序章
17歳になった次の日、母に見合い話をされた。
その時私の頭の中を巡ったのは、大好きな姉の姿。
見合い相手に手厳しい事を告げられ、姉らしさを失い、そして私の前から姿を消してしまった、大好きな姉。
ニコニコと明るい笑顔が、ぐるぐると頭の中で巡り続け、母の言葉は入り込む余地などなかった。
気付けば母は部屋から居なくなっていて、私は衝動的に家を飛び出した。
――姉に会いたい。
――姉の側に行きたい。
――姉の笑顔が見たい。
その一心で、ただただ走り続けた。
*
『夜に歩き回ってはいけない』
姉からの手紙に書いてあったことだった。
“鬼”は夜に動き回るから夜は危険だと。
頭の片隅に入れていたはずなのに、私は姉の言い付けを守れず、日が沈んでいるにも関わらず家の外にいる。
町から少し離れた場所で、姉がいる場所など知りもしないのに、ただ己の勘を頼りに歩き続けた結果だ。
そう、全ては自分で蒔いた種だ。
「マレチ…マレチダ…!!!」
人成らざるモノに、突然襲われた。
鋭い爪に足を裂かれたが、捕まってたいけないと必死に動いた。手に付いた私の血を舐めたソイツは、興奮した様に叫びだし、目を血走らせながら追い掛けてきた。
近くには家が数軒あるのみ。助けを呼べる状況ではない。特別足が速いわけではない私がどんなに必死になったところで、無駄な足掻きだろう。一瞬で間を詰めたソイツに、背後から思い切り地面へと押し倒された。
「マレチ…オレノエモノ……ッ!!??」
ズシリと背中に重みを感じる。首元を力強く抑え込まれた。鋭い爪が首に食い込み、ピリッとした痛みを感じる。どんなに身体に力を入れても、ピクリとも動かない。
ああ、お姉ちゃん、言うこと聞かなくてごめんなさい。
後悔してももう遅い。
後ろから聞こえてきた声に抵抗をしてみて、続く痛みがない事に気付く。
何があったのかと思い、恐る恐る背中を見る。私に馬乗りになっていたソイツは、身体が崩れ始めていた。一体何が起こっているのか分からず、身体を起こす為に腕に力を込めれば、簡単に起き上がる事が出来た。
「クソガクソガ!!クソクソ、クソ、ク………」
とにかく急いで起き上がって、向き直る。
私の上から転げ落ちたソイツの身体は半分以上なくなっているし、さらさらと止まる事なく崩壊を続けている。
「ひっ…!」
よく見ると、ソイツの首が地面に転がっていた。まだ生きているのか、私を睨んで悪態を吐き続けているが、途中で口が崩壊を始めた。
思わず出そうになる悲鳴を飲み込み、少しでもソイツと離れようと座り込んだまま後ずさる。足の傷が地面と擦れ、痛みが走った。
「いっ…」
「大丈夫か?」
突然、声を掛けられた。
腰に刀を下げ漆黒の衣の上に左右で色違いという中々に派手な羽織を着ている男性が、其処にいた。どうやらこの人が今はもうチリと化したソイツの頸を斬ったらしいことは分かった。私は、助かったんだ。
「っ…」
無事に生きていることを頭で理解した途端に、涙がポロポロと零れ出す。人前で泣くなんてみっともない。急いで涙を止めようと目元を着物の袖で擦るが、何度やっても止まってくれない。必死になっていると、いきなり男性に手を掴まれた。
「え…?」
「赤くなる」
驚いて男性を見上げる。簡単に一言だけ告げられ、続きを待つも男性は口を閉じてしまった。眉間に皺を寄せたまま、少し眉を下げる器用な表情を見て、流れていた涙はいつの間にか止まっていた。私の顔を見ていた男性の眉がピクリと動く。思わずマジマジと顔を見つめてしまう。とても整った顔をしている。
派手な羽織、無口な人柄、整った顔立ち。
姉からの手紙に、似た特徴の人の話があった。
確か、名前は――
「…とみおか、ぎゆう…さん?」
「……何故俺の名を知っている?」
男性――冨岡義勇さん――は、一瞬目を見開いたかと思えば、素早く刀を抜き私の首元に切っ先を向けた。見たこともない女から名前を呼ばれれば、普段命のやり取りをしている人間は確かにこういう反応をするのだろう。
私の反応如何で、この刀は躊躇いなく私の首をはねる。
私は、敵意がないことを示す為にゆっくりと両の手を上げる。
「私、甘露寺光儚と言います」
冨岡さんはピクリとも反応せずにただ私を真っ直ぐに見据えている。
「甘露寺蜜璃の、妹です」
20200802
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