青い空、ガラルの空
──翌朝。
自分の部屋で目が覚める。
お互いの重い想いを伝え合ったあの後、キバナさんと自宅へ戻るとカレーを作りポケモンたちも交えて食べた。カレーの具材の下処理と味を決めたのはキバナさんで、ご飯とサラダを準備したのは私。ポケモンたちのカレーの上にはそれぞれが好きな木の実をトッピング。私たちはそのまま。とても美味しかった。辛めだったけど、美味しかった。
仕事上がりではあったのでキバナさんからお風呂に入ってもらい、上がると交代で私が入る。デザートにアイス食べよ!と、バニラアイスを食べた。その後もソファーに座ってまったりとした時間を過ごす。ナックラーがやってきたり、モンメンも飛んできたり、ポケモンたちが好きなように過ごせる空間というのは……とても、良い。めちゃくちゃ癒される。
夜が深くなると、ポケモンたちは専用の部屋で寝始めた。ボールに入る子もいれば部屋に横たわって寝る子もいて、だいぶ自由のようだ。私のモンメンは外で。ボーマンダはボールに入って眠る。こういう所でも個性が出るなぁ。可愛い。
私も眠たくなり、歯磨きをして寝ることにした。隣に座るキバナさんに一言声をかけてからソファーを離れた。オレも歯磨きする〜!と後に着いてきたので一緒に向かう。なんだかご機嫌なキバナさんを見て、私も嬉しくなった。
磨き終えたらあとは寝るだけ。キバナさんの寝室は奥にあるので、私はその背中を見送る。見送ろうと見上げれば、触れるだけの口付けをされた。
「おやすみ、また明日な」
柔らかい笑みを見せ、寝室へ行ってしまった。
……そして、現在に至る。
朝っぱらから何を言いたいかわかりますか。いや、わからなくてもいいんですけどね。わかってほしいような、察されるとかなり恥ずかしいような。
だってさ?昨日キバナさん言ったでしょ!?夜の、その、準備する……的なことを!なにかあると思うじゃん!お風呂に入ったら、こっちも色々……、準備するじゃん!?したんだよ、私は!でも!……何もなかった。何も……なかった。べ、べべべ別に期待してたわけじゃないけど!構えてはいたわけで!!
正直、悶々とした夜を過ごした。
「おはようございます」
「ふりゃりゃあ!」
「あれ、フライゴン?わわっ、おはよう〜!キバナさんはまだ寝てるのかな?」
「ふりゃ?ふーりゃあ、りゃっ!」
「そっか。先に起きたフライゴンがみんなのご飯を準備してくれてるんだね、ありがとう」
「ふりゃあ!ふりゃりゃっ」
フライゴンへの挨拶もそこそこに、起きたてなので洗面所へ向かい顔を洗って口をゆすぐ。それからリビングへ向かうとまだ誰もいなかった。ダイニングではフライゴンがポケモンフーズをお皿に盛り付けている。モンメンたちも含めた人数分準備してくれているようで、お皿がテーブルにずらりと並んでいた。えらいなぁ。
フライゴンに声をかけると尻尾を振られた。……えーと?何かを伝えようとしているのはわかる。でもまだ彼との意思疎通は難しい。首を傾げれば近寄ってきて背中を押される。……うん、今のでわかりました!キバナさんを起こしてきて!だ。フライゴンの仰せのままに!
──コンコンコン。ノックを三回。残念ながら返事はない。キバナさーん?と声をかけてもう二回ノックする、が。やはり起きてくる気配を感じなかった。
フライゴンに許可は得ているし入ってしまおう。失礼しまーす、そろりと足を踏み入れた。
縦にも横にも大きなベッドの中央で掛け布団に包まり、すやぁと眠るキバナさん。起こすのが申し訳ないくらい良く眠っている。中央に寝ているので、肩を揺らすにも少し乗らなければ届かない。なるべく静かに乗って、近づく。
「キバナさん。おはようございます、朝ですよ。起きてください」
肩をトントン、と叩いてみたが起きない。
「おはようございます!キバナさーん!」
今度は声を大きめに。布団を揺らすように。
「キバナさん、キバナさーん!」
全然起きないな。キバナさん、朝強そうなイメージがあるのに。掛け布団を剥ぎ取りたい、けど……さすがに服は着てる、よね?お風呂上がり、パンツ一丁!ではなかったから着てはいるはず。寝ている間に脱ぎ捨てるタイプじゃなければ。どっちだろう。そろりと掛け布団に手を入れて隙間を覗く。……ちゃんと着ていた!よかった!!
よしよし、と改めて両手で掛け布団に手をかける。仕事に遅れるのは良くないのでね!ここはひとつ、バッサァー!と勢い良く剥ぎ取ってしまえ!
そうして剥ぎ取った瞬間。
「……ん"〜?今日は優しく起こしてくれるな……。毎朝思いっきり乗ってくるくせに……」
「え、うわっ!?」
長い腕が伸びてきて手首を力強く掴みベッドへ、キバナさんの腕の中へ引きずり込まれた。そして抱き枕のようにむぎゅぎゅうと抱き着かれてしまう。ちょ、なに。何が起きて……?もしかしなくても、フライゴンと間違われてる?
「キ、バナさ……」
「やわけぇなぁ、お前こんな細かったっけ……」
そ、そうだった。この人、キバナさんって朝の寝ぼけっぷりが酷いんだった!うわわわ、すっごい体を触ってくる〜!!やばい、脳内に警鐘が鳴る。頼りになるマスカーニャはここにいない。モンメンを呼ぼうにも、たぶんドアを開けることが出来ない。ボーマンダを呼べば、来てくれるだろうけどドアを壊しそうだし、部屋も壊しそう。
……自分の身は!自分で!守る!!
「キバナさん、ここにいるのはツムギです!フライゴンではありません!キバナさん!」
「んー……。んー?ツムギ?なぁんだ、ツムギかぁ。どうしてここにいるの?オレの部屋に来る意味、わかってる?昨日の夜、我慢したのに。無防備に来ると食べちゃうよ?」
「っ、キバナ、さん!」
「うん……キバナさんだよぉ……。……ん。んん?ツムギ?」
うっすらだけど目を開けてくれたぁー!よかった!ちゃんと私の姿を視界に入れてくれたみたい!助かった、私の身が!これはセーフです!!
パチパチと目を瞬かせて、ジィ〜〜ッと見つめてくるキバナさん。そんなに見つめられると穴が空いちゃいます。
「おはよう、ございます」
「おはよぉ」
起きたてのキバナさん可愛いな。
「ツムギ〜?」
「はい。ツムギです」
「へへへ、ツムギがいるなぁ」
「……いますよ。これから、ずーっと。キバナさんの側にいます」
「嬉しい〜……!やばい嬉しくて泣きそう……」
ぎゅうぎゅう抱きしめられる。うぐぐ、埋もれる。腕と胸筋に圧迫されている……!……目的は起こすことだったので、そろそろ解放されたい。横になって抱きしめられていると、温かくて心地よくて、離れづらくなりそうだ。気合いを入れて腕の中から抜け出そうと動いてみる。
「キバナさんっ、んっ、う……離して……くだ、さい!」
「……」
「起きないと、遅刻します……っ!はぁ、抜け出せない。キバナさん、……キバナさん?」
「…………」
「あの、力を込めるのやめてもらえますか……?」
「ツムギがオレの名前を何度も呼ぶから」
「え?」
ぐっ、と腰を引き寄せられたと思えば。なにか、かたい、何かが下半身に当たって……る。……当てないでください!身の危険は遠ざかってなかった!
「すっげぇ反応してる」
「朝イチの下ネタほんとキツイです!!」
「仕方ないじゃん!オレの腕の中で喘ぐから!」
「喘っ、違いますよ!?ここから抜け出そうとしているんです!離してください早急に!」
「無理ぃ!ごめんむしろ動かないで!?そこで動かれるとヤバい!理性が飛んじゃう!」
「あ、やっ……!?押し付け、ないで……っ」
うわあぁぁぁぁ!自分の寝間着が半袖Tシャツ&ハーフパンツなのを恨む!布越しに、その……、大きい……ものが、当たっ……!もうやだぁ!全年齢で頑張るんじゃなかったんですか!?意気込んだのは私だけ!?回避させてほしい……!
キバナさんが深いため息をついて、指を頬にするりと這わせてきた。
「……ツムギ、キスしよ?」
「や、です……!」
「やなの?お願い、キスしたい。ツムギの全身、触りたい。なぁ、声、聞かせて……?」
「っあ……、や、耳元で、喋っちゃ……だめ、」
「……へぇ、耳が弱いんだ?それとも、オレの声に弱いの?ねぇ、どっち……?」
「キ、キバナさんっ……」
「ん。オレの声?」
「ちが、っ!」
セーフじゃない!全然!セーフじゃない!アウトに片足突っ込んでる!!朝から元気ですね!……違う、そうじゃない。落ち着け私!やばいやばい、キバナさんの艶っぽい声で囁かれると脳が溶ける!夜から悶々してたせいで私の理性が溶けるのも早い!
力を振り絞り、震える腕で体を離そうと試みる。
溶けそうな脳で回避の言葉を探し出した。
「あ、朝は、ダメ……ですっ」
「……それなら、いつ触っていい?」
「おしごと、ちゃんとして……っ!よる、夜になったら。……っ!か、考え……ます!」
「夜?そう。なぁツムギ?オレ、もうギリギリだよ。わかる?快感を逃そうと身悶えるツムギの姿を前にして、本当に限界なんだって……。考えた後に、“やっぱり嫌”は聞けねぇよ?優しく抱きたいから、お預けはナシだぜ……?」
唇が近づいて、食べられるようにキスされた。
◇ ◇ ◇
「よし!じゃあ行ってくるよ、ツムギ!」
にぱあっ!といつもの笑みを見せるキバナさん。そんなキバナさんに比べ、だいぶ疲労の色が濃い表情であろう私は絞り出すように「行ってらっしゃいませ……」そう応えた。
腕を広げて、ぎゅううっ!と抱きしめられる。うう、圧がすごい……。
「……そんな顔しないで。はぁ、可愛い」
うううう頬ずりやめてもろてぇ……!力の入らない私はキバナさんにされるがまま。気が済むまでどうぞ……。愛が溢れているなぁ。そりゃ、もちろん嬉しい。幸せだなあって思う。愛が強くて重いけど。……それは私も一緒、なんだけどね。
ぐりぐり頬ずりを続けて、しつこいくらいキスもして。ようやく離れたキバナさんはニッコニコだ。そんなキバナさんが何かを手渡してきた。
「これは……?」
「家のカードキー。ツムギ用のな。持ってて?」
「……いいん、ですか」
「オレは!ツムギちゃんを信じてるので!」
「ありがとうございます……!」
「出かける時はモンメンとボーマンダを必ず連れて行くこと!もちろんロトムも肌身離さずな!……逐一連絡してとは、言わ……ない。……言っ、……言わない……から!」
「出かける時と、帰宅したら連絡を入れますね」
「そ、そうだな!そうしてくれると安心する!」
心から心配してくれてるんだなぁ。
……ということにしておこう。
カードキーを受け取りもう一度お礼を伝える。なんとも言い難い顔をしたキバナさんは、なるべく早く帰ってくるから!無事に一日を過ごしてくれ!そう言って、出勤して行った。
カードキー。つまり、合鍵。いただいてしまった……!家から出ていいのはまだまだ先だろうな、と思っていたから素直に嬉しいし、ありがたい。買い物をしたいけど、この街の地形や建物の場所を把握することから始めなくては。いくらロトムと一緒にいるとはいえ、自分自身でも覚えないと後々問題になりそうだ。迷子、という名の問題に……!
「ロトム、起きてるかな?ナックルシティのマップを見せてほしいんだ」
「任せるロト!まずはここの周辺を拡大するロト」
「ありがとう。えーと、こっちがナックルスタジアムだね。で、これが家かな。反対側は何だろ」
「川を挟んでポケモンセンターがあるロ!」
「ふむふむ。バトルコートもあるんだね。宝物庫も近いんだっけ?……なにかあったら、いつでも動けるように家を決めた感じがするね。徹底してるなぁ」
「日用品のお店はこっちで、美容院や薬局、病院もそっちロト!公園は街の中に何ヶ所もあるロトよ。学校もあるロ!ツムギが興味ありそうなゲームショップもあるロト〜!」
「えっ!?本当!?」
「確かソフトのラインナップはツムギがいた世界とあまり変わらないロト。イカのやつとか」
「イカのやつとか!?それは最高だねぇ……!」
そうだ。ポケモンって主人公の部屋に必ずその時の最新ハードが置いてある。つまりこのガラル地方にも、ゲームがあるってことだ!そうだよね、タマムシシティにはゲーフリの開発室があるくらいだもん、ポケモンに似た育成ゲームもきっと存在するはず!これは熱い。
……熱いが、ハードもソフトも購入となればまぁまぁかかる。手持ちは心許ない。カードは使えないだろうし……。やはり、働かねばならぬ。まずはバイトから始めてみよう。求人誌があるならそちらも確認してみよう。置いてあるとしたらスーパー、コンビニ、なければ駅を覗こう。ポケモンセンターにもあったっけ?一応行ってみようかな。
そうと決まれば身支度を整え、散策開始!だ!
おっと、キバナさんへの連絡を忘れずに。
マンションを出てロトムの後について行く。動きやすい服装、リュック、運動靴。ライモンシティで揃えたものがここでも活躍している。
ポケットの中にはモンメンとボーマンダ。これぞまさにポケットのモンスター!
帰宅したらアオイちゃんとカキツバタに連絡しよう。生存報告というか、現状報告、かな。
街の壁沿い、ないし川沿いを歩く。まずは駅まで行ってみる。川を覗けば水タイプのポケモンが時たま顔を出したり、そのまま水面にふよふよ浮いていたり。空には鳥ポケモンが飛んでいる。木々には無視ポケモンやノーマルタイプのポケモンたちが集まっていた。当然、街の中では色んなポケモンがトレーナーと一緒に歩いていた。人がポケモンたちと共に暮らしている、自然な風景。こんなにも心を和ませるなんて。意図せず笑顔で歩いてしまう。
ロトムの案内もあり、迷うことなく駅へ着いた。なかなか人が多く、賑わっている。大体こういう人が行き交う場所に求人誌が置いてあるんだよね〜!お目当ての冊子を発見。一冊手に取ってリュックの中へ。ポケモンの中の求人誌。読むのが楽しみだ。
せっかく駅へ来たので構内を見て回る。ゲームで見た構造とは違い、だいぶ広くて大きい。
「ロトム、もしかしてナックルの駅って……広い?」
「間違いなく広いロト。ツムギ一人での散策はあまりオススメしないロト!」
「だよね。迷子になる未来しか見えない……」
駅ナカの散策はキバナさんを誘おう。絶対詳しいよね、キバナさん。お休みはいつかなぁ。
ナックル駅の外観の写真を撮ってもらう。今日私が行った場所をキバナさんに報告だ。絶対、どこへ行って何をしてたの?って聞いてくると思う。よーし、たくさん撮ろう!
駅の次は生活雑貨を扱うお店へ向かう。下着や靴下、化粧品やスキンケア用品も揃えたいなぁ。必要なものをロトムに呟いてメモを取ってもらいながら歩き出した。──その、直後。
「すみません!その子たちを捕まえてください!」
大きな声が聞こえて振り返る。振り返った先に、ドロバンコに乗った男の子が。楽しそうにドロバンコの背に跨り、ドロバンコも男の子と一緒に楽しそうに駆けている。……一人と一匹は非常に楽しそうだが、声を挙げた女性は焦ったように叫んでいた。……ということは、だ。彼らはやんちゃしてるわけだな!周りは動かないようなので、手助けしましょう!
「ボーマンダ!」
ズシンッ!と街中にボーマンダが現れる。今更だけど、大きい。威圧感もあるな……?私のボーマンダじゃなかったらビビっていたかもしれない。
「さすがに技を撃ったら危ないよね。ボーマンダ、前から駆けてくる少年とドロバンコの足を止めたいの。攻撃はしちゃダメだから、ええと、足を止めさせる鳴き声……とか出せる?」
私を見て、ギュアッ!と頷いてひと鳴き。うむ、間違いなく可愛い。
先ほどと変わらずこちらに向かって駆けてくるドロバンコ。ボーマンダは広げた翼をたたみ、四肢を地面にしっかり付けると、すうっと空気を吸い込んで口を開け……た。
あっ、やばい。指示の出し方を間違えたな!?
「グルルルルゥ!!ギュァァアッ!!」
ビリビリと鼓膜も空気をも揺らす大きな鳴き声。ヒェ、こっっわぁ!こ、これは確かに攻撃力が下がる。やる気を、戦う気持ちを削ぐ鳴き声だ!身をもって体験した!
ボーマンダの威圧感たっぷりの鳴き声にドロバンコも少年も止まった。というか固まった。もれなく周囲の人たちも。やってもうた。
当のボーマンダは「どう?止まったよ!」とでも言いたげな表情でニッコリしている。直前の鳴き声が嘘のように可愛いんだよなぁ!うちの子可愛い〜!うん、今のは私の指示が悪かった。ボーマンダは悪くない。ありがとうね、ボーマンダ。一言声をかけ、頭を撫でて。ボールへ戻ってもらった。頼もしすぎたな!
「……さて少年!お母さんが心配してるぞっ!」
固まっているうちに少年へ近寄り、肩を叩けばドロバンコからずり落ちて尻もちをついた。少年の母親も駆け寄って来て、頭を下げられた。いえ、むしろ……すみませんの気持ち。
「街中でドロバンコに乗っちゃダメ、って約束したよね!?お姉さんにごめんなさいして!」
「お姉さんのボーマンダ、ちょー怖いね!」
「コラッ!!」
「私もびっくりさせてごめんね?」
「でも、すっごくカッコイイ!」
「ごめんなさいが先!!すみませんでした……」
「おねーさんごめんなさーい!」
てへへ!と笑う少年の目はキラキラしていた。五歳か……六歳、その辺りの年齢かな?そうだよね、ドラゴンって格好良いよね。わかるよ。
「この子たちを止めてくださり、ありがとうございました。ドロバンコが駆け出してしまうと、私の足では追えなくなるので……。とても助かりました!」
「いえいえ、こちらこそ予想してた以上の鳴き声を浴びせてしまったので……。驚かせてすみませんでした。二人とも止まってくれてよかったです!」
柔らかく笑う女性。ペコペコ頭を下げあっていたら、周囲の人たちは何事もなかったことに安堵したようで各々歩き出した。……今さらだけど、今の鳴き声でジュンサーさんとか飛んでこないかな?大丈夫??
少年の母親は、お礼を……と言ってくれたが丁重にお断りする。それなら少しお茶しませんか?と誘われた。ちょうど休憩もしたかったし、お茶くらいならいいかな……。悩んでいたら「オススメのカフェがあるので!」という一言に頷いてしまった。
そのカフェは駅から近い場所にあった。そこで飲み物をご馳走になり、外のテラス席へ。
「お姉さんはナックルにお住まいですか?」
「はい。最近ガラルへ来て、こちらに住んでいます。今日は散策で駅まで来てみたんです」
「なるほど!広いですよねぇ、ナックルシティ!」
「ロトムがいなかったら迷子確定ですよ……」
「わかります。私も、ナックルシティは久しぶりで」
その人はカフェから見える公園で遊ぶ息子さんを見つめた。モンメンを出して一緒に遊んでもらっている。……さすがにボーマンダは出せなかった。
数年ぶりにやって来たというナックルシティ。普段はカロス地方のメイスイタウンに住んでいるらしい。カロス地方、メイスイタウン……。わからない!その地名はあとで調べよう。そこで旦那さんと三人で暮らしている。もうすぐ息子さんがトレーナーズスクールに通うようになるので、自由に動ける今、ガラル地方にある実家へ報告に帰って来たそうだ。旦那さんは仕事があるため一人、カロスでお留守番……と。
「すみません、身の上話なんか聞かせて……」
「とんでもないです!それではこれからご実家へ?」
「そうです。ナックルシティでの用事を済ませたら、空飛ぶタクシーで向かおうかと」
「なるほど。では、ドロバンコはボールへ入れて、お母さんが持っていた方がいいですね!」
「そうします……!本当、目を離すとすぐ二人で駆け出して……!」
「やんちゃ盛りだなぁ〜!」
飲み終えたカップを預かり店内へ返しに行く。……この方、よく見るとお腹が少し膨らんでいた。もしかしたら妊婦さんかもしれない。……ボーマンダの鳴き声、お腹の子に影響しないかな?やばい、急激に心配になってきた。
親子はナックルスタジアムへ立ち寄り、宝物庫にも足を伸ばしてから実家へ向かうとのこと。私は買い物へ行くので、ここでお別れとなる。もう一度お礼を言われたので私も頭を下げた。お名前を聞いてもいいですか?と聞かれ快く教えると、驚いた顔をされた。
「すごい、偶然ですね!私も、」
──ツムギ、と言うんです!
親子は手を振りながら、ナックルスタジアムへ。私は、……私も。手を振り返して見送った。
ツムギさん。……いや、珍しくはない。同姓同名の人はこの世界にも、私の世界にもたくさんいる。偶然、初めてこの世界で出会ったから驚いてるだけ。この胸のザワザワした感覚は、……きっと気のせい。
「ツムギ?どうしたロト?」
「……ううん、なんでもないよ。買い物は後回しにして、もう少し街を歩いていいかな?」
「もちろんロト!……ツムギ、大丈夫ロト?」
「大丈夫?なにが?」
「顔色、よくないロトよ」
「そう?……そう、かな?」
ふわふわとモンメンが近づいて顔にもふりと引っ付く。もふもふ。柔らかくて気持ちいい。大丈夫、無理はしてない。空を見上げながら、街を眺めながら。そうして歩いていたら気が紛れると思う。部屋に籠もって余計なことを色々考えちゃう方が……多分、精神的に良くない。
バチン!勢いよく頬を叩く。音と手の勢いに驚いたモンメンがふわん!と顔から離れた。わっ、ごめん!びっくりしたよね、ごめんよモンメン!
「ロトム、モンメン、行こっか!」
「無理したら即キバナへ着信入れるロト!」
「それは困る!無理だったらちゃんと言うから!今度はさ、マンションの反対側へ行ってみようと思うんだ。バトルコートも見てみたい!」
「バトルコート周辺は気をつけてほしいロト」
「どうして?」
「トレーナー同士、目と目が合えば!」
「はっ!バトルになるの!?それはまずいね。何がって、私の指示は下手くそだから!」
「ポケモンバトルは慣れロトよ」
対人戦はまだこわいなぁ。エンジンシティ側のワイルドエリアでバトルの特訓しなきゃ。主に私の特訓ね。技の効果や範囲、威力もちゃんと覚えよう。
ロトムと話をしながら、抱えたモンメンを撫でながら、ナックルシティの散策を再び開始した。ザワついた胸の感覚は少しずつ薄れていく。
キバナさんがずっと探していて、会いたがっているツムギさんがあの人だとしても。二人が再会を果たしたとしても。私の気持ちはもう揺らがない。キバナさんと出会い、少しずつキバナさんを知って過去をも知った。それでもなお、こうして好きなわけだし。
今朝も、昨夜だってそう。キバナさんの愛の強さを身を持って知る私なので。うん。だいぶ落ち着いてきたかな。想いを伝えるって大事なんだね……。
その後、マンションの反対側を散策していたらお昼を過ぎたので一度帰宅。キバナさんへ連絡するのを忘れずに。手を洗ってから昨晩残しておいたカレーを温めて、みんなでお昼ご飯。一晩寝かせたカレー。とっても美味しい……!
──ロトロトロト!
「?誰からかな、」
「キバ「オレさまでーす!!!!」ナ、ロト」
ベランダからバァン!!と現れたキバナさん。びっくりしてみんなで見つめる。
「えーと……キバナさん?玄関から入ってください」
「ツムギ!」
「はい?」
私の名前を呼んで、ズカズカと近づいてきた。ちゃんと靴は脱いでるのね。よかった。
カレーを食べる手を止めて、首を傾げた。
「どうしたんですか?忘れ物とかです?」
「ツムギだよな」
「?はい。ボーマンダでキバナさんのジュラルドンを倒したツムギちゃんですよ?」
「オレさまの、ツムギちゃんね?」
「キバナさまのツムギちゃんです」
手に持つスプーンを取られ、お皿の上へ。脇に腕を差し込まれてダイニングの椅子から持ち上げられる。そのままの状態でソファーへ……向かい合わせで、座る。キバナさんを跨ぐように太ももの上に乗せられた。いやほんと、何……?
「ツムギさ、オレさまが昔好きだった……その、同じ名前のツムギさんに会ったんだろ?」
「もしかしてキバナさんも会ったんですか?」
「……宝物庫で、ばったり」
「そう、なんですね。お話、出来ました?」
「めちゃくちゃ驚いたけど、話せたよ 」
背中に腕を回され、強めに抱きしめられる。
「焦ったり動揺したり……感情的になるかな、と思ってたんだけど。普通に話せた。あいつ、結婚して子どもがいて、お腹にもう一人いるってさ」
「やんちゃな息子さんでしたよ」
「……街中から聞こえたボーマンダの鳴き声は、ツムギの?」
「はい。駆け出したドロバンコを止めるために、鳴き声をお願いして……ですね」
「本当に出会っちまってたのか〜!」
「偶然って怖いですね」
「全くだ」
よしよし、とキバナさんの背中をさすってみる。少し砂っぽさを感じる。スタジアムの清掃をしてたのかな?それとも手持ちの子たちと特訓していた、とか?
「……ツムギに似てるってオレさま言ったよな」
「そうですね、ツムギさんが大きくなったら私のような女性になってるだろう、オレさまが見間違えるわけない……的なことを仰ってました。自分じゃわからなかったんですが……やっぱり、似ていました?」
「それが、全ッ然似てなかった……」
ふふふ、と笑い声をあげてしまう。そっか、それが衝撃だったのかな?キバナさんの中のツムギさんと私はそっくり、って認識だったもんね。
「……オレさま、少年の頃ツムギさんのことが好きだったのは間違いないんだけど。ツムギに出会ってから、ツムギのことしか考えてなかったんだよな」
「イコール、ツムギさんだと思ってたんですよね?」
「……違うかもしれない」
「??」
珍しく歯切れが悪い。
背中に回る腕もそわそわと落ち着きがない。
「オレさま、普通に、……向こう側にいたツムギに、惚れたんじゃない……かな?」
「?つまり、どういう……?」
「一目惚れ、ってこと……」
「一目惚れ。私に、ですか!?」
「偶然名前が同じだったからツムギさんだ!と、思い込んでいたけど、もし名前が違ったら?その時はオレさま、どう動いてた?……多分、やることは変わらなかったかも。ユウリを通して接触して、ロトムを送って、オレさまを知ってもらって……」
「私が“ツムギ”じゃなくても、その、私を好きに……なっていた。ってこと、です?」
「……そう。そうとしか考えられなくない?」
落ち着きのない腕の中から離れて、キバナさんの手を取る。じっと目を見つめる、と。おや。顔が赤いような?目が合ってもすぐにそらされた。
「……キバナさん、私のこと大好きですね?」
「そう、だよ?うわ、なにこれ。恥ずかしい……!」
「照れてるキバナさん、珍しいですね。可愛いです」
「可愛くないけど!?あー!うわあぁぁ!」
取り乱すキバナさん、レアだな。ロトムロトム、ちょっとこっち来て?キバナさん撮って。と頼めばバッシャバシャ撮ってくれた。フラッシュ付きで。
弱々しい声で、やめろ〜!と言いながら額を私の肩へ乗せる。顔を見られたくないのかな。
「どんな話をしたか、気にならないの?」
「気になりますよ!でも、キバナさんが話したくなるまで待ちます。無理強いはしません」
「優しすぎない……?」
「キバナさんほどじゃないですよ」
お昼の休憩中だろうに、ベランダから飛び込んでくるくらい急いで帰って来てくれたんでしょう?私がどうしているか心配で戻って来たんでしょう?
優しすぎるのは、キバナさんの方なんだよ。
額が肩に乗ってる、ということは。すぐそこに整った横顔があるというわけで。本当に無駄なお肉がついていない。頬がシュッと引き締まっている。羨ましい。鍛えてるからかな?私もぽよんとなる前に顔トレしよう。気を抜いているキバナさんの頬へ、ちゅ、と口付ける。……む!?ハリもあるな!?化粧品なにを使ってるんだろ。これも聞かなきゃ。
「飛んできてくれて、ありがとうございます」
「ツムギ、ツムギ〜〜〜〜!好き〜……」
「ふ、あははっ、可愛い人ですねぇ」
「笑ってるツムギ好き〜〜」
語彙力、吹っ飛んでません?好き好きbotになっちゃってる。……ところで休憩時間はいつまでなんだろう?まだ余裕はあるのかな。
カレーがあと少し残ってますよ。食べて行きます?そう聞けば小さく頷いた。キバナさんのポケモンたちもお昼はまだだろう。みんなが食べるお皿と、ポケモンフーズを準備しよう。
「……ツムギ、あんまり動揺してない?」
「動揺しましたよ。胸がザワついて、血の気も引いた気がしました。でももう、平気です。昨日、キバナさんから愛の言葉をたくさんいただいたので。大丈夫なんです!」
「そっ、か。……そっかぁ……」
嬉しそうに笑みを浮かべるキバナさん。可愛い。私から強めにぎゅっと抱きしめて、離れた。そう、珍しくキバナさんが離してくれた。
キバナさんの分のお昼を準備して、ポケモンたちのご飯も準備する。……量は足りるかな?どれくらい食べるのか把握できていない。後でフライゴンたちに聞いてみよう。モンメンとボーマンダのお皿は食べ終えているので下げて……。よし、オッケー!
「キバナさん、ご飯の準備が出来ましたよ。フライゴンたちも出してあげてくださいね!」
「はぁい」
「ふりゃりゃあー!!」
「わ。みんなお疲れ様、お帰りなさい!ご飯足りるかな?ごめんね、昨日のカレーは食べ終わっちゃったんだ。また作るね!」
しょんぼり。項垂れたフライゴン……と、キバナさんの手持ちのみんな、ほぼ全員。カレー好きすぎでは?ガラルの食文化、カレー色に染まってる。
「そうだ、キバナさん。……ツムギさんに会って、私と別れたいと……思いましたか?」
「思わなかった。絶対別れない。絶対に」
「絶対、ですか。よかったです……。胸のざわつきは、たぶん嫉妬も入ってました。ツムギさんと再会して話をしたら、キバナさんの心を連れて行っちゃうんじゃないかな。私のことをもうみてくれないんじゃないかな……って。でも、私もそう簡単に別れてあげませんからね!」
「離してくれないんでしょ?」
「離しませんよ。絶対に!」
歯を見せて笑えばキバナさんはスプーンを握りしめたままテーブルにドン!!と突っ伏した。
……なんか小さい声で呟いてるな……?
「……はぁぁー……好き。オレさまツムギのことすっごい好きだわ……」
好き好きbot継続中らしい。面白い人だ。
お昼を食べ終えた直後、キバナさんのスマホがけたたましく鳴る。呼び出しがかかったようだ。名残惜しむ暇もなく、バタバタとベランダへ向かう。そうだった、ベランダから入って来たんでしたね。ダンデさんといい、うーん、玄関の存在ィ!
ジュラルドン、コータス、バクガメス、ギガイアス、サダイジャは自分で口元を拭きづらいので僭越ながら私が拭かせていただき、綺麗になった順にキバナさんがボールへと戻していく。フライゴンとヌメルゴンは自分で拭けるよね!と顔を上げたら待ちができていた。きみたちは自分で拭けるでしょう……!?
「ふりゃっ!」
「ぬめぇっ!」
自分たちだけ拭いてもらえないのは不服だそうです。そうは言ってないけど、おそらく言ってる。二匹とも、ぷんっ!て顔してる。ねぇ、なにしてんのぉ!?と、キバナさんがベランダからフライゴンとヌメルゴンを急かして呼ぶ。
顔を向けて来たのでフライゴンから口元を拭く。よしよし、二匹とも綺麗になりましたよ!
「フライゴン、ヌメルゴン、行ってらっしゃい!」
「ふりゃあ!」
「ぬーめっ!」
にこっ!にぱっ!
んんっ、この可愛い笑顔のためならば。わたくしめはポケモンたちの忠実な
僕です!
二匹はキバナさんの元へ走り、ヌメルゴンはボールへ収まり、フライゴンはベランダへ出て飛ぶ準備をしている。ふぅ、お腹いっぱーい!という顔で体を前後にぐいぐい伸ばし、翼もパタパタ動かしている。食べたばかりですぐに飛ぶのは大変そう。大丈夫なのかな?
私の視線に気がついたフライゴンは振り返ってひと鳴き。心配は不要らしい、よかった。
「よしっ!準備完了!ツムギ!!」
「はいっ!」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!お気をつけて!」
「行ってきますの!キスをするよ!」
「スムーズに行きませんね!」
「急いでるけどキスはしたいの!!」
勢いで行ってほしかった。とは言うまい。目を閉じて顔を出してくる。……私からするんですね、わかります!気合を入れて、ちゅ、と触れるだけのキスを送ればまたもや嬉しそうに破顔する。成人男性相手にここまで可愛いと思うことがある?目の前の人がそうか。
「そうだ、ツムギ。ロトムいる?」
「いますよ、ロトム!」
「呼んだロト〜?」
「呼んだ呼んだ!オレさまの所に来て!」
キバナさんの前にロトムが向かうと、キバナさんのスマホロトムから何かを受信した。
「ツムギのスマホにいくらか送ったぜ。ナックルの店なら大体キャッシュレス決済や、コード決済使えるからさ!日用品とか細々したものを揃えるといいよ」
「え!?いや、使えないです!」
「化粧水やスキンケア用品、その他諸々、ほしいだろ」
「……うっ、ぐうっ!」
「うちに女性物のメイク落としなんてねぇぞ?」
「うわああああ」
「フフッ、ほーら、必要だろ?遠慮なんかするな!家の中も好きなように物色していいから。……ツムギちゃーん?この家は、キバナさんと誰の家ですかぁ?」
「キバナさんと、……私、のお家です」
「正解!過ごしやすい家にしていこうな」
頬を包まれて、唇へキスされる。
「……キバナさん、早く帰ってきてくださいね」
「仕事行くのやめちゃおっか?」
「お仕事終わらせて、帰ってきてください!フライゴン、遅れちゃうからキバナさんを連れて行ってもらえるかな?」
「ふりゃりゃ?……ふりゃあ〜、ふりゃっ!」
やれやれ、仕方ないなぁ!そんな鳴き声を上げてパーカーのフード部分を咥え、ズルズル引きずってベランダの中央あたりまで連れて行く。キバナさんが抗議の声を出しているが私もフライゴンも無視。そんなキバナさんへグイグイと背中を押し付けるフライゴン。あの行動は「早く背中に乗ってくれる!?」……だな。なんて頼もしい!
観念したキバナさんはやっとフライゴンに跨る。チラチラ見てくるので大きく手を振った。
ベランダから飛び立つとマンションの上をくるんくるん!と何度か旋回して一人と一匹はとっても良い笑顔で手を振り返し、スタジアムの方へ。
青空が大きく広がるナックルシティ。午後からも晴れが続くとロトムが教えてくれた。もうひと息ついたら、また外へ出かけよう。モンメンとボーマンダに声をかければ二匹とも快く頷いてくれた。
買い物は必要最低限だけ買おうと思っている。キバナさんが送ってくれたお金には手をつけない。はいどうぞ!と渡されて、やったぁ!なんて素直に受け取れるほど無知ではない。お金の重みを知る者としては、ね。これもまた、キバナさんが帰宅後に相談させてもらうぞ。一緒に住むなら金銭感覚の擦り合わせは大事だ。
ロトムにマップを見せてもらいながら、お昼ご飯の後片付けに取りかかる。
ナックルシティは広い。広いけど、行ける所は全て見て回りたい。知らなかった街が、見慣れて住みやすい街になることを、楽しみにしている。
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