いざ、青城
「今日からテスト週間だ。部活は休みになるから、皆しっかり勉強するように」
先生の声や周りのテストが嫌だと言う呟きを聞きながら、せっせと荷物を纏める。HRが終わった瞬間に出ていけば、部活中に間に合う。机の中のモノをきちんと鞄に入れ、先生の話が終わって直ぐに教室を出る。
廊下を早足で歩いていたら、国見くんが寝惚けた顔で教室から出てきた。通りすがりに手を振ると、国見くんも小さく振り返してくれた。
昇降口まで来て靴を履き替えて。忙しなく動いている私を、昇降口にいた人達が驚いた目で見てきた。隣のクラスの子だ。何度か話したことがある。ひらひらと手を振って、学校を出る。
向かうは、青葉城西高校。
*
「着いた……」
最寄りのバス停で降りて、学校帰りであろう高校生の流れに逆らう様に歩く。私の制服が目立つのか、ちらちらと高校生に見られている気がするけど、気にしている場合ではない。覚悟を決めてきたのだから。
体育館は何処だろうか。
校門を入って適当に歩いてみる。高校だからなのか、凄く広く見えるし、歩いている学生は皆大人っぽく見えるし、段々と不安になってきた。お兄ちゃんにも今日来ることは言っていない。迷子のまま置いていかれたりしたら、散々だ。
「あれ?岩泉の妹ちゃん?」
「…えっ?」
キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていたら、後ろから声を掛けられた。岩泉という単語に反応して振り返ってみたが、知らない人だった。ピンクがかった茶色だろうか。変わった髪色の短髪の男の人だ。私のことを知っているのだろうか。
首を傾げながら、じっと相手を見ていると、へらりと笑顔を向けられた。
「俺、花巻っていうの。バレー部なんだ。君は岩泉の妹ちゃんでしょ?バレー部見にきたの?」
「あっ、はい!花巻さん!お兄ちゃんがお世話になってます!」
「いえいえー。バレー部見るなら一緒に体育館行く?」
花巻さんの有難い提案に、私は頷く。こっちだよ、と花巻さんは笑顔で私を体育館へ導いてくれた。道中、花巻さんはお兄ちゃんの携帯の待ち受けの写真や、徹くんの部活での活躍、お兄ちゃんと徹のコンビについて話してくれた。
お兄ちゃんはまだあの写真を待受画面にしてくれているんだ。嬉しくて笑う。
「及川もだよ」
「…徹くん?」
「待受画面」
「え……」
まだ、徹くんも。
そっか。嬉しすぎて、さっきよりも笑みが止まらない。徹くんの顔が早く見たくなった。
「もうすぐ着くよ?」
「あ、はいっ!」
花巻さんのおかげで、無事に体育館に着いた。一人では時間が掛かっただろうことは、歩いてきた道で分かる。少し複雑だった。
花巻さんは、部活に参加しないといけないから、走って体育館へ入って行った。ここまで連れてきてもらったのに、お礼を言い損ねたから、帰りに絶対伝えよう。
花巻さんが入っていったことで少し開いた体育館の扉の隙間からは部活特有の声援や、女の子の歓声が聞こえてきている。どうしてこんなに黄色い声援が飛び交っているのか、訳が分からない。けど、私はこの中に入っていかなくてはいけないのだ。
「妹ちゃん、あっちから入ると観客席に上れるからね」
「あっ…りがと……ござい、ます…」
扉の隙間から花巻さんがひょこりと顔を出し、少し離れた扉を指差して助言をしてくれたかと思ったら、お礼を言う間もなく、いなくなってしまった。花巻さん、速すぎる。とりあえず、教えてもらった扉を使おうと移動して、そっと扉に手を伸ばす。
ここを開けば、徹くんに会える。
変に肩に力が入ってしまいそうになりながら、扉を開ける。上へ行く階段を上っていくと、段々部活の熱気が強くなってきた。ボールの音が体育館に響く。
「……あ、」
丁度、サーブ練習をしていた様だ。徹くんがボールを持った。
きゃーきゃーと、女子生徒の歓声が音量を増した。フェンスの近くを陣取る女子生徒達から離れた場所に立ち、コートを見る。ダンダンと、ボールをコートに打ち付ける音が響く。徹くんがサーブを打った。
私が知っているモノよりも、少し威力が上がっている。でも、エンドラインを大きく過ぎたボールの軌道に、まだコントロールが追い付いていないのだと直ぐに分かった。徹くんがまたボールを持った。コートに響くボールを打ち付ける音は、さっきと似ている様で、でも少し違う。相も変わらずきゃーきゃーと声援を送る人達をチラリと見た徹くんが、一瞬だけ眉を寄せた。その顔と、ボールを扱う手の動きを見れば分かる。
徹くん、焦っている。
あの時みたいに、お兄ちゃんに喝を入れられたあの時みたいに、焦っている。
どうしてだろう。徹くんには信頼出来る仲間がいて、部活が楽しいはずなのに。
「……徹、くん…」
無意識に、徹くんの名前を呟く。後ろを誰かが歩いていた気がするけれど、視線がコートの中の徹くんから離せない。何でだろうと、それしか考えられない。
ボールを手にした徹くんが、不意に私の方を見た。まさか、さっきの声が聞こえたんじゃないかと思う様なタイミングに驚いて、交わった視線を外すことも、笑い掛けることすら出来なかった。
長い様で、多分ほんの一瞬。
徹くんは、何事もなかったかの様に視線を外して、ボールを持ち直した。
ダンダン、と響いた音は、さっきよりも幾らか迷いがなく聞こえた気がした。
*
ボールを持つ。その瞬間から、観覧席の声援が一際大きくなる。それを無視してサーブトスを上げる。思い切り打ったボールは勢いこそあったが、エンドラインを越えていて、周りに聞こえない様に小さく舌打ちをする。相変わらず声援は耳に届いてくる。入らなかったサーブに対して、何故歓声が上がるのか。次のボールを持ち、観覧席へ視線を移す。
俺が今欲しいのは声援じゃない。俺のサーブに対する適切な指摘だ。ずっと俺を応援して、ずっと見守ってくれた存在が、俺は欲しいんだ。
自分と目が合ったと思って喜ぶ女子から直ぐに視線を反らし、手にしたボールを床に叩き付けた。
ああ、ムカムカする。俺が本当に聞きたい声は、こんなんじゃないのに。俺が意図的に突き放した、大切な…
――…徹、くん…
「……っ!」
聞き間違いかもしれない。この音ばかりの空間で、とても小さな声が、でも確かに聞こえた気がした。ぱっと視線を上げると、大勢の女子から距離を取り、一人端で佇む、光儚ちゃんが居た。
何で此処に。
何で居るの。
視線が交わったことに気付いたのか、光儚ちゃんは、ピクリと反応はしたけれど、驚いて表情は固まったままだ。俺も、表情を変える余裕なんてない。
「は…ははっ」
視線を戻して、口からは無意識に笑みが溢れていた。
手の中のボールに集中すると、さっきまで煩いとまで思っていた声援が気にならなくなった。
ダンダン、と床へ打ち付けるボールに対して、俺は迷いがなくなった。
20150618
(何笑ってんだ、気持ち悪ぃ)
(岩ちゃん、冷たい)
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