幸せは必ず訪れる
何事もなく夜が明けた。
目を覚ますと体を曲げ、縮こまるように私を抱え眠っているキバナさんが視界に映る。また叫びそうになった。危ない。いつの間にキバナさんの方を向いてしまったんだろう。私も私で腕を背中に回してがっつり絡んでいた。やばい。相変わらずお顔が良い。短め太眉も可愛く見えてくるから手に負えない。そっと頭を上げ部屋を見渡してもマスカーニャは外に出ていない。……ということは、本当に何もなかったんだ。渦中の私が言うのはおかしいけど、キバナさんの忍耐力の強さを窺えた。キバナさんのキバナさんが!とか言ってたのにね。
起こさないよう静かに腕の中から抜け出す。
……抜け、ぬ、抜け出せないよね。うん、知ってた。私の頭の下に入れている腕は大丈夫なのかな?めちゃくちゃ痺れてそう。夜の間ずっと、でしょ?嬉しいより申し訳なさが勝つ。
抜け出せないのでモゾモゾ動いて体勢を変えてみる。向かい合わせだった体を反転させ、背中をキバナさんへ向けた。伸びた右腕と私を抱える左腕。
右腕には力が入っていない。両手で掴んで肘を曲げてみる。……長ぁ……!手も大きい。遠慮なく手を合わせてみたり、指を絡ませてみたり。身近にここまで背が高く、腕も手も指も足も長い人がいないから……。触りたく、なる。なるよね。……なるよね!?しかも私のことを……好き、なんだよね……?夢じゃないの?昨日、どこかのタイミングで頭ぶつけたりしなかった?現実?現実、かぁ……。
夢だったら悲しいな。なんて思いながら、キバナさんの手を無理やり私の頬へ持ってくる。この手が離れていったら、……多分、泣くんだろうな。
「ん"ー、う〜〜……」
唸り声。起きるかな。起こそうかな?ううん、寝かせてあげたい。いやでも……朝出発って言ってたし、やっぱり起こす?そもそも朝出発って何時頃のことを指してたんだろう?大事なことを聞き忘れているなぁ。
ちなみに今は、朝の七時。
「キバナさん、朝ですよ。おはようございます」
「ん〜……、朝ぁ?体痛いけどすごい寝た気が……。……ツムギ?あれ、ツムギ?えっ、なんでいるの?あー、なるほどね。オレの夢か!夢でも会えると嬉しいな〜。……はぁ、すっごい好き。オレの恋人になってほしい。大事にするよ。優しくする。ずっと、歳をとっても側にいるよ。だからツムギもオレの側にいて?好き、すき。ツムギがだーいすき……」
はわ、はわわわわわ!寝ぼけていらっしゃる!どっ、どうしよう頭も体も発汗してきた。顔も赤いよ絶対。寝ぼけているのに熱烈すぎる。ニヤけてしまう。……よし!起こすべきだなこれは!私の!心臓が!止まる前に!!
「キバナさん、キバナさんっ!」
「ん、なあに?へへ、夢なのに話しかけてくれるじゃん。かわい。通話した時も思ってたけど、オレ、ツムギの声に弱いんだよね……。泣き声とか無理、勃つもん……」
「キキキキキバナさん!!夢じゃないです現実です!朝ですよ、おはようございます!」
「朝、だねぇ。おはよ。どうしたの、オレの手なんか握って?可愛い。オレに顔見せて?」
「やだもう寝ぼけがすぎる!起きてくださいキバナさん!それか離してください!!」
「離すわけないじゃん。なあ、夢ならどこまで触っていい?腕は?指は?……お腹は?胸は?はぁ、やわらけ……。全部触りたい……」
「ひっ、ちょっ、と!?や、キバナ、さんっ」
「ツムギの全部、オレの、って。痕つけたい」
「や、いやです!ダメです!」
「ダメ?そんなこと言わないで。首元、耳は?ビクビクしてる。やっば。かわいー……」
〜〜〜〜っもうダメだ!
「まっ、マスカーニャァァァァ!!」
私の絶叫が部屋に響いた。
◇ ◇ ◇
現時刻、七時半。
私の叫びは無事マスカーニャに届き、つるのムチでキバナさんを縛り上げてもらった。そして冷めた目でキバナさんを睨んでいる。ありがとうマスカーニャ、アオイちゃん。
寝ぼけていたとはいえ、同意もなしに体を触ろうとしたキバナさんには正座してもらっている。疑問符を飛ばしまくっているが、知ったこっちゃない。こちとら最大級の危機だった。
いいですか、この話は全年齢なんですよ。全年齢!頑張らないでくださいキバナさん。
「ツムギちゃん?オレさま、なんかした……ね?」
「しました!私の体のあちこち触りました!」
「ええ、記憶がない!もったいないことし……」
「マスカーニャ」
「ヴニ"ャア"!グルルルルルル!!」
「すみませんでした!!」
私、キバナさんとガラルへ行って大丈夫?踵を返してブルーベリー学園に戻って来た方がいいのでは?キバナさんエンドじゃなくてカキツバタエンドにしちゃう?なんだかそっちの方が平穏に過ごせる気がするな。
マスカーニャの側から離れず、つるのムチを解いてもらった。そろそろ出発時間が気になるし、パルデアへ寄るなら遅れるわけにはいかない。オモダカさんに会うならなおさらだ。
私も一度くらいお会いしたいけど面識がないので、飛行場に待機。残念だ。
シャワーを浴びてもらい、その間に着替えて軽く化粧もしておく。もう少し化粧品が欲しいな。どこかで調達しよう。朝ご飯は昨夜食堂で買っておいたサンドイッチを食べる。ポケモンたちへも忘れずに。ようやく落ち着いたところで出発時間を聞いた。こちらを九時に出発するとのこと。早めに起きて正解だった。
最後にゴミをまとめて、カーテンを開ける。二週間と少し。お世話になりました。私の帰る場所になってくれて、ありがとう。……とても、名残惜しい。
「ツムギ、行こうか」
「はい。……マスカーニャ、手を繋いでもいい?」
「ニャーゴ」
「ありがとう。ふふ、ふわふわだね」
にぱ、と笑ってくれる。格好良くて可愛い、パルデアで旅を始めてずっと側にいてくれた。バトルでは切り札として、道を切り開いてくれた頼もしい相棒、マスカーニャ。
しっかり手を繋いだまま、地上のエントランスへ向かった。
ブルーベリー学園、エントランスロビー。そこにブルベリーグ四天王とスグリくん、ゼイユちゃん、そして……チャンピオンが待っていた。
「見送りに来てくれたのか。授業始まってるだろうに気を遣わせて悪いな。ありがとう」
「皆さん揃ってる……!お忙しいのに私事に巻き込んでしまってすみません……」
するりとマスカーニャの手を離す。
「ありがとう。元気でいてね。アオイちゃんのこと、よろしくね」
「ニャッ」
ひとつ鳴いて、頷く。いい子だ。
「ニャー、ニャゴ」
ぎゅう。しっかり抱きしめて、微笑む。
ふわりと舞うように宙返りした後、両手にポン!と花を出した。赤い薔薇と、ピンクの薔薇。二つの薔薇を両手で重ね合わせてぐりぐりとこねる。……こねる?不思議に思いながらマスカーニャの手を見つめていたら、こねた手を少し開き、もう一度パチンと合わせた。
そうして私の目の前にスッと腕が伸びてきて、手を開く。
その手には、赤とピンクが混じった小さな薔薇。よく見れば薔薇の形のブローチだった。
薔薇のブローチを私の手のひらに乗せて、またぎゅうぎゅう抱きしめてくれる。
優しいハグに、堪えているものが溢れた。
「あり、がとう、マスカーニャ。大好き……」
「ニャーゴ!ゴロゴロゴロ……」
「ぐすっ、う、素敵な、贈り物だね。大切にするよ」
ちゅ、と頬にキスされて。マスカーニャはアオイちゃんの元へ駆けて行った。いや、もう、初手からやられたな……!泣くつもりはなかったのに。マスカーニャが涙腺を崩壊させにきた……。ううう、マスカーニャ、大好きだよ。ありがとう……!
「愛されてるなぁ」
「……嬉しい、です」
──やられたのはツムギだけじゃなさそうだ。ほら、あいつら見てみな。
そう言って見送りに来てくれたアオイちゃんたちを指すキバナさん。顔を上げて見渡せば。みんなそれぞれあっちを向いたりこっちを向いたり。上を向いたり、目頭を抑えていたり、ハンカチで目を拭いていたり。両手で顔ごと隠していたり、鼻をすする音も聞こえた。みんな、感受性が豊かだなぁ。……うん、でもわかるよ。つられるよね。ポケモンって愛情を持って接すると、同じく愛を返してくれる。その優しさが、純粋な愛が、心を刺激するんだ。
涙を拭いてからみんなの元へ近づく。姿勢を正し真っ直ぐ立つ。最後の最後くらい大人らしく真剣に、挨拶しないと。
「皆さん、短い間でしたがお世話になりました。素性のわからない怪しい私に優しくしてくださり、ありがとうございました。皆さんと会えて、一緒に過ごせて……とても楽しかったです。たくさんバトルしてたくさん学んで、みんなの宝物を輝かせてください!……なんて、偉そうなこと言ってすみません。テラスタルドームは気温も気候も違いますし、体調には本当に気をつけてくださいね。私はどこにいても皆さんの活躍を応援しています!」
……よし、ちゃんとわかりやすく簡潔に、大人らしい挨拶できた。ここへ着くまでに考えていた、とか、そんなことはない。な、ない、よ?
お辞儀をしてから頭を上げ、それぞれの顔を見……っ、
「──ツムギちゃん!!!!」
ドンッ!!……と、出会った時のタックルハグがフラッシュバックする。アオイちゃん、相変わらず瞬発力高めのハグをかましてくるねぇ……!
「ツムギちゃんこそ、う、元気でいて……。遠く離れても、心配してる人がここに、いっぱいいるって……覚えてて!忘れたら許さないからね!」
「もちろん、ずっと覚えてるね。だーいすきなアオイちゃんを忘れるわけないでしょう?たくさん助けてくれてありがとう、アオイちゃん」
「私も、ありがとうだよぉ……!寂しいけど、頑張る。ガラルのチャンピオンとバトル出来るくらい、強くなるよ!だからまた、会いに来て?私もマスカーニャも、楽しみにしてる。パルデアにも行こうね?約束、だよ?」
「うん、約束だね。アオイちゃん、たまには息抜きするんだよ?ずっと走り続けていたら、疲れちゃう。力を抜いて、リラックスしていこ?」
「力を抜く。カキツバタみたいに?」
「それは力抜きすぎかな〜?ふふ、また会おうね」
「たくさんのお土産話、待ってるから!」
「ツムギちゃん、私はイッシュ地方から出ないと思います。父の背を見て育ち、可愛いポケモンたちと過ごして。ここが私の居る場所です。……ですから、きっとまた会いに来てください。可愛いポケモンを見に、見せに、来てください。待ってますよ?」
「タロちゃんありがとう。……でもね、タロちゃん、ここで教えておくね。ガラル地方には、フェアリータイプのふわっふわでわたあめみたいなな……ポニータがいます!」
「!?ふわっふわでわたあめみたいな……ポニータ!?」
「断言するよ、絶対タロちゃんは好き!」
「くっ、うっ……ぜひ、一匹多めに捕まえて連れてきてください」
「うん!捕まえに!来てね?」
「ええっ!?ツムギちゃん〜!そういうの!……ふふふっ、いいかも、ですね!」
「そうでしょ?待ってるね」
「ツムギ、目が腫れています」
「ネリネちゃんもちょっと潤んだ?」
「マスカーニャに、少し」
「だよねぇ。心にドスンとくるよね」
「……ピンクの薔薇は、感謝」
「えっ」
「赤い薔薇は、あなたが大好きです」
「花言葉、かな?」
「はい。マスカーニャとアオイ、二人の気持ちだとネリネは理解しました。ネリネも、ツムギのご多幸を願って止みません。……お体を大事に」
「うん、ありがとう……!ネリネちゃんも、問題児が多くて大変だろうけど、無理せずにね」
「アカマツくん、ふふふ……泣きすぎでは?」
「オレこういうのダメなんだよー!みんなでここに並んだ瞬間ぶわあってなった!」
「えっ、私がいない時すでに!?」
「フライパンも没収されるし」
「あー、カキツバタだね」
「オレさ、バトルも料理の腕も磨くから!……へへ、今度来たらさ!ツムギ好みのサンドイッチ作ってやるからな!楽しみにしとけよ!」
「嬉しいな。あっ、辛さ抑えめでお願いします!……ありがとう。アカマツくん、きみが居るからリーグ部は大丈夫だね」
「スグリくんとゼイユちゃんも来てくれたんだね、ありがとう」
「当たり前でしょ」
「ツムギ、これ持ってって」
「わ、りんごだ!もしかしてキタカミのりんごかな?」
「うん。食べてもらえたら嬉しい」
「ありがとう!スグリくんのバトル、もう少し見ていたかったな」
「オレも、ツムギとポケモンの話まだまだしたいよ」
「なによ、もう来ないつもり?何度でもいつでも来なさいよ。なんならキタカミにも。私とスグ、アオイも一緒にアンタにキタカミを案内してあげるから」
「鬼さま、オーガポンのことも教えてぇしな!だから、また、来てな?」
「うん!二人ともありがとう。キタカミに行く時は絶対連絡するね!」
「……」
「……カキツバタくーん?」
「……行っちまうんだな」
「そう、だね。ボーマンダを連れて行ってあげなきゃ。そして私も……宝物を探してくるよ」
「ああ。特大のお宝、見つけてくれい」
「……カキツバタ、こっち見て」
「やぁーだねぃ」
手荷物を、全部足元に置く。ぷい、とそっぽを向いているカキツバタに全力で抱きついた。
「カキツバタ、ありがとう。私を見つけてくれて、ありがとう。……可愛い私のキョーダイ。自信を持って。カキツバタは強くてかっこよくて、緩すぎる時がほとんどだけど!優しくて、柔軟で、本当に可能性の塊なんだよ。ね、カキツバタ。大好きだよ」
「っ…………オイラ、湿っぽいのは苦手なのよ」
「ふふ、最後くらい良いでしょ?」
「最後にしたくないわけ。はぁ、離したくない。オイラだってツムギのこと好きだよ。キバナさまの血管がブチ切れるくらい、ツムギが大好きなんだぜぃ」
ぎゅう、と抱きしめ返してくれたカキツバタ。甘えるように首元へ擦り寄ってくる。背中を摩って腕の力を緩め、体を離そうとした。……離そうとしてる。のに、はなっ、離さないな!?ドラゴンタイプの絡みつき、強すぎでは?
「ドラゴンストーム、キバナ!!」
離れるどころか、抱きしめる力が強まる。
「ツムギを泣かすんじゃねぇぞ。あんたが手を離せばツムギは迷う、涙を流す。そんなの許せるか。オイラから奪っていくんだ、少しでも離したら遠慮なく掻っ攫いに行くからな……」
「そうだね、遠く離れていてもツムギちゃんには私たちがいる。ツムギちゃんが泣くようなことがあれば、今度は私たちが乗り込んで……奪うよ」
カキツバタを中心に、集まるブルベリーグ四天王とキタカミ姉弟、そしてチャンピオン。す、すごい……。未来のイッシュリーグ四天王とチャンピオンじゃないのこれ……?今すごい人たちに囲まれてるよ、私。……当事者だけどめちゃくちゃ慌てるし震える。
「お前たちの気持ちもツムギを想う心も、よーくわかった。言い分は最もだ。わかるよ」
距離を取って見守っていたキバナさんが近づいてくる。
みんなの前に立つと……、悪い顔で笑った。
「オレさまが手を離すと思われてるのは心外だな?ようやく出会えた最愛の人だ。オレさまの全てを持って幸せにするに決まってるだろう。離すつもりはない、逃がすつもりもない。つまり……お前たちに、奪われることもない。ってわけだぜ?」
ぺちぺちとカキツバタの手を叩いて、私に絡んでいた腕をはたき落とす。手と肩を掴まれキバナさんの方へ引き寄せられた。そのまま後ろから覆い被さるように……抱きしめられる。
「ドラゴンは、宝を守るもの。誰にも渡さない。自分の宝を蔑ろにするドラゴンはいねぇよ」
ふ、と笑みに似た吐息と自信に満ちた声。
耳元へ届く声に、息を詰める。鳥肌が立ってしまうほど、めっ……ちゃいい声……!心臓の動悸もすごいことになっている。やばい、早死にしそう。
「──とまぁ、色々言ったが。本当の本音は囲って守るだけじゃなく、自由に……この世界を楽しんでもらいたい。ガラルやイッシュだけじゃない、様々な各地方へ。そこに住むポケモンたちと出会って触れ合う。そうしてこの世界をもっと好きになってほしい。……そこは同じ気持ちだよな?カキツバタ?」
「……腹が立つほど、出来たお人だねぃ」
「ははは!そうだろうそうだろう?」
「かーっ、ムカつく〜〜!」
一度強く抱きしめて、ゆっくり離れていくキバナさん。私と目が合えば目元が緩く細められ、にぱっ!と笑った。格好いいと可愛いのバランスが絶妙だなぁ……。
そろそろ時間だ、行こう。手を差し出された。
ここで迷っていたら進まない。前へ進めない。差し出される手に、自分の手を重ねた。
「ツムギちゃん!……行ってらっしゃい!」
「うん、行ってきます!!」
笑顔でみんなに手を振り、背を向けた。
私を助けてくれて、受け入れてくれて……ありがとう。また、ね。ブルーベリー学園。
ブルーベリー学園専用の飛行場。そこには何機かの飛行機が停まっていた。イッシュ地方やシンオウ地方、その他、提携している地方への飛行機。機体のメンテナンスを行う格納庫も存在している。実際はこんなに広いんだ。ゲーム上で飛行場には入れないから知らなかった。
私たちが乗るのはパルデア行きの飛行機。
手荷物を渡し、本人確認のためにトレーナーカードを見せる。搭乗するためのチケットはキバナさんが持っていた。……当然のように、二枚。絶対にガラル地方へ連れて帰るつもりだったんだ、とわかる。その通りになっていて、だいぶ怖い。乾いた笑いが出るくらい怖い。
……もはや執念と呼んでもいいかもね?
先にキバナさんが中へ。後ろには誰も並んでいなかったから、振り返ってブルーベリー学園の中央エントランスがある建物を見つめる。ここに来た時は、まさかガラル地方へ行くことになるとは、……キバナさんがやって来るとは。夢にも思わなかったなぁ。
また、ここへ来れるといいな。来たいなぁ……。
タラップに足をかけ登り始めた……その時。
「──ツムギ!」
私を呼ぶ声が聞こえた。登り始めた足を止めて地上へ戻る。するとカイリューに乗ったカキツバタがこちらに向かって飛んできた。カイリューの背から飛び降りて、駆け寄って来る。
走ってこちらへ、え……走ってる!?あのカキツバタが!?息を大きく切らせ、階段の手すりに勢いよく掴まった。ぜいぜいと息も落ち着かない。ちょっと、大丈夫!?
どうしたんだろう、何か伝え忘れたことでもあったのかな……?
「カキツバタ、どうしたの!?」
「……っ、オイラは!ツムギがどこかで迷った時、必ず助けに行く。絶対にまた見つける。ここに、ツムギの部屋はもうない、けど。オイラが、……はぁ、オイラ、たちが!迎えるから。いつでも、帰ってきて、くれぃ……!」
「!……うん、うん!ありがとう……!!」
「それを、伝えたかっ……はぁ"ーーーーっ!」
「大丈夫!?急に走るから!……カキツバタ、走れたんだね!?」
「オイラを……なんだと……思って……」
「カイリュー!こっちだよ!カキツバタが走ったからカイリューも驚いてるんじゃない!?ふふふっ、走るカキツバタ……レアすぎる!」
「はぁ、はーっ……ふー、今学期分は走った……」
「あはは!ふふふ、頑張ったねぇ」
最後の最後で、思いきり笑ってしまった。全速力で走るカキツバタ。走れたんだねぇ。
自慢の髪型が乱れてるよ。まだ息を切らせているから戻してあげようとそっと手を伸ばす。触れようとしたところで、手を取られた。
「ツムギ、ありがとな」
「私こそ。ありがと、カキツバタ」
ライモンシティで助けてくれて。ブルーベリー学園まで導いてくれて。命も助けてもらったなぁ。監視が含まれてたとはいえ、ほぼずっと側にいてくれて。随分お世話になった。感謝してもしきれない。思い返すと、笑みが溢れてしまう。
「……なぁ、ツムギ?」
名前を呼ばれて、ぐっ、と顔が近づいた。
「おいカキツバタァ!挨拶を終えたらスパッと別れろ!なんでそう近いんだよお前は!」
「惜しんでいいでしょうよ!心配なんでぃ!」
「はいはい、離れて離れて!……カキツバタ、ちゃんと学園を卒業できたらバトルしにガラルへ来いよ!オレさまが盛大に祝ってやるからな!!」
「え〜?あ、それってオイラが勝ったらナックルシティのジムリーダーになれたりする?そうだってんなら、ガラルへ行くのもやぶさかじゃねぇなぁ!」
「ほんっといい性格してるよ!じゃあな!!」
「さよーなら、キバナさま。またな、ツムギ」
手すりに寄りかかり、いつもの笑顔を見せて手を振るカキツバタ。
手を振り返し、タラップを登って今度こそ機内へ。
先を歩くキバナさんの後に続く。指定の場所に着くと三列シートの窓側へ座る。隣にはキバナさんが。景色を眺めるといいよ、そう言って譲ってくれた。
小窓から外を見ると、誘導員の横にカキツバタとカイリューが一緒に並んでいた。カイリューが手を振っている。手より翼の方が勢いが良いようで、誘導員とカキツバタは翼から起こる強めの風に煽られ、なんとか腕で凌いでいるようだ。なにしてんの。カイリューは可愛い。
「最後さ、何を言われたんだ?」
「……カキツバタにですか?」
「そう。すっごい近づいてたじゃん」
「あれは……そう、ですね」
『……なぁ、ツムギ?──守られた宝を狙うドラゴンもいる……ってこと、覚えといて』
そう言って……ちゅ、と、唇を……。
「……ありがと、って言われました」
「……で?」
「で?」
「他には」
「特に……なにも……?」
「ツムギちゃ〜〜ん?オレさまに何か隠すの、よくないよ〜?後がとっても怖いよ〜?」
「な、何もないです!何もありません!」
「例えば、……キスしてきた、とか」
「…………」
「はい、沈黙は肯定。あーあ、素直に言えばよかったのになぁ。離陸はまだだな。よーし!」
「よーし!?待っ、」
腕まくりしながら立ち上がるキバナさんの服の裾を掴んで、向かうのを阻止する。荷物置きを上手く避けて通路に立つと、そこで止まってくれた。
「じゃあ、どこにキスされた?」
「え、ーと。そう……ですね」
「即答できないところ。……唇かァ……!!」
あー!こわい!逆光じゃないのに逆光でお顔が暗く見える怖い!立ってるから表情も確認できない。怒ってるよね、怒ってるよねこれ〜!?間違いなく油断していた私が悪い!ごめんなさい!……いやでも!突然してきたカキツバタも悪いよね!?なんで最後に爆弾落としたのカキツバタ!バカヤロー!
小さな声で謝れば、何に対して謝ってるの?と返ってくる。こっっっっわ。顔を上げられない!やだもう威嚇どころかプレッシャー放ってる……。
するとここで天の声。離陸を知らせる旨と到着場所の天候を伝える機内アナウンスが入った。はぁぁ!ナイスタイミングです!まさに天の声!!
「キバナさん、離陸するみたいですよ。座ってください」
「今から降りてカキツバタとバトルする。そんであいつの心をバッキバキに折る。そうしてボコしてからフライゴンに乗ってパルデアへ向かうわ……」
「フライゴンがしんどすぎます!ダメです!」
「そうだな。それなら、どうする?」
「どう、する……?」
座席の真ん中を空けて三列シートの通路側へ座るキバナさん。
……どうする?どうする、とは?何をどうする?
「オレさま、そのキス消したいわけ」
「はい……。……??」
「くそ、離れる瞬間を狙ったな……。記憶に残る方を選びやがった。なんなのあいつ〜!」
消したいわけ。消したい。なにを。……キスしたことを、か。ああ……。なるほど、私とカキツバタのキスをなかったことにしたいんですね。ならんのよ。キバナさん。なかったことには、ならんのです。……彼は最後に大切なものを盗んでいきました。そう、私の唇です。
……やかましいわ!キバナさんとのやり取りが苦痛すぎて泣きそう。
「キバナさん、そこに座るんですか?」
「……不貞腐れてるからこっち」
「怒ってもいます、よね」
「そう、嫉妬に狂ってるからこっち」
「隣に来て欲しいです」
「やぁだ。やだよ。オレさま心狭いから今は無理」
「嫌な思いをさせてごめんなさい」
「……うん、すごく嫌。オレさまは誰とも何にもしてないのに。一途に想ってるのに酷いよな。さっきのお別れの時も自分からあいつに抱きついてたし。あれもめちゃくちゃ妬いた」
「うっ、ごめんなさい……」
本気でしょんぼりしてるよ、私。もしキバナさんが私以外の人にキスされたら、キスしたら……嫌、だもん。嫌だ。想像するのもだいぶしんどい。キバナさんが怒った気持ちがようやくわかる。自分の身は自分で守れ。はい。
シートベルト着用サインが点灯している。もう座を立つことはできない。CAさんの安全確認も終わってしまった。本当に隣へ来ないんだ。……せっかくの旅立ちなのに寂しい。
「キバナさんも私以外の人とキスしていいですよ」
「……は?」
「なんて!言うわけがないでしょう!嫌です、とっても嫌です!!私以外の人と触れ合って欲しくないです。キスも、ハグも、しないでほしいです……。だから私も、ごめんなさい。油断しすぎました。謝って済むことじゃないですけど……」
私の言葉を聞いてサッと座席を移動し、隣へ座る。そして肩に頭を寄せてきた。
「まだキバナさん怒ってるよ」
「……はい。怒って当然です……」
「離陸する前にツムギからキスして?」
「離陸する前に……?」
「そう。ほら、今は誰も立てないから見られることもないよ」
動き出した飛行機。窓の外を見れば滑走路に向かっていた。
ブルーベリー学園がどんどん遠くなる。
「……キスしていいんですか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
「こっちを向いてほしい、です」
「……ん。目は開けとくけど」
「……目は閉じてください……」
「ええー?」
──せっかくツムギからのキスなのに?仕方ないなぁ。はい、お願いしまーす!
…………とっても元気なお願いしますをいただいた。怒ってる?怒ってるのこれ?ちょっと楽しんできてない?見間違いじゃなければ口角上がってるよね?……いや、疑うのはよくないよね。これは禊だ……ッ!
目を閉じているキバナさんを見つめる。……くっ、ほんっと顔が良いな〜〜!!
顔面の圧にやられそうだけど、気を取り直してゆっくり頬に触れる。触れ、触れているけど飛行機の揺れがすごい!どうやら滑走路を走り始めたようだ。優しく触れていたが、揺れに耐えられないのでがっしり両手で頬を挟む!失礼します!
そっと触れた唇。一回、で、いいんだよね?まだ目を瞑っているけど……。もう一回?ちゅ、と口付けたら振動で唇がブレて顎に当たる。
「……くっ、ふふ、ははは!」
「揺れがすごくて……、今ので限界です!」
「揺れすごいよな〜!もう飛ぶとこか」
ブレたキスに笑うキバナさん。うん、キバナさんが笑ってくれたのでオッケーですかね!
ほっと息をついたのも束の間。名前を呼ばれて見上げれば今度は私の頬が包まれた。
「……ツムギ、オレを見てて」
え?と、声を出すことは叶わなかった。
◇ ◇ ◇
飛行機に乗ること数時間。無事に着いてよかった。外の天候は見事に晴れ。
太陽がとても眩しい。
「パルデアは太陽が近く感じるな!」
「そう、ですね」
「よし、空飛ぶタクシーでアカデミーへ行ってくる。校長室でオモダカさんと待ち合わせしてるんだ。すぐ戻ってくるから待っててな。……はは、怒ってる!」
「キバナさんも酷いです……」
「そんなことないと思うけどなー!」
清々しい、晴れやかな顔をしよって。
離陸寸前から離陸後まで、食べられるようにキスされました。全年齢対象なので詳細は省きますが、大人の深いやつです。恥ずかしぬかと思った。
燦々と輝く太陽の光を全身に浴びている。今いる場所は飛行場の待合室の外。パルデアには何ヶ所か飛行場があって、今回はアカデミーに近い所へ着陸した。空飛ぶタクシーならすぐ着くだろう。
せっかくパルデアに居るのだから、と待合室の外に出ているけど、残念ながら野生のポケモンたちは見当たらない。バードストライクならぬ、ポケモンストライクがあったら大変だもんね。さすがに飛行場周辺は管理が徹底されているようだ。
手持ちのポケモンは出してもいいらしい。ただし空を飛ぶのはダメ。待合室と指定された場所のみ。それでも外に出してあげられるなら、少しでも外の空気に触れてほしい。
ボーマンダとモンメンのボールを放る。元気に出てきた二匹は戯れながら私の周りを走り回った。モンメンはふわふわ浮いてる。たまにボーマンダに引っ付いたりもしていた。
ボーマンダに空を飛ばないよう声をかけたら素直に頷いてくれて、満足するまで待合室の周りを駆け回ったあと、私の側へ腰を下ろした。ギャップゥ!
モンメンがひらひらと葉っぱを宙に舞わせたら、その葉っぱにボーマンダが小さい炎を吐く。ボッ、と燃えてチリチリと灰になり消えていく。二匹とも器用だ。葉っぱの量も炎の大きさも自在に操る。
「ちゃんと自分の力をわかってるってことだよね!すごいなぁ……!えらいねぇ!」
「モンメ〜〜」
「グルル、キュキュ〜」
「ええっ、二人とも照れてるの!?可愛すぎ〜〜!」
自分のポケモン可愛すぎない?愛が溢れて止まらんのだが。
二匹とも頭を撫で撫で!もっふもふ!!よしよし!顎の下とかはどうかな!?
そうしてキャッキャウフフと遊んでいたら、キバナさんが帰ってきた。
本当にすぐ戻ってきたな。
「待合室の人たちが微笑ましげに何か見てるな〜と思ったらツムギたちだった時の納得感よ」
「見られてたんです?」
「そりゃあ、ここは飛行場の待合室周辺だからな。定刻が迫ってくれば人も集まるだろう?」
「ポケモンたちと触れ合うと理性が飛びます……」
「悪くはないと思うぜ?確かに微笑ましいし」
……恥ずかしくは、ないけど。気をつけよう。微笑ましげに見られているうちはいい。あの人の触れ合い方やば……と、引かれ始めたらアウトだ。きっと。
今度はパルデア地方からガラル地方への飛行機乗り場へ。そしてここでも当然のように、チケットが二枚取り出された。……準備が良すぎる。さらにまたも三列シート。一体どこまで見越していたんだろうね。全部キバナさんが手配したのかな?それはもちろん有り得るけど、なんか、いろんな人の手が掛かっているような……。
落ち着いたら改めて尋ねてみよう。
滑走路から、青い空へ飛び立つ。
「パルデア地方、また来たいです」
「ああ、アオイと?」
「はい。彼女と冒険をした場所なので」
「いいね。足跡を辿る旅、だな」
「楽しそうです」
上空からでも見える、特徴的な建物、グレープアカデミー。一面に広がるオリーブ畑。大きく雄大なオージャの湖。雪に覆われたナッペ山。砂塵が舞うロースト砂漠。そして、パルデア地方の中央に位置する大規模な白い靄。……エリアゼロ。
いつか必ず、アオイちゃんと二人で来るんだ。
飛行機はぐんぐん高度を上げて上層の雲をも突き抜け、穏やかで安定した空の上を真っ直ぐ飛ぶ。ガラル地方へはまだまだ時間がかかる。到着は夜、との機内アナウンスもあった。シートを少しだけ倒して小窓から空を見つめる。真っ青な空。
……夜になって空の上から見る星空はさぞ綺麗で、迫力があるだろうな。そんなことを思いながら目を閉じた。
◇
「ツムギ、──ツムギ?」
名前を呼ぶ声で意識が浮上する。目を閉じた後、すっかり眠ってしまったらしい。いつの間にかシートは元の位置に戻されていた。そして揺れも何も感じない。
もしかして、ガラル地方へ到着した?
小窓の向こうに見える色、青ではない。暗い暗い闇の色。無数の星が闇を彩る、夜の空。
「よく眠ってたな」
「寝てしまいました……」
「疲労が抜けないよな。オレさまも。ふぁ……。さて、動けるか?もう少し移動するぞ」
「ここ、って、どこなんですか?」
「シュートシティの外れ。飛行場が隣接されているんだ。建物を出たら空タク使ってオレさまんちへ向かう。で、荷物の片付けはそこそこに、明日までぐっすり眠る!ツムギはシャワーでもお風呂でも好きに使っていいよ。習慣、なんだろ?」
「……お邪魔していいんですか?」
「ビジネスホテルに泊まる……なんて言わないでくれよ?悲しすぎるし寂しすぎる。ほら、オレさまの頭が回らなくなる前に帰ろう!」
「眠い、ですよね!?」
「眠い。だいぶ限界が近いな。“オレさま”を保つのが危うくなってきた……って感じ」
「やばいですね。私、離れて歩きます」
「だぁめ。絶対手は離さない」
喋り方が危ういな。相当睡魔がきてるみたい。私もまだ眠たい。だけどここは、キバナさんが活躍するガラル地方。余計な面倒事は避けるべき……だと思うんですが。
繋がれた手は力強く、私から離すことは無理そうだった。
私は無名の一般人だからいいとして。いや、よくはないけど。置いておける。キバナさんは誰もが知る有名人だ。ガチ恋勢や熱狂的なファンに知られたら、炎上どころの騒ぎじゃない。迷惑をかけるのはもちろん、矢面に立たされるキバナさんの身が心配すぎる。
「ツムギ、余計なこと考えなくていいよ」
「……まさか顔に」
「出てる。大丈夫、オレさまに任せといて」
繋がれた手に引かれるがまま、飛行機を降りた。
夜のガラル地方。ブルーベリー学園とは違う空気を肌で感じる。明日の朝になれば、もっとよく見えるはず。新しい場所、新しい環境、新しい……世界。下を向いてはいられない。顔を上げて、前を見なければ。
全ては、ユウリちゃんと会うために。
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