少年と出逢う


「あのマカデミー女優が帰国ですか!」


テレビのアナウンサーが驚きの声を上げたのを、寝惚けた顔で見ていたコナンは、次の瞬間に映った顔に、一気に目を覚ました。


「暫くは日本で仕事をしたいということですので、楽しみですね」


――工藤初音。
簡単なプロフィールと空港に着いた時の映像であろうモノが流れる。そこに映し出された来歴も人物も、完全に己の知ったモノであり、コナンは無意識に息を吐く。
小学生で子役デビューを果たし、中学生には世界に出ていき、去年、マカデミー助演女優賞を獲得した。
つらつらと述べられていく事実に、コナンは考え込みながらもテレビのチャンネルを変えた。蘭に知られると更に大事にされそうだ。どうせ直ぐに耳に入るだろうが、少しでも時間を稼ぎたい。


「蘭ねえちゃん」


コナンが、台所で朝食の準備をしている蘭の背中へ声を掛けると、蘭はコナンに気付いた様で笑顔で振り返る。


「あら、おはよう、コナン君!もうちょっと待っててね、直ぐご飯の準備するから!」
「うん!今日はご飯食べたら博士の家に遊びに行ってくるね!」
「博士の家?あんまり迷惑掛けちゃダメよ?」
「はーい!」


子供らしい声を発しながら、コナンはリビングの自身の定位置へと座る。チャンネルを変えたテレビからは、天気予報が流れている。今日は晴れだが、時折曇りになる様だ。若い男性の気象予報士が話す内容を、聞き流しながら、コナンは普段は隣にいるはずの人物がいないことに気付き、蘭へと問い掛ける。


「蘭ねえちゃん、小五郎のおじさんは?」
「お父さん?昨日飲み過ぎたー、ってまだ寝てるわ」


全く、ダメな大人よね。
蘭が小さな声で文句を言うのが聞こえ、コナンは笑うしか出来なかった。



*



――ピンポーン


ドアホンを鳴らしても、誰も動く気配がない。もう一度鳴らしてみる。静かだ。もう一度、と思ったところで手を止め、ドアホンへ向けていた手を門へ向ける。ゆっくりと押してみれば、少し錆びれた音を立てながら開いた。
キャリーケースを持ち直し、玄関まで移動する。鞄からキーケースを取り出す。自分の家の鍵を探し当て、回してみる。ガチャリ。
鍵の開く音を聞いてから、ゆっくり扉を開けると、中は電気も点いていなかった。


「あ…れ?」


今の時間ならば、学校へ行く準備をしている筈だ。まさか、もう出掛けて行ってしまったのだろうか。荷物を玄関に置き、部屋を探して回る。
リビングには、いない。
洗面所も、いない。
寝室も、いない。
書庫にも、やっぱりいない。
何処かに出掛けているなんて話は聞いていないし、でも何日も不在なのか食器を使った様子も、洗濯物を干した様子もない。おかしい。
荷物を急いで玄関からに自室に動かして、玄関から出る。ささっと鍵を掛けて、隣にある家を目指す。
きっと、何か知っているはずだと信じて。


「――は、かせっ!博士!!!」


バタンと勢い良く玄関を開けたら、阿笠はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。


「……初音くん、か?」
「博士、新一は!?」


突然入ってきた初音に、阿笠は飲んでいたコーヒーを吹き出し掛けながらも、初音を見る。最近会っていなかったが昔の面影を残す初音に、とにかく落ち着くよう、ソファに座ることを勧める。阿笠はコーヒーのカップを机に置き、初音の分を用意すべく立ち上がった。


「新一から何も聞いてないのか?」
「何も…って、新一に何かあったの?」


コーヒーを片手にソファに戻ってきた阿笠の言葉に、一旦は大人しくソファに座っていた初音が、立ち上がりかけた。だが、それを阿笠が静かに制す。
新一の口から伝える気がないモノを自分が話すわけにはいかない。阿笠は、ぐっと言葉を飲み込み、新一が常に使っている言い訳を思い出す。


「あれじゃ、…事件を追っておってな」
「…事件?」
「ああ。厄介な事件だそうだ」


じっと、初音は阿笠の目を見つめる。初音の視線から逃れる様に、阿笠の瞳がキョロキョロと揺れた。それでも初音は見つめ続ける。阿笠の額に冷や汗が伝い始めた。


「博士、…」
「おい、博士。今日のニュース見たか!?」


突然、初音の言葉と被る様に扉が開き、少年の高い声が響いた。初音は聞き覚えのある声に、玄関を見る。阿笠も玄関へ視線を移し、タイミングの悪さに顔をしかめた。
少々乱暴に家に入ってきたコナンは、初音とばちりと視線が合い、げ、と言葉を漏らしてしまう。


「お、お……おお、コナンくん。どうしたんじゃ?」
「コ、ナン、くん…?」
「あ…れれ、知らないお姉さんだー」


明らかに声の上擦る阿笠とコナンに、初音は首を傾げる。おかしい。何処かで見たことある顔に、何処かで聞いたことのある声。それに、急に視線をさ迷わせ始めた二人。初音は何度もコナンと阿笠を見比べる。何か隠し事をしているのは明らかだ。
でも、それが何なのか、初音には分からなかった。
ただ、感じたのは違和感。


「…しん…い、ち?」
「え?」


そうだ。
まだ小さい頃の、それこそ小学生になりたての頃の新一と、目の前の少年が似ているのだ。
初音の記憶にもはっきりと残っている新一の姿は、最近、年に何度かしか会っていないせいか、一緒に暮らしていた頃の、まだ幼い彼なのだ。
初音が無意識に名前を呼べば、コナンが少し目を見開いた。


「新一、だよね?」
「お、え、あ…お姉さん、何言ってるの?ボクは、江戸川コナンだよ」
「江戸川、コナン?」


変な名前だと思いながらも、初音はコナンを見る。眼鏡の奥の瞳が小さく揺れている。問い詰めようとも思ったが、コナンだと言う少年に対し、新一だと決めつけるのは失礼だ。初音はコナンと視線の高さを合わせる様に膝をつき、脳内で言葉を選びながら口を開く。


「…コナンくん、博士と知り合い?」
「うん、親戚なんだ!」
「そう。コナンくんって兄弟はいるの?」
「う、えっと…いないよ、一人っ子なんだ」
「そう」


ピクリと、コナンの顔が引きつったのを、初音は見逃さない。笑顔を崩さぬまま、初音は言葉を続けた。


「コナンくん、私ね、弟がいるの。同じ日に生まれた、大切な片割れなの」
「それって、……新一にいちゃんのこと?」
「そうよ。すごく大事なの。いつも、離れてても私は新一を信頼してたし、頼ってた」
「仲が、良いんだね…」
「そう。私はそう思ってたんだけど…」


初音は、口元には笑みを浮かべながらも、瞳にはありありと悲しみが写し出されていた。コナンは初音の目を見て、明らかな動揺を示す。


「初音、ねえ…ちゃん…」


コナンが小さく初音の名前を呼ぶのを、初音は聞き取った。初音はふらりと立ち上がり、コナンに背を向ける。表情の見えなくなった初音に、コナンは焦る。阿笠は、二人の様子をコーヒーを飲みながら見守っている。


「私はこんなに信頼してたのに、新一は私には何にも言ってくれなかったの」
「っ……」
「悔しいなぁ、私は信頼してもらえなかったのに……」
「あ、…の、初音……」
「ねえ、」


ゆっくりと、初音が振り返る。悲しみに揺れていた瞳が、コナンに向けられた瞬間に真っ直ぐと力の籠ったモノになる。コナンが、小さく息を飲んだ。


「博士は信用して話せるのに、私には何も言えないって、……どういう事かな?」
「えっ…」
「ねえ、新一?」


初音の表情には、悲しみなど残っておらず、確信しきった表情をしていて、コナンの口が、ヒクリと動いた。





20150513
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