近くて遠い人に手を伸ばす
いつも感情豊かで朗らかなキバナさんだが、今は暗く陰を落としたような表情で私を見つめている。そんなキバナさんを静かに見つめ返す。
普段オレンジ色のバンダナで隠れている眉は太めで短い。……これは知らなかった。褐色の肌にサラリと流れる綺麗な黒い髪。側頭部は刈り上げられているみたい。どうやって髪を纏めているんだろう。自分で結ってるんだよね、器用だなぁ。鼻筋がくっきりしてる。それでいて高いなんて、羨ましい。輪郭もはっきりしていて無駄なお肉はない。キュッと結ばれた口。何か言いたそうなのに閉ざされている唇。憂いげなシアンの瞳。タレ目気味なのに、バトルになるとググッと吊り上がるのも素敵ポイント、だと思う。
顔面偏差値が高いだけではなくキバナさんを象る全てが神がかっている。まさに造形美。
……じっくり眺めて悠長なことを考えている場合ではない。ありえない状況に私の脳は混乱を極めていた。
「キバナさん……?」
意を決して声をかけてみる。と、私の手首を掴む手に力が入った。強く握られてその痛みに目を閉じる。こんなに強く捕まえなくても逃げない、のに。
「っ、キバナ、さん
「なあ、カキツバタはツムギの、なに?どうして今、画面を確認しただけで安心したような顔になったんだ?……カキツバタに早く会いたいの?……オレより、あいつの方が……」
そこまで口にしてグッと唇を結ぶ。首を緩く振り、また私を見つめた。
「ツムギを想って動いてるのはあいつも同じだもんな。あいつは、カキツバタはツムギのことを良く……見てる。周りに緩く見せてるだけで、芯のある強い奴だって、オレにもわかる」
キバナさんの眉間に深い皺が浮かぶ。怒っている、ような。苦しんでいるような……、そんな複雑そうな表情に胸がざわめく。ようやく視線が合ったと思えば。瞳にはいつもの光がなくハイライトさえ消えている気がして不安を覚えた。
それでも、キバナさん。と名前を呼べば「なに?」と返事をしてくれるから、私の声はまだ届いている。言葉まで無視され始めたらきっといよいよ危ない……と思う。
「カキツバタとは手も繋いでたし、抱き着くのも許してるよな?口調だって気安いし距離感がもう恋人のそれだ。……ツムギはあいつのことが好き?」
「キバナさん、手を離してください……」
「やだね。……今、オレがこの手を離したらどこへ行くつもりなんだ?いや、言わないでもわかる。カキツバタのとこだろ?……行かせねえって……」
「どこにも行きません。カキツバタのところにも。どうしたら信じてくれますか?」
目を逸らさず尋ねると、ゆるゆると視線が泳ぎ目を伏せる。……まつ毛も長いですね。
「……して、」
……ん?微妙に聞き取れなかった。して?なにを……?あっ!わかった、ヨシヨシだな!?画面越しでもよく撫でるのをお願いしてきたよね。昨日のバトル後にも「よしよししてくれる?」って、にっこり笑顔で言ってきたっけ。そっか、まだ撫でていなかったよね。
手首を掴む強さは変わらないけど、こういう時のお願いの仕方、可愛いよなあ。
「すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「……ぎゅっ、てして」
「ぎゅってして……?」
よしよしじゃなかった。ぎゅっ、て……つまり、ハグ?抱きしめて、ってこと?頭撫でるのをすっ飛ばして抱き着くの?この体勢から?
真意を知りたくてまっすぐ見つめる。……見つめる、と。少しずつ頬の色味が……。
「……オレと、ハグして」
「ふ、ふふっ」
「なんで笑うんだよ……」
「キバナさんが照れているなぁと思いまして」
「そりゃ、照れる。今更だけどこの体勢ヤバすぎない?オレもうどこも動かせねぇもん」
「手を離してくれたら私が退きますよ」
「やだ、離したくない」
「離してくださらないと、ハグできないです」
私の言葉を耳にしたキバナさんが目を見開く。なんで催促してきた人が驚いてるんですか。
反応を待っていると今度は困ったように眉が下がる。口元でさえ明らかに困っている形に変わった。本当に表情豊かな人だなぁ。小さく笑えば、ぽぽぽっと頬を染めた。
なんなのこの人、可愛い。
じーっと見つめ続けていたら観念したのか、手首を掴んでいた手が離れていく。離れた手は私の顔の真横に置かれた。もちろん、左右どちらも。どう足掻いてもベッドの上から動かない、逃がさない、というキバナさんの強い意志すら感じる。
──キバナさんとハグ。ぎゅっと抱きしめたら逃げないとわかってくれるかな。信じてくれるのかな?
想うのは諦めようと頑張った私の恋心。キバナさんが想っているのは私じゃない。それは今も、ちゃんと……わかっている。弁えている、つもりだ。それなのに、想ってはいけない人なのに。キバナさんは心を溶かして、入ってくる。
目の前にいると、見つめ返されると……思い知らされる。キバナさんが好きなんだ、って。
「!えっ……!?」
「どうしました?」
「ツムギの手首、赤くなってる。あ、オレが掴んだから……?嘘だろ、ごめんなツムギ!そんな強く握って……握ったんだよな……!動揺したからってありえねぇだろオレ……!ツムギ、痛いか?痛いに決まってるよなぁ!?なにか冷やすもの!押し倒してる場合じゃない!ほんと、余裕なさすぎ、カッコ悪すぎ。す、すぐに退くから!」
私の手首の状態に気づき慌てた様子のキバナさんは、いとも簡単に左右の腕を退かして覆い被さるように倒していた上体を起き上がらせ、ベッドの端へ腰かけた。体はもう横向きになっている。もうどこも動かせない、なんて言っていたのに。
スッ、と差し出された左手。
「起き上がれるか?……あ。触られるの嫌、だよな……」
──ごめん。怖がらせるつもり、なかったのに。自分の感情はコントロールできるはずなのに。もういきなり掴んだり、無理やり握ったりしないから。オレからは、ツムギに触れない。だから、……嫌かもだけど、腕に掴まって?起き上がるためだと思って……な?
矢継ぎ早に言葉を紡ぐキバナさん。相当焦っているのがわかる。それをなぜか冷静に見つめる私。事態を把握したキバナさんの慌てっぷりを見て逆に落ち着いてしまった感じだ。
キバナさんは差し出した左手を握りしめて拳を作っていた。きっと私を怖がらせないように。困らせないように。自分の感情を抑えて、私のために我慢して。
この人は本当に……優しすぎる。
「キバナさん、手に触れてもいいですか?」
「怖く、ない?ほら、まだ腕なら……」
「怖くないので手を掴んでほしいです」
「嫌じゃ、ない?」
「はい。キバナさんを嫌だと思ったことはありませんよ。それに、体力も筋力もまだまだ貧弱なので……引っ張っていただけると助かります」
そう言って私も左手を伸ばした。その手を優しく掴んでくれる。起き上がると同時に、キバナさんの右腕が私の背中に回った。意識的に、かな?それとも無意識だろうか。また後ろに倒れないよう、さりげなく支えてくれる。
ベッドの上で体育座りのように膝を曲げて起き上がった私。足を床に着けて上半身だけ私の方を向いているキバナさん。一人分の距離が空いていた。掴んでくれた左手が離れていく。
……カキツバタには飛び込んでいけたのにな。抱きしめられても抱きしめても、平気だったのに。キバナさんが相手だと……とても緊張する。
『ハグする練習でーい!』
『は?ハグする、練習……?』
その時ふと頭に浮かんだのはアオイちゃんとキバナさんのバトル直前、カキツバタから紡がれた言葉。ハグする、練習。まさかとは思うけど、こうなることを見越していた……?いやいや、まさか。そんな馬鹿な。
手には汗。それを隠すように握りしめた。私が、動かないと。
「……キバナさん、腕を広げてください」
「?腕を?なんで……」
「そして私の方を向いてください」
「え。……これでいい?」
自分の心臓の鼓動が聞こえる。ドッキドキ、ではなくバックバク。本当におかしいな、アオイちゃんにもカキツバタにも、こんな風にはならなかったのに。
キバナさんは遠慮がちに腕を広げてくれた。かなり控えめに。腕を伸ばして、ではなく肘を少し曲げて。何をするんだ?と言わんばかりに首を傾げている。
勇気を奮い立たせ、こちらを向いてくれたキバナさんを見つめて一人分の距離を埋めた。
「……ツムギ、っ?」
「ハグ、ですよ?ぎゅっ、て抱きしめてます」
「え、あ、ああ。確かにオレとハグして、って言ったけど。……言ったけど!待っ、可愛い……柔らけぇ、いや、嬉しい。いやいや!なんでこのタイミング!?」
「キバナさんの心臓、大忙しですね」
「ううっ、うわああああ喉が鳴っちまう恥ずかしい」
私と同じくらい早い心臓の音が服越しでも伝わる。ドラゴンユニフォームからは私が使う洗剤と柔軟剤の香り。そしてそれとは別の、普段は香ることのない匂いがする。なんだかとても、いい匂い。もっとこの匂いを嗅ぎたくなる。……まさか自分にカキツバタの突発的衝動の理由がわかってしまう日が来るとは。
私の両腕はキバナさんの脇の下から背中に回っていて、顔は胸元、鎖骨……あたり。膝立ちになりだいぶ体重をかけて抱きついている。重くないかな?とか、支えるの大変じゃないかな?とか。心配しないでもないが……もう気にしないことにした。だって全くビクともしないんだもん、キバナさん。力強いのはもちろん、体幹も良すぎる。
「ツムギ、ちゃん」
「はい」
「匂い嗅がないでくれる……?スゥーって音聞こえるんだけど?」
「キバナさん良い匂いがするんですよ」
……間違いなくカキツバタと同じことしてるわ、私。
「オレからハグを望んだ結果だし、嬉しいんだけど。実際こうして腕の中に来られると……。あー、たまんないな……。くそっ、触れたい。抱きしめたい。可愛い……」
「……抱きしめ返してくれないんですか?」
「は?」
なんで毎回「は?」の声が低くなるのか。そして毎回その声にビビる私。トーンを下げないでください。不穏なオーラも背負わないでほしい……。
「こっちは必死で我慢してるんですけど……?」
「私も恥ずかしい中、必死で抱きついてるんです!キバナさんが私を抱きしめ返してくれて、そこでやっとハグが成立すると思うんですが!」
「意味わかんねーから!」
「こちらのセリフです!」
頑なに触れようとしない。馬乗りで私を見下ろしていたキバナさんはどこへ行ったんだ!あれか、理性が飛ばないと手を出してくれない感じ!?普段はめちゃくちゃ理性的で温厚な人だもんね!……手を出してくれない、って私も何を言ってんの?
遠慮なんてしてられない。謎にやる気が出てきた。膝立ちで抱きしめていたけど、モゾモゾ動いてキバナさんの足、太ももの間に!極めて平均的な私のお尻を!ねじ込んで!両足は硬めな左脚の太ももに乗せて!座って抱きついてやるぞコノヤロー!!
あー!私の顔は完全に胸元だ!身長も平均、標準でで体型だって細くも小さくもないのにすっぽり収まったわ!わぁ、意外と胸筋もある。そっと触れるとその筋肉は固い。さらに、厚みを感じる。細身だと思っていたのに予想に反する筋肉。何これ、ときめいてしまう……!
身悶えて奇声を発してしまうのを我慢するために、ぐりぐりと頭を胸元に擦り付けた。
……と、ここまでしたのに残念ながら一切反応がない。はぁ、ダメだったか。ひと息つこう。そのまま胸元に寄りかかった。……なんだろう。安心するなぁ、ここ。まるでリザードンに抱えられているみたいだ。……リザードンって言ったら拗ねられそう。ええと、包み込んで抱えてくれそうなキバナさんの手持ちの子といえば。フライゴン?ちょっと細身かな。ヌメルゴンはぬめぬめだし、ジュラルドンやギガイアス、コータス、バクガメスは固そうだ。
ハッ!もはやキバナさんがポケモンなのでは……!?
背中に回した手でユニフォームを掴む。ここに収まってからキバナさん、何も話さなくなっちゃった。自由にお触りしすぎたかな。しすぎたな。堪能してたわ私。
チラッとキバナさんを見上げる。今どこを見ているのか確認しようとした。それに、どんな表情をしているのかも気になったから。……もしかしなくても、怒って……、
「こういうことカキツバタにもしてたらマジで気が狂う。問いただすのは癪だし……」
遠くを見つめて何やらぶつぶつ呟いていた。
「こういうことをするのはキバナさんが初めてです。……一応私も恥ずかしいんですよ?」
「ここに収まって擦り寄ってくる奴のセリフじゃないな」
「だってキバナさんに抱きしめ返してほしいのに、全然触れてくれないじゃないですか。少し悲しいですし実はハグも嫌だったのかな?と思いながらここに座っ……なんでもないです」
素直に答えるな私。全部聞こえてませんように。
「……ツムギ、もう一回言うぞ」
「は、はい」
「オレは必死で我慢してる。触れないように傷つけないように、理性を総動員して奥歯も噛み締めて、耐えてんの。これ以上ツムギに嫌われたくないからな!」
バッチリ聞こえてた。ゼロ距離だもん、そりゃ聞こえるよね。確かに痛くされるのは嫌だ。でもこんなに近いのに抱きしめてくれないのは……ちょっとだけ、悲しい。
昨夜の恥ずかしい記憶を思い出してみる。再び寝てしまう直前までのやり取り。……ぶつ切りの記憶なのに、鮮明に覚えてるものだ。当分この記憶で身悶え続けるだろう。
それでも、キバナさんが動いてくれるなら。
「キバナさん。ぎゅー、しよ?だいすきの、ぎゅー」
言い終えて、胸元に顔を寄せる。ユニフォームを掴む手にも力を込めた。ぎゅってしてるから、キバナさんもぎゅっと抱きしめてほしい。
一拍、置いて。
行き場を無くしていたキバナさんの腕が私の体に回った。
隙間もないくらい強く、強く抱きしめられる。
「……素面でそれは、ダメだって……!」
「キバナさ、ん」
「オレ以外の奴に絶対言わないで」
「キバナさんになら言っていいんですね?」
「う"っ……!そう、だよ。オレになら……いい」
「これは、大好きのぎゅー、ですか?」
「……あのさ、そろそろ可愛い発言するの止めてもらえる?オレの息の根を止める気?効果抜群なのわかってるよね?耐えに耐えてるオレ、マジで偉すぎる。……はー、柔らかい。オレのこと抱きしめてるツムギ、可愛い。……なあ、もう我慢しなくてもいい?手を出してもいい?いいよな?だってツムギから誘ってんだもんね?オレ、耐えたよ。擦り寄って、抱きしめて、可愛いことばっかり言ってくるツムギを前にして、ずうっと我慢したんだぜ?」
「キ、キバナさん?目が……据わってて怖……」
「キスしたい」
「え」
なんか、いろんな段階すっ飛ばしてない?キス?ハグから急に?まだ私の想いを伝えてないし、その、キバナさんからの気持ちも聞いておりませんが?
それらを飛ばしてのキスは……遠慮したい。……そりゃ、そういう気持ちでしてくれるならしたいけど。いや、したいけど……じゃない!雰囲気に流されてするのは違うでしょう?……雰囲気に流されそうだけども!今度は私が我慢する番か、なるほど。
顔を胸元へ、文字通り埋める。
「……ツムギ、こっち向いて?」
「キスはしません。絶対に」
「しよ?」
「しません」
「少し触れるだけだから、ね?」
「押せばいけると思ってます?」
「いいや、オレと同じ気持ちだと思ってる」
この男〜〜〜〜ッ!!ときめかすな!!
「……流されませんよ」
「ちぇ、ダメか」
「はい。ダメです。そういえばキバナさん、カキツバタからの連絡を確認してもいいですか?」
「やだ」
「やだじゃなくて!あれから数分経ってますし返事を返さないとそろそろこちらに……」
──コンコンコン!!
「ほら、噂をすれば……ですね」
「まだこのままがいい」
ぎゅむむぅ。と包み込むように抱きしめてくるキバナさん。
ううう、抱きしめる力が強くて返事ができない。……ノックの音も鳴り止まない!
「カイリュー!はかいこうせん!!」
「ん。はかいこうせん……?」
「!キバナさん、カキツバタはやります!カキツバタなら間違いなく撃たせますよ!カイリューが困ってると思うので今のうちにドアを開けないとです!!」
急いでキバナさんの腕から逃れ、逃っ、離してくれないなぁこの人!やめて、それは学校のドア!公共物の破壊は捕まる!普通に捕まるから!!カイリューにはかいこうせんぶっ放させたカキツバタ、留年確定しちゃう!怒られる、で済まされないよ!
あわあわしていたら体が、浮いた。
「わあっ!?な、何するんですか!」
「フフッ、見せつけちゃお」
「キバナさん!?」
「ほら、首に腕回しな?落ちちゃうぜ?」
にっこり、いや、にやり?かなり悪い笑みを見せる。そうです、抱っこされてます。しかもお姫様のやつ。絶っっ対に軽くはない私を軽々と持ち上げている。どうなってるのこれ!?キバナさん、本当にポケモンでは?ふらつかないし安定感すごいから、そう落ちないだろうけど……腕を首に回した。ひぃ、恥ずかしい……!
真っ直ぐドアへ向かう。迷うことなく。途中でカウンターに置いていたオレンジのバンダナを片手で取り、そのまま片手で頭へ乗せる。その間、片腕で私を抱えているわけで。
……腕力どうなってるの……?降りれないのでドア越しに声をかける。
「カキツバタ!」
「!ツムギ、無事か!?連絡返ってこねぇし、ドアぶち破ろうと思ってんだが!」
「ステイステイ!今開けるね、開けっ……、キバナさん!」
「開けるの〜?」
「……ツムギ、そこから離れてろ」
「ダメだってば!壊しちゃダメ!」
楽しそうなキバナさんとは真逆で私は焦りに焦る。カキツバタならやる。
床に激突するのを覚悟で腕の力を緩めたら、そこでようやくドアを開けてくれた。もう!!
「っツムギ、大丈夫──……あ"ぁ?」
「おう。昨日ぶりだなカキツバタ。おはよう」
「あんた、何してんだよ」
「何って……お姫様抱っこ」
「どういう状況?今すぐツムギ下ろして。カイリュー、キバナさまにげきりん」
「おいおい、やめろっての。カイリュー、無茶な指示は無視しな」
「カイリューにまで声かけないでくれぃ」
見られた……。このお姫様抱っこされてる姿を……。無理、私の羞恥心が爆発霧散した。
今の私は生気のない顔をしているだろう。早く下ろしてください後生ですから……。
「キバナさま?ツムギにいかがわしいことすんな、ってお願いしたと思うんだけどねぃ?」
「してないぞ?これは抱えてるだけ!」
「ツムギ、何かを諦めた顔してっけど」
「この表情も可愛いよな〜」
「可愛いのはすでに知ってる」
カキツバタ、やめよう。煽るのやめよう。キバナさん、顔はニコニコしてるけどキバナさん意外と内心は怒ってるからね。さっきより腕の抱える力が強くなったのよ……。
「キバナさん、下ろしてください……」
「やーだね」
「アオイちゃんはいませんか?」
「そういえば姿は見えないな。カキツバタ、チャンピオンはどうした?一緒じゃないのか」
「キョーダイはタロにネリネ、女性陣に捕まってらぁ。先にオイラだけ来たってわけ」
「お前も部屋に帰っていいんだぞ?」
「それで帰ると思ってんなら甘ぇのよ」
……頼むから私を挟んでバチバチしないでもろて……。
今は何時かな?首を動かして壁付けの時計を確認する。ええと、八時を過ぎたくらいか。土日じゃないから、学園は普通に授業を行うはず。
「キバナさん、そろそろ本当に下ろしてください。いい加減、シャワーを浴びたいんです」
「一人で大丈夫か?一緒に入る?」
「流石にグーでパンチしますよ」
「冗談冗談。水分補給してから行きな」
おや?お母さんかな?でも、確かにその通りだ。シャワー中に倒れてしまったら目も当てられない。間違いなく恥ずか死する。まずは水分補給しよう。ようやく聞き入れてくれたので下ろしてもらい、冷蔵庫へ。コップ一杯のお水を飲んで、着替えとタオルを持ちシャワールームに向かう。……向かう前に!カキツバタ!
「カキツバタ、おはよう」
「おーす、ツムギ。……なんもされてない?」
「大丈夫!大、丈夫……?」
「言い切ってくんないとキバナさまに牙を剥いちまうぜぃ。……昨日は病み上がりに引っ張り回しちまって、ごめんな。体調は、どうでやんすか?」
「体調はもう悪くないよ!昨日のことも、引っ張り回されたなんて思ってない。……私が体調を崩したから気にしちゃったんだよね。私こそごめんだよ」
「……心配した」
「ん……ありがと。この通り、もう元気です!」
しょんもりしているカキツバタの片手を取る。笑って見せれば、緩く笑みを見せてくれた。
「ぎゅってしていい?」
「いいよ」
「ダーーーーメ!!なんで自然にオレさまの前でイチャつこうとしてんの!?ねぇツムギ?いいよ、って何?なんで許しちゃうの?ダメ!って拒否るとこよ?」
「え?だって……カキツバタ、ですし……?」
「へっへっへ!ツムギちゃんだぁいすき!」
「ふふ、可愛いキョーダイなんですよ。ね?」
「ね〜〜ッ!」
「オレさまには下心丸出しのクッッソガキにしか見えねぇんだけどなぁ!やめろ離れろ!」
「や〜だねぃ!」
火花バッチバチですね、わかります。
ちょっとだけカキツバタとハグをして、するりと離れる。そのままシャワールームへ。バチバチな謎バトルは私がいない状態でお願いしまーす!
久しぶりのシャワー。最高。髪のペタペタ感や埃も、顔面や腕、本当にあちらこちらの皮脂汚れも、綺麗さっぱり洗い流した。命の洗濯とはまさに。
着替え、スキンケアまで済ませて部屋に戻ると。もう誰もいなかった。二人はどこへ……?
姿を消した二人の行先は特に気にならなかったので、昨夜残したお粥を温め直してモグモグ。うん、うまい。胃に優しーい。ご飯を食べているとノックが聞こえた。どうぞ、と声をかければドアから顔を覗かせたのはアオイちゃん。
アオイちゃんも開口一番に昨日のことを謝ってきた。私が体調を崩したのは誰のせいでもない。誰も悪くない。あえて悪い人を挙げるなら、私一人だろう。無理して動いたのもバトルを間近で観ることを選んだのも、全部私だから。今はもう体調は良くなり問題ないことを伝えて迷惑をかけたことをアオイちゃんに謝った。
数分後、部屋に戻ってきたキバナさんとカキツバタ。二人してぜぇぜぇ言ってるけど、何をしていたんだ。尋ねるのはやめよう。面倒くさそうだから。
今日は二人が授業を終えたら、放課後にリーグ部で今後のことを話し合う。
……私の今後について、の、話。
放課後までは私がキバナさんに学園の案内をしたり、テラリウムドーム内の各エリアを巡ったりする予定だ。嬉しそうなキバナさんに対して、めちゃくちゃ不満そうな顔のカキツバタ。……授業は参加してね。せっかく早起きしたんだし。危うい行動は慎むようにね。私はきみのことが心配なのよ。卒業しような……!
◇ ◇ ◇
学園内の施設を案内し終えて、やって来たのはテラリウムドーム内のサバンナエリア。ブルーベリー学園最大の特徴であるこのテラスタルドーム。様々な地方のありとあらゆるポケモンが、様々なエリアに生息している。そしてドームの中心のさらに上空に存在するテラスタルコア。このコアのおかげでパルデア地方特有の現象、テラスタルを使用することが出来る。
「パルデア独自の現象を再現、ね。コアと呼ばれるほどだ、相当大きい結晶なんだろう。あのでっかい結晶一つでテラスタルを可能にしてるってんなら……すごいよな。なかなかぶっ飛んだことをする研究者がいたもんだ」
「確かに……無茶苦茶な技術ですよね」
散策しながらドーム上空にあるテラスタルコアを見上げた。あまり、というかほとんど気にしてなかったけど、改めて見ると存在感すごいんだよね。
キバナさんとサバンナエリアを歩く。いつもひょっこり目の前に現れる野生のポケモンたちがこちらを一瞥するとジリジリ後退している、ような?強い人が本能でわかるのかも。
「そうだ、こいつをツムギに返すよ」
「……ボーマンダ、ですね」
「ああ。出してやって?ずっとツムギを待ってたんだ」
両手で受け取ったモンスターボール。手のひらの上でカタカタと揺れる。
小さく笑って空へ放った。
ポン!と小気味よい音と共に飛び出し、空を大きく旋回しながら咆哮を上げるボーマンダ。その姿を微笑ましげに見つめていると広げた翼を小さくたたみ、私の側へぶわりと降り立つ。そして首を下げてクルルルゥと聞いたことのない鳴き声で顔を擦り寄せてきた。
か……っ、可愛い……!
「……そんな甘えた鳴き声出せるのかよ、お前」
「グルルルル……!ギュアァッ!!」
「落ち着けって、取らねぇから!」
「ボーマンダ、ここまで来てくれてありがとう。急にいなくなってごめんね。えっと、嫌じゃなければ頭を撫でてもいいかな……?」
「クルルッ、キュウゥ」
「ぐぅ可愛い!私のボーマンダ可愛すぎる〜〜!」
「いや、ツムギにだけだぞ?その甘えた態度とってるの……」
──この子に乗って空を飛べますかね?
──いや、一人で空を飛ぶには飛行訓練が必要だ。初心者なら尚更な。鞍も着けた方がいい。こいつがツムギを振り落とすとは思えないけど、ここではやめとこうぜ?
とのことで、空を飛ぶのはまた今度。ボーマンダの背中に乗せてもらえる日が楽しみだ。
上機嫌そうなボーマンダ。今にも空へ飛び立ちそう。私はバッジを一つも持ってないけど、大丈夫なのかな?名前を呼べばこちらを見てくれるし反応も返してくれる。様子を見つつでいこう。ボーマンダを外に出したままセンタースクエアへ向けて歩き出そうとしたら、ポケットに入れていたもうひとつのボールが揺れる。……モンメンだ。
「そいつは?」
「この子は、私が助けたモンメンです」
「ああ、身を呈して助けたっていう」
「そんなに大仰な話ではないんですが……。でもそれで懐いてくれたみたいで。出しますね」
ふわん、と出てきて浮かぶモンメン。そしてもっふぅ!と引っ付いてくる。顔を目掛けて飛んでくるのは癖なのかな?……もふもふ気持ちいいからヨシ。私にもふもふした後はふわふわ飛んでボーマンダの元へ。視界に入る位置に来ると何やら鳴いている。ボーマン ダもモンメンの言葉を静かに聞いているように見えた。何を話しているんだろう。ギュアッ!とボーマンダがひと鳴きしたら、またモンメンがふわりふわりと私の元へ。ぴっとり頬へ引っ付く。
「今の、なんだったんですかね?」
「大方、仲間内での意識確認だろうな」
「意識確認」
「そ。オレさまの見解だと、“アンタ、ツムギの仲間?そのデカい図体で守れるの?” “小さすぎるお前よりは守れるよ” “あら、舐められたものね。ツムギの側で守ることが出来るのは私よ?” “近くはお前が。遠くからは私が守ればいい” “ふーん賢いじゃない。それでいきましょう” “しっかりやれよ” “アンタもね” ……みたいな会話してたんじゃねぇかな!」
「本当ですか!?」
「そう見えた、ってだけ!」
キバナさんの予想を肯定するかのようにボーマンダが空へ舞った。モンメンは頬から肩へ。
「頼もしい限りじゃん?」
「そう、ですね。なんだか照れます……!」
「空にはボーマンダ、近くにモンメン。野生のポケモンたちは警戒して近づかないだろうな」
「あと、大きい人もいますから」
「……大きい人。ああ、オレさまね?ははは!そうだな〜。オレさまが一番周囲に威嚇を放ってるかもしれない!」
「安心ですね」
「安心してくれてる?」
「ドキドキもしてます」
「そう言われるとオレさまもドキドキするしときめくんですけど。可愛いな、手ぇ繋ご?」
手を差し出した瞬間、キバナさんの顔面にモンメンが張り付く。どうしたのモンメン!?
「手を繋ぐのはダメだってさ……」
「なるほど、確かに頼もしいですね」
「なんだよ、オレさまは触れてもよくない?お前たちと同じツムギ大好き仲間だろ?」
「モンメンッ!」
「同じにすんな、ってか?ちぇ〜」
拗ねたように近くの小石を蹴るキバナさん。ポケモンの気持ちをわかるのってすごいよなぁ。やっぱり……キバナさんはポケモン……以下略。
サバンナエリアを歩いているとナックラーやビブラーバ、フライゴンが近寄ってくる。もしかして同族の気配を察知するのかな?彼らを見たキバナさんが手持ちのフライゴンを出して交流させていた。ナックラーの群れ、可愛すぎる。足元にめちゃくちゃ蟻地獄できて足を取られてびっくりもするけど。そうだ、砂漠のポケモンだもんね。
ブルーベリー学園へ初めて来てカキツバタと歩いた時より早くセンタースクエアへ着いた。あれから体力も結構ついたし、最短ルートを覚えたことが大きいかな。大きい、けど、やっぱりあの時のカキツバタは私の体力を削ってたんじゃない?それかどんな人間か見極めていた……とか。そんな面倒なこと、カキツバタはしないか。
「ここから各エリアを見渡せるんだな」
「テラリウムドームの中央に位置していますからね。気候も温度や湿度さえもそれぞれ違うんですよ。最先端の技術の力を実感できます」
「最先端の技術の力」
「……語彙力がないのでスルーしてください」
「言いたいことはわかるぞ!それで、ツムギがオススメしたい場所とかあるのか?」
「もちろんありますよ!けど、標高が高くてですね……。そしてとても寒いです」
「オレさま寒いの苦手〜」
「氷タイプも苦手ですもんね」
「そそ。相性も悪いから困ったもんだ。……ん?じゃあそこへはどうやって行ったんだ?」
「カキツバタのカイリューに乗って、」
「あいつマジでツムギのなんなの??」
「冒頭に戻る発言だぁ……」
カキツバタはパーソナルスペースバグ男です。出会った当初から距離感がおかしいのです。もう気にするだけ無駄ですよ、疲れますよキバナさん。
「よし、先にツムギがフライゴンに乗って目的地へ向かってくれ。着いたらフライゴンはオレさまの元へ戻ってきてもらう。目的地を覚えてるだろうから、折り返しそっちに向かうよ」
目的地、すげぇ寒いんだろ。それならこれ着てな!そう言って差し出されたのはキバナさんが着ていたドラゴンパーカー。……えっ。
「私は大丈夫です!着いたらボーマンダを出してくっついて待ちますので」
「病み上がりに拒否権があると思うなよ?」
「そ、れを言われると何も言い返せないですね……」
「だろう?はい羽織って。前向いて。首元まで閉める!」
差し出されたパーカーはキバナさん本人の手によって手早く着せられた。脱いだばかりのそれは、ほのかに温かい。人肌の温度だ。なんだか良い匂いもする。太もも辺りまですっぽり体が隠れてしまった。細身なのかな、と思っていたけどこうして服を着させてもらったら体格の違いを実感する。サイズが違いすぎる。さらに朝のやり取りを思い出して熱が顔に集まってきた。くっ……。なんだこれ……!
「ロトーーーーム!!」
「久しぶりの出番ロト!」
「ツムギをいっぱい撮って」
「……ツムギ?はっ、キバナ……とうとう、出会えたロト!?本物ロト!?」
「おう、出会えたし本物だぜ!はあぁぁ、オレさまのパーカーに着られてる〜!やっべぇ、かぁわいい〜!ときめきが止まらねえ。撮れたらホーム画面に固定してくれ」
「了解ロト!」
「脱ぎます!!」
「だぁめ!ほい、フライゴン出番だ!」
「ふりゃ〜!ふりゃりゃ!」
「フライゴン、今からお前の背中にツムギが乗る。絶対に振り落とすなよ?嬉しいからって旋回や蛇行はナシ。ツムギの言う通りに飛べ。オレさまのフライゴンなら、出来るよな?」
「ふりゃっ!」
よぉし!いい子だ!頼んだぜ、相棒!
キバナさんに指示を受けたフライゴンが、くるん!と私の方へ振り向く。「ふりゃあ!」ひと鳴きしてお目目をキラキラ輝かせにっこり笑う。ご主人に似てるなあ。
背中に乗せてもらうね、よろしくお願いします。そう声をかけたら抱き着いてきた。
「ふーりゃりゃ!ふりゃあ!」
「あわわわわ、優しいハグ……!可愛い……」
「ロトム」
「もちろん撮ったロト。フォルダが潤うロトね」
「最高だ……」
フライゴンの背中に乗り、ポーラエリアの一番高いところへ向かう。カキツバタと初めて一緒に来た時、一人になりたくなったらまたここへ来よう、と話をした場所。実はその後二回はここに来ている。ちゃんと服装を整えて、夜空をぼーっと眺めたりもした。
先に降りてお礼を言うとフライゴンは踵を返す。ちらちらと雪が降っている。
キバナさんが来るまでは、一人だ。
この世界へ来て自分の部屋以外で一人になることは滅多にない。いつもカキツバタかアオイちゃんが側にいてくれた。二人とも善意で一緒にいてくれたと思う。カキツバタは監視の意味も含まれているんだっけ。
……どうして、この世界に来れたのかな。私はここにいていいのかな。いい歳した私が何かを求めて、新しく何かを始める。宝物を……見つける。本当に、出来るのかな。
吐く息は白く、借りているパーカーが無ければ寒くて震えが止まらなかっただろう。ポーラエリアのポケモンたちはタフだよなぁと景色と野生の子たちを眺めた。
それから数分経ってもキバナさんは来ない。フライゴンの鳴き声も聞こえない。迷っちゃった?なるべく真っ直ぐここへ向かったつもりなんだけど。吹き付ける風が冷たくて身を竦める。……よし、フードも被っちゃえ。うん、すごく暖かい。
「──ツムギ!」
名前を呼ばれて、素直に振り返った。
「遅れてごめん!オレさまもフライゴンも空気と雪と寒さに震えて時間がかかった!マジで雪山になってんだなぁ。キルクスタウンの吹雪を彷彿とさせるぜ、寒ぃ〜!」
腕を摩りながら近づいてくるキバナさん。フライゴンはボールへ戻していた。半袖半ズボンのユニフォーム姿を見ているだけで私も震えが走る。早く服を返そう。首元のファスナーを下げ腕を抜いて、フードも取らねば。もぞもぞ脱いでいたら、勢い良く抱きつかれた。
「オレさまの可愛いドラゴンはっけーん!」
「っ、キバナさん!服!今脱ぎますから着てください!」
「ん?おう。いやぁフードまでかぶっちゃって!暖かいか?無いよりマシだよな!」
「暖かかったです、ありがとうございました」
「気にすんなって。そのまま着てて欲しいんだがオレさまも我慢できないくらい寒い!ってことで一旦返してもらって。そんで、こうしよう!」
パーカーを受け取り腕を通したキバナさんは前を閉めず、そのままパーカーの裾を掴んで広げると私を包み込むように抱きしめた。
「ほら、あったかーい!だろっ?」
「は、い。暖かい、です。……もしやこれをしたくてパーカーを貸してくれたんですか?」
「正解っ!」
「抱きつく口実を作ってしまったわけですね」
「言い方言い方!でもまぁ、その通り!」
声をあげて笑うキバナさんと、諦めに似たため息を吐く私。ぎゅうぎゅう抱きしめてくるキバナさんにされるがままだ。……抱きしめ返せないけど、暖を取らせてもらおう。
少しの間正面で抱き着かれていたが、少しずつ恥ずかしくなってきた。腕の力を緩めてもらい、体を動かして外の方を向く。背中に当たるキバナさんの胸筋と腹筋。……羨ましい限りだ。抱きしめてくる腕は離れていかない。景色に集中、できるわけが……。
白い雪に覆われたポーラエリア。ここには私とキバナさんの二人しかいない。高所にあるここは空気も澄んでいる気がする。ずっと寒いけど、居心地がいい。
「静かだな。ここがオススメの場所?」
「はい。対角にあるサバンナエリアは少し見づらいですけど他のエリアを見渡せますし、ここは誰でもすぐに来れる場所ではないので……一人になるには持ってこいなんです。なので、オススメでお気に入りです」
「なるほど。一人になるには持ってこい、か。ツムギを一人にさせたくないんだけどな」
「……どうしてですか?」
「んー、……いなくなりそう、だから?」
いなくなりそう。ここ、雪山でいなくなるって意味はイコール遭難、なのでは?ううん、今のセリフはそういう意味で言ったんじゃない、よね。
「こうしてぎゅーっと抱きしめて、離さない。ようやく捕まえたんだ!逃がしてやんねーよ!」
「私、どこにも逃げませんよ?」
「いいや、ボーマンダを手にした今。乗り方を覚えたらお前は飛んで行くね。きっとこの世界を旅したくなる。冒険したくなるさ。だってツムギ、ポケモンが好きだろう?」
──ポケモンが、好き。
キバナさんの言葉がすとんと胸に落ちる。じんわりと心に広がっていく。そうだ、私は……ポケモンが好き。ゲームでさえ自分のポケモンたちを愛でに愛でてていた。この世界へ来て、出会ったポケモンたちを可愛いと思った。触れて触れさせてもらって、好きなんだと実感した。
「逃がしてやるつもり、ないけど。閉じ込めておくことも出来ないな。そんなキラキラした目のツムギを、留めておく方が可哀想だ」
「離さないし逃がさないのに、閉じ込めはしないんですね。キバナさんの葛藤が窺えます」
「そうだよ!葛藤してる。……昨日、カキツバタとのバトルの前に言われたんだ。“オイラはツムギに翼をあげたいのよ。どこへでも飛んで行けるように。”ってさ。……ガツンと殴られた気がしたよ。あいつは本当にツムギのことを想ってる。この先のことを、真剣に考えてる。大人のオレさまより大人だぜ、あいつ!」
──あ、でも下心丸出しなのも事実だぞ!?ツムギはもうちょっと警戒しような?あいつは強かなんだ!そして距離感がおかしいんだ!!
微笑んだり、にっこり笑ってみたり。ムッと顔を顰めてみたり、少し怒ってみたり。キバナさんの表情も言葉も見ていて、聞いていて飽きない。
翼、か。うん。カキツバタは……人を、多分私のことも。よく、見てる。
「……キバナさん」
「はーい」
「暖かいですね」
「ああ。一人より二人、な?」
「はい……」
雪景色と各エリアを眼前に頷いた。一人より二人。それは私とキバナさん?
……それとも。
頭を振って思考をかき消す。
ひらひらと舞うように降っていた小ぶりの雪から、ぼたん雪に変わってきたので下山することにした。途中でジュラルドンが出現する辺りへ足を向ける。──こんな所にいるのか!野生のジュラルドンもカッコイイな!そうだ、ブリジュラスもかっこよかったよなぁ〜!キョダイマックスしたらどうなるんだ!?ダンデもあいつのリザードンもビビるんじゃねえかな!くぅ、ロマンが広がる〜!……なんて興奮するキバナさんに笑みが零れた。
ポーラエリアを後にしたら、次はコーストエリアへ。温暖で南国色が強いコーストエリア。海に足をつけてみたり、アローラのポケモンたちを観察してみたり。ここで得た知識を思い出しつつ、生態系の話もした。キバナさんもだいぶ詳しくて、相槌だけではなく補足を入れてくれたりさらに踏み込んだ話もしてくれた。ナックルシティ周辺のワイルドエリアを管轄しているだけはある……!
さらに移動してキャニオンエリアに着けば雨が降り出した。洞窟へと避難した私たちだが、キバナさんはヌメルゴンを外へ。嬉しそうに雨の中を満喫するヌメルゴン。はしゃぐ姿が可愛い。洞窟内にはコータス。二人で挟んで暖をとらせてもらった。キバナさんに許可をとり、コータスにも声をかけてから頭を撫でさせてもらう。ザラザラとした肌触り。動物園によく居るゾウガメのような見た目だけど、甲羅の隙間からは炎が生成されている。熱くもなるし暖かくも調節できるとのこと。すごいね。ありがとう、コータス。そう声をかけると照れたように目を細め、口角を上げ鳴いてくれた。かっ……可愛い……!!
もうポケモンたちの一挙手一投足が可愛くて仕方がない。この世界に来たからにはポケモンだいすきクラブに入会すべきかな?本部はクチバシティだっけ。カントーかぁ……。
こうして放課後になるまで四つのエリアを巡り、キバナさんやキバナさんのポケモンたち、そしてボーマンダ、モンメンも交えてのんびり過ごした。
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