事件発生


「…んっ…」


うっすらと目を覚ますと、知らない部屋にいることに気付いて慌てて身体を動かした。それと同時に、上手く身体が動かないことに気付く。視線を動かしてみると、手も足も鎖に繋がれていた。
訳が分からず、ガチャガチャと鎖を揺らすけど、弛む様子はない。手錠にも足枷にも、内側にタオルが挟まっていて、擦れて痛いということはないけれど、ガッシリと締められていて、動かしても動かしても余裕が出来るなんてこともない。
私は手足を動かすことを止めて、自分のいる場所を確かめる。少し狭い、窓はない部屋である。全く見覚えのない部屋。無意識に身体が震えた。

知らない場所、手錠に足枷。
まさか、まさか。頭の中を嫌な想像が巡る。
ぶんぶんと頭を振って身体の震えを止めようと、冷静に考える。どんなに考えても、今の状況で、思い至ることは一つしかない。


(…もしかしなくても…誘拐、された…?)


あまり良い結論ではない。
覚えているのは、休みだからと家を出て、買い物に行こうと歩いていたことだけだ。気が付いたら此処に居たのだから、家からどの位の距離にいるのかさえ、私には分からない。案外近くかもしれないし、全く違う地域にいるかもしれない。せめて窓さえあれば。

カタンカタン、と扉の向こうから小さく音が聞こえてきた。私は目覚める前の体勢に戻り、目を閉じる。
キィ、と扉が開く音が聞こえた。


「Oh,don't you get up yet?(あれ、まだ起きてないのか…)」


呟いた声は、男だった。聞き覚えのないモノだ。
男は口を閉じた後少し間を空けてから、嬉々として笑いながら扉を閉めた。男はもういないのに、嫌な視線がねっとりと絡み付いている気がする。足音が離れて行くのを確認してから目を開く。


今日は休みで、誰と会う約束をしている訳ではない。
だが、家の大家さんに休みだから外泊等の予定はないと伝えてある。一日ならまだしも何日も帰らなければ不審に思うだろう。それを信じて、私は心が折れぬ様、必死に耐えるだけだ。


*


暫く寝転がっていたが、身体も軋むし、もう起きていても可笑しくはないだろう。身体を起こして鎖が動く限界まで扉から離れる様に試みる。部屋が狭いからか、鎖が長いからか、壁に凭れることが出来た。
ふう、と息を吐いた瞬間、廊下から足音が聞こえてきた。少しずつ近付いてくる。視線を下げたまま静かに開いた扉を視界の端に捉える。
男は、手に持っていた食事を床に置くと、嬉々とした雰囲気を纒いながら近付いて来た。


「Yes,you got up finally,Hatsune!(ああ、やっと起きたんだね、初音!)」
「…Who are you?(あなたは…誰?)」


笑顔の男とは対照的に感情を出さない顔で男を見る。知らない男だ。が、見たことはある気がする。舞台挨拶や出待ちの中に居た。アメリカでデビューした時から、毎回の挨拶に必ず居た顔だ。


「I'm a partner of your destiny!(僕は、君の運命の相手さ!)」


男の言葉に、思考が固まった。コイツは何を言っているんだ、こんなことをして、運命も何もあったもんじゃない。


「Well,it's a meal.(さあ、食事だ)」


男は、床に置いていた食事を差し出してきた。嫌だという意味を込めて首を横に振る。何が入っているか分からない食事など、手を付ける気にならない。男は、特別に気に掛ける様子もなく、笑顔で見てきた。その顔は、とても幸せだと言っている様に見えて、この男の考えていることが全く分からない。


「Safeness and I don't injure you.(大丈夫、僕は君を傷付けたりしない)」


そんな言葉、信用出来ない。
傷付けないならば最初からこんなことしないで家に帰してほしい。男は笑顔のまま、食事を私の方へ寄せ、扉に近付いていく。


「Because there is much time.(時間は沢山あるから、ね)」


一言、言葉を残し、男は扉から出ていった。
傷付けないと言っていたならば、直ぐ様殺されることもないかもしれない。だが、何かしら外に発信する機会がないと、私が此処にいるということを知ってもらう術はない。大家さんが異変に気付いてくれれば良いのだが、日数は掛かるだろう。両親に連絡さえしてくれれば、あの父親だ。直ぐに私の場所なんか見付けてくれる。今は兎に角、信じて待つ。


「大丈夫…、絶対、大丈夫」


絶対に、家に帰ってやる。





20160418
ALICE+