ずっと好きだった。
大切で大切で。
しばらく会えないと、連絡もとれないと言われた時はずっと待ってるよって一方的に約束した。
なのに。
──あいつは死んだ
彼の幼なじみから聞いた時は嘘だと思った。
なんで死んだのかは教えてくれなかった。
ただ、幼なじみも辛そうな苦しそうな悲しそうな顔をしていたから、本当のことで、彼は幼なじみと私を置いてったのだと。
会いたかった。
そう願ったからなのか、変な夢を見るようになった。
廃墟のような屋敷。
雪の降る中、彼がその屋敷に入る夢。
夢でもいいから、ちゃんと顔を見たくて追いかける。
俯いたまま、陰鬱な雰囲気のまま進む彼は私が知ってる彼じゃないみたいで。
けれど、間違えたことなんてない。
名前を叫んでその腕を掴もうとしたところで目が覚める。
そんな夢を、何回見たのだろうか。

「お前、顔色悪いぞ」

のっぴきならない事情で偽名を使っている彼の幼なじみが心配そうな表情を浮かべる。
こうして不定期とはいえ、会うのは私の生存確認でもしてるのだろうか。
大丈夫だよと、笑えないまま返して、コーヒーを1杯飲んで別れて、それも繰り返した。
ある日、夢がいつもと違っていたのに気づく。
段々、彼を捕まえようとする場所が屋敷の奥になっていた。
日に日に屋敷の奥を進み、時には迷い、けれど追いついて。
変なの、ただの夢……だよね?
その時はたまたま、屋敷の廊下にある柱が少し腐って、そこの木が棘のように尖っているのに気づかなくて引っ掛けたのだ。
指先の痛みも、指を伝う血の感覚も、まるで本物みたいだなって思っていた。
初めて彼が足を止めて、少し私の方を見る。
そして一言、もうこんなところに来るなと。
初めて彼に追いつけないまま目が覚めると、夢で引っ掛けた指先からは、傷が残ってシーツを汚していた。
ズキズキとした痛みもある。
ここで気づく、この夢は、本来はやばいものでは?

「寝てる時に引っ掛けたんだろ」

「でもそんな物騒なものは置いてないよ」

「じゃあ反対の手で引っ掻いたんじゃないのか?」

「本当に私の夢だったら、あの人はこんなところに来るなって言わないもん」

「……」

そしてまた夢を見る。
今度は、屋敷の更に奥まで辿り着いた。
螺旋階段を降りて、橋を渡って辿り着いた場所。
社を通り過ぎて、どこかへ流れる水辺。
その水の上を蝋燭が流れていく。
果てなんて見えないのに、流れていく。
そんな流れと一緒に、たくさんの人影が動いていた。
男も女も老人も子どもも、その方向へ歩いていく。
その中に、いた。

「待って、待って!!」

直感したんだ、彼が果てにいってしまうと。
濡れるのなんか関係ない、ああでも水の上を歩く彼には追いつけないかもしれない。
でも、でも──

「ねえ置いてかないで!──!」

まだ伝えたいこと、伝えてないから。
彼の名前を叫んで、追いかけて、足が縺れてその場に崩れ落ちてしまう。
立たなきゃ、立って追いかけなきゃ。
急いで立ち上がって、顔を上げると彼が目の前にいた。
さっきまでの暗い顔はどこへ行ったのか、いつもしてた困ったように笑って、私の体を抱きしめる。
……あったかくなかった。
その温度に、彼は本当に逝ってしまうのだと。
やだよ、置いていかないでよ、どうせなら私も連れていってよ、もう待つのはいやだ。
会えればよかったはずなのに、今度は連れていけと言う私はわがままだ。

「馬鹿だなあ、こんなところまで追いかけてこなくていいんだよ」

「嫌だ……君がいないと嫌だぁ……!」

「……ごめんな」

なんで死んじゃったの、なんで生きてくれなかったの。
わんわん泣き喚いて好き勝手言う私を怒ることもなく、ただごめんと繰り返し、私の背中を撫でる。
どのくらいそうしていただろう。
彼が私の肩に手をおいて、やんわりと距離を取った。
周りには蝋燭が水の上に浮かんでいて、人の流れは辛うじて見えるところにある。

「俺を追ってきてくれてありがとう。でも、これでさよならだ」

「……もう夢でも会えないの?」

「会えない。会わない方がいい。お前は生きてるんだから、生きろ」

笑いながら酷いことを言う。
会わない方がいいだなんて、何年会えなかったと思ってんの。

「──好きだった」

「うん」

「好きだった……!ずっとずっと待つくらいならできたのに!声が聞けなくても顔を見れなくても我慢できるくらいに君のこと好きだったのに!!」

「……うん」

「夢の中でも会えたのに、追いかけて追いかけて、こうやって会えて触れて話せたのに、もうさよならしなきゃいけないの?」

「そうだよ」

「なんで……なんで死んじゃったの……!」

「ごめんな」

「……ねえ、零くんも辛そうだったよ」

「代わりに謝っといてくれ。俺はもういかなきゃいけないからさ」

「……うん」

「会いに来てくれてありがとう、好きになってくれて、ありがとう」

──さよなら
それを最後に、彼が笑ったのを見るのを最後に、景色が暗転した。
聞き慣れた携帯のアラーム、見慣れた天井。
私の部屋。
顔がやけに冷たくて、手で自分の頬に触れる。
濡れてる。
泣いてるのか。
彼にさよならを告げられたから。
もう会えないから。
それからというものの、あの夢は見なくなった。
さよならをして悲しいけれど、見なくなってからはどこかスッともしていて。
久しぶりに会った彼の幼なじみは首を傾げる。

「代わりに謝っといてって言われたから」

「はあ……で?」

「もうあの夢は見てないよ。思っても見れない」

「そうか。少し顔色がよくなって安心したよ」

「そりゃあ心配おかけしました」

「なんて言われた?」

「ごめんとさよならとありがとう」

「……よかったな」

うん、よかったと思う。
伝えられたし、会えたし。
体の体温がなくても、彼は優しかった。
さようなら、私の大好きな人。
生きろって言われたから、ちゃんと生きていくよ。


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