「」→英語
『』→日本語





気付けば、知らない町並みの中にいた。
右を見ればパリにありそうなカフェのテラスで優雅に紅茶を嗜む人や行き交う人々の視線。左を見れば二頭の馬で引いている馬車、そして同じような行き交う人々の視線。服は中世みたいなカッコをしている。
正面にあるショーウィンドウのガラスに今朝鏡でみた服と同じものを着ている自分が写っているのを見て、漸く自分が尻餅をついている状態であることを理解した。慌てて立ち上がって、人の視線が届かないところに避難する。

……、理解がおいつかない。
なんで?ここどこ?なんで不法入国してるの?っていうか、馬車?馬車あったよね?

口元を押さえて、壁に手をつく。視線は正面下を向いているが、頭の中には入っていないようだ。ポケットに入っていたスマホを取り出して日付を確認する。そこにはさっき見たときと一時間ほどしか変わらない時刻が表示されていた。

???
頭の中はそれしか浮かばず、溜め息を吐いた。その時、不意に声が聞こえるような気がした。
――こっちだよ。
子供のような声。
なんの頼りもなかった私はとりあえず声が聞こえるような気がする方向へ足を運んだ。


治安が悪そうな場所をなんとか切り抜け、辿り着いた先は墓地だった。十字架に英字が彫られているそれが並んでいる。その一角に黒い服と白い服を着た人間がひとつの墓地を囲んでいた。
視界に入れて、隠れた。
何あの集団怖い。なんで墓囲んでるの?殉職?それにしては調べるような雰囲気だったけど。
―こっち、こっち
さっきより大きく響く声が気になって、壁から覗いてみる。ばちり。黒い服の目つきが悪い人と目があった。こええええ!すぐに壁に戻って臆病者な私の心臓を落ちつかせようと瞼を閉じて深呼吸を繰り返す。数回もして瞼を開ければ、黒い服の目付き8の悪い人が不機嫌そうに声をかけていた。

「おい」
『ぎゃあああ!!』
「!」

心臓が飛び出るくらいに吃驚して、反射的に叫ぶ。だが男はそれ以上の声でShut your gob!(うるせえ!)と叫んだ。え、英語…だと…!

「お前、あれ知ってんのか」
『…?!』

指差す方向に声が聞こえた(様な気がした)ひとつの墓地があることは理解できるが、如何せん英語がネイティブすぎて聞き取れなかった。のう…なんとかって聞こえたから、知ってるかってことでいいのかな…?
恐る恐る男の顔を見上げた。黒い髪のぱっつんポニーテールでイケメンである。い、いけめぇん…!…どこかで見たことがあるような。
しばらく待ってくれていたようだが、見上げるだけの私に痺れを切らしたのか、舌打ちをひとつして腕を掴まれた。手でかい力強い痛い怖い!

訳もわからないが抵抗も出来ないのでそれにしたがっていると、墓地の前に身体を引っ張られる。理解も出来ず、ただ目の前の墓地を見下ろした。英語は読めない。けど墓前に置かれているてるてる坊主のような人形を見たとき、なんとも言えない気持ちを抱いた。クイズの答えがわかったような、初恋の人の写真をみたような。
気付けばしゃがんで視線を合わせて、呟いていた。

『みーつけた』

呟いて、目を瞬いた。私は、今なんて言った?

ー…みーつかっちゃった〜

目の前の人形が、喋って、浮いた。

『…っぎゃあああああああ!!!』

ここまで連れてきた男がさっきと同じ言葉を吐いた。腰の剣を構えたと思ったら、大きい球体の真ん中に顔が浮かんでいるものが目の前に現れる。

『ぎゃあああああああ!!』
「いちいちうっせえ女だな!」

白い人が機会を起動させて、取り囲んだ。大きな音と共に弾丸が目の前で透明な壁によって弾かれ落ちる。
あくまと単語が聞こえて、英語でも日本語でもあくまは共通なんデスネと心の中で呟いた。

ー漸く来てくれたんだねえ!

目の前で繰り広げられている人間技とは思えない動きとグロテスクな色をしたあくま、否AKUMAと言われる兵器を遮るように人形は現れた。浮いているがもうそんなんじゃ驚かないぞ☆

『漸くって』
ー君を呼んでたんだよ!ずっと!

つまりもといた場所から中世ヨーロッパ(たぶん)に呼び寄せたってことでおっけぃ?
なんで…なんで…

『もといたとこに帰してぇええええ!!』
ーいた!いたい!

人形を揺さぶる私を止めようと白い服を着た人は何か言ってるが、英語が大嫌いだった私には理解が出来ない。尚且つ構っている余裕もなかった。
いたい!
人形のその言葉と共に頭突きをかまされ、私は意識を失った。あれ中に石入ってる……。



^^^



かたんと揺れて、目が覚めた。瞬きを繰り返して状況を理解しようと体を起こして見渡す。
どうやらここは電車の個室みたいだ。車窓から見える風景が目まぐるしく変わっている。対面の席にはあの人形がちょこんと座っていた。揺れる車内の中、ずっと座っているそれはやはり自立しているようだ。こちらに気付いたそれはふわふわと宙に浮かんだ。うん、もうオドロカナイゾ。

ーオハヨー!起きたぁ?

日本語のように聞こえるそれは理解できて、おはようと返した。頭突きされたところが痛んで、これは夢ではないと訴える。

―ごめんねえ。痛かった?
『…大丈夫。ありがとう』

擦り寄ってくる人形の頭を撫でる。嬉しそうにふわふわ上下した人形は慣れてしまえば可愛らしかった。ピンクのふわふわした生地、ウサギの耳のような頭に大きなリボン。継ぎ接ぎなところがポイント高い。

『あなたは、だれ?』
ーボクはイノセンス。君はボクのパートナー!
『イノセンス…』

その言葉を聞いて確信した。これは昔読んでいた漫画の中。黒い髪のポニーテールイケメン、イノセンス、中世のような舞台。絵の中にあったもの。けどこれは…

『帰して、日本に』
ー…??帰す?
『あなたが呼んだんでしょ?』
ーそう!あのお墓に!

おはか。繰り返された言葉に私がトリップしたこと知らない口ぶりだった。

ーずっとずっと呼んでた。暗いあの場所で。
『…お墓で?』
―うん。そしたら、突然キミを感じたんだ!だから呼んだの!

その言葉で確信した。何も知らないのだと。体中が強張って、2、3秒固まって大きく息を吐いて力を抜く。そしてさっきと同じように寝転がった。

『…っ、あはは、ふふっ』
―何がおかしいの?
『だって、おかしんだもの』

込上げてきた感情を素直に外に出した。理解が追いつかなくなって、逆に楽しくなってくる。そういえば私はドがつくほどのMだった。
イノセンスを所持しているなら向かう先は一つ。教会本部。ならなければならないのはエクソシスト。昔々に周り全部捨ててもいいと思うほどに憧れた職業。大切なものを、日々を守っていこうと決めた今更なるとは、人生とはわからないものである。
擦り寄ってきた人形を抱きしめて、深呼吸をした。…くさい。

『めっちゃくさ!』
ーえええ!
『どっかで洗おう!』
ーく、くさい?ボク、くさい?
「うるせえ!」
『ご、ごめんなさい…』

開け放たれた列車の扉に立っていたのはさっきのイケメン。昔に焦がれたその顔を見て、またひとつ笑みを零した。



ーーーー



あれからなんだかんだあって本部に通された私は正式にエクソシストに登録された。ヘブラスカに預言者扱いされたり、日本語通じないしでいろいろあったけど、省略。初めは元帥の元での修行となり、今は語学研修とともにイェーガー先生のところにお世話になっている。日常会話くらいはできるようになったんだぞ!えへん!
体力作りにAKUMA退治、言語学習。忙しい日々を送っていた中、女子特有の生活用品を買いに元帥の元を離れたときだった。止まっている宿屋のドアを開けても誰も居らず、荒れた室内に嫌な予感を感じて街を掛け出した。ベルギーの町並みを見向きもせずに走り回る。

ーたぶん、こっちだよ!
『…いこう!』

辿り着いた教会を恐る恐る開ける。静寂が耳に痛い。壁にはところどころ穴があいていて、戦闘があったことを物語っていた。いつでも戦えるように体勢を整えるが、恐怖で足が竦みそうだし、喉がからからだ。深呼吸をして意を決して中を見れば、背中向けに磔にされている一人の男と、それを見上げている黒い燕尾服の男が居た。元帥と、あれは…。
扉の音に気付いた燕尾服の男はこちらを振り向いた。目が合う。それは古い記憶の中のページにあるノアと呼ばれた男だった。

「もしかして元帥の弟子の子かな?」
「…っ」

まだ扉の影に隠れていた人形(ミミィと名づけた)を服の中に隠す。AKUMAなら、レベル2程度なら倒すことが出来た。けれど相手はノアだ。実力の差は歴然だ。
怖い怖い怖い怖い。湧き上がる感情が足を竦ませる。けどそれと同時になんだか笑いがまた込上げてきた。自分でも理解できない。けれど元帥が殺されかけている状況では笑えないと必死に平静を保つ。

「ち、違いマス」
「ふぅん」

面白そうに弧を描く瞳に緊張が走る。褐色の肌に涙黒子。所謂イケメンの部類に属する彼はページの上から見る分には好きだった彼。ティキだ。苗字忘れたな…。

「…っく!ベッ●ム…!」
「…は?ベ●カム?」

伏字仕事してないぞ!

「えーと、だれ?それ」
「オキニナサラズ」

余りのイケメン振りに直視できないとか、遠目からしか見れないといか、そんなんじゃない。
そんなことより元帥を早く助けないと。ほんの一瞬だけ視線を元帥に向けたことに気付かれたのか、ティキの纏う空気が変わった。空気がまるで違う。重い鉛のような、それでいて鋭い針のような感覚。悟られないように気を溜めて、放出!
気がミミィを介して溢れ出し、煙幕のようなものになった。そこから移動して助けを呼ぶためゴーレムを放って私も逃げようと背を向ける。

「びっくりしたぁ」
「…いっあ゛!?」

お腹に大きな衝撃がかかって、次には背中に痛みが走った。思いっきり打って咳き込む。服の中から飛び出たミミィが声をかけるが聞こえない。

「悪いねぇお嬢さん。痛かった?」
「ごほっ、ごほっ」

いたそー。他人事のようにそういう男は蹲る私の目線に合わせて屈んだ。どうやら磔にされた元帥の真下にいるらしい。ティキの背景で推測できた。イノセンスを発動しようとするが、それに気付いたティキはミミィを鷲掴む。

「変わったイノセンスしてるんだな。人形?」
―離してー!

ミミィの声は適合者である私にしか聞こえない。彼にはじたばた動く人形にしか見えないのだろう。イメージをミミィを介して実現する。基本的にはジャズデビと似たような能力。炎をイメージするが、それを察したティキはミミィを、イノセンスを粉々にしてしまった。
ぱらぱらと砂になるミミィを見て、呆然とする。

「ハート…じゃあないよなぁ」

瞬きを繰り返す。理解できない。
ミミィが粉々になった。
つまり、それは…

「ここで死ぬってことさ」

低い声が響く。金色の瞳と目があった。
そう、イノセンスを失くして、ただの人間の娘に身体能力がずば抜けているノアに叶うわけがない。

「まあ敵同士だし、恨まないでくれ…なぁんて無理な話か」

ティーズ。呟いた彼の掌に黒い蝶が羽を休めた。掌より大きいそれはアレンの心臓の一部を食べたそれなのだろう。胸の前に当たる感じがしたけど、今の私にはなんだかどうでも良かった。

「…なんで笑ってんの?」

今度はティキが瞼を瞬かせる番だった。
綺麗な線の輪郭に手を触れて、微笑む。

「だって、綺麗なんだもの」
「…!」

自分でも何故そうしたかは理解できない。元帥も殺されかけ、ミミィも壊され。恨むほうが当然の感情だった。けれど、それより、今の、目の前の景色が、綺麗だと思ったのだ。

「…俺が言うのも大概だけど…アンタ、狂ってる」
「…ふ、……そうカモ」

お腹に衝撃が走って、意識が遠くなる。最後に感じたのは暖かい体温。こんな穏やかなものの中、死んでしまうのなら、それも悪くないのかもしれない。




20160802


続かせたい…


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