普段通りの笑顔
家に帰った後、お兄ちゃんに聞いた。徹くんは最近、オフの度にあの時の女の人とか色々な女の人と遊びに行っているらしい。学校でも女の人に囲まれる様になり始めて、徹くんも見る限り楽しそうに話しているそうだ。
私が何故高校に居たのか聞かれて、最近会えない徹くんに会いに行ったのだと正直に答えた。お兄ちゃんは悲しそうな顔をして、それ以上何かを聞いてこようとはしなかった。
いつもは楽しい食事も、何だか気持ちが沈んでしまい、お母さんには風邪じゃないかと疑われてしまった。いっそ風邪なら楽なのに。
「今日は…もう寝るね」
「ああ、おやすみ」
お兄ちゃんに軽く声を掛けて、部屋に籠る。布団を被って世界を遮断しても、頭の中にはお兄ちゃんから聞いた話がぐるぐると回っている。あの時見た徹くんと女の人の姿が、頭から離れない。
あんなに好きだと言ってくれていた徹くんがすごく昔に感じる。こんなに会いたいのに、一緒に家で話すことも出来ないんだってことが、すごく、悲しい。
布団から手だけ出して、近くに置いてある鞄を漁る。携帯を掴んでまた布団の中へと入る。
開いた携帯の待ち受けには、笑顔の徹くん。
「…徹…くん……」
前みたいに、好きって言って。そしたら私もちゃんと答えるから。私もだよ、って。徹くんが一番かっこいいよ、って、ちゃんと伝えるから。
「ふっ……ぅ…うっ…」
じわじわと視界が揺らいでいき、ゆっくりと、涙が頬を伝った。
*
「はよ……あれ?」
朝になって、リビングへ降りて行くと、いつもは起きてきている光儚がいないことに気付いた。昨日は早々に部屋に籠ってしまってから見ていないし、まだ寝ているのだろうか。珍しい。
降りてきた階段を上り、光儚の部屋まで行く。特に部屋の中から物音もしない。
「光儚?まだ寝てるのか?」
「……お、にい…ちゃん…」
「どうした?」
「今日は……うごきたくない…」
「……そうか」
扉越しとはいえ、光儚の声は小さかった。寝起きにしてははっきりと受け答えしていたし、何か思うところがあるのだろう。
光儚の部屋から離れ、リビングへ戻る。心配そうにしている親に、光儚は休みたいらしいと伝えて、俺はそのまま朝練へ出掛ける。
勿論、同じ部活で朝練に行かなければいけない及川はほぼ同じタイミングで家から出てくる。及川は俺の顔を見て一瞬固まったけど、直ぐにいつも通りにへらっと笑った。
「……」
それに返せる程、俺は大人ではなかった様だ。
及川の顔を見たら、泣きそうな光儚の顔がちらついてしまう。及川から視線を外して先に歩き出すと、後ろから、冷たい冷たい、とグチグチ溢しながら及川がついてきた。
目的地が一緒だから仕方ないのだが、どうにも一緒に登校なんて気分じゃない。軽い様子で俺に声を掛け続けていた及川が、次第に静かになっていき、いつの間にか一言も発さず、携帯を見るようになっていた。
学校に着くまで一言も発することなく、そのままの状態で体育館へ向かうと、既にいた花巻が俺と及川を交互に見て、挨拶もそこそこに及川へとタックルをかましていた。よくやったと言いたい衝動を抑えつつ、二人を置いて部室へ向かう。花巻は俺より及川の事情に詳しそうだし、これ以上及川の顔を見てイライラとするのも勘弁だし、恐らく俺の選択は間違っていない。
二人が来る前にさっさと着替えを済ませ、部室を出よう。そう決めて、急いで行動する。必要なモノを持って、部室を出ようとした時に、ちょうど及川と花巻が来た。及川は相変わらずへらへらとしていたが、特に何も言わずに部室へ入っていった。
「岩泉、ちょっと…」
「何だよ?」
続いて部室へ入るのだろうと思っていた花巻が、扉の前で俺を呼び止めた。声を小さくしているから、及川には聞かせたくない話なのか。俺は花巻へ近付く。ちらりと見た及川は、また携帯を見ていた。此方のことは気にしていないようだ。
「今日、作戦会議するぞ」
「は?」
「及川についてだよ。岩泉ん家行くからな」
「は!?」
「つーことで!」
花巻は言いたいことだけ言って、部室へ入っていった。俺の意見など、始めから聞くつもりはなかったんだろう。中に入って花巻に聞き返すことも出来ず、仕方なくもやもやを抱えたまま体育館へと向かう。
既に準備を始めている姿に、急いで混ざる。少ししてから現れた及川と花巻は、笑顔で話していた。
へらへらと笑う及川は、やはり普段通りに見えた。
20151004
ALICE+