ドライフラワー

かたん、机に鍵を置く音が虚しく響いた。
悟の部屋から持って帰ろうとまとめた荷物は、片手で持つには少し重くて。
あぁ、ここに持ってくるときは、彼が持ってくれていたから重さを感じなかったのだと、今更気づいた。

部屋を見回せば、物が少なくてシンプルだけど、ぽっかりと私の荷物分の穴が空いているようで。
これが別れるってことなんだろうか。

『たぶん、私じゃなくていいね』

なんて、言い出したのは、私からなのに。
悟は何も言ってくれなくて。
目隠しの向こう側の表情を確かめる勇気もなくて。
鉛を飲み込んだように胸が苦しくなって。
「じゃあ、」と乾き切った喉から絞り出して、ズキズキと痛む心を隠して、逃げるように立ち去った。
悟の顔は、見れなかった。

「名前」って最後に悟に名前を呼ばれたのは、いつだっただろう。
余裕がなくて、この頃は喧嘩ばっかりで。
どうすればうまくいったんだろう。
絡まった糸を解こうとすればするほど、さらにぐちゃぐちゃになって。
いつもなら悟が解いてくれていたけれど、私一人じゃ解けなくて。
解こうと動かしていた両手もがんじがらめになって。
もう、どうしようもなかった。

靴を履いて、荷物を持ち直した。
もうここには戻れないんだ。
自分に言い聞かせて、ドアを開ける。
部屋に残っていた悟の匂いに混じって、少し冷えた外の空気が鼻腔をくすぐる。

「さよなら、悟」

生きる世界の違う私たちだから。
もう、会うこともないだろうけど。

『名前、好きだよ』

いつか甘く言ってくれた悟の言葉を思い出しながら、
背後でドアがばたん、と閉じた。