「おはよーございまーす」
「姉さん、寝癖」
「マジか」
跳ねている前髪を朧が溜め息を吐きながら手櫛で整える。
……これは夢か。
どう見ても彼も彼女も奈落の装束ではないし、今いるこの部屋は暗殺者からかけ離れている、どこだ。
何より朧が綺羅を「姉さん」と呼んだ。
馬鹿姉とは何度か呼んでいるのは聞くが、こうも親しげに姉さんと呼ぶのは初めて聞く。
「父さん呆けてどうしたの。お茶飲む?」
「昨日買ってきた茶葉が戸棚に入ってるはずだ。……姉さん一度髪の毛はちゃんと整えた方がいい」
「え、なんで?そんな酷い」
確かに酷い。
結んでいればわからないのだろうが髪を下ろしていると後ろがあちこち跳ねている。
朧が綺羅を姉さんと呼び、綺羅が私を父さんと呼ぶ……これは誰の夢だ。
あの男の夢か。
ただの人間のありきたりであろう日常を夢見てるとでも?
綺羅は朧に台所から追い出されたのか、跳ねている髪をそのままに炬燵に入り込んだ。
置いてあるリモコンを片手にテレビのチャンネルを回し、自分好みの番組を見つけたのか視線をそちらへ向ける。
「私今日の夜飲み会ねー」
「は?」
「のんちゃんとこ。宅飲みOKっつーかのんちゃんの保護者が家でならいいってさ」
「のんちゃん……?」
「信女」
「ああ……」
「佐々木さんも心配症だよね、のんちゃんむしろ潰す側だから気にしなくていいのに……」
「姉さんは潰された側だからな」
「お恥ずかしい……まさかトイレ直行とか」
朧が私と綺羅の前に茶の入った湯呑みを置く。
綺羅の向かい側に朧が座り、テレビに視線を向けながら会話を進めていた。
平穏過ぎる空間。
なんだこれは。
動悸が激しくなる。
息苦しいと感じる。
そんな時、視線をテレビに向けていた綺羅がこちらを振り向いた。
「……いつか現実になるといいですね、虚様=v
初めて見る、優しげな笑顔で。
──私の話をしよう。
きっと私はもしもの世界にも行けるのだ。
例えば誰かが望んだ世界とか。
それは馬鹿親父が──松陽が、虚様が、どちらが望んだかはわからないけれど。
いつか、もしも、そんな世界。
もしかしたら、馬鹿親父ではなく弟分が望んだのかもしれないし、私≠ェ望んだのかもしれない。
私の存在自体が規格外っつーかありとあらゆるものに当てはまらないっつーか、ご都合主義の塊なんでしょう。
「虚様ー、朧ー、天導衆のクソジジイたちがお呼びですよー」
間髪入れずに、ならお前はババアになるだろう、と聞こえてきた朧の言葉に頬を引き攣らせた。
夢から醒めた虚様が、なんとも言えない表情をしていたけれど。
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