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放課後のリーグ部。
通常は部員の皆さんや四天王たち、一般の生徒や先生方。様々な人が行き来する場所だ。
今日はアオイちゃんとカキツバタ、キバナさん、私の四名で使用させていただく。部室のドアには“会議中!入室禁止!”の紙が貼られているとのこと。完全なる私用なのに占領して申し訳ない。
「そんじゃま、始めるとすっかい」
「ツムギちゃんの今後について、だよね」
「お集まりくださり恐縮です……」
「大事なことだし気にすんなって」
いつもの椅子、いつもの場所にだる〜んと座るカキツバタが音頭を取り話し合いが始まる。ちなみにカキツバタ側にキバナさんが座り、テーブルを挟んでアオイちゃんと私が座っている。
「まず確認しなくちゃなんねぇのは、ツムギがこれからどうしたいか……ってことだねぃ」
「ここに残るか、ガラルへ行くか?」
「まぁキバナさまが居るから必然的にその二つに絞っちまうが、別の地方へ行くって選択肢もある。そこんとこを踏まえた上で……だなぁ」
アオイちゃんやカキツバタが居るブルーベリー学園に残るか。
キバナさんとガラル地方へと向かうか。
「……私の正直な気持ちは、まだブルーベリー学園に居たいなって思ってる。でも、ガラルへも行きたい。それはキバナさんと一緒にいたい……ってわけではなくて。き、キバナさん、そんなあからさまにヘコまないでください……」
「ヘコんでない、ショックなだけ……」
「わかりやすすぎてナゾノクサ」
「普通に“草”でいいだろうが前髪もぐぞ」
「へっへっへ、すいやせぇ〜ん」
話の腰を折るドラゴンタイプ二人だがアオイちゃんの静かな一喝でスッと黙った。素敵。
「ガラルへ行きたい、行かなきゃと思ったのはボーマンダを持ち主であるガラルのチャンピオン……ユウリちゃんに返したいから。冒険の途中で放り出してしまったことも謝りたい。アオイちゃんと同じように冒険をしたのに、中途半端な所で止めてしまって……ずっと心に引っかかってたんだ。私に会ってくれるかは、わからないけど……」
「……会ってくれるよ。私もツムギちゃんに会いたかったんだよ?ガラルのチャンピオンだって、会いたいと思ってる。だからこそボーマンダをキバナさんへ託したんだと思うもん」
「ああ、それは……うん。あると思うぜ」
「なるほどねぃ。癪だけど一人で向かうよりかキバナさまと一緒の方が安心か。癪だけど」
「お前いちいち突っかかってくるの何?買うぞ?」
「ふーんだ!」
ユウリちゃん、会ってくれるといいな。ボーマンダのボールを両手で持つ。ボールの中のボーマンダがご機嫌な表情で私を見上げていた。……可愛いなぁ。
ガラル地方へ向かうことに反対意見はなく、やりたいことを終えたらどうする?の話題に。
「ここに戻ってきたい気持ちはもちろんあるよ。でも、別の地方へ行ってみたい気持ちも……あるかな。何をしたいんだ?って聞かれるなら……。私はいろんなポケモンたちと出会いたい。触れ合いたい。ポケモンのことを知りたい」
「あー、オイラわかる気がするわ」
「うん。私もわかるよ。ツムギちゃんポケモンが大好きだもんね。キャンプでも、ここでも。ポケモンたちとの触れ合い方、尋常じゃないもん!」
「尋常じゃない触れ合い方をしてたかな!?」
「ふふふ!なんて言うんだろ、愛で方が強い?」
「おいおいキョーダイ、あんまフォローになってないぜぃ?間違っちゃいねーけどさ!」
尋常じゃない触れ合い方、愛で方が強い……かぁ。身に覚えがありすぎて頷くしかない。
ガラル地方へ着いたらアオイちゃんとカキツバタに連絡して、そこから新たに冒険へ出るなら行き先を教えて欲しい。と言われた。もちろんですとも!異分子で不穏分子な私が行き先も告げずにフラフラしてたらダメだ。と、私自身そう思う。
じゃあツムギについてはガラル以降の行動は要連絡ということで!と話が纏まった。
思っていたより早く話し合いが済んだ。済んだ……かのように見えたが。ここで突然アオイちゃんがカキツバタへ切り込んだ。
「カキツバタはどこまで、何を知っているの?ツムギちゃんがここへ来た理由も、これからどうするかも分かった。でも、いまだに分かんないのはカキツバタがツムギちゃんのことを常に気にしている理由なんだよ」
……確かに。今まで深くは突っ込まなかった話。
それとなく尋ねてみても、ふんわり避けられ、するりとはぐらかされる話。
「……聞きたい?」
「そうだな。こだわる理由も加えてな」
「それは無粋でしょキバナさま。んー、そうでやんすねぃ。まぁ……いっか。いいよ。オイラが何を知っているか、ここで共有な!」
「共有……この表現がね……」
「他言無用だぞ、って副音声がついてるよね」
「はいはい、お静かにぃ〜」
私とカキツバタが出会った日。あの日、偶然ライモンシティで出会った。だが、あれは決して偶然ではない。私が自分の世界からポケモンの世界へと次元を超え、ライモンの路線へ入ってしまった瞬間、駅員室に警報が鳴ったそうだ。
そこからイッシュ地方のシティやタウンを総括しているソウリュウシティのシャガさんへと連絡が飛んだ。ポケモンの世界へ迷い込む別世界の人間というのは一定数いる。その人間をまずは保護しなければならない。誰が向かうか各ジムリーダーへ連絡する直前……。
「これは本当にたまたま。資料や図鑑、学園で使えるもんを探しにジジィの所にいたオイラが話を盗み聞いてねぃ。どんな奴が来たんかな〜?と背後に回って画面見たらさ、反応しちまったんだ。だってよ、見知った人なんだぜ?ジジィが居るのなんか一瞬で忘れてポロッと、“あ、ツムギだ。”って」
──そしたら、目ぇ見開いたジジィに肩掴まれて、お前が保護してこい。ってよ?そんで……まぁ、保護したら動向を見ろと。世にはいい奴に悪い奴。ネジがぶっ飛んでる奴。いろんなのがいるだろ?それをオイラに見極めろ、とのことで。んでもよ、ツムギに限ってアホみてぇな理想論かざして民衆すら巻き込んで騒動や暴動を起こす……なんて真似するわけねぇ。ジジィに物申したかったが、ツムギが移動する前に保護せにゃならん。そういうわけでオイラはすぐにライモンへ飛んだのよ。
「そうだったんだ……」
「いやー、あんときゃビックリしたぜぃ」
「私もビックリしたよ。うわ、カキツバタだ!って」
「へっへっへ、ヒウンアイス美味かったなぁ」
「最初からこれだもんね。ゆるすぎ」
その後も定期的にシャガさんへ連絡を入れていたらしい。ブルーベリー学園内での行動。何に興味を持っているのか。こちらの世界で問題なく過ごせるか。二週間ほど経った今、私がこれから先どうするのか。それらを報告するよう指示されている、と。
「保護したからにはそう簡単に“はい、あなたは自由です!好きに生きろ!”なんて出来ないわけよ。保護した責任がある。ツムギがこの世界で暮らしていくなら、手助けもしなくちゃならねぇ。この世界に住む者として、な!一応どの地域でもこういうルールっつーか決まり事があるらしいけど、ガラルはその辺どうなんで?」
「……そこまでぶっちゃけて話すならオレさまも言うが、概ねの決まりはイッシュと変わらないぜ。こちらに来た人を保護して、これから先どう過ごしていくかを話し合う。だいたいジムリーダーやチャンピオン、地方の運営委員や、諸々取り締まる人間が集まって……だな」
「ふぅーん。やっぱ共通認識なのかねぃ」
「そうだろうな」
……だいぶ裏の、一般人は知らない、知ることを許されない込み入った話を聞いてしまった。確かに他言無用な内容だ……。
「キョーダイたちには教えたけどタツベイを育て始めた頃、空を見上げるような位置にツムギの姿が見えるようになった。そっから興味がわいていたかな〜」
「それ、本当になんのバグなんだろうね……」
「表情豊かで見ていて飽きなかったぜぃ」
「あっ、それわかる〜!ツムギちゃんリアクション良いんだよね!」
「ああ、オレさまもわかるぞ」
「……全然嬉しくない、恥ずかしい。最悪だよ……」
「「「可愛いってことじゃん!」」」
「ハモるのやめて!嬉しくないんだってば!」
自分の奇行と奇声をずっと見られていたかと思うとしんどすぎる。メンタルブレイクだわ。
「そーゆーわけで。オイラはツムギを気にしてんの。いっちばん最初……出会ってすぐは猜疑心を持って接してたけど。へへへ、なんでかな〜。これまたすぐツムギは大丈夫だと思ったんだ。オイラが自分を演じなくても、そのままで居れたのが大きいかもねぃ。この後、ジジィにはなーんも問題ナーシ!って報告する予定よ!」
にっこり笑うカキツバタ。
「ありがと、カキツバタ」
「おうさ。いいってことよ」
私も笑顔を返せば、
──ドン!!!!と、テーブルを叩いた……、
キバナさん。
「……嫉妬の炎が治まんないからそろそろやめてくれる……?」
「落ち着いてトップジムリーダー!よっ!ドラゴンストームの旦那!イケてるぅ!」
「うるせぇ!!お前!シャキッと座れ!」
「ツムギちゃん、キバナさんは愉快な人だね」
「そ、そうだね……」
愉快な人、だよねぇ……。
「ツムギがガラルへ行くなら保護責任者であるオイラも行くべき……なんだろうけど、ここに丁度キバナさまが居るわけで。保護の役割はキバナさまに移すぜぃ。そのうちジジィから連絡くるかもなんで対応ヨロシクでーす」
「何もかもが軽いんだよ、お前は」
「へっへっへ、これがオイラなもんで」
──どう?納得できた?キョーダイ。
振られたアオイちゃんは確かに頷いた。私が思っていたより、カキツバタは一から全てしっかり説明してくれた。
「そんでキバナさま、出発はいつ?」
「一度パルデアに寄ってテラスタルオーブを返さないといけないから、……明日の朝だな」
「そういえば、そのテラスタルオーブはどなたからお借りしたものなんですか?」
「ん?ああ、まずアカデミーに許可を貰いに行って……。テラスタル研修と称してバトルしたんだ。生徒でチャンピオンクラス?のネモ、って子とな」
「「ネモちゃんとバトル!?」」
「そ。シングルバトルでお互い三匹目になったところでストップがかかった。適切に使用できると判断してもらえたようで、審判をしていたパルデアリーグのトップ、オモダカさんがオーブを貸してくれたぜ」
「「オモダカさんが!?」」
「いやキョーダイたちハモりすぎ〜」
そっか、そうだよね。トップジムリーダーがやって来たら、それ相応の人が対応するよね。それにしても……オモダカさんがテラスタルオーブを貸してくださったのか……!
テラスタルオーブの話から、今度はガラルのダイマックスの話になる。ただ大きくなるだけではなく、技も専用のものに変わり見た目も変わるポケモンもいる……と聞いたアオイちゃんとカキツバタがワクワクしたように「あのポケモンも大きくなるんですか!?」「ジュラルドンが姿を変えるならブリジュラスも可能性があるよなぁ!」「バトルコートがスタジアムの中にあるんですね!」「観客の数もすごいらしいぜぃ。ノミの心臓なオイラにゃ無理だろうな!」「嘘だね、生き生きしてブリジュラスをキョダイマックスするんでしょ!」「そりゃもう!だってよぅ、ぜっっっってぇカッコイイだろ!!」……なんて、二人とも興奮していた。
わかるよ、ポケモンが大きくなるって興奮しちゃうよね。
尽きない話をしていたら放課後を終えるチャイムが鳴った。これで解散、そう思いきや食堂でご飯食べよう!とアオイちゃんが提案してくれたので全員揃って向かう。
食堂には見知ったメンバーが居て、テーブルを囲みカロリーダイナマイトなご飯を食べて話をした。私は女性陣にキバナさんとどういう関係なのか、を、興味津々な様子で尋ねられた。恋バナってやつですね、わかります。いや、わからん。特殊すぎて答えづらい。
キバナさんは割りと本気でスカウトをしていた。特にスグリくんに対して。いつもは割って入りそうなゼイユちゃんは私の元にいたのでスグリくんは逃げられなかったようだ。
食堂でのご飯は騒がしくも楽しい時間……に、なった。
お開きとなった後、今夜はさすがにカキツバタの部屋へ泊まってください。とお願いしたらキバナさんは首を横に振った。なんで。私の部屋は無理ですが?明日の準備と、この部屋の片付けをしたい。……一人で。
「カキツバタ、ゲストルームってないの?」
「あるぜぃ?なんならリーグ部を好きに使ってくれても……」
「やーだね。ほら、片付けとかも手伝うし」
「それこそ私が嫌ですが!?」
「嫌なの?」
「……それは、その」
「ツムギちゃん、マスカーニャ貸そうか?」
「!なるほど、縛ってもらえるね」
「いかがわしいことしないから〜!」
ジト目でキバナさんを見やる私たち三人。
信用、とは。で検索検索ぅ!
一度、みんなで私の部屋へ。
「この部屋は片付けちまうから、必要なものは持ってってな。迷ってるものがあれば、オイラやキョーダイが預かっておくから安心してくれぃ」
「そっか、ありがとう。食器とかは捨てた方がいい?洗面用品とか賞味期限近い食材とか」
「その辺は私が預かるよ!」
「いいの?お言葉に甘えるね。じゃあ寝具は……」
「オイラに枕ちょーだい?」
「なんでだよ何に使うんだよ、自分のがあるんじゃねえのか!」
「オイラ、ツムギの匂いが好きなわけよ」
「お前!!」
「アオイちゃん、処分で」
「はーい」
「なんでぃ!寂しさ紛らわしたいのに!」
よし、だいたい分別出来たかな。枕は処分。ブルーベリー学園で揃えたものが多いから自分が持っていく手荷物はかなり少なかった。
「アオイちゃんもカキツバタも、手伝ってくれてありがとう」
「……お別れだけど、最後じゃないよね?」
「うん。少し冒険をしてくるよ」
「また、来てくれる?」
「もちろん!アオイちゃん、パルデアにも行こうね。見たい場所がたくさんあるの!」
「うん……!約束だよ?」
ぎゅう。私に抱き着いて胸元に顔を埋める。頭を撫でて、髪を梳いてあげた。可愛い可愛い。
顔を上げたアオイちゃん。今度はキバナさんへ向き直った。キッ、と睨みつけている。
「キバナさん!確認したいんですが!」
「いかがわしいことはしないってばぁ」
「それについてはマスカーニャを今夜、絶対ここへ置いていくので心配してません!」
「怖ぇ」
ど、どうしたのアオイちゃん?落ち着こう?こんなに誰かを敵視してるアオイちゃん、見たことないな。何を口にするのか全く予想がつかなくて、私とカキツバタは顔を見合わせて首を傾げた。
「ドラゴンストーム、キバナ!トップモデルと熱愛加速!結婚まで秒読みか──!?」
「!?」
「あの記事、本当ですか。本当か嘘かわからない。否定も肯定もしていない。……それなのに、キバナさんはツムギちゃんのことを好きだと言う。会いに来たと言う!私には意味がわかりません。真摯に想っている態度とは思えません!違うのなら、強く否定してください。あなたが大切で好きだと言う人は、私にとっても大切で!大好きな人なんですよ!?私の!大事な大事な人なんです!!」
“キバナさんが大切で好きだと言う人は、私にとっても大切で大好きな人。大事な人。”
アオイちゃんの言葉で涙腺が刺激される。優しい、アオイちゃん。このこともきっとずっと引っかかっていたんだと思う。そういえばそんな記事が出ていると最初に聞いたなぁ。怒涛の展開が続いてて、私はすっかり忘れていたよ。
「そうだったなぁ。結婚を約束した相手がいるんなら……ツムギを渡すわけにいかねーや」
カキツバタが近づき私の肩へ手を回すと、アオイちゃんも一纏めに抱きしめてきた。この体勢のままカキツバタは真っ直ぐキバナさんを見据えていた。
「オイラが、離さねぇよ」
名前を小さく呟けば、抱きしめる力が強くなった。いつも緩い目元もぐっと上がっている。
「……事実無根、つっても信じちゃくれないか。撮られた相手は仕事上の人だ。仕事はジムの運営だけじゃない。ジムリーダーってのはガラルの看板でもあるからな。モデルやアナウンサー、報道、芸能関係者と一緒になることも多い。オレさまだけじゃなく、ジムリーダーやチャンピオンはもれなく全員な」
「それならなんで熱愛だなんて書かれてるんです」
「変な風に切り抜かれて、面白おかしく記事にされるんだよ」
「まあ確かに旦那はよく炎上してるもんな」
「そうさ、週刊誌のおもちゃだぜオレさまは。悲しいことにな」
正面から私に抱き着いているアオイちゃんがモゾモゾ動いてカキツバタと反対側に移動し、私を挟むように改めて抱きしめてくる。これは……幸せサンドされている……!
この状況だぞ、落ち着け私の脳。
「誓ってやましいことはしていない。そもそもオレさまはツムギしか見てないよ。他の女性を見る暇も予定もない。どうやったらツムギはオレさまだけを見てくれるのか、側にいてくれるのか。会いたくて会いたくて、ここにいる。ここまで迎えに来た。お前たちが大切で大好きなツムギを、オレさまはオレさまの側で幸せにしたいんだよ」
「それなら、必ずあの記事に対して行動を起こしてくださいね?」
「そうそう。誠意ってもんを見せてもらいたいよなぁ?」
「もちろんだ」
ピリッと張り詰めた空気が流れる。
……この空気を破ったのも、アオイちゃんだった。
「信用はまだ出来ませんが、信じてみます」
「少しでも信じてもらえるなら応えてみせるぜ」
「キバナさま、オイラも見てっからな」
「ああ。肝に銘じておくよ」
私を挟む二人が、はぁぁぁぁ〜〜〜〜やだ〜!と、長めのため息と葛藤の言葉を吐いて。抱きしめる力を緩め、私を離した。そして、どん。と背中を押される。強めに押されて振り返ることもできず、そのままキバナさんの元へ飛び込んでしまった。
受け止めてくれたキバナさんに手をついて、急いで振り返る。
「ツムギ、」
「ツムギちゃん!」
「「おやすみ、また明日!」」
「っ、アオイちゃん!カキツバタ!……おやすみなさい……!」
二人は小さく笑みを見せて部屋を出て行った。
残されたのは、私とキバナさんの……二人だけ。
「……あー、ええと。ツムギ?」
「……さみしい」
「うん?」
「ガラルへ行くってことは、二人と離れるってこと……ですよね」
急に……心にズシンときた。寂しい。すごく、すごく寂しい。ずっと一緒に過ごした二人と離れる。大事なものを手放すような、胸に大きな穴があくような。そんな、感覚がある。
「私、二人のことが好きです」
「……ああ、そうだな。見てて、わかるよ」
「だから、離れることがとても……寂しくて悲しいです」
飛び込んでしまったキバナさんの元。キバナさんがブルーベリー学園へ来て、面と向かって接したのはたった二日。そんなキバナさんと一緒に、ガラル地方へ。
ボーマンダをユウリちゃんへ返しに行く。目的のために向かう。この世界を旅したい。冒険をしてみたい。ポケモンたちと触れ合いたい。
やることが決まって、したいことも見えてきて。確実に前へ進んでいると思うけど、不安が消えない。ひとつ、ふたつ。涙が溢れていく。
「キバナさん、あなたとガラルへ行って……いいんでしょうか?私のことが邪魔になりませんか?キバナさんにとって煩わしい存在になってしまうかもしれない。一緒にいたくないと思うかもしれない。……そう考えると怖いです。不安、です」
「ツムギ、」
「私はもう、帰る場所がないから。ここ、も、ブルーベリー学園にも、もう戻っては来れません。……っ私は大人なので、一人でも生きていけます。今はモンメンもいます。……それでも、アオイちゃんやカキツバタからもらった人の温かさや優しさが、恋しくなります。きっと、寂しくて、……寂しく、て」
キバナさんのパーカーの裾を掴んだ。
顔を見られないよう、下を向く。溢れてくる涙は止まらない。
「キバナさん、は、ツムギさんを好きなはずなのに、直接想いを知ったはずなのに。あの記事は嘘かもしれないし、作り話かもしれない。……でも、すごく、嫌でした。本当に結婚を約束した人がいるなら、ツムギさん以外の人を想っているなら、私が好きになったキバナさんは、もういないんだって思って……ショック、でした」
今朝、私を抱きしめてくれたキバナさんは、私を好きだと全身で教えてくれたのに。やっぱり、私の思い違いかもしれない。好きの種類が違うのかもしれない。キバナさんにとって私は保護すべき対象で、心から愛する人は別でいるんだ、と。
将来を誓い合った人がいるんだ、と。
「キバナさん……私、あなたが好きです。ぎゅって抱きしめてほしいのも、離れたくない、離さないで欲しいと思うのもキバナさんだけです。キバナさんだけだから、怖くてたまらないんです。キバナさんが離れて行ったら、私はもう、どこにも行けません……」
グスグス、と、みっともなく泣いている。まるで迷子の子どものように。恥ずかしいのに、泣きたくないのに。流れる涙はなかなか止まらない。
そんな私を優しく抱きしめて、静かに言葉を聞いているキバナさん。呆れられたかな。面倒くさい奴だなって思われたかな。仕方ない、か。大の大人が泣いてんだもん。面倒くさいよね。しかも言ってることもちょっと重い。我ながら、まぁまぁ重い。
「……泣いてしまってごめんなさい。ガラルへ着いてユウリちゃんに会えた後は一人で大丈夫です。私、この世界で頑張ります。だから、……キバナさんも、好きな人と、幸せ、に……」
幸せになってほしい。本気でそう思う。ただ、言葉に出すのは……難しい、みたい。
「オレに、幸せになってほしいの?」
「は、い」
「ツムギじゃなく、どっかの誰かと?」
「キバナさんの、好きな人と、ですよ……」
「じゃあ、ツムギしかいないなぁ」
服の裾を掴んでいる私を強く抱きしめてくれる。涙が止まらない私の背中を摩ってくれる。優しいその手に、また涙が溢れてしまう。そうして抱きしめられていた体が、ふわりと浮く。行き場を失った腕は、キバナさんの首へ回した。
……またもお姫様抱っこだ。そのまま歩いてベッドの方へ。端に腰掛けるとキバナさんの足の間に収まる。朝と似たような体勢になった。
「オレが好きなのは、ツムギだよ。出会ってからずっとツムギだけを想ってる。愛しくてたまらない。オレはさ、週刊誌やネットニュースに面白おかしく記事を書かれても、どーーーーでも良くて今まで放っといたんだ。でもツムギが悲しむなら、傷ついたなら、黙ってるのはもうやめる。きちんと声明を出すよ。オレには心に決めている大切で大事で大好きで狂おしいほど愛しい人がいる、ってさ?」
「キバナ、さん」
「邪魔じゃない、煩わしいわけあるか。オレがツムギの居場所になるよ。旅に出たって、どこへ冒険しに行ったって構わない。最後に帰って来れる場所になる。オレはどこかのカキツバタみたいにふわふわ浮いてらんないわけ!地に足つけて、ツムギを受け止めるよ」
頭を撫でられて、涙に濡れた頬へ触れる。
「離れないし、離してあげないからな?ツムギさんへの想いを知ってるツムギはわかるだろ?オレの、好きな人に対する感情。真っ直ぐ、一途に、他なんて目に入らない。呼ばれたら飛んで行く。会いたいから、飛んで行くよ。大丈夫じゃない時は強く抱きしめる。もちろん、大丈夫な時も抱きしめるぜ?喧嘩した時も、ハグしような。仲直りの後も。そうやってさ、ずっと、ずーっと抱きしめさせてほしい」
「だい、すきの、ぎゅー……ですか?」
「そう。大好きのぎゅーだよ」
「キバナさん、私が、好き……?」
「ああ。ツムギが好きだ。好きで好きで、苦しいくらい好きなんだ。何度でも伝えるよ。別の世界から来て、ポケモンのことが大好きな、泣くのを我慢しちゃうけど堪えきれない涙がポロポロ溢れてくる……可愛くて、優しいツムギが大好きだ」
そっ、と。唇が優しく重ねられた。
「オレのこと、好きでいてくれて嬉しい」
「諦めよう、伝えないようにしよう、って……思ったのに」
「そうなの?……諦められた?」
「無理、だったぁ……」
鼻をすすって涙を拭く。
保健室でバトルしているキバナさんの姿を見た時。アオイちゃんとのバトル中、声をかけられた時。私を見つめるキバナさんに諦めていた恋心が再び動いてしまった。夢だと思っていたから、本心を伝えてしまった。
「キバナさんといると、……ドキドキします」
「あ"ーーーーなにこの可愛い子。手放せるわけねぇ……。可愛い愛しすぎる……。オレもさ、ツムギと一緒にいるとドキドキする。目が離せねぇよ」
「う、ううっ……!不用意にときめかせないでください……」
「それ、オレのセリフでもあるんだけどね?」
ぎゅむっと覆い被さるように抱きしめられる。
そんなキバナさんの背中へ腕を伸ばし、私もぎゅうっと抱き着く。
……いいんだよね?抱きしめても。好きな人に抱き着いても、いいん、だよね……?
「ツムギ?確認していいか?」
「?はい……?」
「オレはツムギが好きだ」
「私もキバナさんが、好きです」
「うっ!心臓に刺さる……ありがとう。じゃなくて!オレは昔好きだったツムギではなく、今ここでオレに抱きしめられてるツムギを想ってる」
「えっと、私、ですね?」
「そう。代わりなんかじゃないからな?オレはここにいるツムギのことが好きだよ」
「……えへへ、ふふふ。嬉しい。とても、嬉しいです」
そっか。代わりじゃ、ないんだ。“ツムギさん”ではなく、私のことが好き。
締まりのない顔で笑ってしまう。心がほわほわする。嬉しいなぁ。
絶対離さないと言いたげな力強い腕に安心して、胸元にもたれかかり擦り寄ってしまう。
「…………ふーーーーっ……」
「なっ、長いため息ですね!?どうしたんですか?」
「煩悩を、振り払ってるとこ……」
「……。えっと、そろそろ退きましょうか」
「離したくない」
「えっ」
「けど!こうしてツムギを抱きしめ続けてたら少しずつ理性が崩れちまう。触れるどころか押し倒しちまう。ここで理性を吹っ飛ばしたら自分で自分を抑えられる自信がない。それはダメなんだ、明日パルデアへ行けなくなる、間違いなく。落ち着けオレ、続きはガラルの自宅に帰ってからにしろ。ツムギに嫌われたくない、堪えろ、歯を食いしばれキバナァ……!」
「す、すごく自分を抑えてる!」
「ツムギちゃん、名残惜しいけど……離れてもらえる?」
「わかりました!……キバナさん、腕を解いてもらえると……」
「?あ。あー!!ここまでの反動が出ちまってる!本能が離れるのを拒否してやがる!」
ほんと、キバナさんって愉快な人ですね。
……じゃなくて!これは多分私の身が危ないやつだ。欲望に負けないキバナさんすごい。いやでも徐々に腰が引けてきてる!腰が引ける。つまり、あー、はい。大変申し訳ないんだけど、察した。抱きしめる腕の力を緩めてくれたら離れられるんだけどなぁ。
「キバナさん、」
「うん……?」
「背けた顔をこちらへ向けてくれますか。その、我慢してるところ恐縮なのですが……」
「え。なに?やめて、可愛いことしようとしてるな!?ごめんだけどやめて?甘えられでもしたらキバナさんのキバナさんがもう、ほんと、限界が近いの!ね!?」
「私の想いをちゃんと伝えたくて!」
「急にやる気出すじゃん!?だだだだダメです!」
ぐっと上体を起こし、思い切り顔を背けるキバナさんの頬を両手で包んだ。私の方を向かせるために力を込めればギギギギ、と、錆びついて動きが鈍くなったロボットのようにぎこちなく顔を正面に向けてくれた。
私だって、キバナさんが好きなんですよ!喰らえっ!
──ちゅ。
小さなリップ音を残して、唇を離した。
「会いに来てくれて……嬉しかったです。キバナさん、好きです」
笑顔でそう告げると、何も言葉を発さないままキバナさんは背中からベッドへ倒れた。器用に私から腕を離した状態で。マジか。キバナさん、キバナさーん!うわあ、これはダメだ。意識が飛んでるなこれ……。刺激が強かったらしい。ごめんなさい。
気がつくまで、ベッドにそっと寝かせておくことにした。マスカーニャとモンメン、二匹と一緒にパーカーを脱がせてタオルケットをかける。バンダナも外させてもらって。うっ、何度見てもビジュが良い……。ここまでがっつり触れても起きる気配はない。それならと、キバナさんが眠っている間に部屋の掃除を済ませてしまおう。
それから数十分後。バッ!と勢いよく、冷や汗混じりに飛び起きたキバナさん。お水の入ったコップを片手に側へ近づき手渡した。素直に受け取って飲み干すと、またまた長めのため息を吐いた。少しは眠れましたか?尋ねると再び枕に沈んでいく。だ、大丈夫かな?
「……ツムギってさ、結構大胆だね?」
「そうですか?キバナさんには負けますよ」
「もっとこう、恥じらうのかな、って……」
「積極的な私は嫌ですか?」
「大歓迎だし大好きです!」
うーん、欲望に忠実ぅ。
時間も時間だったためシャワーを勧めたけど、朝イチで入らせてもらう。と返ってきたのでゆっくりしていて欲しい旨を伝えて私はシャワールームへ。夜に入るのが習慣だからね。
シャワーを終え、就寝時間まで済ませて戻ってくるとキバナさんはキッチンの椅子に座っていた。そろそろ寝ましょう。そう声をかけた、ら。
「オレさまは床で寝るよ」
「キバナさん昨日まともに寝てないですよね。私が床で寝ます。ベッドを使ってください」
「病み上がりが馬鹿なことすんな!」
「そう言われると……。じゃあ一緒に横になりましょう!」
「風呂上がりのいい匂いを纏うツムギを前に、寝れるわけないだろう!?」
「素数でも数えてください!」
「素数!?」
こんなやり取りを延々と繰り返し、日付を跨ぐ前には並んでベッドの上へ横になった。観念してくれてよかった。キバナさんはめちゃくちゃ体を曲げているけど。高身長の代償だなぁ。
私も体に触れないよう気をつけてみたが、シングルベッドで二人が接触しないってのは……無理な話だよねぇ。せめて背中を向けて、くっつかないようにしよう……。
「ツムギちゃん、眠れないです」
「近いですもんね。ツムギちゃんは……だいぶ眠たくなってきましたよ」
「えっ。……寝ちゃう?」
「はい、瞼も落ちてきました」
「そっか。うん、寝な?……ちょっと抱きしめてもいい?」
「いかがわしいことは……」
「マスカーニャがいるんで無理ですね!」
「ふふ、そうでした。ぎゅうなら、いいですよ」
「よっしゃ、ありがと。よーいしょ!ツムギあったかいなぁ。そんで、やわらけぇ〜……」
「私、抱き枕ですか?いいですよ、キバナさんなら。キバナさんも寝てくださいね」
「……おう。ツムギもゆっくり眠るんだぞ」
「はい……。おやすみなさい、キバナさん……」
「フフッ、かーわいい。おやすみ、ツムギ」
額に、耳元に、頬に。触れるだけの口付けが降ってくる。微睡む意識の中で髪を梳かれ、頭も撫でられた。優しく触れてくれる手に安心する。
……本当に、飛んできてくれたんだなぁ。私も……いつかアオイちゃんやカキツバタ、みんなが、キバナさんが困った時には、助けを求めた時は。すぐに駆けつけてあげたい。
ボーマンダはユウリちゃんの元へ返すから、私も空を飛べるポケモンを捕まえたい。ガラルで出会えるかな?出会えるといいな。
導かれるようにやって来たブルーベリー学園での最後の夜は静かに、穏やかに過ぎて行く。
包まれている腕の中。温かい。大きなポケモンの添い寝ってこんな感じなんだろうなぁ……。
【
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