かがやくジレンマ
「イヤ!ついてくっ!!」
昼過ぎの工藤邸で大きな我が儘が響く。
家を出ようとする赤井を行かせまいと、初音が車のキーを握って扉を塞いでいるのだ。
今日は折角休みを取ったのだと主張する初音に対し、赤井は何度目かの溜め息を吐いた。
「遊びに行くんじゃないんだ。邪魔をするな」
「分かってる……でも…でもっ!折角“秀一さん”で居られるのに…!私、秀一さんと少しでも一緒に居たいの…!!」
真剣な赤井の眼差しに、初音の言葉は少しずつ弱くなっていく。最後は泣きそうに瞳を潤ませる初音に、赤井が一歩近付く。ビクッと初音の肩が跳ねる。本当は自分がどれ程の我が儘を言っているかも分かっている。今すぐに車のキーを返して、見送らなければいけないことなど分かり切っている。頭で理解していても、心が理解を示さない。今、赤井を行かせてしまえば、次に会えるのがいつなのか、また待つ日々なのかと、普段傍にいれるだけでも幸せだと思っていたのに、心の奥底に潜んでいた欲がじわじわと染み出てくる。
「……っ、ごめ…」
変わらず真剣な表情のままの赤井に気付き、初音の瞳ギリギリで堪えていた涙が一筋溢れた。
「ごめ、なさっ……!」
ポロポロ溢れてくる涙を拭うことも出来ず、初音は謝りながらキーを赤井へ返した。渡されたキーをズボンのポケットへとしまい、赤井は泣き続ける初音を見る。
不可抗力ではあるが、自分が泣かせてしまったのだろう。いつでも笑っている初音の涙は、慣れない。この状態で置いて出掛けられる程冷酷にもなれない赤井は、初音に近付き、手を伸ばす。
怒られるのかと勘違いした初音の肩が大袈裟に見える程に跳ねたのを見て、赤井は小さく溜め息を吐く。
呆れているのかと不安になった初音が泣きながら顔を上げ、赤井と視線を合わす。涙が止まらず、必死に袖で拭おうとするところで、右腕を赤井に止められた。
「しゅ…いち、さん…?」
「擦るな、赤くなる」
「……ごめん、なさい…」
涙を拭うことも出来なくなり、初音は視線を落として謝る。
見て分かる程の落胆振りに、赤井は思わず、空いている手で初音の頭をふわりと撫でる。
驚いた初音が、顔を上げた。
「明日は、出掛けるんだったか?」
「え?あ……コナンくんに、水族館、さそわれて…」
「そうか」
「秀一…さん?」
一人、納得した様に呟いた赤井に、初音は首を傾げる。涙は、止まり掛けていた。初音が何度か鼻をすすっていると、赤井は初音の手を離し、顔を上げさせる様に頬へ手を添えた。
「危険だから、必ず俺の言うことを聞くんだぞ」
「え?」
「支度は済んでいるな」
「え?」
赤井の言うことが分からない。首を傾げている初音を余所に、赤井は外へと向かって歩き出した。しっかりと初音の手を握り、もう片手には初音の荷物がいつの間にか持たれていて、混乱していた初音も、赤井の意図に気付く。連れて行ってくれるのだ。
「秀一さん……!」
「構ってはやれない。大人しくしていろよ」
「傍にいれるならいい!ありがとう…!」
大好き、呟いた初音の言葉は赤井の耳にしっかりと届いていたが、返事はしなかった。
*
ひたすら車の中で動きを待つ。連絡を取り続け、周りの様子を伺う赤井を初音から助手席から見ていた。
仕事中なのに、こうやって自分を連れてきてくれたのは、少なからず彼も一緒に居たいと思ってくれていたからなんじゃないだろうか。自惚れてもいいんだろうか。変装用の眼鏡越しに見る赤井は、真剣な顔を崩さない。こんなに長い時間、赤井の顔を見ていられるのは何時振りだろう。
初音は荷物に入れてあった小説を取り出し、読みながらもちらちらと赤井の姿を確認していた。
「ふふふっ」
「……どうした?」
「ううん。真剣な秀一さん、素敵だなぁ、と思っただけ」
「そうか」
それだけ言い、赤井はまた誰かと連絡を取り始めた。
「…来る」
「え?」
シートベルトをしているかを確認された初音は、突然動き出した赤井に混乱するが、約束通り大人しく、言われた通りに動く。
赤井は自身も行動の準備を素早く終えると、思い切りエンジンをふかす。ブオォォンと重低音を響かせ発車すると、前を駆け抜ける黒の車を追う。
「え、ちょ……ここ、一般道…!」
「うるさい」
必死にシートベルトにしがみついてスピードに耐えている初音に対し、赤井は更に速度を上げていく。前の車が首都高の料金所へスピードを保ったまま突っ込んで行き、バーを弾き飛ばしていく。赤井も迷わず後ろを追って首都高へ入っていく。初音は目の前の光景に付いていこうと必死に考えるが、自分の人生で今まで起こったことのない状況に理解が追い付かない。
母より荒い運転を体験することになるとは。
「…ひっ!」
後ろから凄い勢いで走ってきた白の車が、赤井の運転するマスタングを抜かし、黒の車へとぶつかっていった。先頭の黒の車がふらつくが、素早く体勢を立て直し、更に加速した。
目の前で起きた、交通事故ばりの出来事に、初音は悲鳴を上げる。赤井がチラリと初音の無事を確認し、直ぐに前へと視線を戻した。初音はシートベルトを握る力を更に込め、しっかりと前を見据えた。
白の車が速度を上げ、黒の車と並走する。
「今すぐ車を止めろ!」
白の車から運転手の声が微かに聞こえる。聞き覚えのある声に、初音は驚いて目を凝らす。
「え、透さん……?」
「……ん?」
初音が呟いた言葉に、赤井は思わず眉間に皺を寄せた。
仲が良いことは知っていたが、まさか名前を呼ぶ仲だったとは。
これは後できちんと説明をして貰わないとな。初音に聞こえない様に小さく呟いた赤井は、カーブでドリフトをする前二台の横にピッタリとつけて横滑りをする。
「誰だ!?……赤井!!それに、初音まで!!」
「ほぉー」
安室が赤井と初音の姿を確認して叫んだ声が、赤井の耳に入ってきた。
そちらも名前を呼ぶ様な間柄だったとは。視線は動かさずにニヤリと笑った赤井に、初音は理由も分からずに、嫌な予感だけがするのだった。
20160513
Title by 金星
ALICE+