04


陽の光で目を覚ます。
普段より冴えた頭。やけにすっきりしている。
昨夜、ナナシを抱き枕に眠ったのは覚えている。
離すまいと抱え込むように腕の中へ閉じ込めた。
その心地良さ故か、眠気が性欲を上回ったらしい。
途中で起きることなく朝を迎えてしまった。

当たり前だが、ナナシの姿はない。
朝になるといなくなるのは変わらないようだ。
これが実に面白くない。
虚無感、いや。喪失感…というやつか。

遠慮がちに寄せられる柔らかな体。
優しい香りでおれを誘う首筋。
恐る恐る伸ばし、服を掴む小さな手。
汚れのない澄んだ瞳。
…こいつのどこが平凡な一般人だと言えるのか。
この世界でここまで澄んだ瞳を持つ奴はいない。
海賊でなくてもその脅威を知らないものはいない。
だから見えない存在にも怯え、恐怖に瞳が曇る。
なのにナナシはそれがない。おれに対する恐怖が消えつつある瞳は……限りなく澄んでいた。

思い出すと胸がざわつく。
そいつを求めて心臓が疼く。
…厄介な感情を持ってしまったものだ。
気の所為、気の迷いであってほしいとすら思う。
そいつがいた場所に手を置き、シーツを撫でる。
いくら撫でても温かさはとうに消えている。
…自分の行動が女々しく感じ、額へ手を宛てた。

とっとと顔を洗って行動しよう。
今日のスケジュールを脳内で確認、整理しつつ立ち上がった。夢を見るのは…夜だけで、いい。



◇ ◇ ◇



おれの拠点の一つが潰された。
正確には、おつるに見つかり撤収せざるを得なかった…が正しい。武器を保管しそこから各地へ運ぶ。
かなり重要な拠点だった。
相当な痛手を負ってしまった…が。
潰されたもんは仕方がない。
ましてやそれをしたのがおつるならば尚さら。

島に配置していた部下はおれの名を知らない。
姿を見せていなかったのも幸をそうした。
雇い主がいる。だが顔と名はわからない。
おつる相手にどこまで誤魔化せられるだろうか。
…しかし何故こうも手を読まれる?
頭が痛い。

「……よォ、ナナシちゃん」
「こんばんは、ドフラミンゴさん…」

毎夜のお決まりになりつつある挨拶。
時計へ目をやれば日付を跨ぐ前だった。
こちらに来る条件の一つはそれだろう。
上体を起こし、ベッドに座るナナシ。
“おれがいる部屋”へ現れるのは確定…か?
それなら風呂場に現れたのも頷ける。

椅子から離れ、あいつの元へ向かう。
せめてこの時間くらいは何も考えず過ごそう。
眉間の皺に指を宛て短く息を吐いた。

「お疲れ、ですか?」

気遣うような声色でおれを窺うナナシ。
こいつにまで疲れていると勘づかれるとは。
…気を抜きすぎるのも問題か。
私の前では虚勢を張らなくていい。
そんな温いことを言う女に理由を問いただす。

「私は夢の存在です。ドフラミンゴさんが何をしても何を話しても、誰にも影響を与えません。あなたの夢ですから。なので、私のことは空気だと思って少しくらい息を抜いていいと思うんです」
「フ、フッフッフ!空気?そりゃあいい」
「はい。透明で見えないものといいますか、」
「…なくてはならない存在だな」

夢の存在のくせに空気ときたか。
無意識にとんでもねェことを言うな、こいつは。
顔を赤く染めたり慌てふためいてみたり。
忙しない奴だ。

焦るそいつを黙らせベッドに近づき唇に触れる。
何度も啄み唇をひと舐めした後、離れた。

「お前がいねェと、息が出来ねェってこったな」
「く、空気ですよ!酸素じゃないです!」
「フフフフフ!同じようなモンだ」

言い得て妙だと思った。
ナナシは夢。見なくても構わない、夢。
だが無くては困る、空気。
お前がいると息がしやすくなる。
…フフフ、絆されちまってるなァ。

わたわたと慌てるナナシをよそに正面から抱きしめ、胡座をかいたその上に乗せた。
身長はあるが、軽い。柔らかい。
なるほど。これが“癒される”ってやつか。
無言で肩に額を寄せる。

「一緒に、寝ますか?」
「いいや。まだやることが残ってるからな…。休憩してるだけだ。それに寝ちまったら、」

起きた時お前はもういないだろう?
寝る時間が惜しい。

お前とこうして話が出来るのは朝が来るまで。
おれが寝てしまえば逢瀬の時間はさらに短い。
こういう日くらい、求めたい。
疲れてるおれは、お前に癒されたい。

…何故お前は夜にしか現れないんだ?
朝から晩まで、一日中。おれの傍に居ればいい。
本当はいない存在?ただの夢?

ふざけやがって。

「お前を……ナナシを夢だと思いたくねェ」

己の性欲を満たす都合の良い女だったはずが、
手放したくない女…に、変わりつつあった。
何も言葉を返さないナナシ。
戸惑っているのが手に取るようにわかる。
おれの自分勝手な振る舞いが悔やまれるな…。
…治すつもりも更々ねェ、が。

自笑しそうになり視線を落とすとおれの服を遠慮がちに、そっと掴む手が目に入った。
おれを求めてくれているようなそれ。
たまらず、背中に回した腕の力を強くさせた。

「…フッフッフ…、柄にもねェこと言っちまった。
上手く聞き流してくれよ、空気チャン?」
「…空気じゃないです、壁です…」
「フフフ。そうだな。壁っちゃ壁だもんなァ」

特に胸のあたり。

そう言えば喧嘩を売ってるのかと問う。
おれ的にはもう少しボリュームがあってもいい。
フフ、この手でじっくり育ててやろう。
軽口を叩いて、互いの年齢を知る。
素性が知れないままでもよかったが、こいつになら無理に隠すこともない。正直に答えてやった。

次いで身長。

「おれのを出し入れするんだ。そこそこ身長がねェと全部は受け入れられないだろう?」
「…そういう下ネタはいらないです…」
「フッフッフ!照れんなよ」
「照れてません!!」

こりゃあ思い出してるな。
臨戦態勢のおれのモノを思い出してる顔だ。

さらに日中は何をしているのかも問われる。
…今日はやけに知りたがるな?
海賊が何をしているのか興味がある、と。
詮索、というよりただの疑問だろう。

特に何もしていない。
ずっと海の上にいるわけではなく、陸での仕事もある。海賊らしく物を奪ったり海賊同士戦ったり海軍に追われたり、そういうのはままある。
嘘と本当を織り交ぜつつ話せば頷くナナシ。

お前の所には海賊が来ないのか?

“海賊” という単語すらほぼ聞かないらしい。
どれだけ平和な国に住んでんだ、こいつ。
ニホンには海賊ではなくスイグンの存在しかない。
それもだいぶ昔にいた。現代にはいない。
おそらく世界には存在するだろうけど。
身近に海賊が来たことはない、と。

ニホン、か。聞いたことのない地名だ。
海軍ではなく、スイグン…水軍、か?
おれもこの世界の全ての島名を覚えているわけではないが平和な国の名前を知らないはずはない。
潜伏しやすい上に拠点に持ってこいだろう。
こいつの肩から額を離して首を傾げて見せた。
ナナシも「おや?」という表情をしている。
微妙に常識が噛み合っていない。

…さすがは、夢の存在だな。

「この部屋から出てみたいか?」
「いえ、別に」
「海を見てェとか」
「興味はありますけど、無理に出たいとは…」
「おれに抱かれてる方がいいよな」
「……一度だけでいいのでビンタさせてください」
「させるわけねェだろ」

外よりこの部屋が安心する、そんな顔。
おれの部屋が、良い…と。

背中に回した手をゆっくり動かす。
指に当たったのは身につけている下着。
曰く、「胸の形が崩れるのが嫌」。
どんな胸の形でもお前のなら愛でるけどな。

耳元に息を吹きかける。
首筋に唇を宛てがい舐めた。
拒まないのをいいことにそこへ吸い付く。
服の下へ手を伸ばし肌を撫ぜる。
体をビクビクと跳ねさせ気持ち良さを逃がそうとしているのか、体を押し付けて声を堪えていた。

その姿を見て我慢出来るとでも?
頭の痛みはとうに消えている。
脳内を過ぎるのは乱れたお前の姿と声。

「ナナシを抱きたい」

吐息を耳にかけ、柔らかい頬に己の頬をつける。
顔を離し鼻先がくっつけば蕩けた瞳が閉じられる。

…ああ、ナナシがほしい。

深く唇を重ねて舌を絡め取った。
おれの愛撫に翻弄されるナナシ。
泣くような嬌声も、しっとりと濡れる体も。
こいつの挙動ひとつひとつに昂っていく。

何度も何度も触れ、おれで満たす。
満たしているつもりが、お前に満たされている。

夜にしか現れない女におれは溶かされていた。



◇ ◇ ◇



拠点を押さえられた翌日。
いつも通り姿を現せば皆が一様に驚いていた。
今日は部屋から出てこない、もしくは“散歩”へ出て当分帰って来ないと思っていた…らしい。

それに関して気は立っちゃいねェし、朝方までナナシを抱いたこともありだいぶ満たされている。
…視界に映るベビーの笑顔がなんとも言えない。
そうか、今のおれは花が飛んでるわけだな?

「若様!ご機嫌ですね!」
「フッフッフ。そう見えんなら、そういうことだ」

昨日の今日でテンションは上がらねェが。
やるべき事をやらねェとなァ。

潰された島の代わりとなる拠点の目星はつけた。
あとは島内にいるであろうゴロツキ共、周辺海域の海賊共を黙らせる。島の主要部、及び島を取りまとめている頭を見つけちまえばこちらのもんだ。

時間はかかるかもしれねェが夜を思えば容易い。
朝飯もそこそこに船へ乗り込み、出航させた。


─目星をつけていた島の制圧。
おれを除いた幹部、そしてクルーの連中が普段より張り切って戦闘をしていたように思う。
一体何故なのか不思議に感じたおれの側へ、珍しくセニョール・ピンクがやってきて疑問に答えた。

「制圧如きに時間をかけちゃあ、華が哀しむ」

華。
意図せず脳内に浮かんだのは一人の女。
瞬時に掻き消すが眼前の男の笑みは崩れない。
ポーカーフェイスが得意と言えどおれの変化に気づく奴は気づくわけだ。…セニョールはまだしも、ベビーに勘づかれているのはだいぶ痛いが。
前線へ戻るセニョールが去り際にもう一言。

「今の若様、いい顔してるぜ」

肩を竦めて笑ってやった。
無理して隠すモンじゃねェってか。
そんなら堂々と笑ってやろう。
おれァ最高に機嫌が良いと。

戦闘のど真ん中を歩いて行く。

向かうのは島を取り仕切っている男の元。
それを指し示すように道が左右に割れる。
割れた先に見えたのは、一軒の酒場。

「盛大な歓迎、感謝するぜ?優秀な仲間が揃ってるじゃねェか。地面に這いつくばって挨拶するとは、フッフッ!おれたちにゃ真似できねェなぁ。
とっとと出てきて“話し合い”に応じろよ。頭が出てくりゃ、事態が収まるかもしれねェ!」

両腕を上げて笑えば、おれの仲間ファミリーも歓声を上げた。なぁに、難しい交渉じゃねェ。
お前がおれに平伏すりゃあ全てが済む話、だ。

酒場の前まで来た。
ここまで来てなお出てこないか?
顔のひとつ、出すべきだったなァ…。
弱ェ奴が頭だったのが運の尽き。
扉を蹴破り中へ踏み入る。

「ごきげんよう、腰抜け野郎」

踏み入った瞬間に飛んできた弾丸。
当然ながらそれが当たることはない。
…鉛玉ひとつでおれの命を奪えると思うなよ。

我ながら悪どい笑みを見せている。
仕方ねェだろう?おれは悪者だ。
悪者ってのは余裕がなくちゃいけねェ。
怯む姿も、戸惑う姿も、ましてや震える姿を仲間に見せるなど言語道断だ。
てめぇはそれでもこの島のボスか?

右腕を動かせば声にならない声を上げるそいつ。
全てを無視して振り下ろす。

終幕、だ。





頭を落としたことで島を手中に収め、ゴロツキ共を弾き出し、そこは完全におれの支配下となった。
ディアマンテとその部隊を島に置いて拠点へ戻る。
戻された、が適切な表現な気もするが。

夜が更けるまで話を詰めていく。
堂々とおれのナワバリだと宣言しよう。
そうすりゃ、小さな情報でも入ってくる。
突然海軍の襲撃を受け島を落とされる…なんて事も多少は防げるだろう。多少は、な。

今夜のところは解散。
幹部たちと分かれ自室へ向かった。
…日付はまだ跨いでいないはずだ。
恐らくあいつはベッドで寝こけているはず。
さあ、どうやって起こしてやろうか。
ドアノブへ手を伸ばしゆっくり扉を開ける。

部屋へ入るとベッドの端に座るナナシの姿を捉えた。…珍しく自力で起きられたらしい。
そいつの前には大きな黒い塊。
おれの部屋に無断で入れるのは一人だけ。
実弟であり、二代目コラソンの名を持つ男。

何をしていたのか問えば「お話していた」と。
どうやらおれが来るまでに打ち解けたらしく、ナナシはコラソンのことを“コラさん”と呼んだ。
…正確には呼び直させた。
本名を名乗らないあたりナナシを警戒している。
だが“コラさん”と呼び直させたのは何故だ。
それはファミリー内での愛称だったはずだろう。
打ち解けたからといってナナシに呼ばせる必要があるか?…いいや。答えは否だ。

「楽しかったようで何よりだ」
「……怒ってます?」
「怒らせるようなことをしてたのか?」
「?ドフラミンゴさん…?」

無意識、だった。
無意識に怒りを滲ませていた。
…相手は弟だ。怒りを覚える必要などない。
おれの纏う空気を察したコラソンが近づいてくる。
コラソンが手にするスケッチブック。
何やら文字を書き、目の前にそれを広げた。

“報告しようと部屋に入らせてもらったら、彼女がいたんだ。問答してただけで危害は加えてない。”

何枚かページを戻し、ここからだ、と指さす。
そこに書いている文字に目をやれば、おれが来るまでに交わされた二人のやり取りが見えてくる。

“ここで何をしてる?”
─最初の疑問で最もな質問。
“ドフィの女?”
─フフフ、戸惑って答えあぐねる姿が思い浮かぶ。
“無理やり連れて来られた、とかではなく?”
─娼婦ではない、とでも言ったか。
“逃げないのか?”
─…なんて、答えたんだろうなァ…。

その質問を指さすと、表情をあまり変えない弟が
ふっ、と柔和な顔のまま口角を上げた。
サラサラとペンが紙の上を走る。

“愛らしい子だな”

……愛らしい。
そう思ったのか?コラソン、お前が…?
胸がざわつき、腹にドス黒いものが渦巻く。

咄嗟に黒いコートの襟首を掴んだ。
おれと同じ羽織り。同じ手触り。
纏う色と匂いだけが違う、それを。

「あれは、おれの女だ」

自分が思うより低い声が出た。
まるで威嚇するかのような、おれの声。
襟首を掴む力もかなり強い。
…弟相手に何をしているんだか…。

目に見えて驚きの表情を浮かべるコラソン。
わかってる。
柄でもねェことを口にしていると。

……だが。

互いを見据えて一瞬の沈黙。
先にそれを崩したのはコラソンだった。
口元が緩んでいる。
チッ、勝手に何かを察してんじゃねェぞ。
興が醒め、襟首から手を離す。
コラソンはナナシに手を振ると部屋から出て行った。ナナシもナナシで小さく振り返している。
そのやり取りにさえ、焦燥感を覚えた。

「随分仲良くなったんだな」
「…手を振るのは仲が良いってことなんですか?」
「知るかよ」
「……やっぱり怒ってます、ね?」

戸惑う気配が伝わるが、生憎今は気遣えない。
余裕のない自分が何をするか分からなかった。
おれはコラソンのように振る舞えない。

扉の前から足が動かず立ち竦む。
情けない限りだ。
昼間は散歩をするように島を蹂躙したこの足が。
こいつの前では踏み出すことすら、ままならない。
……悪者が、聞いて呆れるな。

今夜は別の部屋で過ごそうと考え始めた時。
ベッドに腰掛けていたナナシが立ち上がった。
踏み出す先はおれの、いや…扉、か?

「…来るな」
「いやです」
「じゃあ、どこへ行くんだ?あいつを追うのか?」
「あいつ…って、コラさんのことですか?」

コラソンの名を紡ぐ女に舌を打つ。
名前を呼んだだけだろう。なにをイラついている。
これではまるで、…まるで。
弟相手に嫉妬しているようだ。
クソ、思春期のガキじゃあるまいし。

だが。
行かせない。行かせる気などない。
この部屋から、おれの元から…逃がしはしない。
例えコラソンに惹かれたのだとしても。
あいつの元へ行きたいと懇願されても。

決して。

おれの前へやってきたナナシ。
目の前で足を止めシャツの裾を掴みこちらを向く。

どこにも行かない。ここにいる。
だから夜は部屋にいてほしい。
部屋に来たのがコラソンだったから何も起きなかったが、武器を突きつけられたらと思うと怖い。

仲良く見えていたが、内心は怖かった…と。
おれが来たことで手を振る余裕も出来たのか?
無断でおれの部屋へ入る奴はいないとタカをくくっていたのも事実。ナナシの言い分は最もだ。
小さくため息を吐いた。

「ドフラミンゴさん」
「今度はなんだ」
「しゃがんでください」
「…?」

首を傾げると、何故か笑うナナシ。
ほら早く!お願いします!そう言ってシャツの裾を引っ張るそいつに観念し腰を曲げ目線を合わせた。

腕を伸ばしてきたかと思えば、ギュッと抱き着く。
額を首元に宛てられ、顔と表情は見えない。
手を背中へ回そうとした……その時。

「…おかえりなさい」

小さく呟くような言葉が耳に届いた。
…おかえりなさい…?
わざわざ言う必要があるか?
ここはおれの部屋。
帰ってくる場所。
眠りにつく場所。
少しだけ、気を緩める場所。
そこへ戻ってくるのは当然のこと。

首元に宛てられた額が熱い。
言葉にしたお前が照れるとはどういう…、…ああ。
お前にとっちゃ、この部屋を出るということは
“外へ出る”ことと同じ意味か。なるほどな。
そして“外”から帰ってきたおれを出迎えた、と。

…ナナシはおれを、待っていた。

じわじわと口角が上がる。
ざわついた胸も、腹のドス黒く渦巻いたものも。
静かに沈まっていくのがわかった。
お前の矢印は、確実におれに向き始めている。
なァ、ナナシ。そうだろう?

「フッ、フフフフ…フッフッフッフ!!」
「笑わなくてもいいじゃないですか…」
「フフフ…、お前を笑ったんじゃねェさ。…あァ、
おれは自惚れていいのかもしれねェなぁ…」
「自惚れる…?」
「なんでもねェ。…ただいま、ナナシちゃん」

お返し、とばかりに強く抱き締める。
目線が同じだからこそ手加減などせず強く強く。
抱き締めた腕は緩ませず、そのまま抱えた。
足を向けるのはベッド。
抱えたまま横になると一緒にマットレスへ沈む。

「…おれを見てろ」
「?はい」
「おれだけを、だ」
「ドフラミンゴさんだけを…?」
「フフ、分からねェならいい。無意識でも…な。
なァ、ナナシ。もうおれから逃げないのか?」

二度目になる質問。
コラソンからも問われたそれ。
お前から直接聞きたい。言わせたい。
─答えを、知りたい。

「逃げたくないです。
むしろ、逃がされたら…少しだけ寂しい、です」

心臓の奥の方がぎゅう、と痛む。
体温が上がっていく。
首筋に擦り寄られ、頬が緩んでしまう。
こんな顔、誰にも見せられねェ。
例えナナシでも見られたくはない。

悪者ってのは余裕がなくちゃいけねェ。
怯む姿も、戸惑う姿も、ましてや震える姿を仲間に見せるなど言語道断だ。

…どの口が、それを言うのやら。

余裕はなく、怯み、戸惑い、高揚して震える。
間違いなくあいつらには見せられない。
今のおれは悪者の風上にも置けないだろう。

自分らしからぬ手つきで優しく髪を梳く。
抵抗する様子もなく受け入れているナナシ。
腕の中に収まるこの存在が、たまらなかった。

「逃がすつもりは微塵もねェよ…」


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