夢なら素直になれるのに

 リーグ部へ向かう途中、キバナさんが「あっ」と声を上げた。アオイちゃん、カキツバタ、そして私。三人でその声に反応してキバナさんを見上げる。が、すぐ首を傾げた。なかなか言葉の続きを紡がないキバナさん。珍しくカキツバタも黙っている。
 そうしてシーンと静まるエレベーター内。

「……誰かどうした、って聞いてくれる?」
「察してちゃんは困るぜぃ、キバナさんよ」
「カキツバタだけ呼び方はキバナさま、な」
「なんで!?」

 も〜、面倒臭いお人でやんすね〜。どうしたんでぃ、キバナさま?やれやれ、と肩を竦めて尋ねるカキツバタ。そしてよくぞ聞いてくれた!と答えるキバナさん。
 ……私とアオイちゃんは、何を見せられてるんだ、これ?って顔。

「全員オレさまの姿に注目!」
「「「???」」」
「腕も足も砂まみれ!」
「すなあらし起こしまくった張本人が何を」
「服は雨に降られ、ずぶ濡れ!」
「あまごいも結構出してましたね」
「なんかもう体中がベタベタする!!」
「一日中バトルしてたら、それは……」
「つまり!!」

 シャワーを浴びたい。

 ごもっとも。
 カキツバタの部屋は?足の踏み場……は、あるっちゃあるがキバナさまを招けるような綺麗な部屋ではないでーす。と。アオイちゃんの部屋?ダメ。未成年の部屋。私が許さない。で、残るは私の部屋。カキツバタとアオイちゃんの視線が突き刺さる。
 いやいや、リーグ部にシャワー室が併設されてるのでは!?そう半ば叫ぶようにカキツバタへ振れば、なんと現在メンテナンス中なんですってよ。……なんてタイミングの悪い!
 そして二人とも「そういえばオイラ、私も汗かいて気持ち悪いしシャワー浴びてきたーい」と言い出した。や、やめろ。ここに来て二人きりにしようとするんじゃない。
 二人とも私のこと好きなんでしょ、行かないで。ていうか私もシャワー浴びたい!

「そうだ、洗濯機があるならちょっと服も洗わせて?乾かすのはコータスに頼むからさ!」

 ……キバナさん!遠慮がない!

「……こちらが私の部屋です……」
「サンキュー!お邪魔しまーす!」

 じゃあまた後で、リーグ部に集合な〜!
 私の部屋の前までは来てくれたのに、ひらひら手を振って無情にもエレベーターの方へ戻ってしまうカキツバタ。くっ、おてて繋いで仲良くランデブーした仲じゃん。あんなに四六時中一緒に居てくれたのに。なんだよ急に距離置いて。寂しいじゃん。

「……ツムギさーん?」
「キバナさん、シャワーも洗濯機もタオルもご自由にどうぞお使いください。服は大きめのものがあるので、よければそちらを着てください。私は、ええと部屋の外へ出っ」
「カキツバタの所には行かせねぇけど」
「えっ!なんでわかっ……オーゥ……」
「は?」

 おっ、と。不穏な声色の「は?」が出た。

「……行かせねぇけど……?」
「っス」

 腕を取られ部屋の中へ入れられ、ドアを閉めて、ご丁寧に鍵までかけてくださいました。そしてドアとキバナさんに挟まれて壁ドンなうです。高身長の人間からの壁ドン、ドアドン?とても怖い。圧が、見下ろされてる威圧感が……すごく怖い。

「カキツバタくんと仲良しなんだなぁ?」
「そ、ソウデスネ。お世話になりまして……」
「お世話に。へぇ……?」

 しどろもどろに出てくる言葉の弱いこと。なかなか顔を上げられない。そう、目の前にはキバナさん。あんなに会わない、会えないと頑なに拒んでいた人が近距離に、数センチ先に居る。
 ちらりと様子を窺う。窺っ……いや、ほんと、身長が高いですね……。視線じゃ足りない。首ごと上を向かないと絶対に目は合わな……。

 ばちりと。目が合う。
 ──合わせるつもりはなかった──!

「そう怯えなくていい。何もしないよ。何かしたいのは山々だが怖がらせたいわけじゃない」
「キバナさん……」
「……悪い、あんまり名前呼ばないで」
「え、っ?」
「抱きしめたくて、たまらなくなる。衝動に駆られるがまま、触れて離せなくなるから。わがままばっか言ってごめんな。……シャワーと洗濯機、借りる。こっちの部屋で合ってる?」
「は、い。タオル……お持ちします、ね」

 ん。助かる。にぱっ、と人懐こい笑みを浮かべてシャワールームへ入って行った。どうにか意識を保ちつつバスタオルとフェイスタオル、服。大きめの、ビッグサイズのTシャツがあるのでそれを準備して持っていく。
 ノックして顔を出したキバナさんへ手渡す。その時に指が触れてしまい思わず下を向いた。……自分の反応が気持ち悪い。少女漫画のヒロインを気取るんじゃない。その年齢はとうに過ぎているだろうが……!はあ……、重ためのため息が出てしまう。

 ──シャワーの音が聞こえる。洗濯機も回ってる。私は放心状態でベッドに腰掛けていた。
 キバナさんがいる。この部屋に。シャワールームに。キバナさんが。会うはずはなかった人、が。

 ここで堪えていた心臓がドッッッ!と強い音と早めの心拍数で動き出した。やばい、しぬ。生命の危機を感じる。何が起きているのか。
 ピロン、とスマホから通知音が鳴った。のろのろとポケットを探り、取り出して画面を見ると。

『ツムギ、大丈夫か?生きてる?』

 カ……!カキツバタァ!!うっ、助けてカキツバタ……生きた心地がしない。きみの緩い空気がもう懐かしい。なんで、なんで置いて行ったんだよぉ!

『大丈夫じゃない、とんでもなく慌ててる』
『返信早ぁ。キバナさまはシャワー?』
『そう。なんで置いてったの!薄情者!』
『なんか面倒臭そうだったから……へへっ』

 へへっ、じゃねぇのよ!なんだよ、カキツバタが面倒見てよ!男同士でしょ!……そうだよ、なんで女性の部屋に招いてんの!?おかしくない?
 音がするたび無駄にビクつく私が可哀想だとは思わないのか。今からでも来て。そう送れば。

『ドラゴンの巣に飛び込む勇気はない』

 ドラゴンの巣。なにその表現。じゃあ私を連れ出して、と言いたいがそこまで頼るわけには……。……頼ってもよくない?カキツバタに遠慮いる?いらない。

 連絡しようとスマホを見れば追加がきた。

『オイラのとこに来たら、いろーんな意味でもう離せなくなるし多分オイラの部屋から出したくなくなる。から、こっちには来ないでくれーい』

 離せなくなる?いろんな意味で?部屋から出したくなくなる……。
 ……私に対して言ってんだよね?どうしたカキツバタ。疲れてる?突然のメンヘラ発動に動揺しちゃうんだが。そしてどちらを選んでもバッドエンド!みたいな展開なに?この状況でアオイちゃんを巻き込みたくないしなぁ。……観念して無に徹するしか……。

 はぁぁぁぁ、と今度は長めのため息。私も同じく疲れてるみたいだ。

 ……キバナさん。ガラル地方のナックルシティにある宝物庫の番人。ダンデさんに挑み続けるトップジムリーダー。ドラゴンタイプをこよなく愛する人。
 ゲーム越しにこちらへ話しかけてきてロトムを送ってきた。気さくで優しくて、笑顔がとても素敵で、ポケモンバトルが強くて、妥協なんてしなくて。努力を怠らず一所懸命で、真っ直ぐに一途に……相手を想い続けて、愛せる人。
 そんな人が今、ここにいる。私が名前を呼んでしまったばかりに。ここへ来たのは責任感から?それとも仕方なく?無視してもよかったはずなのに。
 ……そうだ、ロトム。ロトムはキバナさんの元にいるんだっけ。ポーラエリアの海に落ちた、あの時。現場で何があったのか知りたい。今までバタバタして誰にも詳しく聞けなかったんだよね。スグリくんとゼイユちゃんから掻い摘んでは聞いたけど、詳細はわからなかった。
 ロトム、帰ってきて……くれるかな?

 あのボーマンダ、ユウリちゃんから預かった……って話だったけどユウリちゃんはどう思ってるのかな。アオイちゃんと同じように私の姿を認知していたのか?ということも知りたい。もし認知してたら……申し訳なさすぎる。キバナさんとのアレコレにがっつり挟まれて気まずい思いをたくさんさせてしまった。それなのにキバナさんへボーマンダを貸したのは、なにかしら思うところがあったから……だよね……?
 ここはやはり土下座すべきか。そもそも私に会ってくれるかも怪しい。ダンデさんとホップに面会謝絶です、と言われて幼馴染&元チャンピオンブロックされても納得して引き下がれる。
 ああああもう、なんだかあっちこっちに迷惑かけてるなぁ!

 ドサッ!と背中からベッドへ倒れ込む。
 ダメだ。全く無になれなかった。考えることが多い。

「暑い!!」

 バァン!と勢いよくシャワールームの扉が開く。腰にバスタオル。頭にフェイスタオルを巻いて出てきた、褐色肌でスタイルの良い成人男性。目……っ、目のやり場ァ!

「ちょっと!服を着てください!」
「あっついんだもん!お水ください!」
「歩き回らないで、自由が過ぎますよ!!」

 素足でペタペタ歩いて近づいてくる。そのままの格好で。ちょっともう!ここはご自宅ではないんですけど!?人の部屋、そして女性の部屋だというのを理解してる!?
 おいしい水ならありますから!目線を床に落としたまま冷蔵庫へ向かい、来客用のコップに注ぐ。本当になんなの、なんなのこの状況ッッ!!
 コップをカウンターに置いて、おいしい水を冷蔵庫へ片付ける。振り返ると、……目の前にいる。なんで!?かなり勢いよく顔を逸らしてしまった。首がもげる。

「ツムギ、ありがと」
「どういたしまして……」
「なーあ、ツムギちゃん?」
「な、ななななんでしょうか」
「どうしてオレさまには敬語なの?」
「……はい?」
「カキツバタにはタメ口なのに。チャンピオンもか。いや、ここの生徒にはだいたい砕けて話してるよな。なんでオレさまにだけ敬語なわけ?」
「それはその、初めてお話をした時からずっとそうでしたし……。タメ口は失礼かと……」
「ふぅん……」

 ふぅん……、という反応にビビるがどんな表情をしているのか確認しようとそろりと目線を上げ、たら頭に巻いて……被せていたフェイスタオルをおもむろに取っ、取るんですか!?
 とととと取らないでくださいバンダナオフのキバナさんは見たことないんです。ちょっと待って、これってもしかして有料コンテンツじゃないの!?それかファンクラブの者しか見れない的なやつでは!?オフの姿を直接見てしまうなんてファンに背後から刺されてしまう!やばいぞオタク的死、不可避──!

 アホみたいに大暴走&動揺する私を尻目に、キバナさんは肩にタオルをかけた。
 ……髪、思っていたより長いんですね……そしてサラサラだ。私が使っているものと同じだよね?なんでそんなに艶もあるんだ。ああああ!髪をかき上げる仕草最高すぎる、これがモテる男の色気ってやつですか。助けて心のスクショが止まらない。
 目線は髪に固定。無理無理、少しでも下げたら倒れてしまう、私が。静かに目を閉じた。

「……じゃあオレさまを見ないのはなんで」
「見……っれるわけないです!だって服着てないんですよ!?無理です直視できません」
「服を着たら見てくれる?」
「…………善処、します」
「ええー?善処ォ?それなら着なーい」
「着てください!」

 意思疎通が難しい!助けてカキツバタ。いやダメだあいつもメンタルが不安定だったわ。悲しいことに味方がいない。つらい。

 水を飲み終えるとコップを置いて、そのままカウンターに手を乗せてじーっと私を見つめるキバナさん。逃げられない。見過ぎでは……?はたして今度はなにを言われるのか。
 肉食獣に追い詰められた草食獣の気持ち。うっ、胃がキリキリしてきた。

 グゥゥ〜、キュルルルル。

「……」
「……」

 間の抜けた音が部屋に響く。そうです、私のお腹が鳴った。
 胃がキリキリ痛む、ではなく!胃が空腹を訴えてきたってわけ!

「ふはっ、お腹の音か!フフフッ、盛大に鳴ったな?」
「二日間ほどなにも食べてないので!」
「あー、オレさまもお腹減ってきたかも」
「……冷凍したご飯があるのでおにぎりなら作れますが……人が握った物、食べれますか?」
「食べる、食べれる!おにぎりかぁ、カントーのだよな?形が三角のお米、だっけ?」

 カントーの。そっか、日本という地域はないんだっけ。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。あの辺りをまとめて呼ぶ名称がほしいところだ。
 ガラルはイギリス辺りが舞台だったよね。ということはパンが主食かな。でもカレーが流行ってるし、お米を食べる習慣も根付いてきてるわけだ。そして人の手で作られるおにぎりが平気って言うなら……うん、作ってあげようかな。私もお腹が空いたし。私の分はおかゆにすべきかな。多分胃は空だよね。点滴されてなかったもんな……えっ、私よく動けてるね?そうだ、まずは水を飲もう。今さらだけど自分のことも後回しにしすぎてる。

 冷凍ご飯をレンジでチンして手鍋を用意。たまご粥……を食べたかったけど、卵がない。シンプルに塩を振りますか。キバナさんのおにぎりも塩で海苔を巻けばいい。十分でしょう。

「手慣れてる?」
「いえ、料理は出来ないです。お米を炊けておにぎりを握れる程度の腕ですよ、残念ながら」
「全然残念じゃない。楽しみ〜」

 にっこり笑顔。……くっ、ときめいてなんかない。

 準備を始めていたら洗濯機が終了の音を知らせてくれる。作るの見てたいけど仕方ない、乾かさなきゃな。とキバナさんはシャワールームへ引っ込んでくれた。ヨシ。
 ヨシ。と思ったのも束の間で。洗った服を持って出てきたら、相変わらずの姿で服を乾かし始めた。絶妙な力加減でコータスが熱気……蒸気?を出している。優秀で器用すぎない?立ったまま乾かすのも大変そうなので、椅子を提供させていただいた。が、なんと、すぐに乾くらしい。やっぱりコータスは優秀だ。

「Tシャツはサイズが小さかったですか?」
「いや?着れるサイズだった」
「着てくださればいいのに……!」
「袖を通そうとしたぞ。でも、あー、その。服からツムギの匂いがして……ちょっとな」
「!臭いましたか……!?」
「そっちの臭いじゃなくて。オレさまが理性と戦うことになるから着なかったわけ」
「……」
「照れないでくれる?オレさまも恥ずいのよ」

 思春期のガキみたいでカッコ悪いだろ?

 ドラゴンユニフォームを扇ぎながら笑うキバナさん。そんなこと言われたら普通に照れるし恥ずかしいです。……ってことは、バスタオル一枚の方が恥ずかしくないのか。それはそれですごいと思う……。

「おにぎり食べて服が乾いたら、リーグ部?に行くんだよな。そこにポケモンたち出せるスペースはあるか?みんなもご飯まだだしポケモンフーズを食べさせてやりたい。体力は回復したが、空腹は回復出来ないからさ!」

 そう言われてみればそうだ。キバナさんの手持ちの子たちはずっとバトルをしていたから、相当お腹が空いているだろう。先にカキツバタへ連絡しておこう。リーグ部にポケモンたちを出しても大丈夫、なはず。……ああ!モンメンにもご飯をあげないと!モンメンが好きな味のポケモンフーズを覚えなきゃだ。

 小腹を満たす程度のおにぎりを二つ。お皿に乗せてお出しした。私もお粥を少しずつゆっくり食べながら水分補給。ぺろっと食べ終えたキバナさんが片付けを買って出てくれたので、ここは素直に甘えておく。
 お粥は全部食べられなかった。仕方ない、本調子じゃないし。残したお粥はラップをして冷蔵庫へ入れよう。椅子から立ち上がってカウンター下に置いてあるラップを取ろうとした。

 ──ぐらっ、と、視界が歪む。

「!大丈夫か!?」
「……はい。立ちくらみだと、思います」
「急がなくていい、ゆっくりな」

 目を閉じて深呼吸。
 ……大丈夫、大丈夫。一度閉じた瞼を開ける。視界の歪みも目眩もなくなった。カウンターを支えにゆっくり膝を折る。キッチン用品を保管している棚を開けてラップを手に取った。
 ふぅ、と息を吐く。……先ほどより体が重い。また急に立つと立ちくらみが起こりそうなのでゆっくり、徐々に、注意しつつ。

「ツムギ、体調が悪くなってるんじゃないか?」
「大丈夫ですよ、すみません」
「……額に触れていい?」
「え?なんで、です……?」
「顔が赤いから。多分熱出てるぞ。さっき二日間食べてない、って言ってたよな?それほど、体調が良くなかったんだろう?」
「起きてから体調も今まで良かったですし、熱もないかと……」
「気を張り詰めてたから出なかったんだ。ご飯食べて落ち着いたから症状が現れたんだよ」

 今の今まで距離を保っていたキバナさんだったが、どういうわけかここに来てグイグイくる。それに、熱?そんな馬鹿な。確かに体は重いけど気持ち悪さはないし、立ちくらみがあったくらいで何も、全然、問題はない。
 そう言っても伸びてきたキバナさんの手を避けることはできなかった。片手が額を、もう片方は後頭部に回り逃げられない。お皿を洗って冷えた手が、……気持ちよかった。

「……やっぱり高い。リーグ部での話し合いは中止。ツムギはベッドで寝てな。オレさまはチャンピオンとカキツバタに連絡する……、連絡先知らないんだった。ツムギのスマホ貸してもらえるか?二人に電話で説明するからさ。充電してる?ちょっと部屋の中を探すな?」

 私の額から手を離したキバナさんはスマホを探しにベッドの方へ。
 ……なんだか真剣な表情。というか焦っているというか。あまり見たことのない顔だ。キバナさんが話したことを反芻する。話し合いは中止?アオイちゃんとカキツバタに連絡?
 ……あれ、確かに私、おかしいな。言葉が出ない。まさか本当に調子が悪くなってきてる?ご飯を食べるまで平気だったのに。重くなっていた体が怠さをも感じてきた。……なんだか頭もぐらぐらとしてきた、ような……?
 体調が悪い、と脳が判断すると一気に全てがしんどくなる。何かを考えるのも億劫で。やばい。これは、かなりまずい。みるみる内に体が動かなくなってきた。立っているのがしんどい。体が熱い。いや、寒い。だめだもうわからない。

 ……そうだ、スマホ。キバナさんに渡さなきゃ。二人に連絡を……。えっと、カキツバタと連絡をたぶんベッドにある。カウンターを伝って歩く。歩けてる?よね?

「ツムギ、おいで」

 ふわふわ、ぐるぐるしてきた思考の中で、私の名前を呼ぶ声がする方へ顔を向ける。
 おいで?どこへ?誰のところへ?

 私に向けて、腕が伸びている。
 手を伸ばせば触れるところにある。

「キバナ、さん……?」
「ああ。ここに居る。おいで?」

 ……キバナさん。

 カウンターに置いていた手を離した。伸ばされた腕に、手に、触れる。……っ!いや、ダメだ。私が触れていい人じゃない。残っていた理性が接触を拒否する……が、動かしてしまった手も足も、もう止まらない。踏みとどまれない。
 倒れ込むように抱き着いてしまった。

 顔や体が触れる肌の感触。……素肌。そう、この人、服を乾かしていたがまだ着ていない。消えかけている私の正常なツッコミ脳が胸の内で叫ぶ。

 頼むからはよ服を着てくれ!!!!

 意識は朦朧、完全に全体重をかけて寄りかかっているのに、全く動じない。というかビクともしない。それどころか、抱き上げられた。……抱き上げ、られた?既視感がある。マスカーニャとリザードンに抱えられた時の。あの、お姫様抱っこ……。
 人間に……お姫様抱っこが出来るのか……!!

 ここで私の意識はぷつんと切れた。


◇ ◇ ◇


「キバナさま。中に入れてくれよ」
「だーめ。静かに寝かせてやりたいの」
「私もダメですか、キバナさん」
「んー、うん。今はダメだ。心配すんなって、オレさまが看てるからさ。二人も体を休めなさい」
「……あんただって、休むべきだろぃ」
「あんたァ?」
「キバナさま!!……キバナさまが一番疲れてんじゃねーの。ガラルからパルデアへ、パルデアからイッシュへ。移動距離も相当だし、そっから一日中バトルしてたじゃん」
「そうだな、移動距離は確かにあったし時差がキツかったけど。バトルに関しては特に問題ないよ。やわな鍛え方してないんでね」
「……キバナさん、体調が良くないツムギちゃんに手を出さないでくださいね 」
「もちろんだ。病人に手を出すほど節操無しじゃない。これはもう、信じてもらう他ねぇなぁ」
「起きたら連絡ください。あと、モンメンは私が預かっておきます。それは……いいですか?」
「ああ、頼む。ありがとう」
「……」
「カキツバタ。大丈夫だから」
「オイラ、振り回しちまったかな」
「そうだな。否定は出来ない」
「キバナさまに託すの、すっげぇ嫌」
「おうおう、素直でよろしい!」
「でも……今回は、譲る。お願いします」
「わかった。おい、次回もねぇぞ」
「ふーんだ!行こうぜキョーダイ。マジでいかがわしいことすんなよな!そん時はオイラとアオイで」
「ボッコボコ!だね!」
「だねぃ!!」
「心得たよ。また明日な。おやすみ」
「へいへいおやすみなせーい」
「おやすみなさい」


◇ ◇ ◇


「──ん、」
「おっ、起きた?気分はどうだ?」
「……あ、れ、キバナさん……?」
「はーい。キバナさんだぜ。おっと、起き上がるなよ。熱があるんだ、急に動くとつらいぞ」
「キバナさん、」
「おう。よしよし、しんどいなぁ」
「う、キバナさん……」
「……泣いてるのか」
「これは夢?夢かなぁ」
「それが夢じゃないんだ。あ、こら、目を擦るな。ティッシュかタオル、」
「待って、まだいかないで……」
「……そこにかけてたタオルを持ってくるだけ。な?その大粒の涙、オレに拭かせてくれる?」
「ぅ、ん」
「いい子。待ってな」
「……キバナさん、いる?」
「いるよー、よし。目を閉じて。……閉じて?」
「閉じたら消えない?」
「消えないよ」
「よしよしする?」
「する?ああ、オレを?」
「頑張ってたから、よしよし」
「はは、なに〜?でもお願いしまーす」
「よしよし、ふふふ、髪サラサラだね」
「……ツムギもよしよし、な」
「キバナさん、キバナさん」
「ん」
「おてて、おっきいね」
「そ?まぁツムギよりはな」
「カキツバタの手も私より大きかったよ」
「…………ここで他の男の名前を出すのはダメ〜」
「いや?」
「いやすぎ。もうオレ以外とは繋がないで」
「かわいい」
「これがメールならスクショしてた?」
「してた」
「なぁ。ツムギ?」
「ん、なぁに?」
「好きだよ」
「?」
「ツムギのこと、好きだよ」
「……私を?……ああ、夢だから言ってくれてるんだ。でもね、私ツムギだよ。ツムギさんじゃないよ」
「そうだよ、ツムギを好きなんだよ」
「??私?」
「そう。このツムギちゃん。涙いっぱい溜めた、可愛い可愛いツムギちゃんがオレは好きなの」
「へへ、夢でも……嬉しい」
「夢じゃないから」
「?夢じゃないの?」
「覚えててくれるか怪しいところだなぁ……」
「キバナさん、あのね、私」

──キバナさんのこと、すきなの。

「私を見てほしいな」
「…………見てるよ、見てる。心も掴まれてる」
「キバナさんにずっと会いたかった。この世界に来た時、一番最初に浮かんだの。会いたいなぁ、って。でもね、会っちゃダメなんだよ?」
「どうして?」
「私じゃツムギさんの代わりになれないから」
「違う、違うんだ。代わりに好きになったんじゃない。くそ、どうすれば伝わる?」
「キバナさん、キバナさん……」
「……いっぱい、呼んでくれるんだな」
「夢じゃないと、呼べないよ。だいすきだから呼べない。頼らない。私にはアオイちゃんとカキツバタが、いるから……だいじょうぶ」
「頼っていい、呼んでいいんだ。どこに居ても駆けつけるから。なぁ、ツムギこそオレを見てくれ……」
「……キバナさん、なかないで」
「……泣いちゃう。ツムギ、抱きしめていい?」
「ぎゅー?」
「そう。ぎゅー」
「だいすきって……意味?」
「ああ。大好きのぎゅー、だ」
「夢だと、たくさん好きって言ってくれるね」
「もう一度、起きた時にも伝えるよ」
「ううん、いいよ。夢だけで、いい」
「そんな悲しいこと言うな……」
「ぎゅー、しよ?だいすきの、ぎゅー」
「可愛いなぁ……。好きだよ、ツムギ。苦しいくらい、お前を想ってる。好きだ、大好きだ」
「キバナさん、ありがと……」


◇ ◇ ◇


 カーテンの隙間から光が射し込む。ここは海の中。人工の太陽光とはいえ、本物と遜色ないくらいの明るさと熱を持っている。つまり非常に眩しい。

 昨夜はとんでもなく都合の良い夢を見た。体調の悪さからくる悪夢と呼んでいいだろう。有り得ない夢だった。私、マジで理性がぶっ飛んでた。あんなに誰かに対して甘え倒すなんて、本当に……無理……。ぶつ切りの記憶だけどいい大人が見る夢じゃなかった。カキツバタに教えたら大笑いしてくれるだろう。口が裂けても絶対に言えない。

 体の怠さはない。頭はスッキリはっきりしている。節々が少し痛い気がするけど、これは後を引く痛みじゃないとわかる。それよりもいい加減にシャワーを浴びたい。贅沢を言うのであれば、温かいお湯にしっかり浸かりたい。浸かった瞬間、あ"ぁ〜〜!って言いたい。体はぺたぺた、べたべたするし髪の毛も……酷いことになっている。
 よし、まずはシャワーだな!

 窓の方を向き横たわっていた体を正面に戻してから、ゆっくり起き上がる。すると隣の何かに触れた。……何か。思い当たるもの、いや、人が……一人。

 声にならない声を上げかけて手のひらで口を抑えた。瞬間的に叫ばなかった私、グッジョブすぎる。
ベッドの縁に腕を乗せて寝ているであろう……キバナさん。なんてこった、寝顔はSSR!……落ち着け。寝顔すら整ってるとは。天が二物を与えまくってる。

 何故ここにキバナさんがいるのかは覚えている。シャワーを借りたいと言ったからお貸しして、おにぎりも食べてもらった。その後のことは……あまり覚えてない。体調が悪くなってからの記憶が途切れ途切れだ。それでも、ベッドに居たということはきっと寝かせてくれたんだと思う。そして、ベッドの縁にいる……ということは。まさか、看病していただいた……?
 それだけでも充分恐れ多いのに、床に座った状態で寝ておられる。嘘でしょ……、こんな、お世辞にも柔らかいとは言えない床の上で寝かせたのか。身長も高いからこの体勢はとてもキツいだろう。

 ぜひともベッドで寝てほしい。このベッドで横になっても足が出るだろうけど……床よりは何倍もマシなはず。ここへ来るまでの移動時間、移動手段、移動距離。そして昨日はバトル漬け。絶対、絶対に体は睡眠を求めているし、ちゃんとしたところで眠らなければ疲れが取れない。
 起こすのは可哀想だ。でも私の力ではベッドの上へ引き上げることは不可能。どうしよう!?
 今更ながら血の気が引いていく。体調を崩されでもしたら。看病したせいで悪い菌が移ってしまったら。謝罪で済まない事態なのでは……?

 目を閉じて眠るキバナさんを見つめる。

 ちゃんと、服は着ていた。トレードマークのパーカーは羽織っていなくて、ドラゴンユニフォームだけ。頭に何もつけていない。ブランケットも、タオルケットも、何もかけずに……そのままで寝ている。申し訳なさがマッハだ。せめて、何か被るものをかけてあげるべきだよね。
 ベッドの上に乗っている腕。長いなぁ、なんて思いつつ手まで視線を送る。手のひらが大きく、指は長い。同じ人類なのにこうも違うのか。自分の手と見比べてみても全然違う。
 じっと手を見つめていたらある欲望が首をもたげた。触りたい。手に、指に、触れたい。……ダメだダメだ。寝ている人へ勝手にそんな真似は出来ないし、そもそもそう思うこと自体良くない。こんなに近いところに居るのに、どこまでも遠い人。

「……キバナさん」

 ポロッと口から名前が出てしまった。起きないでほしい。いや、起きてもう一度寝なおしてほしい。起こすべきか、このまま寝かせておくべきか。

「……おはよ、ツムギ」

 膝を抱えて悩んでいたら声をかけられた。

「気分はどうだ?気持ち悪いとか、熱っぽいとか。体のだるさも、だな。不調があればまだ寝て……」
「キバナさん!ごめんなさい!!」
「……ん??なんだ、どうした?」
「もしかしなくても看病、してくださったんですよね?しかも床の上で寝かせて……、私はもう大丈夫なので!よければ、だいぶ狭いんですけどこのベッドで寝てください。お疲れなのに何も気遣えなくてすみません……!」

 怒涛の勢いで謝ったが、ぽかんと私を見つめるだけのキバナさん。……大丈夫、だろうか。

「ツムギちゃん?」
「は、はい」
「おはよ」
「おはよう、ございます……?」
「ん。おはよ。少し、触るな」

 額に、大きな手のひらが触れる。すぐに離れていく手と眠そうな顔のキバナさんから目が離せない。熱はないな。下がってよかった。ふにゃりと笑う。

 心臓が、ぎゅぅっ、と締め付けられる。
鼓動が早くなって顔にも熱が集まってきた。

「……いや、赤くないか……?」
「!!熱はないですし、気のせいです!」
「ほんとにぃ……?隠すなよ?」
「隠してません、この通り元気です!!」

 むん!と腕を曲げてムキムキポーズを決める。破顔するキバナさんに、私もつられて笑う。

「ありがとう、ございました。お世話も迷惑をもかけてしまったようで、申し訳ないです」
「気にすんな、オレさまがやりたくて世話したんだ。迷惑もかけられてないぜ?それに、さ」

 ぺたぺたでべたべたな、汗もかいた私の頬に手が伸びてくる。優しく包まれて撫でられた。

「可愛いツムギが見れて最高に幸せだった」
「…………?それは、どう、いう……」
「なぁ、ぎゅーする?大好きの、ぎゅー」
「…………はい?…………っ!!」

 一瞬、疑問符を浮かべる。言葉の意味を脳内で処理すると昨夜のとんでもない夢、各シーンがぶつ切りでフラッシュバックした。あれは夢ではなく現実だった、と目の前でニコニコ笑うキバナさんを見て思い知らされる。

「ツムギ、おーいで?」
「……さい、」
「お?」
「私を殴って記憶を失わせてください!!!!」
「何言ってんの!?」
「ここにジュラルドンを出してもらって、思いきりアイアンヘッドをお願いします!!!!」
「大怪我じゃ済まないやつ!!落ち着こうな!?ごめんね!キバナさんからかい過ぎたわ!!」

 真面目に涙が出てきた。羞恥心を煽られた。穴があったら入りたいどころか埋まりたい。

「なぁ。抱きしめていい?」
「ううううう、嫌です……」
「怒ってる?」
「……怒ってないです。恥ずかしくてここから消えたいとは思ってますけど。……何日もお風呂に入ってないので汚いし絶対臭いので嫌です……」
「ええ?なにそれ可愛い……」
「キバナさんの可愛いは信じられないです」
「なんで!?全部本気で本音なのに」

 私も“可愛い”はよく使うけど、それは私に向けて使うものじゃないと知ってるしわかっている。……というか、なんでそんなに抱きしめたがるのか。

「ここにツムギがいる、って肌で感じたいわけ」
「……思考を読まないでください」
「ふ、はははっ!ツムギねぇ、顔に出てんの!」
「!そんな馬鹿な……」
「懐かしいなぁ、このやり取り〜」

 なんだっけ、画面越し?でもあったし。ショートメールでの会話でもあったな〜。もう二週間?一ヶ月?あー、結構経ってる。本当に久しぶり、だな。

 優しく微笑まれて、戸惑う。私も素直に喜べたら良かったな。どう反応したらいいんだろう。
 ……うん、そうだ。シャワーへ行こう。兎にも角にも全て綺麗さっぱり流してこよう。キバナさんのことを考えるのも、それからだ。

 キバナさんを避けてベッドの足元から降りようとしたら、スマホが鳴った。どこにあるのか見渡せば充電ケーブルに繋がれていて、枕元にある。これもキバナさんが行ってくれたに違いない。……くっ、申し訳なさが積み重なっていく。
 画面を見ると、連絡の相手はカキツバタだった。そうだ、カキツバタを呼ぼう!部屋に二人きりじゃなければ、もう接触することも、されることもないはず。アオイちゃんにも連絡しなくちゃ。二人にもたくさん心配かけてるよね。

「カキツバタですね。ふふ、朝早いの珍し……」

 返事をしようとスマホを手に取った瞬間、体が背中からベッドへ沈む。驚いて目を閉じてしまった。そっと開けると両方の手首を掴まれている。目の前に見えるのは天井ではなくキバナさん、の、顔。笑ってない、微笑んでもいない。怒ってる、わけではなさそうだけど……。表情が、読めない。結ばれていないキバナさんの髪がさらりと落ちて、私の頬に触れた。もしかして上に……乗られている?

 いったい、何……が、起きてるの……?


戻る】【Topへ戻る