序章2
「甘露寺蜜璃の、妹です」
鬼に襲われていた少女は、そう言った。
*
長期の任務を終え、疲弊した身体を少しばかり休ませる為に町外れにある藤の紋の家を訪れた。小さな怪我の手当てをして貰い、食事を済ませ、そろそろ休もうかと思った時に、外から何やら不穏な気配を感じた。気のせいならばそれでも良いと思い、外を伺えば其処には少女を襲う一体の鬼がいた。
素早く刀を抜き、頸目掛けて横一閃に凪ぎ払う。
少女の方に集中していた鬼の頸は、あっさりと切れた。
鬼の体が少しずつ崩壊するのを見ながら、少女の様子を確認する。何やら俺の顔を暫く見てから、何故か俺の名前を口にした。顔見知りではない。誰から聞いたかは分からないが、敵である可能性もある。
刀を抜き、切っ先を少女の首元へ添えると、少女はゆっくりとした動作で両手を上げた。そして、開いた口から出た言葉は予想だにしないものだった。
*
「すみません…」
「朝になったら家に帰れ」
少女――甘露寺光儚――はその後、姉からの手紙に書いてあったのだと必死に説明をしていた。そして、更に何かを伝えようとしたのか立ち上がろうとして、盛大に転んだ。慌てて刀を避けたが、軽く当たってしまったようで、小さな傷を作ってしまった。浅くとも頸動脈付近、血が滲んでいる。鬼に付けられたであろう傷も土に汚れ、急いで治療しなければ悪化するだろうと容易に想像が出来た。
幸い先程まで居た藤の紋の家に運べば、直ぐに手当てをしてくれた。隊士でないと伝えたが、快く受け入れた家の人達に感謝の意を伝えると光儚は土下座の勢いで頭を下げ続けていた。最後に脚と首に包帯を巻き、家人が一礼して部屋を出ていったのを確認してから、光儚は俺に向けて同じ様な謝罪をしてきた。その頭を見ながら、俺は至極当然の事を言ったつもりだった。
「私は、帰りたくないんです…!」
俺の言葉に、下げていた頭を勢い良く上げ光儚は言う。思った以上に大きい声が出たのか、本人も一瞬驚いた顔をしていた。
「……私、姉に会いたくて、家を出たんです」
先程の大声は何処へやら、光儚は肩を落とし小さな声で呟く。何故か涙が溢れそうな顔をして、声だけではなく身体も小さく縮こませている。
「何処に居るのか知っているのか」
「う……知らないです…」
“姉”という単語に弱いわけではない。ただ、姉を求める姿に思うものがあったのは事実だ。
「……夜が明けたら直ぐに出立する」
此処から恋柱の屋敷は、人の足でも朝から歩けば日没前には着く距離だ。怪我をしている足で歩く覚悟があればの話だが。
光儚は何度か瞬きを繰り返し、更に数分首を傾げていたが、突然ぱっと表情を明るくしてまた土下座の勢いで頭を下げた。
「はい、はい!ありがとうございます、冨岡さん!」
頑張って歩きます、と嬉々とした表情を浮かべる顔は、何処と無く甘露寺と似ていると思った。
*
「おはようございます、冨岡さん」
鎹鴉に文を持たせ、甘露寺の元へ向かう様に頼んでいるところで、夜明け前にも関わらず矢鱈と明るい声で挨拶をされた。後ろを振り向けば、想像より更に明るい様子の光儚が立っていた。手には包みを持っている。俺の視線がチラリと包みを見たことに気付いたのか、光儚は包みを開いた。中にはお握りが入っていた。
「これ、家の方に台所借りたんです。私のペースに合わせて歩いていたら、ご飯食べる時間ないかと思って」
材料は申し訳ないけど用意して頂きました。
そう言った光儚は、申し訳なさからか、眉を下げていた。既に出立の準備を終えているらしく、身なりはキチンとしていた。そして俺が何かを言う前に、包みを戻すとペコリと一礼して足を引き摺りつつ部屋へと戻って行った。
姉とは違い、あまり話す方ではないのか。
常に楽しそうに話す甘露寺を思い出す。
バサリ、と腕に留まったままになっていた鴉が飛び立つ音に、意識をそちらに向ける。
少しフラフラしている気がする。屋敷に戻ったら休ませてやろう。
そう決意して、荷を片付けるべく俺も自分の宛がわれた部屋へと戻る。
*
日が昇ると直ぐに出立し、予定より少しばかり早く恋柱邸に着いた。
「…大きいお屋敷」
「其処を曲がれば門がある」
驚いた様子で屋敷を見ている光儚を先へ促す。
先に曲がり角まで着いて、門の前に人影があることに気付いた。
そわそわと俺が託したであろう文を握りしめ立ち尽くしているのは、屋敷の主であり、目的の人物である甘露寺その人だ。
「冨岡さん、どう……っ!」
動かずにいた俺を不審に思ったのか、光儚が角を曲がり俺の視線の先を探る。直ぐに言葉が詰まった事で、甘露寺の存在に気付いたであろうことが分かる。合わせる様に甘露寺も此方を向いて、目を見開いた。
「光儚!!」
「お姉ちゃん…!」
甘露寺は此方に駆け寄り、光儚を思いきり抱き締めた。甘露寺の力で思いきりでは骨が折れるだろうから、正確ではないが。ぎゅうぎゅうと抱き締めた後で、甘露寺は身体中を確認し始める。脚の怪我に気付いて、一瞬泣きそうな顔をしたのが見えた。
「冨岡さんから文を貰って、私驚いたのよ!どうして急に……光儚?」
このまま此処に居てもお互い気まずいだろうと、踵を返そうとしたところで、甘露寺の言葉が中途半端に止まった。見ると、目一杯に涙を溜めた光儚が、震える腕で甘露寺にしがみついていた。
「おね……ちゃ、…おねぇちゃん……うわああぁぁ…おねぇちゃん!!」
「光儚…?」
「ごめっ…ごめんなさいっ…わたし…!」
「大丈夫、大丈夫よ」
張り詰めていた糸が切れたのか、大声で泣く光儚。
これ以上は見てはいけない。そう判断し、俺は音を立てずにその場から離れた。甘露寺がチラリと此方に目線を向け、小さく会釈したのが何となく分かった。
20200806
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