もこもこ、あわあわ、ふわふわ


──ざぶん!!

眠ったはずが、勢いよく水の中に落ちた。
ついに海へ落とされた!?驚きと戦慄の中もがいてみればすぐに底へ足が着き手は何かにぶつかった。
海じゃなくてよかった、と安心すればいいのか。
何故こんな所に現れるんだ、と嘆けばいいのか。
濡れた顔を拭って周囲を確認する。

「お前、馬鹿じゃねェの」
「…来て早々酷くないですか…」

全身ズブ濡れ。
それもそのはず、私が落ちたのは浴槽の中だった。
いや本当に意味がわからない。
今まではベッドの上だったのに。
どうして浴槽の中へインしちゃったのか。

水分を含んで重く張り付く服が邪魔くさい。

目の前にいる桃色の人の視線は呆れていた。
浴槽が小さいのか、この人が大きいのか、どちらか分からないが幅は狭く高さもそれほど無い。
肩まで浸かっているわけでもなく、水は胸元より下に張られている。ええとつまり半身浴…?
お風呂の空間自体もこじんまりとしているような。
無言で見渡していたら大量の水が顔面を襲った。
そんなことをするのは…桃色の人しかいない。

「…ちょっと、なにするんですか!」
「油断してんなァ、と思ってよ」
「考え事してたんです!…ここはお風呂ですか?」
「それ以外の何に見えるんだ」

お風呂、お風呂で合ってるのか。
それにしてはやっぱり狭く感じる。
…そして気のせいではなく、微かな揺れも感じた。
まさか。

「言っとくが、ここは“船の中”の風呂だ」

漫画的に表現するなら私の背景には雷が落ちているトーンが貼られているだろう。それくらいの衝撃。
船の中のお風呂…!?

「風呂なのに狭ェ、とでも考えてたんだろう?」
「海賊船にお風呂があることにも驚いてます」
「お前の海賊のイメージどうなってんだよ。普通にシャワーや風呂はある。そんでそれなりに入る」
「そうなんですね…。水は真水、ですか?」
「まぁな。おれの所と何ヶ所かはそうだ」

おれの所と何ヶ所か。
じゃあそれ以外は海水ってことだ。
キョロキョロしていたら再び顔面に襲いかかる水。
…さっきから何がしたいんですかねぇ…!?

「お前も脱げ」
「脱ぎません」
「引き裂かれるのがお好みのようだな」
「自分で脱ぎます」

言い方がいちいち物騒だ。
肌にまとわりつく服を脱いで下着姿になる。
…うん、とても今さらだけど桃色の人は全裸だ。
私はこの人の足の間に落ちたみたいで諸々丸見え。
通常形態でも、その、大きいですね…。
目線をそこから反らして服を浴槽の外へ。

「私も一緒に入る意味、あります?」
「ある」

理由を尋ねる前に、額に何かが当たった。痛い。
正座をしている私の太ももに落ちてきた“何か”。
手に取ると四角い形をした固形の物体。
形状的には石鹸かな。なんだろう。
思わず匂いを嗅ぐ。
ほんのり甘い香りがする。たぶん薔薇だ…。

泡立ててみろ、と言うので両手で擦ってみる。
するとすぐに薄い桃色の泡が立ち始めた。
どうやら本当に石鹸だったらしい。
…石鹸って素手でこんなに泡が出るものだっけ!?
疑問に思いながらもたくさん出てくる泡に少しずつテンションが上がってくる。これ、すごいなぁ!

もこもこ、あわあわ。

あっという間に湯船は泡まみれ。
石鹸は全て使い切った。
まさか石鹸でこんなにきめ細かい泡が出来るとは。
泡風呂って、ボディーソープとか専用の液体で作るイメージだった。そもそも、後の掃除が大変そうだから泡風呂は自宅でしたことがない。

泡を手に取ってみた。
ふんわり乗る泡を見て口角が上がったのがわかる。
ふぅ、と吹けば浴槽の外へふんわり落ちていく。
べしゃっと落ちるのではなく、シャボン玉のようにふんわりと。なんて不思議な泡だろう。
掬っては吹いて、掬っては吹いて。
吹いたことによって泡から小さな気泡も生まれる。
シャボン玉みたい。

「…随分、楽しそうじゃねェか」
「!」

声をかけられて肩が跳ねる。
桃色の人の存在すら忘れていた。そうだった、この人がいたんだった。泡に夢中になってた。

「楽しい…です」
「フッフッフ、だろうな。こっちに来い」

腕を掴まれて体が動く。
泡も一緒に動くので顔のまわりに泡がついた。
次に手が触れたのは、厚い胸板。
驚いて引っ込めようとしたけど握られてしまう。
前から風を感じてそちらへ目をやる。
泡がなくなり、現れたのは相変わらずサングラスをかけた桃色の人。

「サングラス、外さないんですね」
「まぁな」
「…見えてるんですか?」
「一面泡だらけだな」
「ふふっ。サングラスにも泡がついてますよ」

なんで頑なに外さないんだろう。
本人が気にしないならいいけど、サングラスも泡ですごいことになってる。思わず笑ってしまった。

「………、お前も泡まみれだろ」
「そうですね、もこもこのあわあわです」
「そりゃよかったな」

手を握られていたがするりと離れて今度は腰を掴まれる。抗議の声を上げようとした。…が、体を反転させられただけで特に何もされなかった。
どうやら膝の上に乗せたかっただけらしい。
この人のことだから、下着を剥いで胸を触ってくると思った。…別に揉まれたいわけじゃない。
拍子抜け、とも思ってない。断じて思ってない。

全くと言っていいほど触れてこないので、私はまた泡と戯れることにした。程よい弾力もあるから何か形成できそうだ。まずは丸。次は三角。立方体すら出来る。この泡、どうなってるんだろう。

もこもこ、あわあわ。

羊っぽい何かを作っていたら、後ろからもふっ、と泡が乗った。振り向いても泡しか見えない。
疑問符を浮かべながらも気にせず前を向き直した…次の瞬間。

「ドフィ、」

初めて桃色の人以外の声がした。
扉の向こう側からかけられた声。
何故か心臓が早鐘をうつ。
そうだ、ここは海賊船だ。
この人だけが乗っているわけじゃない。
私の存在で何か影響が出ることは、ないと思う。
けど、桃色の人より立場が上の人がいるなら…話は変わる。きっとこの人より酷いことをされる。
桃色の人もなかなかに酷いことをするから。
……今日はなにもされてない…けど。

息を潜めて固まっていた。

「どうした」
「珍しく長風呂してると思ったんでな。もしかして倒れてんじゃねェかと。大丈夫か?」
「ああ」
「それならいいんだ、目的の島が近いと報告があった。上がったらいつもの部屋へ来てくれ」

遠ざかる足音にそっと息を吐く。
バレなかったみたいだ。よかった。

「フッフッフ…。なんだ、警戒してたのか?」
「それはそう、ですよ。もしドンキホーテさんより立場が上の人だったら連れて行かれるかもしれないですし…。何をされるか分かりませんし…」
「その心配は杞憂だな。おれがこの船の一番上だ。連れて行かれることも何もねェよ」
「一番上?」
「船長、つった方が分かりやすいか」
「せ…船長!?」

なるほどやりたい放題なのはそういうことか。
色々と納得出来てしまう。
でも、そっか。それなら大丈夫だ。

……いやいやいや、大丈夫じゃない…。
初っ端からめちゃめちゃ襲われたじゃん、しっかり船長らしい振る舞いされてるじゃん…!
泡風呂で絆されないで、私…!!

天を仰ぎそうになりつつ、泡をもふもふする。
ざぁ、と背中に水がかかった。
振り向けば今度こそ桃色の人が視界に入る。
手にはシャワーヘッド。

「そろそろ出るぞ」
「全部流しちゃうんですか?もったいない…」
「気に入ったか」
「そう、ですね。匂いもよかったですし泡も…」
「泡も?」
「…楽しかった、です」

楽しかった・って!子供の感想じゃない?
顔に熱が集まる。
耳に届く「フッフッフッ!」という独特な笑い声も羞恥を煽る。くそぅ、なんだか悔しい。

水を泡にかければ綺麗に流れていく。
泡で排水が詰まったりしないのかな。
…この泡石鹸だったら自宅でも出来そう。
綺麗に泡を洗い流し、脱衣場らしき所に出た。
バスタオルを貸してもらったのはありがたい…が。
下着も濡れてるから脱がなきゃだよね…。
困った。服はずぶ濡れで、そもそも着替えがない。
バスタオルを体に巻き付けるだけでは心許ない。

ちらりと桃色の人を見上げてみる。
いつも逆立てている髪は濡れて降りていたが、拭き終えて乾かすとすぐにかき上げてしまった。
…その仕草に見惚れてなんかない。ないよ…!
黙っていたらかっこいい、とか、そんなことは…。

「見惚れてないで髪乾かせよ」
「見惚れてません!!」
「フフフ、そうかい」

ありがたく不思議な形のドライヤーを借りて、髪を乾かしていく。ある程度乾いたら脱衣場を出る。
そこから出たら、昨日見た部屋だった。
さすが船長。専用のお風呂をお持ちなんですね。
立ったままでいたら何かが顔面に飛んできた。
手に取ってみると、黒い布。
…布じゃない。服だ。
着とけと言われ素直に袖を通す。

─っ、これは、その、いわゆる…彼シャツ…!!
桃色の人とそういう関係じゃないけど!
体格が違うから当たり前のようにぶかぶかだ。
シャツ一枚がワンピースになり得るなんて初めて知った。裸にシャツ。…大きくてよかった。

桃色の人はラフな格好に着替え終えている。
そして私を上から下まで眺めて、

「……悪くねェ」

そう一言だけ呟いた。
数歩で近づき抱えられるとベッドへ一直線。
待ってと声を上げるより先に口付けで塞がれる。
舌を絡めとられ、吸い上げられた。深く深く。

「ふ、あ…っ」
「は…、もっと楽しみてェところだが。おれは行かなきゃならねェ。お前はここで待ってろ」
「…え?」
「なんだ、物足りねェか?フッフッフ、フフフ!!
あァ、おれもだぜ…?帰ってきたら抱き潰す」
「帰ってこないでください」
「ツレねェなァ」

肩を竦ませてキスを落とし、桃色の人は離れた。
明かりを消され一度も振り返らず出て行った後、
部屋に鍵がかかった。
…別にこの部屋から出て行かないのに。

扉を背にベッドへ潜り込む。
瞼を閉じると船が揺れているのがわかった。
そういえば、お風呂では揺れをそこまで気にすることなく過ごせた。吐き気も起きていない。
まさか。

『私も一緒に入る意味、あります?』
『ある』

言葉の真意はこれだった…?
酔わないように?気を紛らわすための、泡風呂?
…まさか、そんなことないよね。
私に気を使ったとか、ないない!ない…はず。
またも顔に熱が集まってくる。

落ち着け、都合のいいように考えたらダメだ。
あの人は海賊。
初めて会った時にされたことを忘れるな。
嫌がる私に無理やり突っ込んできた最低最悪の男。
泡風呂で少し、ほんの少し絆されただけ。

首を回して扉を見つめる。
入り口近くのポールハンガーに、桃色の塊。
あれは…!もしかしなくても、もふもふコート!
触りたい。本人いないことだし、触ろう。
勢いよく立ち上がってコートの元へ。
…改めて見ると大きい。
すっぽり隠れられそうなほどの大きさ。
手触りは…ふわふわ。もふもふも感じるが、思った以上にふわふわしている。これは気持ちいい。
近くの丸い椅子を持ってきてハンガーから外す。

コートを持ってベッドの上へ移動した。
思いのほか重くない。
ふわふわと軽く持ち上げられる。
試しに包まってみると柔らかい感触に頬が緩む。
桃色の塊に包まれたまま寝転がった。

もこもこ、あわあわの泡で遊んで。
ふわふわなコートを羽織って目を閉じる。
今夜はいつもより、穏やかに眠れそうだ。
体が暖かくなってきてそのまま寝てしまった。


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