焦り
「徹くん、まだ練習…?」
最近、やけに徹くんが焦って練習している気がする。声を掛けてみても、私の声なんて聞こえないみたいでお兄ちゃんに声を掛けて力ずくで止めてもらう。明日は練習試合なのに心配だ。何をそんなに焦ってるのか、お兄ちゃんなら知ってるのかな。
「光儚さん、明日何だけど…」
「あ、国見くん!」
徹くんを見ていたら、国見くんが明日の予定について確認されたからそちらに行く。後ろからどふっという鈍い音と、お兄ちゃんの怒鳴り声。
「…光儚さん?」
「あ、ごめんっ…何だっけ…?」
「そんなに及川さんが心配?」
国見くんが静かに紡いだ言葉にびくりと肩が跳ねる。隠してるつもりなんだ、って笑う国見くんに、そんなに私は分かりやすいのかと恥ずかしくなって顔に熱が集まる。からかう様に笑う国見くんに軽くパンチを繰り出してみると、簡単に避けられた。
「光儚、帰るぞ」
もう一度、と国見くんを狙っていると、お兄ちゃんから呼ばれる。返事をしてから、国見くんにごめんと謝ると、後でメールするとのことだったので、ばいばいを告げてからお兄ちゃんの元へと行く。お兄ちゃんの後ろで、不機嫌そうな顔の徹くん。焦る徹くんからはいつもの笑顔が消えていて、見ていて辛くなる。どうしたら徹くんに笑顔になってもらえるのか。お兄ちゃんならきっと出来るのに。
「徹く…」
「光儚さん!」
徹くんの名前を呼ぶ私の声に、私を呼ぶ大きな声が被ってきて、多分私の声は徹くんに聞こえなかった。私を呼んだのは影山くんだった。小走りで駆け寄ってきた影山くんの手には、一枚のタオル。
「この間借りてたタオル、ありがとう」
「あ、そうだった。洗ってくれたの?ありがとう」
貸していたことなんて忘れてて、わざわざ洗ってくれたことにお礼を言うと、影山くんはじゃあねって言って帰って行った。影山くんを見送ってからカバンの中にタオルを入れようとした瞬間、後ろから結構な力で引っ張られてタオルを落としてしまう。誰だろうと後ろを見たら徹くんで、何だか怒っていて。
「徹…くん…?」
ちょっと怖いと思ってしまった。
落としたタオルも拾えず、徹くんは返事もなくてただ無言で引っ張られてぐいぐいと進んでいく。
タオルが拾えてない。後ろを振り向くと、お兄ちゃんがタオルを拾ってくれていた。目が合って、お兄ちゃんの眉尻が下がった。徹くんの行動に対して謝っているのだろうか。何でお兄ちゃんが。
「ねえ、徹くん」
返事はない。
少しずつ、徹くんの歩く速度が速くなっている気がする。ついていくのが辛くなってきて必死に徹くんの名前を呼ぶけど、徹くんは進み続けるばかりだ。
「徹くんっ…ね、速…いっ!」
徹くんは歩いてるけれどもう私は走っている速度で、足が上手く動かないで縺れる。あ、転ぶ。
「…きゃっ……!!」
転ぶ瞬間、徹くんが足を止めた。地面に激突することさえ覚悟していたが、振り返った徹くんにしっかりと抱き留められて転ばずに済んだ。ありがとう、と言いながら徹くんから離れようとするけど、徹くんは私の背中に回した手に力を入れたみたいで、むしろ私と徹くんは更に密着した。焦ってるのかな。不安なのかな。徹くんの腕が僅かに震えていることに気付いた瞬間、私に出来ることは徹くんから離れることではなく、徹くんをしっかり抱き締めてあげることなんだと分かった。
「徹くん。大丈夫だよ、心配しないで。ずっと一緒にいるから、離れないから」
「…っ」
いつだったか、徹くんが私に言ってくれた言葉。私を救ってくれた言葉に、徹くんを助けたい思いを乗せる。徹くんの腕の力が少し弛んだけれど、私は離れることなく、徹くんを抱き締める。後ろから近付いてきたお兄ちゃんが、徹くんをベリッと引き剥がして怒るまで、兎に角抱き締め続けた。
20141016
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