行きつけの喫茶店探し
「あれ、綾瀬刑事?」
家の近くで行き着けの喫茶店を探そうと思い、とりあえず目に入った所に入った瞬間、光儚は名前を呼ばれた。カランカランと扉に付けられているドアベルが鳴ったのとほぼ同時だった為、光儚は驚く。声の聞こえた先を見ると、窓際の席でアイスコーヒーを飲むコナンがいた。
「あれ、坊や?一人?」
「うん!綾瀬刑事は今日はお休みなの?」
「うん、そうよ。だから、今日は¨刑事¨はなしよ」
コナンの席に近付き、周りを見るが保護者らしき人はいない。テーブルの上にも一人分の水しか置いてないから、本当に一人で来たのだろう。小学生が一人で喫茶店など、危なくはないだろうか。
「コナン君、知り合いかい?」
光儚の後ろから男性の店員が現れ、コナンの席の向かいに新しい水を一つ置く。此処に座ると思われてしまった様だが、特に光儚としては問題もない為、そのままコナンの向かいに座る。コナンも特に何も言い出さないから、気にしていないのだろう。
「うん!綾瀬刑事だよ!」
「おや、刑事さんなんですか?」
「ええ、まあ。今日はプライベートですが」
店員――安室透は、意外だと言うように少し目をぱちくりとさせながら光儚を見る。若い見た目をしていることを自覚している光儚は気にも掛けずに会釈をする。安室も返す様に笑顔になったのを、光儚はじっと見つめる。
突然の事に疑問に思いながらも安室はにこにこと笑顔を崩さない。満足したのか光儚がメニュー表へと視線をそらした事で、二人の視線が外れる。その様子を見ていたコナンは不思議そうに首を傾げる。
「コーヒーと、あとサンドウィッチ下さい」
「はい、かしこまりました」
光儚が注文をすると、安室は笑顔でカウンターの中へ入っていった。その姿を見送り、コナンは光儚へと視線を移す。
「綾瀬刑事「刑事はなし」
「……綾瀬さん、安室さんと知り合い?」
「え?どうして?」
コナンの発言に今度は光儚が目をぱちくりとする番だった。安室透という男を知らないのに、そう思われる理由が全く分からない。人様の顔をガン見するのはそんなに悪いことだっただろうか。いや、確かに不躾なことをしてしまったという自覚はある。謝る程ではないだろうが、不快な思いをさせてしまっただろう。カウンター席に座っている二人組のおばさんが嬉しそうに話し掛けている様子を見るに、安室はこの店で大分好奇の目に晒されているのだろうし、慣れているだろうとはいえよくなかった。
「何かすごく顔見てたからだけど…綾瀬さん?」
「コナン君に言われて…凄く悪いことした気分になってきた…」
「ハハハ…」
コナンと光儚は二人揃って安室の方を見る。手際良くサンドウィッチを仕上げており、器用におばさん達とも会話に華を咲かせていた。何でもスイスイとこなす男なのだろうと光儚は予想する。見ている間に、安室はコーヒーとサンドウィッチをお盆に乗せて、二人の席を目指して歩いてきた。またガン見してしまうのも悪いので、光儚はコナンの方へ視線を戻す。それにつられるかの様にコナンも光儚の方を向き、ピタリと二人の目が合った。
「そういえば、コナン君、家近いの?」
「え?何で…?」
「だってコナン君まだ小学生でしょ?一人で喫茶店なんて、よっぽど近場に住んでるのかなぁ、と思って」
「コナン君は、ここの上にある毛利探偵のお宅に住んでるんですよ」
えっと、と光儚の言葉に返事をしようとしていたコナンより早く、安室が笑顔でコーヒーとサンドウィッチを光儚の前に置きながら、 問いに答えた。ニコニコと笑う安室に対し、コナンはジトリとした視線を向けている。勝手に人の個人情報を流していいのか。咎める様なコナンの視線に全く動じることのない安室は、何故かカウンターに戻らずにテーブルの横で笑顔のまま立っている。
「…?お仕事は…?」
「一段落したので少し休憩でもしようかと思いまして」
「バックヤードでした方が休めませんか…?」
光儚の最もな質問に対し、安室はニコリと綺麗な笑顔を続けるだけで、特に返事をしない。カウンターに居たおばさん達は、女性の店員に会計を頼み、さっさと出て行ってしまった。これで、店内に居る客は光儚とコナンのみになる。上手く安室を言いくるめる言葉が思い付かず、諦めてサンドウィッチに手を伸ばす。
一口食べて、光儚は驚く。パン屋で売っているサンドウィッチより断然美味しい。
「どうやらお口に合ったようですね。良かったです」
「…え?」
「綾瀬さん、顔に出てたよ」
コナンが笑いを堪えながら光儚に伝える。光儚は咄嗟に口元を隠し、コナンと安室に見えない様にするが遅すぎる。安室もコナンにつられる様にクスクスと笑っていた。光儚は二人を睨み付けながら、コーヒーを飲む。驚いた事に、コーヒーも美味しかった。コーヒーカップをしげしげと眺めた後、光儚は安室を見る。どちらも彼が作っていたはずだ。料理が得意なのだろうか。手際も良く、笑顔を絶やさずに接客する様子は接客業の鑑だ。第一印象はあまり良くなかったのだが、これは撤回しなければいけないようだ。
和気あいあいと雑談を続ける安室とコナンを横目に見ながら、光儚は手早く食事を済ませると、コーヒーを飲みきり、テーブルの上にお代ぴったりのお金を置く。
「おや、もうお帰りですか?」
「ええ、この後少し用事がありまして…」
「綾瀬さん、今日は自転車なの?」
「ううん、今日は歩きよ」
コナンの質問に答えて、光儚はイスから立ち上がると、二人に対して軽く頭を下げる。
「また、来ますね」
安室の近くで小さな声で一言だけ残し、光儚は扉を潜り外へ出ていく。
光儚の背中を見送ってから、皿とカップを片付け始めた安室に対し、コナンはずっと気になっていた疑問を聞くことにした。
「安室さん、綾瀬さんのこと、知ってる?」
「……いや」
小さく首を振る様子を見るに、本当に知らない様だ。知り合いだと思った自分の勘は外れてしまったのか。コナンは首を捻って考える。何か違和感を感じたのだが、思い過ごしだろうか。まあ、光儚は警察の人間だ。問題はないだろう。
アイスコーヒーをすすりながら、コナンは一応灰原にも確認しようかと考えていた。
*
サザンベルは、パソコンに送られてきたメールにカタカタと返事を打つ。己のボスである女に頼まれた情報について、簡潔に纏めたメールを送ると、返事は直ぐに来た。
「了解、ボス」
サザンベルは小さく呟くと、パソコンの電源を落とした。
20180524
ALICE+