少しずつ広がる


あの日――徹くんが用事があるからと言ってオフの日の誘いを断られた日――から、徹くんと全然会えなくなった。
お兄ちゃんに聞いてみると、物凄く不機嫌な顔をして「知らん」と言うのだ。何か知っていそうだけど、知らないと言い張るのでそれ以上は聞けなかった。
もしかしたら、病気とかになっているのかもしれない。部活で怪我をしたのかもしれない。
心配するけど、お母さんからはそんな事は聞かないから、重大なことにはなっていないのだろうか。

あの日送ったメールには、返事はなかった。
あの日から、沢山来ていたメールもパタリと来なくなった。
何度か送ったメールも、返事はなく、徹くんと連絡を取るのも難しくなった。

高校生になって、徹くんが変わってしまったのだろうか。もう私など、どうでもいいということだろうか。携帯を開くと見える待受画面で笑う徹くんが、遠い人に見える。揺れるストラップとお揃いの徹くんの分は、渡せずに未だ私の机の上に置いてある。
ずっとずっと、徹くんが優しくしてくれていたから、私はそのぬるま湯みたいな優しさに甘えて、一歩を踏み出さなかった。大好きだと言い続けていてくれた徹くんに、私もだと伝えていれば、少しは違っただろうか。今更、そんなこと考えても遅いのだけど。


ダメだ。
後ろ向きなことばかり考えていてはいけない。
徹くんに絶対に会えない訳じゃないんだ。朝だって夜だって、徹くんは隣の家にいるんだから。それに、高校だって知っている。その気になれば、待ち伏せだって出来る。


「…そうだ、」


テスト期間に入れば部活はなくなる。青葉城西まで行けばいいんだ。兎に角徹くんに会って、話がしたい。受け身じゃいけない。私が動けばいいんだ。勝手に徹くんが考えていることを想像しても意味がないんだ。本人に聞かなきゃいけないんだ。
そうと決まれば、早速だ。
テスト期間開始の日にちを確認してから、お兄ちゃんの部屋へ行く。
ノックをしたら、やっぱり不機嫌な声で返事がきた。扉を開けたら、丁度携帯を放り投げているところで、誰かと連絡を取っていたのだろう。眉間に皺を寄せたままのお兄ちゃんは、椅子に座ったままちらりと私を見てきた。


「どうした?」
「あのね、来週なんだけど…」
「来週?何かあったか?」
「ううん、来週もお兄ちゃんって部活あるよね?」


私の質問に、お兄ちゃんは首を傾げながらもカレンダーを確認する。


「ああ、ある」
「そっか。ありがとう」


怪訝な顔をするお兄ちゃんと一緒にいると問い質されそうなので、そうそうに踵を返す。視界の隅に映った携帯がメールの受信を知らせていて、お兄ちゃんが盛大に舌打ちしたのが聞こえた。
一体誰からのメールなんだろう。あんなに不機嫌になるなんて。



*



投げた携帯がまたメールを受信して音を立てる。またアイツか。
無意識に刻んだ眉間の皺に気付いたのか光儚はそそくさと部屋を出ていってしまうし、これで下らない内容だったら、及川マジぶっ飛ばす。


「…んだよ、花巻か」


予想外に、メールの相手は部活の仲間だった。突然、何だとメールを開く。


『及川について、何か知ってる?』


ここで及川か。
俺が知るわけないだろう。
最近の及川の奇行は、はっきり言って謎としか言い様がない。休みの度にクラスの女子と仲良く買い物へ行ったり、楽しそうにメールをしたり。一応、仲の良い友達だと本人は言っていたが、聞いた噂では女子の方は周りに付き合っていると言っているらしい。プリクラだって何回か撮ったと自慢している。
でも、相変わらず携帯の待受画面は俺と光儚と三人で撮ったあの時の写真だった。

訳が分からない。
及川が光儚を避けているのは明らかだが、それにしたって切欠が思い当たらない。突然様子がおかしくなったと思ったら、態度もおかしくなった。問い詰めても何でもないの一点張りだ。
別に、及川の様子がおかしいだけならば俺にしてみれば些細な問題ではない。最初こそ部活でのミスも多かったが、今では連携バッチリである。
だが、光儚の様子までおかしいのだ。恐らく及川と連絡が取れずに落ち込んでいるのだろうが、普段ならどんな時でも柔らかい雰囲気を纏っていた筈の光儚が、時折暗い表情で小さくなって座り込んでいて、溜め息を吐いているのだ。大問題である。

部屋に入ってきた光儚は、何やら決意した様な顔をしていたから、俺も少し動いた方がいいだろう。
花巻に適当に返事をして、及川へ電話を掛ける。数回の呼び出し音の後、ダルそうな及川の声が聞こえてきた。


「おい、及川」
『なに、岩ちゃんー』
「明日、話がある」
『え?岩ちゃん、俺に告白?困っちゃうなー』
「お断りだ」
『ちょっと!何で俺が振られてるのさ!』


話している感じは、相変わらずだ。この間までと何も変わらない。ホントになんだって言うんだ。
ヘラヘラと話す及川相手に、思わず頭を抱えた。


*


お兄ちゃんの部屋を出た後、意を決して徹くんに電話をしようと思い立った。
閉まってしまったお兄ちゃんの部屋の扉の前にもたれ掛かり、電話帳を開く。カチカチと下を押して、出てきた徹くんの電話番号。勢い良く通話ボタンを押してみる。

結構長いコールを待って、繋がったのは留守番電話だった。聞こえてくるのは機械音。メッセージなんてない。聞きたかったのはこんな音じゃない。
泣きそうになりながら、通話を終了する。
もしかしたら、もしかしたら、丁度お風呂に入ってて、電話に出れないだけかもしれない。淡い期待を抱いて扉から離れようとしたら、お兄ちゃんの話し声が聞こえてきた。


――…い、及川


聞き取ってしまった瞬間、自分の部屋へと駆け込んだ。
もしかしたら、なんて抱いた期待は、こんなにも呆気なく打ち砕かれるのか。
お兄ちゃんに聞こえない様に、必死に声を抑えて、泣いた。





20150402
(徹くん……お兄ちゃんとは電話、するんだ…)
(なんで…)
ALICE+