2019/06/02

汀の二次創作の話

肌に刺さる空気が鋭く、開け放たれている窓から見える景色は真白い。
空から落ちるそれが生まれ育った町を染めるのは、初めてのことだった。
ひやりと頬を掠める風は、柔らかなカーテンを押し上げている。すべてが静止したような空間でそれだけが音を立てて揺らめいている。

部屋の持ち主は、いない。品よく取り揃えてある家具。いつもその中で穏やかな笑みを浮かべている彼女が、いない。いや、いなくなるのだ。いないことが当たり前になる。彼女はこの淑女であることを押し付けるような部屋から出ていき、自分の家を持つのだ。彼女が選んだという男とともに。

「渚」

優しい声。これ以上に心地のいい音を自分は知らない。呼ばれるままに部屋の中へ足を踏み入れる。毎日のように訪れ、ことすれば自分の部屋よりもこの部屋で眠ったことの方が多かったかもしれない、ゆりかごだ。カーテンが激しい音を立てている。ばさり、と布がこすれる音に霞むことも無く、彼女の声がまた自分を呼んでいる。
開いたままの窓。窓枠に手をかける。――覗いてはいけない、覗くな、見るな。叫ぶ声がする。静止の声と自分の意志とは無関係に、瞳は窓の外、その下を映した。
白の中に、赤と黒が散らばっている。白のなかで、完成された絵画のようなそれは確かに自分が描いたものだ。私が完成させた、世界で一番美しい作品。

「渚、渚渚、なぎさ、 私はここから、でて、渚、なぎさナギサなギさ、モうあなタの面倒をみるのは、タクサん、なギサ、」

耳もとで姦しく声がする。化け物のおぞましい声だ。それは一度姉さんの真似をして「渚」と呼ぶと目の前の風景ごとぶつりとブラックアウトした。

身を起こすと、固い床の上だった。散らばる本を見るにまた資料まとめをしている間に眠ってしまったらしいということがわかる。ばさ、と布のこすれる音に目を向けると窓が開いている。その先には白い闇。
「……ああ、どうりで冷えるわけですね」
立ち上がり、窓を閉める。どこかで名前を呼ぶ声が聞こえた。

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