エナメルの舌
行きよりも幾らも静かな車内で、初音は運転する赤井をぼんやりと見ていた。目の前で起こった交通事故紛いの衝突。最初のタンクローリーと軽自動車に乗っていた人達は無事だった。では、赤井と安室が必死に追っていた車の運転手はどうなんだ。
二人が仕事で追う位なのだから、恐らく悪い人なのだ。もしかしたら、黒の組織の関係者かもしれない。だが、あの高さを車ごと落下していったのなら、軽傷では済まないのではないだろうか。無事、なんだろうか。例え悪い人だろうが、必要以上に傷付いていい訳ではない。
「秀一さん、あの…女の人…」
「そういえば」
初音は一瞬見えた運転手を思い出す。綺麗な女性だった。尚更心配になった初音が、赤井へと質問をしようとしたところで、赤井が被せる様に声を発した。
「安室君とは、随分と親しい様だな」
「……え?」
突然の赤井の言葉に、初音は意味も分からず声を上げた。パチクリと何度も瞬きを繰り返す様子を横目で見ていた赤井が、喉の奥で笑う。くくっ、という音を聞いて、初音は更に訳が分からなくなった。
「今思えば、真純のことも名前で呼んでいるな」
「ん?真純?…え?」
どうして真純の話になるのだ。真純とは名前で呼ぶ位に大切な仲だと思っているのだから、問題はないだろうに、と頭の中で考えていた初音は、赤井の言いたいことを漸く察し、ああ、と声を漏らした。
「透さん、て呼ぶから?」
「…分かっているじゃないか」
「えー、でも透さんがそう呼んでって……」
慣れちゃったし。
そう小さく呟いた初音の言葉を聞いた赤井は、車を路肩へ寄せていき、一旦停車させた。
「秀一さん?」
「恋人の前で、何度も他の男の名前を呼ぶとはな…」
「ちょっ……そんな言い方…!」
赤井の言い方が何故だか初音の羞恥心を擽り、顔を赤く染めた初音は、赤井の腕をポカポカと叩く。痛みを全く感じない叩き方に、赤井はニヤリと笑みを浮かべると、ハンドルから手を離し初音の手を掴む。
「っ…!」
「お前は余程俺を嫉妬させたいらしい」
「ちが……っん…!」
空いた手で初音の顎を持ち上げ、顔を近付ける。真っ赤な顔で否定を続ける初音の口を赤井自身の唇で塞ぎ込むと、初音はこれ以上ない程に顔を赤くし、小さく抵抗をした。掴んだ手を滑らせ、初音の指に己の指を絡め、力を入れる。初音もそれに返す様に指に力を込めた。
その反応を良しとしたのか、赤井が更に深く、初音の口内を犯そうと舌先で歯列をなぞった。
「んっ、や…、まっ……んん!!」
初音が驚いて口を開いたところで直ぐ様赤井が舌を奥へと入れる。逃げる初音の舌を追い掛けて口内を暴れる様に動く赤井に、初音は小さな抵抗とばかりに、指に必死に力を込める。
車の中とはいえ、窓から外を見れば、人が歩いていてもおかしくはない景色だ。誰かに見られてしまうかもしれないという不安で抵抗を繰り返す初音に対し、赤井は満足するまで初音の口内を堪能し、ちゅっ、最後に小さなリップ音を残して唇を離した。
「ばかばか、しゅーいちさんの、ばか!」
「そんな目で睨むな」
「誰か見てるかもしれないのに…」
「…ホー」
キスの余韻で潤む瞳を向け怒る初音の言葉に、赤井は意味ありげに声を漏らす。初音へ軽く触れるだけのキスを落とし、赤井はハンドルを握り直す。
「誰も見ていない家ならば良い、ということか」
「え……?やだ、ちがう…!」
「我が儘なお姫様だ」
赤井は口許に笑みを浮かべながら車を発車させる。助手席で頬を膨らませて赤井を見る初音を横目に、工藤邸までの道程を急ぎで走る。若いお姫様が機嫌を損ね切る前に何とか家まで帰りたいのだ。
「違うからね?秀一さん?ねぇってば」
「さてな」
車のスピードが早めだと気付いた初音が、キョロキョロと周りを見渡しながらも赤井へ声を掛ける。その声音は明らかに困惑していた。赤井は片手で初音の頭を撫でてやりながら、車を走らせ続ける。もう直ぐ家の建物が見えてくる場所まで来ていた。
「明日は早いんだっな?」
「うん…」
「そうか」
初音の答えに頷き、見えた駐車場へゆっくりと車を停車させた。赤井の質問の意図をうっすらと理解していた初音は、直ぐに部屋へと逃げ込める様に荷物をしっかりと握りしめた。
赤井が自分を求めてくれるのが嫌な訳ではないが、恥ずかしいし慣れないしで、初音はその様な行為を度々拒否していた。実際、赤井は初音の意思を尊重してくれている。だから、今回だってからかっているだけなのだと分かってはいるが、一度混乱した頭は上手く切り替わらない。
赤井がエンジンを切ったのを確認して、初音はあわあわとシートベルトを外して車外へ出た。赤井は冷静にシートベルトを外し、初音の後を追う。玄関へ焦ったまま駆け込む初音の姿に笑っている赤井だったが、初音はそんな様子に気付きもせずにバタバタと動いている。
「…ただい…きゃっ!」
「さて、そんなに慌ててどうしたんだ?」
玄関を入ったところで手早く初音へ近付いた赤井が、玄関の鍵を掛けて初音を抱き寄せる。平然と初音を腕の中に収めた赤井に対し、逃げ切れなかった初音の顔が一気に赤くなる。赤井が顔を近付けて来る為、先程の口付けを思い出してしまい、無意識にぎゅっと強く目を瞑る。
少しして、ちゅっ、と額に柔らかい感触がしたことで目を開いた初音に、クックッと可笑しそうに笑う赤井の姿が映った。
「しゅ…!?」
「これ以上、俺を煽るな。我慢出来なくなるだろう」
初音の首元へ顔を寄せ一度口付けを落とした赤井は、初音を腕の中から解放する。足の力が抜けてふらふらと座り込もうとしている初音を支えリビングまで連れて行き、ソファーへと座らせると、初音の顔から漸く赤みが引いているところだった。
「朝が早いんだろう。風呂の準備をしてくるから、支度をしておけ」
「あ…りがとう、ございます……」
「フッ、礼はいらんさ」
ぐしゃりと初音の頭を撫で、赤井は浴室へと足を向けた。その背を見送りながら、初音は動悸する胸を抑える様に必死に深呼吸を繰り返した。
20160521
title by金星
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