もう一度、出逢ってしまう


この日の仕事は散々だった。
いつもしないミスをして、飲み物を床にぶちまけて、コピーする枚数を間違えて、上司のお小言も耳に入らずボーッとしてしまいさらに怒られて。
大半は自分のせいだ。分かってる。
でも、でも!その原因は夢のせいなんだ!!
……なんて、言えやしない。周りから見れば単に私自身の落ち度なんだよ。ちくしょう。

残業する分の仕事は明日の私にぶん投げて、早めに退勤した。この状態じゃ残業しても捗らない。

フラフラで帰宅する。
お風呂だけはきちんと入り、ベッドへ沈む。
疲れた。体力的にも精神的にもキている。
…寝てしまうのが一番だろう。
タイミングよく瞼が降りてくる。
寝ぼけ眼でなんとかアラームをセットした。

─今日は嫌な夢をみませんように…。



◇ ◇ ◇



「…お前、どこから現れた?」

その声が耳に入って覚醒する。
ゆっくり起き上がり声がした方へ目を向けた。
昨夜の夢に現れた桃色のコートを羽織る男が大きな椅子に深く腰掛けて、私を見ている。
私が起き上がったのはベッド。
昨日は全く意識してなかったけど、一体何サイズのベッドなんだろう?ちょっと大きすぎでは?
…いや、それよりも、またこの夢なのか。
もはやトラウマと言っても過言ではないレベルで
二度と会いたくなかった人なんだけど。

「朝には姿を消してたよなァ。トレーボルあたりに雇われた娼婦か?で、いつからそこにいた?」

おれは夕方から今までこの部屋にいたんだが?
幹部以外は入れてねェし窓も開けていない。
ならば、お前はどうやってここへ?

今日は手荒な真似はしないらしい。
理路整然と思える質問だったので、答えてみる。

「まず私は娼婦じゃありません。そして自らここへ来たわけでもないです。自分の部屋で寝て、気がついたらここにいたんです。このベッドに。そもそも、私だってあなたが誰なのか知りません」
「…おれを知らない?」
「はい。すみません、有名な方…ですか?」
「フ、フッフッフ…!そうか。おれを知らねェならその無警戒な態度も頷ける。だが、気がついたらここにいた・ってのは意味がわからねェな」

肩を揺らして笑うその人。…不思議な笑い方だ。
そしてどうやらかなり有名な人らしい。
テレビのニュースもネットニュースも見ているし、そこまで世間に疎いわけではないんだけどな。
こんなに見た目が強烈な人、一度見たら忘れないと思う。日本人っぽくはない。言葉は日本語だけど。
考えれば考えるほど謎が増えていく。

「あの、これは私の夢だと思っているんですが…」
「夢?おれの存在すら夢だと?」
「はい」
「昨日のことも夢だと思ってるのか」
「…随分欲求不満で最低最悪な夢だったな、と」

素直に言えば、何故か大笑いされた。

「フフフフフ!最低最悪か。おれは久しぶりに長い時間意識を保った奴とヤれて最高に満足したぜ」
「最低最悪なのはあなただと今確信しました」
「おーおー、言うじゃねェか」

喧嘩腰な方が喋りやすいな、お前。
ビビったままだと話が進まねェから困る。
などと宣う桃色の人。
笑われて揶揄われて、なんだか腹が立ってきた。

「ちょっと言わせてもらいますけど。初対面で抵抗して嫌がる人を襲うのはどうかと思いますよ。しかも全く濡れてないのに突っ込むってどういう神経してるんですか?女性はあなたの性欲処理のためにいるんじゃないんですよ!?自分が気持ちよくなるだけでいいなら一人で慰めてください!もしくは自分の足でそういう店へ行ってください!!」

最後はほとんど叫んでいた。
昨日の恐怖は、今日の怒りで返させてもらおう。
…正直、頬を二・三発張らせていただきたいが人としてクソ以下になってしまうので手は出さない。
警察へも突き出してやりたいが。
夢でやっても意味はないからしない。

息を切らせる私を、桃色の人は静かに見ていた。

「…本当におれを知らねェんだな」
「お名前を教えてください」
「どの名前を知りたい?」
「いくつかあるんですか?本名をお願いします」
「フッフッフ!フ、フフフ…。あァ、いいだろう。
おれの名はドンキホーテ・ドフラミンゴ。どうだ?お前の中で聞き覚えがあるか?」

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
想像していたよりすごい名前だ。
なにより有名な本が思い浮かぶ。
そして激安の殿堂と謳う某店も浮かんだ。
残念ながら、人名としての聞き覚えはない。

「やっぱり存じ上げません」
「そうか。フッ、フフフフ!おれの悪名もまだまだってことだなァ。で、お前は?どこの誰だ?」
「私は、ナナシと申します。普通の一般人です」
「普通の一般人…ねぇ」
「では私からもひとつ。ここはどこですか?」

窓の外は暗く、景色は見えない。
桃色の人が座っている机の上の明かりしか光源がないため部屋の内装もはっきり見えなかった。
私の質問には「さぁな」としか返ってこない。
答える気がないらしい。

ドンキホーテさんはおもむろに席を立ち、こちらへ足を向けた。驚いて後退ろうとするが、体が動かない。先ほどまで自由だったのに。何故。
昨夜の行為がフラッシュバックする。

……怖い。

「逃げるんじゃねェよ」
「逃げさせて、ください」
「そりゃ聞けねェお願いってやつだ」

逃げるつもりなら捕まえておかねェとなぁ。
口元に笑みを浮かべて近づいてくる。
無造作に靴を脱ぎベッドの上に乗り上げて、大きな体がぐっと身を屈め私の前へやってきた。
片手で頬を掴まれてむにむに揉まれる。

「夢、夢…なぁ。お前にとっておれが夢なら、おれにとってお前も夢の中の存在だろう。だがこうして触れることが出来て、欲を吐き出せる。おれはこれが夢だろうが現実だろうがどちらでもいい。夢だってんなら痕跡が残らねェ分、楽だとすら思えるな」

何が楽、なのか。

「何が楽なのか、って面だな?そりゃあ性欲処理すんのに手間がかからねェ。そういう意味だ。フ、フッフッフ!自分の足でそういう店へ行かなくても、お前から来てくれるなら都合がいい」

頬を掴まれているので抗議の声を上げられない。
なんなんだこの人は。
怒りを通り越し、呆れるほど最低だ。
独特な笑い方を続けて頬から手を離した。
何を言っても通用しなさそう。無言で睨んでみるが、私の怒りなどどこ吹く風で全く効いていない。

再び桃色のコートが動いたので身構える。
…身構える?
いつの間にか体は動くようになっていた。
自分を守るように両腕は体の前へ。
ドンキホーテさんはベッドから降りて遠ざかる。
今日は何もしない、の、かな。

「あァ、気分じゃねェからヤらねぇよ」

……私声に出してた?
なんで心を読まれたように返事が返ってくるんだ。

「凡人の考えることなんざたかが知れてる」

な!何なのこの人!!
怖いしめちゃくちゃ嫌悪感抱いてるのに加えて、
とても、とっても腹が立つ!

勝手に寝転がってろ。
だがこの部屋から出て行くのは許さねェ。
それだけ告げると椅子に深く座り直し、何かの紙を数枚手に取って読み始めた。

しおらしくなってるのが馬鹿みたいだ。
寝転がってろ?じゃあそうさせてもらおう。
この状況、本当に意味がわからないし腹も立つ。
…それなのに、だんだん眠たくなってきた。
私の警戒心もう少し頑張ってほしい…!
こんな人がいる部屋で寝るのはどうかと思うけど、
残念ながら睡魔には抗えない。

あの人から背を向けて目を閉じる。
数分もしないうちに微睡んできた。
完全に寝てしまう直前、フフフフ、とあの桃色の塊から笑いが聞こえたような気がした。


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