吹き荒れる砂嵐

 真っ暗な空間に漂う。足場はなく掴むものもなく、ふわふわと浮いている感覚があった。
 体験したことはないが、きっとこれを無重力と呼ぶのだろう。目を閉じても開けても真っ暗で真っ黒。それなら、少しでも疲れを感じないために目は閉じた。
 それにしても、変な場所だ。

 ──戻りたいか?

 ……誰かの声が響いた。癖のある声。はっきりとした発音ではなく、揺れているような声。今の質問、私に向けてのものだろうか。戻りたいか?
 戻りたい……、どこへ?私は今、ここにいる。

 ──お前が望む場所はどこだ?

 あ、あー。この声。揺れて震えるような特徴的な声。低さの中に上品さを持つ、男声とも女声ともとれる……独特のもの。聞いたことがある。パッと思いつくのは、深い山に住む大きくて神々しい白い、山犬の……。

 ──今、お前は、誰をおもう?

 だれを、おもう。
 ……ここには私しかいない。ロトムも、アオイちゃんも、カキツバタも、みんないない。私一人だ。なんで一人なんだっけ?すぐには思い出せないや。
 おもう。思う?想う……。誰を、想う?

「……キバナ、さん……」

 喉の奥から搾り出すようにこぼした言葉は、名前は、絶対に会えない人。会わないと心に決めた人。会ってはいけない人。想っては……いけない人。
 こんな時でも最初に出てくるんだな。そりゃそうか、あの日から私の日常にグイグイ入り込んできた人だもん。そう簡単に忘れられるはずがない。

 ──お前は選べる。ここか、向こうか。

 ここか、向こうか。選ぶの?選ばなきゃダメ?そもそもここ、ってどこ?向こうってなに?声の主の質問は、簡単に見えてなかなか難しい。

 この真っ暗の中は嫌だなぁ。いくら一人に慣れているとはいえ何もない空間は、ちょっと。

 私の世界。仕事に追われて、ゲームに癒されて、たまーに美味しいものを食べたりして。今まで培ってきたもので生活していた。そりゃあ不満はないとは言えないけど。それも自分で選んできた道だ。これからも、きっと、それなりに生きてはいける。

 ……ロトム。そう、そうだ。ポケモンの、世界。私が一方的に知っている人。私のことを知っている人。私のことを知らない人。私の世界とは似て非なる世界。可愛いポケモンたち。
 触れて、話して、知っていく。楽しいと思う。
 迷子の私の手をとり引っ張ってくれた人。私の存在を受け入れてくれた人。そっと心に寄り添ってくれるポケモン。……私の名前を、呼んだ人。
 浮かんでは消える、出会った人たち。

 ──選ばねばならない。

 選ばねばならない?え、まさか今ここで?わけのわからない真っ暗闇の中で決めるの?
 せめて猶予がほしい。宙ぶらりんなままの私はどちらを選んでも地に足がつかない気がする。選ばなかった方を忘れられず、ふわふわ浮いてしまう。きっとそれは……よくない。

 ──ならば、その時に願え。強く。

 その時。その時とは?なんの時!?あの、脳内に直接語りかけてくるのはいい……いや、良くはないけど!冷静になるとビビるけど!先ほどから問いが抽象的すぎて答えづらいんですよ。私はそんなに察せる人間じゃないわけ。ただでさえ目の前が真っ暗なのに!

 目の前が、真っ暗。そういえばこのフレーズ、どこかで一度以上、目にしたことがあるような。ポケモン?バトル……。勝敗。そうだ、バトルに負けた時に出てくる表示だ!
 気づいた途端、暗闇に一粒の光が現れた。光は広がり、溢れ、真っ白に塗り替えていく。

 ──お前を見ていよう、遥か彼方から。

 私を見てる?遥か彼方から?こっっわ。えっ、なに?ストーカー宣言?いいです、見てくださらなくて結構です。大丈夫です。他へ目を向けてください。私は私自身で頑張るので。こっわ。急に怖くなるじゃん。メンヘラか?
 ちょっと引いたら白い空間に笑い声が響く。なにわろとんねん。わぁ、この笑い方も声も、完全にあの人じゃんね?いやいや、なんで?お声も雰囲気もめちゃくちゃ神秘的ではあるけど。人間……でしたよね?実は精霊でした、人界の者ではありません、的な?確かに、私は幻想の世界からやってきたのよ。ってカミングアウトされてもあまり驚かないけど……!

 これだからヒトという生き物は。そんな言葉と笑い声が続く。釈然としない笑い方だけど、つまりは猶予をくれるのだろう。それなら、私も真剣に考えなくちゃいけないな。

 まずはこの真っ白な世界から目を覚まそう。


◇ ◇ ◇


 遠くの方で、声がする。私の名前を呼ぶ声。必死に、何度も何度も。
 そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。大丈夫、私って意外としぶといんだから……。

「……ァ、オ……イ、ちゃ、?」
「!ツムギちゃん!?ツムギちゃ、ん。う、うわあぁぁん!」
「カキツバタァ!ツムギさ目ぇ覚ました!」

 泣きじゃくりながら私に抱きついてくるアオイちゃん。おうおう、可愛いお顔が真っ赤っかじゃないの。どうしたどうした?ぐっと左腕を上げて頭を撫で撫で。よしよし、悲しいことがあったのかい?泣かないで。アオイちゃんは誰より笑顔が眩しくて可愛くて素敵な子なんだから。誰だい、誰がアオイちゃんを泣かしてるの?これから一緒に殴りに行こうか?
 涙を流しながら私を見つめるアオイちゃん。

「どこか、いたい……の?アオイ、ちゃん」
「ツムギちゃん、ごめんね、ごめんね……!」
「?だいじょうぶ、わたしは、だーいじょうぶ」

 どうやら私はベッドの上で寝ているらしい。ええと、白い天井や壁、カーテンに囲われてて独特な薬品の匂いが鼻を掠める。これらから察するに保健室、かな?私から見て左側にアオイちゃん。右側にはスグリくんが座っていたようだ。彼は立ち上がりスマホロトムに向かって誰かと話をしているようだ。席を立った後はゼイユちゃんがそこに椅子に座る。ちゃっかりしてる。

 本当になにこれ、どういう状況?声もカッスカスだったし。久しぶりに喋るような感じ。涙を流しながらも水のペットボトルのキャップを開けた状態で手渡してくれるアオイちゃん。ありがとうね、これが必要なのはアオイちゃんじゃなかろうか?お先に飲みな……?

 外からバタバタと走ってくる音が聞こえる。廊下は走っちゃダメだぞぉ。呑気に走る音を聞いていたら今度はバァン!と勢いよくドアを開け放つ快音。壊れてない?大丈夫そう?

「眠り姫の!お目覚めかい!スグリ、もうあと二匹でタロが倒される!相性はこっちが有利とってんのにどーなってんのかねぃ。次はネリネだ!オイラも調整に入る。お前さんもそろそろバトルの準備、始めろよ!」

 勢いよく入ってくるなりスグリくんへ声をかけたのはカキツバタだった。ズカズカと遠慮なく進んできてここのカーテンを開け放ち、横になっている私を見つめてくる。
 眠り姫、お目覚め。なに?誰のこと、……この状況的に、私……だな?いったいどうしたんだろう。あのカキツバタが珍しく息を切らせているじゃないか。それに、なんだか外が騒がしい気がするんだけど。歓声というか声援というか……。学園内の保健室だから、どこから聞こえてくるのかわからない。

 カキツバタの視線は私から逸れない。

「……ツムギ、お迎えだぜぃ」

 投げ渡されたのはカキツバタのロトムフォン。黒いカバーが少しだけ……砂っぽい。ロトムに「画面を出してくれーい!」と声をかければカメラアングルはセンタースクエアからコーストエリアの方角を映す。ちょうどタロちゃんのバトルコートがあるあたり。いったい何が?

 そのバトルコート付近から見えた、のは。

 ──上空まで吹き荒れる、砂嵐。

「っ、お迎え?わたし、に?だれが……」
「頭に一人、浮かんでるだろう?そいつだ」

 ──煽りに煽ったからオイラはボッコボコにされるだろうな〜!ま、仕方ねえかァ。それよか今の状態のアオイにまで回したくないんだが……。あの勢いを止められる気もしないな〜!

 カキツバタのロトムから、声がする。
 ワァッ!という歓声。タロちゃんを応援するような、盛り上げているような。そんな歓声。
 忙しなく画面が切り替わる。引きの映像で映し出されるコーストエリア。ぐっ、と近づいて巨大な岸壁、白い砂浜に美しく碧い海。南国のポケモンたち。そして……、バトルコート。

『──次は、どこだ』

 そのバトルコートに立つ、一人の男性。

『あと何人倒せば──ツムギに、会える?』

 会いたくない、会ってはいけない……その人。その姿を視界に入れただけで心拍数が上がる。なんで、どうしてここに?いるわけがない。だってここはイッシュ地方で、ガラル地方からは遠くて。私がこの世界にいることすら……知らないはず、なのに。

「……キバナ、さん……」

 目が、離せなかった。鮮烈なオレンジのバンダナ。特徴的なパーカー。目を惹く褐色の肌。ひときわ輝く、シアンの瞳。

『次はキャニオンエリアへどうぞ。そのすなあらし、誰にでも効くと思わないでくださいね』
『もちろん心得てる。あんたも良いポケモンを育ててるな。うちのフェアリータイプのジムリーダーに会わせてみたいぜ。きっと可愛い!って思うぞ。ガラル地方に興味ないか?』
『他地方への勧誘、よくないと思います!』
『そう?良い人材は学生のうちから声かけとくのが常識だろう!』

 …………。

「……あの人、スカウトマンかなにかだっけ?」
「ちょっとカキツバタ!」
「ゆっるい空気にすんの、良くねえべ」
「だってよぅ。あの声かけ、ナンパにしか見えなくない?」

 うん、私もちょっとそう思った。
 その場にいるフライゴンに跨り、飛び立とうとした……が、バトルコートを映していたロトムに気づいて踵を返す。ガッ、と強めに掴まれたらしくロトムの焦る声が聞こえた。
 いつかのミシッと音が思い起こされる。優しく持ってあげてほしい……!

『よーう、なんつったっけ。カキ、ツ、バター?お前んとこまで後どんくらいだ?四天王を名乗ってんなら後一人倒せばお前が出てくるんだよなァ?首を洗って待ってろよ……』

 キバナさんが悪い顔で笑みを見せたと思えば、バツン、と突然画面はブラックアウトした。
 真っ暗になった画面。呆けていたらカキツバタのロトムは持ち主の元へ戻っていく。

「え、っと。カキ、ツ、バターって乳製品みたいだね……」
「おいおいツムギ?ツッコミどころ違うぞ〜」
「わやまずそう」
「頼まれても使いたくないバターね!」
「キタカミ姉弟は黙っといてくれる?」

 額に手をあて空を仰いだカキツバタ。珍しいリアクションだ。……というかそろそろ、誰かこの状況を説明してほしい!なんで私はベッドで寝ているの!なんでアオイちゃんはグスグス涙目なの!?そして最大の疑問!どうしてブルーベリー学園にキバナさんが来てるの!?いったい何が!起きているの!?
 私が寝ていた間に大変なことになってる。私、寝てたんだよね?でも、ここは保健室か。……だからなんで保健室で寝てるんだよ私ぃ……!?

 いざ口を開こうとしたら、ふわふわと何かが私のお腹の上に乗った。薄い緑色と葉っぱ?ちょっと見えない。首をぐっと持ち上げて。……なんだろう、綿毛?

「もふ……」
「わあ、モンメンだ……?」

 なぜここに。誰かの手持ちかな?緑系……。ヤバチャを持つゼイユちゃんに視線を送れば首を横に振られる。アンタのよ。とも言われた。アンタのよ?

「グスッ、ツムギちゃんが助けた……モンメンだよ」
「私が助けた……。……ああ!!」

 キタカミ姉弟がビクッと肩を跳ねさせた。ご、ごめんね。声量の調節がバカになってるわ。
 そういえば自分のポケモンを捕まえに行った時、ポーラエリアの海に落ちそうなモンメンを助けたんだった。うわあ、記憶がすっぽり抜け落ちてた。ここにいるってことは、助けられたんだよね?よかったよかった!怪我もなさそうだ!
 ニコニコでモンメンを見つめるとふわりふわり、飛んでくる。私の顔の真ん前で止まりもうひとふわり。頬へもふもふと綿毛を押し付けてきた。

「モンメンが無事でよかった。気にしなくていいんだよ、私はこの通り丈夫だからね!」
「丈夫ぅ?あんたね、丸二日は意識不明だったのよ?」
「……なんですって?」
「そ。ツムギは二日間、目を覚まさなかったんだぜい?だーかーら、眠り姫と呼んだわけ。みぃーんな代わる代わる保健室に来てさ。どいつもこいつも心配してたぞ」
「カキツバタなんてほぼずっとここにいたじゃない」
「おれ、アオイと交代してるのかと思ってた。ここから離れてねかったんだな……?」
「そうなの?」

 ゼイユちゃんとスグリくんの発言を受けて一番遠い場所に立つカキツバタに視線を送る。
 右手を首に当てて気まずそうに目を泳がせていた。

「……いやいや、流石にずっとはいなかったぜい?」
「それにな、ツムギさポーラの海から引き上げたのは、カキツバタのキングドラだったんだ。あんなに的確に指示を出して真面目に仕切るカキツバタ、初めてみた」
「おおーい。そういうことは言わぬが花、だろ?元チャンピオン様よぅ!あの時はオイラも焦っちゃったの!……ふ、普通に緊急事態だっただろうが!」
「ムカつくけど的確だったわね」
「うん、なんかムカつくけど」

 ──やめてくれい、やめてくれーい!キタカミ姉弟ほんと勘弁してもらえる!?
 そう言いながらついに頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。カキツバタが照れてる……。

「カキツバタ、助けてくれてありがとう」
「知らせてくれたのはアオイだ。オイラは、あ〜、その、オイラにできることをしただけ!」
「ふふ、そっか。アオイちゃんも助けてくれてありがとうね」

 未だに私に抱き着いて、覆い被さって?いるアオイちゃん。……この感じ、もしや付きっきりでここにいたな?私のせいだ、なんて思ってたり……しないよね?

「アオイちゃんのおかげで私は助かったんだよ。まずそもそも、何も言わず急に走り出した私が悪いよ。助けた後のことはなーんにも考えてなかったんだもん。私が悪い!アオイちゃんは命の恩人!こうして無事復活もした!……だからさ、もう泣かないで?」
「ツムギちゃん、ツムギちゃんがポーラの海に落ちた時、私、足が動かなかったの。震えて、怖くて、動けなかった……!カキツバタが飛んできてくれたからツムギちゃんは助かったんだよ。私、私は、何もできなかった……」
「てええい!!」

 ズビシィ!と優しめの手刀が脳天を直撃!驚いたアオイちゃんが顔を上げた。わーお!なかなかひどい顔をしている!目が、赤く腫れていた。たくさん泣かせちゃったね……。ごめんね。ここまで後先考えずにアクションを起こすタイプじゃなかったんだけどなあ。
 にっこり笑って、もう一度アオイちゃんの頭を撫でる。

「アオイちゃんのせいで二日間も気を失ったのよ!もっと早く助けなさいよ!全くもう、ひどい目にあったわ!……なんて、一言でも言ったかな?」
「グスッ、言ってない……」
「言ってないよね?現に私はこうして目を覚ましたわけだし!アオイちゃんともまた会えた!バッチリ生きてる!それだけでもうオールハッピーだよ、私は!」

 そこのカキツバタ、姿は見えないけど微かに笑う声が聞こえたぞ?笑うんじゃない。

「助けてくれてありがとう、アオイちゃん。私の感謝の言葉を受け取ってくれる?」
「うん、うん……!よかった、ツムギちゃん!目を覚ましてくれてよかったよぉぉ!!」

 わぁぁん!と幼い子どものように泣くアオイちゃん。……そうだよね、まだ十代も半ばの子どもだよね。今回のことがアオイちゃんのトラウマにならないといいんだけど……。今度、コーストエリアの浅瀬のビーチで水遊びしようね。アオイちゃんの心のケアをしなくちゃだ。特別講師でミモザ先生を呼ぼう。……呼んだら私、はっ倒されるのでは?未成年にトラウマ植えつけるな!って。うーん、やはり総じて今回の一件、私が全面的に悪いな……。
 もふもふなモンメンをアオイちゃんへ移動。癒されようね。ポケモンセラピーは効きそう。

 アオイちゃんへ近くにあったタオルを渡そうとした、が、庇護欲を掻き立てられたのでここは私が涙を拭き拭き。その後は引き続き頭を撫でながら、ゼイユちゃんやスグリくんに視線を移す。二人はキタカミ産のリンゴを保健室の冷蔵庫から持ってきてくれた。剥いたのはスグリくんらしい。うさぎちゃんの形をしている。器用なんだなあ。可愛い。あーん!してくれたのはゼイユちゃん。

「キタカミ一の美人に食べさせてもらうのよ、美味しいに決まってるわよね!」
「んむ、おいしいれふ」
「ツムギ、ゆっくり飲み込んでな。水も、……はい」
「へへ、至れり尽せりだね。二人ともありがとう」

アオイちゃんにもリンゴさんあーんしてあげて? もちろんよ!こっちからだと遠いからスグ、あーんしてあげて! !?なしてオレが!? アンタが立ってるから。 わ、わや……!
 わちゃわちゃと和んでいたら、しゃがみ込んでいたカキツバタが突然勢いよく立ち上がった。

「ネリネ、踏みとどまってくれてんなぁ!すなあらしは鋼にゃ無効!さっすがだぜい!」

 すなあらしは鋼に無効。……そうだ、そのことも聞かないと。スマホロトムで現在の状況を確認しているカキツバタに声をかける。

「カキツバタ、なんでキバナさんがいるの?」
「……なんでかねえ?」
「知ってる反応、それは知ってる反応だよね!?ねぇ、なんで?確かにガラル地方に知り合いがいるとは言ったけど。キバナさんを選んで呼ぶ理由、なくない!?」
「それがなぁ、ツムギちゃん」
「……なに?」

 ──ドラゴンストームの旦那、自らここへ来たんだ。

「…………え?」
「ちなみに到着は今朝。ここに、ツムギがいるだろう。って断言してさ。オイラ的には知らぬ存ぜぬを通そうとしたんだがねぃ。どうやら面倒な奴らの息がかかってるみたいでな」
「どういうこと、」
「イッシュリーグ本部にガラルの元チャンピオンから連絡が来たんだと。“うちのトップジムリーダーをブルーベリー学園へ派遣したい。良い人材がいたらぜひスカウトさせてほしい。”つってな。そんでまあ、許可を出しちまったようで」
「元、チャンピオン……」
「そ。ダンデ。無敗の王者、ダンデ。ああ、もう無敗ではないのか。いや、元だろうがなんだろうがチャンピオンだった男からの連絡を無下にすることはできないだろう?だからこそ受けちまったんだ。こっちのチャンピオン様がよ」

 イッシュ地方の、チャンピオン。
 ……大変申し訳ない限りなんだけど誰なのか存じ上げない。それに、なんとなくカキツバタの言い方が刺々しく感じるのは気のせい、かな?
 尋ねたかったが、カキツバタの触れてはいけない何かをぶち抜いてしまいそうで聞けない。となると自分で調べてみるしか!ロトムを呼ぼうと枕元で首を動かす。が、見当たらない。ゼイユちゃんとスグリくんにその辺にいない?と聞いてみても「いないよ?」としか返ってこなかった。おかしいな。モンメンを助ける時にロトムを放ったからいるはずなんだけど。

「……ツムギのスマホはオイラが持ってる」
「そうなの。ロトムも一緒?」
「ロトムは……今いない」
「いない?出て行っちゃったのかな……」
「ああ、多分ロトムもあの人の所だ」

 あの人。……キバナさん?なんでまた、わざわざキバナさんの所へ行っちゃったの。

「ツムギが、呼んだから……だろうねぃ」
「私が呼んだ?」
「ポーラの海から助けた時、呟いたんだよ。あの人の名前を。それ聞くとすぐ消えちまった」

“「呼べるなら呼んでいいロ?」”

「そう……呼びに、行ったんだ……」
「この状況だ。それしか考えらんねえな」

 無意識下で名前を呼んでしまうとは。助けを求めるような声色だったのかな。
 なんてこった……。

「そんで続きな。こっちに来るトップジムリーダーを丁重にもてなせ。なんてお達しがきた。ほら、ここにはジムリーダーのジジィの孫とかいう便利な存在のオイラがいるからねぃ。ほーんと、許可したんなら自分らでもてなせよ。……と、ツバっさんは思ったわけ。拒否しようにもあちらさんはすでに移動してて断るに断れなかったんだ。でもよぉ?なんもかも言う通りに進めるの……癪すぎてな。そこで!オイラは考えた!」

 良い人材をスカウトしに来る、ってんならトップジムリーダー様にこっちからバトルを仕掛けても別に構わねぇんだよな?ってさ。

「他地方のジムリーダー。そんなスゲェ人とバトルできる機会は滅多にない。うちの生徒たちは挑んで負けて、己に足りないものを指摘してもらえりゃ大収穫だ。そう思うことで渋々受け入れようとしたところで。その人の目的は、ツムギ。お前さんただ一人だった。スカウトしに来たんじゃねぇ。奪いに来たんだ。……それで、どうぞこちらです。今は眠ってますけどね。なーんて、言えりゃよかったんだけどなぁ?」

 私を真っ直ぐ見つめるカキツバタ。いつもの緩い雰囲気はない。目が真剣だ。

「会いてぇならブルベリーグ四天王とチャンピオンを倒せ。なんて、口から出ちゃったわけよ」
「それもなかなか暴挙だね……」
「抵抗したくなったってこと!どれだけ強かろうがよく分からん奴に渡したくなかった」

 カキツバタの言葉が途切れると、撫でられるままだったアオイちゃんが、静かに頷いた。

「せっかく会えたのにもう離れるなんて嫌。私たちに勝てないようなら……帰ってもらう」
「現チャンピオン様はやる気だねぃ!そういうわけで、全会一致。バトルを開始したのよ」

 全会一致、って、カキツバタを除く四天王のみんなが賛成したの?知り合って間もない私のために今、キバナさんとバトルしてるの……?
 スグリくんへ恐る恐る視線を移す。

「もしかして、スグリくんも賛成、した……?」
「えと、うん。ツムギの事情はよくわかんねぇけど、楽しく授業受けてんの知ってるし、オレの話さニコニコで聞いてくれるし、ねーちゃんみたいに急かさず待ってくれるし……。もっと仲良くなりてぇなって思ってる。まだ、行かないでほしいから……賛成、した」
「そうよ!ツムギがいなくなったらそこのゆる男、腑抜けが加速するのも目に見えてるわ!アオイもスグもいるのよ!?負けるわけない!」
「ねーちゃんツムギさ好きだもんな」
「そっ!そんなこと……少しは、あるかもだけど」

 髪をいじって顔を隠すゼイユちゃん。か、可愛い〜!そうなんだ、好いてくれてたんだ?やだ照れ隠しツンデレくっそ可愛い。スグリくんも私と仲良くなりたいって思ってくれてるの?ちょっともう、なに、泣きそう。都合のいい夢でも見てる?現実だよねこれ?

 キタカミ姉弟にときめいていると、足元の方で佇んでいたカキツバタが靴を鳴らしてこちらへ近づいて来る。真っ直ぐ、私の方へ。
 椅子に座るゼイユちゃんを押し退け、私の頬を両手で挟んで……。えっ、なに?近……、

「お迎えは来たが、帰すとは言ってない」

 顔色は悪くないねぃ。よかったよかった。

「もう少し、オイラはツムギと過ごしたい」
「カキツバタ、」

 額に一瞬触れた唇。すぐに離れて、にっこりと笑顔を向けられた。緩い緩い、気が抜けるようないつものあの笑顔。

「気に入ってんだ、ツムギのこと」
「え……?」
「ツムギはあの人に会いたいか?」
「私、私──、は……」
「……そんな顔してるツムギを会わせたくねーなぁ」

 頬を包む手がむにむにと柔らかさを堪能するように動く。ちょっと、流石に恥ずかしい。

「へっへっへ。赤くなってきた。……ほーんと。会わせたくねえなぁ……」

──ロトロトロト!

『カキツバタ先輩!そっち準備できてる!?ネリネ先輩あと二匹だ!めちゃくちゃ粘ってるけど、そろそろヤバいかも!』
「おーう、アカマツ連絡サンキューな。全く鋼タイプ相手にもえげつない強さよ。んじゃま、ドラゴンタイプの先輩様にご指導ご鞭撻、お願いするとすっか〜!」

 するりとカキツバタの手の甲が私の頬に触れ、離れる。ポケットに手を突っ込むとそこから出てきたのは私のスマホ。そっと枕元に置いてくれた。そしてベッドから遠ざかって行く。
 私やアオイちゃん、スグリくん、ゼイユちゃん。一人一人に視線をやり、口角を上げた。

「──スグリ、アオイ。オイラはだいぶ、本気よ?」
「私もだよ!」
「オレも、やるなら本気さ出す!」
「へへっ、頼もしい後輩たちで安心安心!行ってくらぁ」

 ひらりと片手をあげて保健室から出て行った。向かう先は白銀のバトルコート、だろう。
 そうしてカキツバタがいなくなった後。

「……アンタとカキツバタ、どういう関係?」
「デコチューされたぁ……!」
「アオイをオレへけしかけてきた時と同じくらい、真剣な顔さしてたな」

 固まったままの私を揺さぶるゼイユちゃん。ちょ、やめ、肩を揺らすと頭もぐわんぐわんに回るから揺さぶるのやめてもろて……!
 どういう関係。私にもはっきり言えない。さらに言えばカキツバタが何を考えているのかもわからない。なんで触れてきたのか。突然の行動すぎる。
 ……気を許してないんじゃなかったの?頭を抱えたくても、モンメンがもふっと来るので出来ない。もふもふの力で今の出来事を忘れられないかな、無理かぁ……。

 寝ていた体を起こし、ベッドへ座る。気持ち悪さはない。今のところどこも痛いところもない。頭や手足も動く。動けるならポーラエリアへ行きたい。……でも行くべきじゃない。枕元のスマホを手に取る。ロトム、本当にいないみたい。……素直に、寂しい。また戻ってきてくれるかな?
 しょんぼりしたらモンメンがまたもふん……と顔面にくっついた。励ましてくれてるんだね。

 アオイちゃんがスマホロトムを操作して画面を見せてくれた。どうやらバトルを映してくれるロトムに繋げられるらしい。中継用のロトム、か。ドローンみたいだ。ロトムは機械や家電と相性が良すぎるな。
 このままバトルを見ようとしたら、アオイちゃんの側にいたスグリくんが声をかけてきた。オレもバトルの準備をしてくる、と。複雑な気持ちで見つめれば「ツムギはなんも心配しないで。カキツバタのバトル見ててよ。オレ、けっぱるから!」そう言って微笑まれた。
 これは確かに頼もしい後輩だ……。キュンとするじゃん……。
 あたしでも調整相手くらいにはなれるわよね!スグんとこ行くわ!と勝気な笑顔で気合いを入れて、ゼイユちゃんも後を追うように出て行ってしまった。

「アオイちゃんも……行くの?」
「私はカキツバタのバトルを見るよ。ギリギリまで見て相手への対策を練ろうかな、って」

 この人、カキツバタもスグリも倒すよ。

 言い切ったアオイちゃんの言葉を聞いて、画面上に映し出されたキバナさんを見つめた。





『おーす、ガラルのジムリーダー!』
『ようやくお目見えか。最後の四天王』
『お手柔らかにお願いしやーす』
『バトルの前に一つ聞くぜ』
『へいへい、なんなりと?』
『お前はツムギの、何だ』

 鋭い視線。それを受けてさらりと流すカキツバタ。

『迷子の保護者、ってヤツだねぃ!』
『建前はいい』
『……さァてな。強いて言うならオイラはツムギに翼をあげたいのよ。どこへでも飛んで行けるように。囲うだけが守る手段じゃねぇでしょう?こっちで授業受けてるツムギ、すっげぇ楽しそうなんだぜぃ。目ぇキラキラさせて、先生にも物怖じしないで質問しまくってさ。それがまた面白い着眼点でオイラも隣で聞いてて楽しくなるんだよなぁ』
『……』
『ドラゴンストームの旦那こそツムギのなんなんだ?本人は微妙な反応してたけど』

 カキツバタの問いに一瞬黙ったキバナさん。
 一呼吸置いて向き直り、凛とした声で答えた。

『オレさまは、ツムギが好きだから。会いたいから──ここへ来た』

『そのツムギがアンタに会いたいかわからねぇのに?』
『ああ、ただオレさまが会いたいだけ。会って話をして、捕まえて、逃がさない。……二度と』
『こっわぁ。重い男は嫌われやすぜぃ〜』
『うるせぇよ。お前のようにふわっふわ浮いてらんないの。捕まえるために、側にいてもらうためにオレさまは地に足をつけてんだよ』
『オイラなら、一緒に浮いてもらうけどね』

 ……煽ってる。間違いなく煽ってる。キバナさん相手にもそういう軽口叩けるってすごいな。カキツバタは間違いなく大物だよね。そして煽りに乗らないキバナさんは大人だ。私だったら大人げなく口撃を返しちゃうかもしれない。今だってキバナさんの口元は緩く弧を描いて……、あ。ああー、目が怒ってる。眉間にも皺。しっかり煽られてた……。そりゃ、そうだよね。
 それでも態度に出さないの、本当に大人だなあ。

『……ブルーベリー学園、教育機関でダブルバトルが盛んとは驚いた。良いセンスしてるぜ』
『だろ?そっちはシングルが主流だっけ?』
『ほとんどはな』
『てことは一部がダブル?』

 二人は話しながらバトルの位置についた。
 お互い二つのボールを手にしている。

『一部じゃない』
『?じゃあ、一人か』

 ニィ、と笑みを見せるキバナさん。あ、れ。もしかしてカキツバタは知らない……?

『そうだ、ガラルで唯一。オレさまだけが!ダブルバトルでジムリーダーやってんだ!!』

 宙へ放られたハイパーボール。飛び出してくるのはフライゴンとギガイアス。白銀のコートにすなあらしが巻き起こる。このすなあらしに何度パーティを壊滅させられたか。……今となっては懐かしく思う。


『吹けよ 風、呼べよ すなあらし!!』


 ──ああ、キバナさんだ。間違いなく。


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