携帯

2019/06/02

日々薄れる

懐かしい声が聞こえた。

『―― はじめくん? ちょっと確認して欲しいことがあるから、これ聞いたら連絡ちょうだい?』
「たくみおじちゃんのこえ!」

けたけたと楽しそうに娘が笑っている。その手に握られているのは、黒い端末。見覚えのあるそれは何年前に使っていたやつだったか。最近、周囲の子どもたちの影響からか、スマートフォンを使いたいと妻に強請っていた姿を思い出す。使用しなくなった端末を、与えることで黙らせたのは良いが、データを消さずに渡したのか。娘が小さな手で操作する端末からは業務連絡のような看護師の声に混じって、ふざけた男の声がする。その度に娘は『おじちゃん!』と笑い声をあげる。「お兄さん、だよ」と諦めずに告げていたあいつの苦労も浮かばれない。

「ぱぱー、おしゃしんみたいです」
「写真? ……貸してみろ」

一通り聞き終わって満足したのか、こちらに歩いてきた娘から端末を受け取る。殆ど写真の機能なんて使った覚えがないが、なにかデータが入ってるのか。確認するようにフォルダを開くと、明らかに隠し撮りされたような写真が出てくる。犯人は考えるまでもない。

「ぱぱ、みせてー」
「…………ちょっと待ってなさい」
「えー?」

順番に削除していく。一枚だけ、あいつの顔が映っている。そういえばこんな顔をしていたな、と、思った。それだけを残して娘に手渡すと「たくみおじちゃんのしゃしんしかない…」と不服そうに口を尖らせた。見るものが無くすぐに飽きたのか、また留守番電話の再生を始める。

『―― はじめくん? ちょっと確認して欲しいことがあるから、これ聞いたら連絡ちょうだい?』
「ねえぱぱ、たくみおじちゃんこんどはいつあえる?」
「……たくみおじちゃんは忙しいから、暫くは無理かもしれないな」
「そっかあ」

そのうち、娘はこいつの声を聞いてもそれが誰だったのか解らなくなる。
そんな日がくることを本当は、知っていたのかもしれない。

はじたくはじ