あなたを知らないわたし

 仕事が忙しくてもその楽しさからほぼ毎日プレイしていたポケモン剣。だがここ数日の間はプレイどころかSwitch本体すら触っていない。理由は至ってシンプル。

「やることが……やることが、多い!」

 そう、仕事が忙しいのである!あれを終わらせると次はこれ!処理している最中にさらに増え!……弊社!給料に反映されているとはいえ、弊社ァ!!
 このように振り回されながらも頑張っていると帰宅後は疲労に勝てず、必要最低限のことを済ませたら寝てしまう。睡魔には抗えないし抗うと翌日の体力とメンタルに影響が出る。自分のことは自分がよく分かっていないとマジでしぬ。エナドリ?やめておけ、元気の前借りは命を削るだけよ!
 と、ここまで読んでもらってお察しいただけたと思う。ゲームを出来ないストレスでだいぶキている。エナドリも普通に飲んでる。命の水うまい。

 今日はなんとか定時ちょい、ちょいちょい過ぎで帰宅できた。溜まっていた洗濯物も回して干して、お気持ち程度に部屋の掃除も済ませ、久しぶりのゲームタイム!ヤッター!
 もちろん明日は休み。のんびりプレイしよう。

 前回どこでレポートをしていたか記憶が曖昧だ。本体を手にベッドへ腰掛ける。残念なことにナックルジムのバッジは未だ入手できていない。一緒にキャンプをしたあの日以降もキバナさんへ挑み続けていたが、負け続けてもいた。キバナさんがこんなにも強いならチャンピオンであるダンデさんはさらに強い……のかな。ストーリー攻略より先に図鑑が完成してしまう、まであるのでは?いや、流石にそんな……まさか、ね。
 虚無顔になったので思考を放棄。さあ、まずはキャンプで手持ちのポケモンたちと触れ合おうかな!みんなに癒されよう、そうしよう!
 起動して最初に映ったのはポケモンセンター。
ポケモン界で安心と信頼の安全地帯である。画面を開いて手持ちを確認。体力もPPも満タン!このまま外へ出てワイルドエリアをぐるっと散策しよう。ダイマックスの巣穴も要チェックだ。意気揚々と外へ出た。

 ──ロトロトロト!

 出た瞬間に着信。誰から?と考えるより先に文字が表示される。
 『キバナから着信ロト!』
 なんで!?とリアルに声が出た。いつの間に連絡先を交換したのか。気づかないうちに交換されていた、が正解だろうけど当たっても怖いので答え合わせはしたくない。普通に怖い。
 ……登録名、呼び捨てなんだ。敬称略でいいのか?そして残念ながら、ポケギアのように連絡先を確認できる仕様ではない。つまり変更も削除も不可、ってことだ。やられた感があるなあ。
 動かない私に、出ないロト?そう尋ねてくれるロトムが可愛い。……じゃなくて!うーん、出ないとダメ?ダメかぁ。着信に気づかなかったことにしてブラッシータウンあたりまで空タクで飛ぼうかな?行方をくらませるならワイルドエリアへ入って紛れた方が手っ取り早い?そうする?そうしちゃおっか!よし!

「ロトム!着信は無視していいよ!このままワイルドエリアへ行って自転車で……」
「ふーん?キバナさまからの着信を無視して?ワイルドエリアから自転車でどこへ向かうつもりなんだ?随分余裕があるようだなァ?連敗記録更新中のジムチャレンジャーは」
「……逃げよう!!」
「逃がさねぇっての」

 ▼ 目の前に キバナ が 現れた!

 ……そうでした、ここは彼のお膝元。ナックルシティのポケモンセンター。初手から詰んでたわ。ねぇこの人どこから来たの?お得意の空から?行動力の化身すぎる。
 久しぶりにお会いしてもキバナさんは変わらずのイケメンですね!いつものにっこり素敵なワンパチスマイルをお願いします!そう願ったが全く笑わなかった。これはこれで怖いな。逃げたい。ダッシュで逃げたい。どうしようかと考えて、ここは無言で去るを選ぶ。キバナさんを避けて通り過ぎようと画面内のユウリちゃんを動かせば。

「逃がさねぇ、って言ったよな」

 ▼ ツムギは 逃げられない!

 ガッチリ手を掴まれた。さらにグッと距離を詰められている。キバナさん、第三者目線的に絵面がだいぶヤバいので離れてほしい。こっわ、身長差えぐい。ジュンサーさんここです!か弱いジムチャレンジャーが色々な圧が強いジムリーダーに捕まってます!!って誰か通報してくれんかな。ケテ……タスケテ……。

「ツムギ」
「は、はい」
「オレさまを倒すんだろ」
「もちろんです」
「逃げるな」
「逃げてはいませんよ」
「声高らかに逃げようって叫んだのは誰だ?」
「私ですね」

 私の逃げる、は、キバナさんから逃げる!という意味です。ジムチャレンジから逃げるつもりは全くない。ので、ちょっと離れてください。パーソナルスペースの確保!私との距離感見直そうぜ、ドラゴンストーム!
 そして相変わらず画面越しの会話が成り立っている。今までのあれやそれは私の勘違いであった、とか。実はやっぱりバグでした!とか、そういう可能性はゼロに等しいようだ。
 問いに黙っていたら完全に睨み合いの絵面になってしまった。私とキバナさんで板挟み状態のユウリちゃん。マジでごめん……の気持ち。確かに、逃げよう!と叫んだのは私だし、事実だ。でももう何を言っても手を離してくれなさそうだよね。それなら、私も思うところがあるので言わせてもらおうかな。

「キバナさん、聞きたいことがあるんです」
「……なんだ」
「どうして私の名前を知ってるんですか?」
「そりゃ、ダンデが推薦した挑戦者だから……」
「ダンデさんが推薦したのは“ユウリ”ですよ」
「……は?…………待っ、」
「キバナさんは私をどう呼んでます?」
「…………ユウリ、って呼んでるけど?」
「いやいやいやいや!無理があり過ぎますよ!」

 明らかに動揺してるな!?ポーカーフェイスは得意そうだけど動きがそわそわしてるんだよなぁ!これは混乱入りましたね、そうですね!もう少し聞いてみよう!

「なんで私を知っているんですか?」

 パッ、と。手が離れた。どうやら聞かれたくない話題らしい。私としては本当に答えを知りたい。こうして話をするのも、通常ではありえないことだと理解している。理解しているから、知りたい。
 ──私を知る、キバナさんを知りたい。

「……それは、」
「それは?」
「……オレさまに勝てたら話してやらなくもない」
「話してやらなくもない?話すかもしれないし、話さないかもしれないってことですね?」

 顔を背けるキバナさん。なんだそのプイッ!みたいな動きは。話さない人の態度じゃん!私が勝ったとしても、え〜?オレさまそんなこと言ったっけ〜?と濁して結局話さないつもりのやつじゃん!私こそ、キバナさんを逃がさないからなあ……!

「私、逃げませんよ。キバナさんからも、ジムチャレンジからも。だから正々堂々勝負して真正面から勝ちます。勝って、キバナさんが知っていることを話してもらいます!」
「……めちゃくちゃ逃げようとしてたくせに」
「うっ、それはまぁ、確かに……!そもそもキバナさんが私を執拗に捕まえにくるから逃げたくなるんですよ!己の行動もかえりみていただけますか!?」
「オレさまは会いたいから来てるだけだし」

 ゲーム内のキバナさんと画面越しの私とで会話が成立しているとはいえ、セリフから感情を読み取ることは難しい。難しいはずなのに、キバナさんがどういう声色でその言葉を紡いでいるのか、なんとなく分かってしまう。
 今、絶対に拗ねた声で話している。絶対に。

「キバナさん」
「……なんだよ」
「私に会いたかったんですか?」
「そりゃあ、何日も姿を見かけなかったし……。現れたかと思えばオレさまを見て、すぐさま逃げようとするし。会いたい奴が逃げたら……追いかけるだろ」
「放っておく、という選択肢もありますが」
「ねえよ」

 即答とは恐れ入る。もしかしなくてもこの人相当拗ねてるな?私が何を言ってもどう動いても、放っといてはくれないらしい。拗ねたドラゴン……か。
 小さく笑いをこぼしてしまう。それが聞こえてしまったようでキバナさんはフードを被って顔を隠してしまった。ふふふ、なんだか可愛いなぁ!

「……ツムギに、会いたかったんだよ」

 ぐっ、うっ……!か、可愛いなぁ!?このタイミングで名前を呼んで改めて想いを言葉にしてくるあたり、乙女心をわかってる。ときめかせる天才だわ。
 Switchを遠めに離してしまった。察してほしい。

 会いたかった、に対する返事を出来ない。強いて応えるとするなら「そうですか、ありがとうございます」くらいだ。……言えない。拗ね拗ねキバナさんに返す言葉ではないと分かるから。かといって「私も会いたかったです!」は違う。正直 、キバナさんに会いたかったという気持ちは……ほとんど無い。拗ねる姿は成人男性でトップジムリーダーなのに可愛く見えるなぁと思う。思うが、それとこれとは別なわけで。申し訳ないが黙殺一択を貫く。
 やはりどちらかと言えば手持ちのポケモンたちに会いたい気持ちの方が上なんだよね。大好きな私のポケモンたち。早くキャンプに行かねば。

 キバナさんとの会話はイベント扱いなのかメニュー画面を開くことが出来ない。しょんぼりドラゴンも動く気配がない。さて、どうしたものか。

「キバナさん、お腹空いてませんか?」
「……空いてる」
「ナックル丘陵でキャンプするので一緒に行きませんか?カレーをご馳走しますよ!」
「……あい、は?」
「?どうしました?読み取れ……いえ、聞き取れなかったのでもう一度お願いします」

 やっぱりテキストログは必要だよね。是非とも最新作ではその機能をつけて欲しい。何かしらのイベント中、迂闊にボタンを連打して会話を見逃すと、後悔と無念と己への怒りで情緒がすんごいことになるわけで!切に願います!
 返答を待つ間もフードを被ったままのため顔が見えないキバナさん。今はどんな表情をしているんだろう。拗ねたままかな?

「触れ合いは?」
「触れ合い?ポケモンたちとしますよ」
「オレさまにも」
「……はい?」
「よしよしして」

 オレさまにもヨシヨシして……??
 オレさま、ってキバナさんのことだよね。よしよし。キバナさんを……?

「ワンパチみたいですね」
「思ったことをすぐ口にするのは良くねぇと思うぞ」
「あなたに言われたくないのですが」

 よしよし、ってことはつまり頭を撫でて、ってことでしょう?ポケモンじゃん。キバナさんって身長高いし攻撃力高そうだし素早さもありそうだし、体力なんて言わずもがなっぽいし。もはや全体的にドラゴンポケモンなのよ。翼は流石になさそうだけど、尻尾とか生えてない?あー、見えないか。隠してる説もあるのでは?立ち姿をじっ、と見つめる。

 動こうとしない私に痺れを切らしたキバナさんが歩き出した。足を向けた先はワイルドエリア。どうやら一緒に行くらしい。カレーに釣られたのか、よしよしされるのを期待しているのか。……この感じは後者だな。

 宣言通りナックルシティから出てすぐ隣のエリア、ナックル丘陵へ到着。星が瞬く夜空とワイルドエリアに点々と見える仄かな灯り。その灯りはキャンプを行っているトレーナーのものだ。空も地上も僅かな光が暗闇を照らしていた。
 野生のポケモンが潜む草むらの手前で辺りを見渡す。近くに気配を感じるが、飛び出しては来ないのでこちらもつつくことはしない。キャンプのための道具類をセットし終えたら手持ちのポケモンたちをボールから出した。みんなひと鳴きするとこちらへ駆け寄って来る。はぁ〜〜〜〜可愛い!ニコニコしてる!可愛いねぇ……。最近来れなくてごめんね。待っててくれてありがとう。ゴリランダーの笑顔最高。私の相棒、バトルではめちゃくちゃ強くて格好良くて、ニコニコ笑顔はとっても可愛い。剣盾の御三家でサルノリを選んだ人なら分かってくれるよね。相棒とひとしきり戯れてからカレー作りを始める。

 この間、一切割り込んで来なかったキバナさん。不思議に思いつつも恐らく私から声をかけなければ来ないつもりなんだろう。と、うっすら察してしまった。それなら食事後にさせて頂こうかな。自分のポケモンたちをとにかく愛でたい。ボックスに控えている子たちも然り。
 手早く食材を選び火起こしと混ぜる工程をこなし、愛情たっっぷり込めて!完成!みんなが喜んでいるところを見るに、お気に召してくれたようだ。ふふふ!ポケモンたちへの愛情は溢れに溢れているからね!

「……いつも思うけど懐き具合えげつないよな」
「そうですか?これくらい普通では?」
「普通ではねぇかな。ガラルで“おんがえし”の使用が禁止されててよかったと感じてるぜ」
「バフ盛ってからの恩返し戦法ですね」
「その対策を取ろうと動いたら次のターンで倒されるんだろ?まだはかいこうせんを喰らう方がマシだ」
「すなあらしを撒き散らされるのも嫌ですよ」
「撒き散らす……って言い方ァ〜」

 砂嵐、本当に嫌。あられも毒も火傷も、もちろん嫌だ。じわじわと体力を削られる系は当てられるとイライラしちゃう!それが対戦相手の目的なんだと分かっていても、やられる側は嫌なんだ。カブさんの時も火傷に苦戦させられたし。開幕おにび、交代してもおにび。やけど治しを使ってもまた仕掛けてくる。キツかった。だいぶトラウマになってるよ……。
 カレーを食べ終えた後、普通に話しかけてくるキバナさん。機嫌が直ってきたかな?

「ごちそうさまでした」
「はーい、お腹は満たされましたか?」
「ああ。ありがとな。胃袋を掴まれてるよ」
「掴んでるんですか、すごいな私」

 キバナさんは私に話しかけながら、手際よくテーブルの上を片付けてくれた。片付け終えた直後にロトムの声が響く。どうやらキバナさんの方に着信が入ったらしい。それなら今のうちに遠慮なく私のポケモンたちと遊ぼう。ボールを投げて誰が取ってくるか競争したり、羽じゃらしで猫パンチならぬポケモンアタックを見せてもらったり。眠る姿も愛くるしい。本ッ当に癒されるなあ。画面を見つめる私の表情筋はゆるっゆるだぜ!

 締まりのない笑顔でポケモンたちを眺めていたら、以前と同じように画面へ割り込んでくる成人男性。いや……どういう気持ちで割り込んでくるの?うちの子たち、めちゃくちゃ威嚇してるよ?威嚇されまくってもなお退こうとしないメンタル、強靭すぎやしない?
 被り続けていたフードをようやく取ったと思えば、画面越しにこちらを真っ直ぐ見つめてくる。ちょっと待ってください、だいぶ画面に近い!なんですか、そのキリッとした表情は。己の顔面の良さを最大限に魅せてくるのイズ何……?

「まだまだ全然話し足りないし、よしよしもされてないけど!ジムの方から呼び出しがかかったから戻ることにするわ」
「そうですか、残念です」
「……おい、心を込めて言えよな!」
「ほーんと!残念だなぁー!」
「お前覚えてろよ」

 わあ、犬歯が見えてるこわーい。覚えてろ、と言われましても。私よりキバナさんの方がしっかりバッチリ覚えてるやつでしょ?今すぐに忘れてください。
 すぐに向かうのかと思いきや、画面の前から動こうとしないキバナさん。

「どうしました?緊急の呼び出しなのでは?」
「そうだけど。……なあ、スマホは持ってるよな?」
「スマホロトムですか?それならユウリちゃんの手に……」
「違う、普段使ってるやつ」

 突然の話題で疑問符が浮かぶ。スマホ、普段使ってるやつ。ユウリちゃんのじゃないとしたら……私のスマホ、ってこと?そりゃもちろん必需品だから常に持っている。
 それがどうしたというのか。呼び出しについてはスルーですか……?一体何を言いたいのか分からず首を傾げているとキバナさんのスマホからロトムが飛び出した。おお、かがくのちからってすげー!いやいや、これはロトムのちからってすげー!だね。

「ロトム、行けるか?」
「流石に直接は無理ロト〜!キバナ、ポリゴン2かZがいるなら出してほしいロト!」
「!なるほど。さっすがオレさまのロトムは賢いな!」
「それほどでもあるロト!」

 ケテ!とにんまり笑うロトム。可愛い。……和んでる場合か。何やら不穏な空気を感じる。ロトムと二人で話しているのも気になる。その内容もそうだ。行けるか?直接は無理ロト?ポリゴン2かZを出してほしい?
 ……今から何を始めようとしているんだ。

「ツムギ、スマホをこっちに向けてくれ」
「嫌です。何をするのか説明を求めます!」
「ああ、もちろんだ。オレさまはツムギと関わりたい。つまり連絡を取りたい。だがそっちと連絡を取り合うってのはそう簡単じゃないのも理解してる。だからこそポケモンたちの力を借りようと思ってな。電子空間を利用してロトムをそっちに送る」
「ロトムを……送る?そんなこと出来るんですか?」
「出来るかどうかは、やってみないと分からない。分からないが、やらなかったことを後悔する方がオレさまは嫌なんでね」

 嫌だと言って説明を求めれば、きちんと答えてくれるキバナさん。なんてできた人だろう。仕事の関係であれば理想の上司だな、なんて見当違いのことが浮かぶ。
 ……電子空間を利用してロトムを送る。意味がわかる、ような、全く分からないような。ゲームの中から現実世界への干渉。いくらなんでも、そんなの絶対にできるわけがない。
 訝しげにキバナさんとロトムを見つめた。まずキバナさんはどこかに電話をかけて、その後スマホロトムの画面と睨めっこ。それもまた数秒の間で、一つ頷くとポンポン、とモンスターボールを二つ放った。そこから飛び出したのはポリゴン2とポリゴンZ。ふよふよと宙に浮かんだままキバナさんとロトムに近づきご機嫌な動きを見せた。
 一人と三匹は何か言葉を交わした後、私の方へ向き直る。

「よし、まずはユウリ……に、ポリゴン2とZを送る。ユウリのスマホからツムギの情報の足跡を追跡する。何かしら情報があるならそこから辿れるだろう。こうして遠隔でユウリに干渉しているってことは掴めるはずだ。……んー?ロトム、コレはなんて呼ぶんだ?」
「ソフト、ロトね!」
「ソフト?オッケー、ソフトの電子空間にZがこじ開けて入る。2がZの動向を制しつつ共に進む。ソフトと機器を仲介してツムギが持っているスマホの端末情報を得る。ここで一旦二匹ともオレさまの元に戻って来てくれ。ありがとな。Zは両方のデータを吹っ飛ばす可能性があるからこっちで待機。どんな情報だろうが世界だろうが全ては数字で構成されてんだ。目には見えなくても……な。端末情報を頼りに2とロトムが進む。2が得た情報をその場でアップデート、演算、処理、展開。こっちと繋いでくれ。……どうだロトム、掴めたか?」
「ムムムムゥ〜!……あ!見つけた!キタロト!」
「でかした!」

 何が起きてるの……?なにが!起ころうとしているの!?

 ──ロトロトロト!

 スマホロトムの音。その音はゲーム内ではなく私のスマホから聞こえてくる。はっきりと聞こえた。着信音を変えた記憶はない。似たような音楽もダウンロードしていない。
 震える手で恐る恐るスマホを取る。そっと画面を確認するとそこにはあり得ない名前が表示されていた。

「……着信中、キバナ……!?」

 そう、キバナさんの名前が表示されていた。急いでSwitchの画面を覗く。いつものにこやかワンパチスマイルはどこへやら。こちらを見つめるキバナさんは悪そうな顔でニヤリと笑っていた。そしてトントン、と自分のスマホの画面を叩く。着信に応答しろ……ってこと?
 いやいやいや、まさか。そんな、馬鹿な。

 手どころか指さえも震える。なんとか応答のボタンをタップした。この異常な状況を私自身で確認しなくちゃいけない。そういい聞かせてスマホを耳に宛てがう。

『──ツムギ、』

 私の名前を紡いだ声。スマホ越しの耳へ響き、届く。私の知り合いに同じような声色の人はいない。今までにも聞いたことのない……その人の声。
 聞こえる。ちゃんと“人の声”を纏っている。このスマホの向こう側に、ポケモンの世界のワイルドエリアからこちらへ通話を試みたキバナさんが……確かに、いる。
 素直な驚きと少しの感動と、信じられないという困惑と、大部分を占める恐怖。
 様々な感情がぐるぐる入り乱れ、なかなか返す言葉が出てこない。

『オレさまの声、聞こえてるか?おーい、ツムギ?……ロトム、音声はどうなってる?そっちに繋がっているか?』
『音声に問題はないロト!ただ、めちゃくちゃ戸惑ってるロト〜』
『あー、まあ、それは……そうだよな』

 何も言わない私にキバナさんは画面を見るよう促してきた。
 衝撃が強すぎる。絶賛、脳内大混乱だ。

『とりあえずロトムはオレさまの方へ戻ってきてくれ。ツムギのスマホと仲介しなきゃだからユウリのロトムは送れないよな。近いうちに別のロトム送るな。……うわ、リョウタからの鬼電すげえ。向かわないとだ。そういうわけだからツムギ、また後で……』
「……キバナさん、」
『うっ、……あー、ツムギの声!今までも聞こえてたけどスマホ越しで呼ばれるとやばい。オレさまに効果は抜群だ……。くっ、ちょっと泣きそう』
「キバナさん!!」
『はあい、なーに?』

 う、嬉しそうに返事をしないでほしい。笑顔が可愛いだなんて思ってない。なーに?という返事に少しキュンとしたとかそんなわけない。情緒すら乱してくるの勘弁して……。
 やっと声を出せたのに出鼻を挫かれてしまう。

「先ほどやってみないと分からない、と言ってましたよね。本当は簡単に出来るんですか?」
『諸々の知識があればな。けどこっちのルール、つまり法律上では思いっきり禁止されてる』
「……ジュンサーさあん!この人です!」
『!ちょ、ツムギ!?叫ぶんじゃない、シッ!シーッ!!』

 そりゃ禁止されてるでしょうね!?次元越えて干渉できるなんて世間に知られたらやば過ぎる組織が一つや二つ、……絶対たくさんありそうだもんね!そもそも、こんなことが出来るのを把握している方もごく一部なのでは?例えば各地方のチャンピオンだったり、人の上に立つような方、もしくは伝説のポケモンたち……とか。
 マジでこの人、何をしたいんだろう?……分からない。キバナさんを知ろうとしても分からないということしか分からない。最早、分からないしか言ってない。
 ニコニコ笑顔でご機嫌なキバナさん。数分前までの拗ねたドラゴンは見る影もない。

『めちゃくちゃ名残惜しいが、本当に時間切れだ。ワイルドエリアでのキャンプが楽しくても寝る前はポケモンセンターへ戻るんだぞ。心配で気が気じゃねぇ』

 新たにボールを放るとフライゴンが出てきた。グイグイとキバナさんを押し退け、画面に向かって顔を近づけてくる。ドアップで「ふりゃ!」ひと鳴きしてにっこり笑顔。面食らってしまったが、驚きより可愛さが上回った。にっこりフライゴン、可愛いな。自然と口元が緩んでしまう。私のリアクションを見て満足したのか「ふりゃりゃあ!」ともうひと鳴きすると画面から離れて背中をキバナさんへ向け、はよ乗って。と言わんばかりに押し付けていた。

『フライゴン……お前さあ、自由過ぎない?』
「キバナさんに似たんですね」
『否定出来なくてオレさま困っちゃう』
「キバナさん、呼び出されてから随分待たせてると思いますよ。早く行ってください」

 おっと、そうだった!離れがたくてな!そうだ、カレーご馳走さまでした。今日も美味しかったよ。オレさまの仕事が落ち着いたら連絡するから!無視だけはしないでくれよ……?それじゃあ今度こそ、またな。おやすみ、ツムギ。

 捲くし立てるように話した後、ウィンクを飛ばしながら片手を振り、フライゴンに跨ると空へ舞い上がる。そのまま星を纏う夜の空へと姿を消した。
 ウィンクまで様になってたな。もしかしてファンサされた?指ハートもやりそう。やば。

 慌ただしくいなくなったキバナさんとの出来事を思い返す。久しぶりにゲームを起動したら移動する間もなくすぐ捕まってしまった。会いたかった、と拗ねた風に零したキバナさん。
 彼は私に関する“何か”をなぜか知っている。教えてはくれないけど、それでも何かと気にかけてくれる。私が知らなくても構わないような素振りは……正直なところ、居心地が悪い。私だけが“何か”を知らない。キバナさんのことだって、知らない。だってゲーム内の、二次元のキャラクターだから。設定されている情報しか、分からない。
 知りたいか?と問われたら、今はもう深く頷ける。キバナさんのことを知らないままこのゲームは終われない……とすら、思えるから。

 手持ちのポケモンたちとボックスに預けているキバナさん対策用のポケモンたちとを入れ替える。レベル上げをして、彼より上のレベルで挑まなければ。
 最初の二匹は素早さと天候操作に影響を受けない子を選んで、持ち物も変えてみる。次こそキバナさんに勝つんだ。勝って、私を知る理由を聞かせてもらう。話してもらうんだ。

“「逃がさねぇ、って言ったよな」”

 ──私だって、逃がしてあげない。

 あなたを知らない私だけど、絶対に逃がさない。
 キバナさんと出会ってから信じられないことばかり起こる。画面越しに会話が出来るのは普通じゃない。次元を越えて通話ができるなんてあり得ない。それでも、私を掴まえると言うのなら、私もあなたを捕まえる。

 必ず、つかまえてみせる。

──ロトロトロト!

「え、なに?まさかまた着信……」
「キバナから送られてきたロト!ボクの新しいご主人ロトね!よろしくロト!早速スマホに入るロト!ご主人のお名前教えてほしいロ〜!」
「……っ仕事が!早いな!」

 声も姿も見えないけど今頃いい笑顔で笑っているんだろうな。やると言ったら本当にやる人なんだな。くそっ、これだから仕事のできる人間は……!私のスマホが宙に浮いた。しかも自分の意思を持っていて、なんと喋る。そして賢いらしい。……最先端がすぎる!

▼ ツムギは ロトムフォン を手に入れた!


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