだと言いたくなった。


「別に、俺、光儚ちゃんと付き合ってないし…」
「とっとと告白しろよ」
「…もう…」
「は?」


もう遅いんだよ。
その言葉は上手く音にならなかった。口に出した途端に真実になって俺に降りかかってきそうで、おかしくなりそうで。


「良く分からんが……後悔すんなよ?」


マッキーは何かを考え込んでから最後に一言残し、立ち上がった。
もう遅いんだよ、マッキー。後悔しっぱなしなんだよ。


俺の思考を遮る様に、チャイムが鳴った。





20150308
(笑い声が違う…)
(好きなお菓子も違う…)
(俺を呼ぶ声が違う…)

(及川くん?どうしたの?)
(…え、ああ、ゴメンゴメン)
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