兄から見るものがたり
光儚は小さい頃から俺の後ろをついて歩いていた。及川と二人でバレーしている時も嬉しそうに混ざってきてはボールをぶつけて泣いていた。そんな光儚を嫌に思うことがなかったかと言えば、そうではない。一時期はついてくることを知っていながら、気付かない振りをしていたりもした。でも光儚は、俺を必死に呼びながら後ろから走ってくるのだ。光儚は傍目から見ても分かるくらい俺に懐いていて、将来は俺と結婚するんだと騒いだりもしていた。
あの日も、煩わしさから気付かない振りをして、及川と二人、バレーの練習をしていた。光儚を振り切るつもりでいつもと少し違う場所で練習していて、暗くなる前に家に帰ったのだ。何の疑問も持たずに。
帰宅してからの母親の第一声は、光儚は?
今日もいつもと変わらず俺を追い掛けて出ていき、まだ帰宅していないと言う言葉を聞いた瞬間に、後ろでヘラヘラと笑っていたはずの及川が走り出していた。あてがある訳もないのに、光儚の名前を焦った様に叫びながら走る及川に、普段冗談で言っていたのだと思っていた光儚への“好き”は本物なのだと分かった。
そんな及川を見送ってどうしようかと考える俺の頭の中に、最近増えている子供の失踪事件のニュースが過る。次いで、光儚の笑う顔。俺を必死に呼ぶ顔。
家からは出たものの、足を動かすことも出来ず、家の周りをぐるぐると光儚を探した。玄関の前で固まっていた俺の視界に、ぐずぐずと泣きそうな光儚と優しく光儚を支える及川の姿が入ってきた。ちゃんと見付けてくる及川に素直に感謝の気持ちが芽生える。二人へ近付いて行くと、光儚は俺に気付いて嬉しそうに笑った。光儚を置いていって、こんな目に合わせたのは俺なのに、光儚はまだ俺に懐いて笑うのか。
「光儚っ…心配させんじゃねえよ!」
本気で怒鳴ったのは初めてだった。自分が情けなさすぎてもどかしかった気持ちが乗ってしまった。言った瞬間、光儚は激しく泣き始め、及川に思い切り睨まれた。
あの日以来、不思議と光儚を煩わしく思う気持ちは消え去り、むしろ俺が守ってやらないといけないという義務感すら生まれた。及川が本気で光儚を思っているのなら、及川に任せても大丈夫だと思えるまで。
中学生になっても相変わらず俺にベッタリな光儚は、バレー部のマネージャーになった。
光儚が中学に上がってから、及川が話す光儚の話題も増えこいつも相変わらずなんだなと思ってしまう。光儚の名前を出すとき、本人は気付かないだろうが及川の顔は本当に幸せそうで、でも自分以外の誰かと話す光儚を見付けた時の顔は、色濃く嫉妬を映し出していた。
屋上から見えた光儚を見付けた時も、そうだった。幸せそうな顔から一転、一気に不機嫌な顔になった及川は下を見るのを止めた。何があったのかと代わりに下を見ると、知らない男子生徒が光儚の腕を掴んで、壁に追い込んで、そして無理矢理顔を近付けようとしていた。
思わず俺が声を上げると、驚いた男子生徒が顔を青くして立ち去る。光儚がこっちを見上げて、泣くのを必死に堪えていて、及川そっちのけで光儚の元へと駆け付ける。
「光儚!」
「おに…ちゃ…ん」
俺の姿を確認した瞬間、光儚は泣き出した。必死に声を抑えて。兎に角泣き止む様に、しっかり抱き締めてやると、ぎゅっと俺にしがみついてくる。昔から変わらない姿に、泣き止む方法を考える。大丈夫か。落ち着け。頭を撫でると少しだけ落ち着いた様だった。
「怖かった…お兄ちゃんとか徹くんなら…嫌じゃないのに…すごく嫌だった…」
「悪かった一人にして。一緒に上、行くか?」
「上…?」
泣き止みながらも俺にすがり付く手が震えている。少しでも明るい話題を、と思い上を指差した俺につられて上を見た光儚。上からちらりと覗く及川が見えたのか、小さな声で名前を呼んだ。及川はさっきと変わらず、不機嫌な顔だ。あいつ、俺に対しても嫉妬してるのか。呆れていると、光儚の空気が和らいだのが分かった。ちらりと光儚を見ると、少し頬を赤く染めながら及川に向かって手を振った。
ああ、光儚も及川に惚れてんだな。手を振られて一気に嬉しそうな顔になる及川も程々にしろよ。
20141012
(やっぱり、お兄ちゃんみたいな男の人が好き)
(…まだ俺の勝ちか)
(?どうしたの?)
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