わたしを知っているあなた
退勤してから数時間。今日も一日なんとか頑張った。お疲れ様、私。
ふぅ……、と深めのため息を吐いて自宅に入る。
社会人になりそこそこ経つが、未だこの疲れに慣れない。体は重だるく頭の回転もほとんど機能しない。ただ、お腹の虫だけが元気に鳴く。
スマホを片手に椅子へ座ってしまうと動けなくなるのでササッとお風呂に入り、晩ご飯は最近お気に入りのレトルトカレー。食べ終える前に洗濯機のスタートボタンを押す。洗濯が終わればシワになってほしくない服だけきちんと伸ばして干し、後は角ハンガーと通常ハンガーに適当に干す。こんな感じでオッケー。
全て終えたら、待望の自由時間だ。
ゲーム機本体を片手にベッドへダイブする。電源ボタンを押して起動。これからプレイを始めるのはポケモンの剣盾。ちなみにソフトは剣を選んだ。剣盾より先にSVをプレイ済みで本編を終えDLCであるゼロの秘宝、藍の円盤番外編までクリアした。歴代のポケモンプレイ歴は初代の赤緑からダイパまで。最新作のPVを見て心惹かれ、再びポケモンに戻ってきた。ということで、知識や諸々は浅い方だけどかなり楽しんでプレイできたと思う。つまり期待するほどのガチ勢ではない。出会った子をそのまま育て、好きな子で旅をして、のんびりまったりゆっくり冒険しつつストーリーを楽しむ。そう、私はエンジョイ勢だ。
SVをクリアした勢いで今度は前作をやってみよう!と剣をダウンロードした次第。出勤前に購入したのですぐにプレイ出来る!ふふふ、なかなかのしごできウーマンでしょう?
知っている事前情報としては、テラスタルではなくダイマックスというバトル方法。SNSや二次創作等で見かけるキャラクターたち。そして、ワイルドエリアというオープンワールド。さらにはキャンプも出来てサンドイッチではなくカレーを作れるらしいじゃないか。
これくらいならネタバレでもなんでもない。ストーリーのバレさえ踏まなければ楽しめる自信がある。もはや自信しかない。絶対楽しいよね!
ニッコニコでタイトル画面を押す。
いざ、ガラル地方へ!
新しい舞台に心弾ませながら進めていく。主人公の名前は公式名の“ユウリ”ちゃんにした。
SVのアオイちゃんより年齢が上に見える。アカデミーに通うわけではないから最初から私服だ。着せ替えが出来るのも楽しみの一つだったりする。
冒頭、白熱したバトルシーンから始まる。紫色の長髪、特徴的なマントに帽子、そして白タイツ!この人がガラル地方のチャンピオン、ダンデさんか。この独特なポーズはSVのエモートでも見たことがある。なるほど、この人が最強ポーズの原点か。納得。
戦う相手は、褐色肌が目を引くオレンジ色の帽子……バンダナ?を被る男性。こちらの方もよく見かける。顔面偏差値が高く沼いと噂の人だ。深みにハマるとヤバい感じね、把握。
早速見た目の個性が強い。ポケモンの主要人物は総じて個性の塊だと思う。歓声で沸き立つスタジアムは熱気がすごそうだ。ガラル地方ではジムバトルがスポーツ観戦と同じような扱いなのかな。ダイマックス、ポケモンが大きくなる……って、興奮しそうだもんね。
プレイヤーの部屋も家の内装も素敵だ。自宅を出て視界に入る景色もかなり好み。白い毛玉、いや、モコモコなウールー。フォルムも鳴き声も可愛い。現れた少年、ホップくん。幼馴染という関係だろう。幼馴染、なんてときめく響きだろう。
極度の迷子体質までも持つ設定爆盛りなダンデさんから最初の三匹のうち一匹を譲り受けてホップくんと初めてのバトル。いやはや、ホップくんのお兄さんとは。最初の一匹はサルノリを選んだ。草タイプのお猿さん、とっても可愛い。
序盤のチュートリアルをこなしワイルドエリアへ。SVに劣らぬ開放感、野生のポケモンたちの息遣い。ストーリー上ではハプニングに見舞われたけど、これは途中下車してでも通りたいエリアだ。ひたすら散策をしていたらあっという間に時間が過ぎる。就寝時間を大幅に過ぎてしまうほど時間が溶けていた。明日も仕事なのでこの辺りでレポートを取る。まだまだ遊び足りないけど睡眠時間も確保しなければ。
ゲームのおかげで生きているな。なんて思う。
◇
ガラルで旅を始めて数日。ワイルドエリアから先へ進めなかった足をようやくエンジンシティへ向けた。ジムチャレンジの開会式へ参加すると、ジムリーダーたちが姿を見せてくれた。どの人も見たことがある!プレイは初めてなのに既視感がすごい。
開会式を終えて早速ジム巡りへ。草タイプのヤローさん、水タイプのルリナさん、炎タイプのカブさん。最初の三人は御三家と同じタイプのポケモンを扱うジムリーダー。三人それぞれ一筋縄ではいかなくて、特にカブさんに手こずった。進化して強くなったもののバチンキーでは相性不利だし、アオガラスやパルスワンでゴリ押すのもどうだろう……と、頭を悩ませた。
やはりここは求む、水タイプ!というわけでルリナさん通信交換しませんか?そう叫びたかった。無理ですよね、わかってます。はい。
第二鉱山で水タイプを捕まえなんとか体制を整えカブさんに挑むも結果は辛勝。ギリギリのバトルだった。鬼火は思った以上に手持ちのみんなを苦しめた。カブさんお強い。
そうしてまたエンジンシティからナックルシティへと続くワイルドエリアに向かおうとしたらヤローさん、ルリナさん、カブさんの三人が見送りにきてくれて背中までも押してくれた。剣盾、プレイヤーへの寄り添い方が近くてなんだか嬉しい。
じんわり心が温かくなるのを感じつつワイルドエリアへ。そのまま真っ直ぐナックルシティへ……向かうことはなく、黙々と寄り道に勤しむ。見たことのあるポケモンたち、初めましてのポケモンたちにキャッキャしたり、キャンプで手持ちの子たちと触れ合いカレーを楽しく作ってみたり。ワイルドエリアとエンジンシティを往復しながら数十日かけて次の目的地、ナックルシティへ到着。時間かかりすぎな件。楽しいから仕方がない!
ストーリーを進めて向かうは宝物庫。目的地の扉の前に、ゲーム冒頭でダンデさんとバトルをしていたオレンジバンダナのお兄さんが立っていた。名前はキバナというらしい。ナックルシティのジムリーダーで宝物庫の管理者。界隈では顔面600族というパワーワードを欲しいままにしているイケメンなキャラクター。こうして実際に会うと、格好良さを目の当たりにできる。確かに格好良い。人気があるのも納得できてしまう。
「おっ!チャンピオンが推薦したトレーナーだな!……ああ、名乗らなくてもいい。──ツムギ、だよな」
ニッ、と素敵な笑みを見せるキバナさん。タレ目気味なところも良いな。これ、ジムチャレンジの旅に出た十代前半の女の子や男の子たちが恋に落ちてしまうのでは?初恋泥棒だ!
……ん?ちょっと待って?笑顔に気を取られて華麗にスルーしそうになったけど、おかしいことに気がついた。主人公、つまりプレイヤーの名前は“ユウリ”だ。でもキバナさんが口にした名前は……“私”の名前。いやいやいや、そんな馬鹿な。見間違いの可能性もある。ある、か……?テキストログとして見返せないのがもどかしい。
疑問符を飛ばしながら宝物庫へ入ると中にはソニアさんがいて一緒にタペストリーを確認する。話を聞いた後、下の部屋へ戻ってくると再びキバナさんに話しかけられた。ラテラルタウンへ向かうように助言を受けタウンマップを見たら目的地に旗が立っている。よし、ポケモンセンターに寄ってから向かうとしましょう!
宝物庫から出て行こうとしたらまたもキバナさんが呼び止めてきた。おもむろにプレイヤーへ近づき手を握る……ような動作をする。今作はキャラたちとこういうイベントも用意されているんだろうか。これは確かに恋してしまいそうになる。ゲームの仕様に素直に感心しているとキバナさんは視線だけ動かして、……こちらを、“私”を見ている、ような?
いや、 流石に気のせいだろう。
「なぁ。……ジムチャレンジ、楽しめてるか?」
突然尋ねられて戸惑う。主要キャラとの会話なのに何故か主人公側のセリフの選択肢が出ない。
不思議に思い首を傾げると、その人は苦笑するような表情を見せてから掴んだ手を離してくれた。
「また会いにきてくれると嬉しい」
そこで会話は打ち切られた。もう一度話しかけても、キバナさんの周りをチョロチョロしても「ラテラルタウンまで突き抜けろ!」としか答えてくれない。先ほどのやり取りは一体なんだったんだろう。また会いにきてくれると嬉しい……?そりゃジムチャレンジしているし、キバナさんは最後のジムリーダーだし、ナックルシティは必ず来る場所だ。会いに行くのは確定してる。が、嬉しい……とは?なんで?諦めることなくバッジを集めてキバナさんの元まで来てくれると嬉しい、ってこと?行間がさっぱり読めない。
キバナさんの行動とセリフに疑問を覚えつつも次の目的地へ向かう。重要そうな遺跡を有するラテラルタウン。幻想的で妖しげな雰囲気のルミナスメイズのもり。メルヘンでファンシーなアラベスクタウン。ジムチャレンジも危なげなく勝利して獲得したバッジの数は五つとなった。
格闘、フェアリーときて次は何タイプのジムだろう。タウンマップを確認してキルクスタウンを探す。そこは雪が降り積もる地域のようだ。ということは氷タイプ……かな?スタジアムを出るとナックルシティに用があるというポプラさんに声をかけられ、恐れ多くも一緒に向かわせてもらった。
ナックルシティはガラル地方のほぼ中央に位置している。スートーリー上でもワイルドエリアへ向かう中継地点としても、街と町を繋ぐ交通の要として訪れる回数はどのまちより多い。キルクスタウンへもナックルシティを通らなければ辿り着くことはできない。
少しずつ野生のポケモンのレベルも上がってくる。それに伴い、ポケモンセンターへ通う頻度も高くなった。ナックルシティを拠点にしている?と思えるくらいお世話になっている。絶対ポケモンセンター内の人たちとは顔見知りだ。間違いない。
そして、プレイヤーである私から接触するならわかるが、そうではない、不可解なイベントが多発するようにもなった。……そう、ある人とよく出会ってしまうのだ。
「よう、今日も来てたのか。で?ジムチャレンジはどこまで終えたんだ?お、五つ!頑張ってるな。偉い偉い」
「また会ったな!レベル上げしてるのか?それならオレさまも手伝ってやるよ。向こうのバトルコートへ行くぞ。心配すんな、ちゃあんと手加減するって!」
「……はは、パーティ変わらねぇんだな」
▼キバナ から かいふくのくすり を 10個 もらった!
「バトル、楽しかったぜ。ありがとな。ああ、それは持っていて損はないだろ。売っ払ったって構わねぇぞ!次に向かうとしたらあのジムか。対策してるよな?油断はするなよ?」
「よっ!ワイルドエリアで特訓とは偉いな〜!……なあオレさまも一緒に、あー、いや。困らせたいわけじゃない。冗談だ、冗談!気をつけてな」
「…………おい。そのポケモンのたまご、誰からもらったんだ?オレさまだってあげたいのに。次会う時、ぜってぇ渡すからな」
「ほら、大切に育てろよ」
▼キバナ から ポケモンのたまご を もらった!
……と、このようにナックルシティに来るとどこにいても「!」マークが出て駆け寄られ、めちゃくちゃ話しかけられる。よく出会う人、それは……ナックルシティジムリーダーのキバナさん。ポケモンセンターに回復に立ち寄っただけでも捕まる。時折アイテムをくれるが、その質の良さと量がエグい。ダンデさんやソニアさんも何かと世話を焼いてくれるけど、キバナさんはその比ではない。ポケモンのたまごを貰った時はだいぶ引いた。生まれたのはナックラーだったので……つまりそういうことだ。重い。ここまでガンガン会いに来るのは何?距離感バグってない??コミュ力の化身か、擬人化された姿じゃん。
引きはしつつもやはりキバナさんは格好良いと思う。近頃は格好良いだけではなく可愛さも覚えてきて、いよいよ私も沼に……彼が推しになりそうだ。確実に惹かれている。近づいて話しかける直前、にっこり笑ってくれるのも大きい。見えない犬歯まで脳内補完されている。
それくらい、キバナさんとのイベントが多い気がする。どこの乙女ゲームだ?ってくらいイベントが起こる。こうなったら専用スチルを寄越せください。
と、いうのをネッ友に相談すると「は?なにそれ知らんけど。こわ!」なんて言われる始末。特定のキャラとこんなにイベントは起こらないらしい。どこで好感度を上げたのか私にも記憶がない。ますます意味がわからなくなる。なんなんだろう、私のソフトだけ乙女ゲー仕様だったのかな?
戸惑いまくりながらキルクスタウン、スパイクタウンでのジム戦を終わらせる。これでジムバッジは七つ。最後のジムはナックルシティ。キバナさんにジムチャレンジを挑む。
……正直、とても戦いづらいなと思う。
ここまで相当気にかけてくれた人とのバトル。当然勝ちたい。ポケモンをプレイしているからにはチャンピオンを目指したいし、現チャンピオンである無敗のダンデさんともバトルしたい。“
頂点”を目指してジムチャレンジを続けてきたから。
街に着いたらきっと会える。会いに来てくれる、はず。バッジを七つ集めた今、何を言われるかわからないけれど、やる気があることを示さなければ!
ところが。気合いを入れて街へ来たにもかかわらず「!」マークは出てこなかった。あのキバナさんのことだから自ら出迎えてくれると予想していたのに。拍子抜けしてしまう。
ナックルジムのジムチャレンジは後日改めて行こうかな。今日はワイルドエリアへ行こう。技構成を見直したりドラゴンタイプに強いパーティへ変えるのも手かもしれない。そうして黙々と探索を続けていると現実世界も日が暮れて、夜へと変わっていく。ガラルの夜空を眺めていたらポツリと言葉をこぼしてしまう。
「最後のジム戦を終えたら、もうキバナさんとは会わないんだろうなぁ」
なんだか少し寂しく感じる。
私の独り言から一拍置いて。
「──……なんで?」
ポン、とセリフがポップアップされた。
え?どこから!?ぐるりと周囲を見渡す。すると空からフライゴンが勢い良く飛んできて、誰かがプレイヤーの隣へ降り立った。ビビる。かなりビビった。
誰か、なんてのはもう分かりきっていた。つい数秒前、口にした人物。
──キバナさんだ。
それにしても、なんで?とは、なにが?である。そもそも私、つまりプレイヤーは一切動いてなかったのに急に話しかけられた。誰かと会話を交わしていたわけではない。ということは、まさか。呟いた“私”の言葉を……拾った?
そんなまさか!いやいや、まさかでしょ?……でも、もしかしたら…?
「なぁ、なんでジム戦を終えたらオレさまと会わないんだ。ジムチャレンジがなくたっていつでも、何度でも、用がなくても……会いに来ればいいだろ」
「……キバナさん」
「オレさまに会いたくない理由でもあるのかよ?……いや、聞きたくねぇ!お前の口から心を抉られるような言葉は絶対に聞かない!!」
「あの!キバナさん!“私”に向けて話しているんですよね!?」
「はあ?なに言ってんだ、今ここにお前以外誰もいねぇだろ。夜になってもワイルドエリアから戻って来ないから気になって飛んできてみれば、会わないとか言い出す……し、」
中途半端なところで言葉を切ったキバナさんは、ピシッと固まる。
「…………あ、やっべ」
やっべ????
画面上のキバナさんが分かりやすくそっぽを向いた。え?なにこれ。会話してたよね?画面外の私と!ゲームの中のキャラクターであるキバナさんが会話を成立させたよね!?
おいおいおい、キバナさん?今頃口元を抑えても無駄なんですけど!さっきまでの軽快な会話は無かったことになりませんよ!?
パニックなのは私も同じなんだよなぁ!
待ってほしい、本当に何?わけが分からない。ゲーム内のキバナさんと画面越しに話をしている?これもまた今作の仕様だったり?いやあ、最近のゲームはすごいんだな。
──そんなワケがあるかっ!!全くもって意味がわからない。
「キバナさん」
「……」
「聞こえていますよね?返事をしてください」
「……」
「分かりました、私もう二度とナックルシティには来ませ「それは許さねぇぞ!!」食い気味に被せてくるじゃないですか!!」
「ああああ、オレさまの馬鹿……!」
がくぅ!と見るからに明らかに肩を落とすキバナさん。何これ、本当に幻覚とかでは無いの?……よし、どうにか気を落ち着かせるためにキャンプをしよう。手持ちの子たちも外に出してあげた後、ボタンをぽちぽちしてカレーの準備を始める。きのみを選び、具材も選んで。……うわっ!キバナさんも私のキャンプに参加してきた!?
キバナさんは、「もっと動揺しろよ!」とか、「キャンプのタイミング今じゃなくね?」とか、何やらぶつぶつ唸っている。小さく喋ったつもりでしょうがセリフとして見えてますからね!もうほんと、なんなのこれ!?本体を修理サポートセンターへ連絡入れるべきなやつ!?
おっと、そうこうしているうちにカレー完成。リザードン級です。やったあ!
私のポケモンたちはもちろん、いつの間に出したのかキバナさんの手持ちの子たちもカレーの元に集まってきた。そうしてみんなで手を合わせて食べ始める。
「あー、美味いなぁ……」
沁みるような声色で食べているキバナさんの反応を見るに、本当に美味しいみたいだ。よかった。落ち着くために作ったカレーを食べ終えた私のポケモンたち。戯れようと一匹ずつ呼んでみる。どの子もニッコニコで駆け寄って来てくれるからたまらない。可愛いがすぎる。出来るものなら本当にヨシヨシわしゃわしゃハグハグしたいものだ。……視線を感じるが無視しよう。
「なぁ、」
無視を決め込もうとしたところで話しかけられた。心がお強い。
私のポケモンたちとスキンシップ中なのでキバナさんが寄って来ると、キバナさんまでもより近くクリアに映る。ちょ、ちょっとプレイヤーに、ユウリちゃんに迫らないでください。近い近い!近すぎる。すごい寄ってくるな、この人。顔面の圧が強いんだから適切な距離を保ってほしい。……くそっ、格好いいなぁ……!
何故か私が画面から顔を離してしまう。本体画面を直視できなくなったらどうしてくれる。
「ジム戦を終えたら会えない、ってことはだ。オレさまがお前に負けなきゃいいってことだよな?」
「……え?」
「そうすりゃ何度でもオレさまへ挑戦しに来る、つまり会えるってことだよな!?」
「極論で暴論な気がしますけど、そうなりますね……」
「そうか!そうだよなあ!」
にぱぁ!と最高に良い笑顔。なんなのその良い笑顔。格好良くて可愛いなんて最強か?言ってることはだいぶ理解し難いけど、笑顔が素敵なのでとりあえず撮っておこう。問答無用のスクショボタンポチィ!本体保存ッ!!
「いきなり無言で撮るなよ」
「すごく良い笑顔をしていたので」
「そりゃ笑顔にもなるって話だ。お前とのジムチャレンジ、楽しみになってきたぜ!」
「いつかの時みたいに手加減してくれないんですか?」
「ん?んー、オレさまはジムチャレンジ最後の砦であり、チャンピオンへ挑戦する資格があるかふるいにかける……いや、ふるい落とす役目だからなぁ。挑んできたジムチャレンジャーに手加減する、ってのは……なぁ?」
「最低だこの人!!」
「全力で相手をするぜ!」
ニッコニコなキバナさん。強過ぎるとやる気がなくなるので程々でお願いしたい。なんなの、全力で相手する、って。規定のレベルでちゃんとバトルしてくれませんかね。一応ここへ辿り着くまでギリギリのバトルをしつつも、負けずに来れているしレベル上げも余念はない、し。私としては今回もどうにか倒せる……と思っているんだけど。
……嫌な予感をひしひしと感じるけれども!
この予感は当たることとなる。まず、ジムチャレンジのジムトレーナーたちがかなり強かった。レベルもまさかの僅差。ジムトレーナーでレベル僅差ってヤバい。他のジムに比べて段違いに手強い。多分、だけど。性格厳選、技構成、持ち物、全てにおいてガチだ。個体値だけは厳選されていなさそうだが……ジムトレーナーが全力で私を倒しにきている。
何度か、ぐぬぬぬぅ!と地団駄を踏んだ。
奥のスタジアムでほくそ笑んでるキバナさんの顔がチラつく。腹立つなぁ。こうなると、前に言われた通りキバナさんも本当に全力で私の前に立つのだろう。ということは、いつもの旅パーティではなく対キバナさん用の氷、フェアリーパーティを作ってぶん殴るしかないな。思い切り対策しても許されるよね?タイプ相性から上を取ってやろう。そうしよう。
一度レポートをとり本体の電源を切った。まずは自分のパーティの見直しをしよう。部屋のどこかにあったルーズリーフを引っ張り出しシャーペンを握った。エンジョイ勢なりに頭を捻って考えてみるぞ!そして一度でキバナさんを倒してやるんだ……!
息巻いた結果。一度では倒せなかった。キバナさんは本気も本気。こちらの手を読みに読んで相性不利でも殴り返される。天候操作に搦手、高火力の技構成で私のパーティは何度も崩壊させられた。目の前が真っ暗になる回数は両手の指を折りに折り、往復すること数十回。許さない。マジで許さない。過去作のチャンピオン戦でさえこんなに手こずりまくることは無かったのに。ジム戦で負け続けるなんて今までにない。悔し過ぎる……!
「お前とのバトル、毎回楽しいぜ!骨があって倒しがいがある奴は最高だな!オレさまはここでいつでも挑戦を受けてやる。待ってるから何度でも来いよ!」
「次こそ負かしてやりますから!」
「ああ、オレさまを倒してみせろ」
ニッと不敵に笑うキバナさん。ぐぅっ、ときめいてない。その悪そうな笑みも素敵だな、なんて思ってない!断じて!
今日も惜敗したのでワイルドエリアでキャンプをしつつ作戦の練り直しだ。ぐぬぬぬ!と唸りながらスタジアムを出る。一度ポケモンセンターで手持ちのみんなを回復させて、ナックルシティの門前へ向かう。すると私の後に続くようにキバナさんが現れた。今からワイルドエリアへ行くんだろう?オレさまも気分転換し〜ようっと!ニッコニコと機嫌よく着いてくる。……勝った人は余裕でいいですね!着いてこないでもらえますかね!
げきりんの湖の少し奥まった所をキャンプ地に選び、ポケモンたちをボールから出す。
……当然のようにキバナさんも。げきりんの湖の周囲に現れる野生ポケモンはいずれもレベルが高い。最低限の警戒は怠らないがお互いに強いのでここをキャンプ地にしても大丈夫だろう、というキバナさんの提案でここに決まった。ファンも追って来れないし、と零したのでそちらが本音だろう。……それにしても後から着いてきたキバナさんが主導してキャンプをしている、ということが癪に障る。今日は巨人の鏡池でキャンプしたかったのにこちらの意見は華麗にスルーされた。一緒にキャンプしたいなら一考してくれても良いのでは?
落ち着こうと自分の愛ポケたちと戯れることに。今日も頑張ってくれてありがとう。勝たせてあげられなくてごめんね。めげずに対策を考えるから一緒にこの通常タレ目、バトル時つり目の男をコテンパンに倒してやろうね。みんなそれぞれ鳴き声を上げてハートを飛ばしてくれる。めちゃくちゃ可愛い。私のポケモンたち、大好きだよ。
心から愛でていると、横から割り込んでくる顔面偏差値と身長が高めの男。割り込むな。
「ちょっと、なんですか。ポケモンたちとの触れ合いタイムを邪魔しないでください」
「オレさまのこともヨシヨシして」
「なんでいい歳した大の大人を撫でなきゃいけないんです。しかも負かされた相手に!」
「勝ったご褒美ってことで!」
「私は負けてるのに!」
「フフン!なぁ、撫でて」
「鼻で笑っ……!嫌です!」
「ほんとに、嫌か?」
「ヴッ!くっ、い……っ、一度だけ……ですよ……!」
「よっしゃ!ちゃんとしゃがみまーす」
にっこぉ!!と嬉しそうな顔で膝を折ってしゃがみ込む。
そのワンパチスマイル、やめてもろて……。屈してしまった私は悪くない。バトルの時とのギャップがやばい。キバナさんの笑顔に弱い。しかしヨシヨシするとしてもキャラクターと触れ合う画面なんて出ないはず。あれはキャンプで外に出したポケモンたち限定な訳で……。
──は?出た。ポケモンたちと同じような画面が現れてしまった。出るの!?対人間でもこの触れ合い出来ちゃうの?ええっ、じゃあもしかしてホップやマリィちゃんにもヨシヨシ撫で撫で出来ちゃう……ってコト!?おっ、名案浮かんじゃったな!
「オレさまだけの特権な」
「……何が、です」
「撫でてもらうの。ダンデの弟やネズの妹を撫でるのはナシ。オレさまだけ」
「!?キバナさんって心読めるんです?エスパー複合の子、持ってましたっけ?」
「顔に出てるんだよ。おっ、名案浮かんだ!って顔してた。そんなん、させねーし」
「じゃあ見てないところでスキンシップを……」
「やめとけ、ドラゴンを妬かすと怖ぇぞ?」
「妬か、す」
「ああ、妬くね。オレさま以外に触れてくれるな」
……妬く。つまり、やきもち。文字としてはっきり出ているのでそういう意味で間違いないだろう。……なんで?プレイヤーとはそんな関係性じゃないでしょう?キバナさんは主人公に良くしてくれるお兄さん的存在なジムリーダー。そもそも好かれる展開あったっけ?どのタイミングで好かれたんだ。好感度上がるイベントでもあったかな?
考えれば考えるだけわからない。
戸惑う私を見つめる瞳は真剣だ。いや、違う違う。落ち着け私。正気に戻れ。そうだよこれは主人公に向けて言っている。物語の主人公であるユウリちゃんやマサルくんに向けて、だ。勘違いしてはいけない。そうだ、撫でているのも私じゃないしキバナさんの言動や行動は全ての主人公に等しく向けるものなはず。決して“私”に向けての言葉なんかじゃ……、
「ツムギに言ってんだからな」
「……まさか顔に」
「出てんの。オレさまが見つめてんのはツムギだよ。……そっちからじゃ触れられないから、こっちで触ってもらってんの。はは、赤くなってる。照れた?かぁわいい」
ポーン、と。Switchをベッドへ投げた。優しめに、投げた。ヤバい。巷の乙女ゲーよりヤバいんじゃないだろうか。ゲーム内のキャラクターに恋しそうだ。こういうイベントがあるなら、主人公を見つめるべきだよね?画面越しの人間を見つめる……なんて高度な技術すぎる。そう、「かがくのちからってすげー!」を身を持って体感していると思う。
……というか、やっぱり見間違いではなかった。キバナさんは“私”の名前を呼んでいる。振り返ってみれば、今まで一度もユウリと呼ばれていない。お前、とか、なぁ、とか。一貫して主人公の名前を呼ばない。必ず“私”に向けて言葉を発していた。
どうして、私を知ってるの?
あなたは何を……知っているの?
……キャンプを終えてレポート書いて切ろう。そうしよう。もう今日はキバナさんを直視できない。このまま会話を続けていたら多分、おそらく……まずい。心臓がギュウッとなる。掴まれてしまう。捕まってしまう。
良くない。きっと、これは……良くない。
そろり、薄目で画面を覗いた。
「……キバナさん」
「んー?どうした?」
「私、レポートを書いて寝ます。なのでキバナさんはナックルシティへ帰ってもらって……」
「帰りませーん。隣にテント張ったし今夜はここで寝る。そうだ、寝る前に顔見せて」
「普通に嫌です」
「勝者の言うことは〜?」
「は?絶対なわけないんですが?」
「ふっ、ははは!良い反応ありがとな!ただオレさまがツムギの顔を見たいだけ。なぁ、顔を見せてくれないままおやすみの挨拶しちゃうのか?寂しいなあ!」
「ぐぬぬ……、おやすみ、なさい」
「おう!おやすみ!ゆっくり休めよ。ああ、ジム戦は次も負けねぇからな」
「ぐぬぬぬぬぅ!次は負けませんからね、首を洗って待っててくださいよキバナさん!」
「ああ、待ってる。ずっと、お前を待ってる」
優しく笑うキバナさん。その表情に、心は小さく……でも確かに跳ねた。
もう!なんでこんなに何もかもが格好良いの!?なんなのこの人は……!どこか一つくらい嫌なところがあって欲しい。っないんだよなぁ!リアルに頭を抱えることになるなんて。
この日は日付を跨いでもなかなか寝付け無かった。脳内を占めるのはキバナさん。ナックルシティのジムリーダーでジムチャレンジ巡りの最難関。高身長で少し威圧感があるもののその実、お茶目で優しくて格好良い好青年。緩いにっこり笑顔が素敵で可愛くて、プレイヤーを、私を。画面越しにときめかせてくる不思議な人。……明日も仕事だ。そう、私は現実世界に生きている社会人。ポケモンの世界に住んでいるわけじゃない。切り替えよう。切り替えなければ。脳内の人を掻き消すように首を振り、何度か瞬きを繰り返してから静かに瞼を閉じた。
『待ってる。ずっと、お前を待ってる』
最後に言われたキバナさんの言葉が鮮明に脳裏に浮かぶ。
それは眠りにつくまで消えることはなかった。
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