ナックルシティの守護者

 ──怒涛の日々が、流れに流れて。
 ガラル地方へやって来て半年が経とうとしていた。

 キバナさんとの生活、ポケモンたちとの暮らしにだいぶ慣れ、今ではここが……ナックルシティが私の居場所と呼んでもいいくらい馴染み始めた。

 そして、念願だった仕事にも就いている。
 ワイルドエリア、自然環境監視及び管理課。
 なんとも仰々しいネーミングの部署だが、わかりやすく伝えるとナックルジムのスタッフとしてワイルドエリアを定期的に巡回するお仕事。つまりワイルドエリアを管轄するキバナさんの下で働いているわけだ。

 三ヶ月前ボーマンダの背中に鞍を着けず乗れるようになり、ボーマンダと自由に空を飛ぶ術を得た。その時にワイルドエリアを巡回する仕事はありませんか?と相談したのがきっかけ。それなら、うちのスタッフになればいい。出勤が一緒になるし、ツムギは野生ポケモンと、間接的にだが触れ合える。よし、それでいこう!……と、完全に鶴の一声だった。
 勤務は週三。朝から晩まで。ワイルドエリアは広大なので全てを見回るわけではなく、エリアごとにチームを組んでの巡回になる。私も一つのチームに入れてもらった。
 異常が起こらなければ日ごとに巡回エリアが変わり、飽きることが全くない。毎回違う顔を見せてくれるワイルドエリアは本当に楽しい。
 ナックル側のワイルドエリアがメインの日もあれば、エンジン側のワイルドエリアへ向かう日もある。巡回するスタッフたちとの関係も良好だ。面倒な御局様がいないのも大きい。最高。

 ポケモンバトルは野生ポケモン、トレーナーとのバトル、どちらにも慣れてきた。慣れてはきたが、ボーマンダを出した瞬間相手がビビることに慣れない。……そんなに怖いかな?うちの子はかっこよくて可愛くて、とっても強いんだぞ!どやあっ!としか思わないからビビられると少しムッとする。勝った時のニッコリ笑顔、めっちゃ可愛いんだが!
 ちなみに、モンメンはエルフーンへと進化している。ワイルドエリアの巡回スタッフとして仕事が決まった時、カキツバタから贈り物が届いた。紫紺に白のストライプが目を引く包装紙。そこに赤とピンクのリボンが箱を彩る。
 包みを開けると木製の小箱にたいようの石が入っていた。

『ツムギにおたからのおすそわけ!』

 白いメモ紙に斜めに走る手書きの文字。思わず笑えば、後ろから嫉妬を含む苛立つような声。舌打ちも聞こえた。今度会ったらキバナさんとのバトルは不可避だろう。
 お礼の電話をしますね。と伝えれば、オレが先にカキツバタと話す!そう言ってスマホを取られた。キバナさんのカキツバタに対するヤキモチは……当分なくなりそうにない。

 ──ブルーベリー学園からガラル地方へ来て、もうすぐ半年……か。

 今日のワイルドエリアの担当エリアは砂塵の窪地。そこにある大きな大きな岩の上へボーマンダが着地する。名付けられた通り、砂嵐が吹き荒れる窪んだ大地。フードと防塵ゴーグルを付けていなければ頭は砂まみれ、目は砂にやられて開けていられない。もれなく巡回服は全身砂だらけになる場所だ。お察しの通り、あまり人気の場所ではない。
 砂地にはヒポポタスやモグリュー、ウソッキー、ダグトリオなどが生息している。空を見上げるとウォーグルが砂嵐の中でも悠々と旋回し、バルジーナの姿も稀に見かけた。鳥ポケモンは逞しく空を飛ぶ。風が強すぎるとワタシラガが流されてくる。その時はさすがに保護して、ナックル丘陵へ連れて行く。ふわふわの綿に砂を含んでしまうと、どんどん高度を下げて地面へ落ちてしまうから。地面タイプではない子たちは砂場から動けなくなってしまうのだ。

 天候もポケモンたちにも異常は見られない。よかった。ハプニングが起きないのが一番だ。

「グルルルル、」
「ん?どうしたの、ボーマンダ?」

 ギュア、ひと鳴きして私を見つめるボーマンダ。……どうやら何か起きているらしい。何かを察知したボーマンダの背に乗り、現場へ向かう。
 向かった先は砂塵の窪地内の平らな地面。砂嵐の外へ出たのでゴーグルを取った。周りを見渡せば数匹のズルッグとこれまた数匹のグレッグルが何やら……不穏な空気で睨み合っている。えっ、なに……?なにごと?縄張り争いなら進化後の個体がいてもいいはず。視野を広げてみるが、ズルズキンもドクロッグもいない。
 一体のズルッグがズイッ!と勇んで出てくるとグレッグルも一体出てきた。私は適正距離で彼らを見守ることに。すると、ぽこっ!とズルッグがグレッグルを小突く。小突かれたグレッグルは頭を抑えてうずくまる。小突いたズルッグがさらにぽこん!と一撃を加える。
 周りのズルッグ、グレッグルたちは鳴き声で野次を飛ばし合う。どうやら周りの子たちは、小突き合う二匹への手助けをしないらしい。それにしても……、ズルッグが一方的にポコスカ小突くだけで、グレッグルが応戦しないのは何故なのか……。
 そもそもこれは一体なに?バトルしてるの?喧嘩、に見えなくもないけど……。

「……ボーマンダ、これ止めるべきかな?」
「グルルゥ……?」

 ボーマンダも、なにこれ?って顔してる。不穏な空気を察知したんだろうけど、全然不穏じゃない。なんなら微笑ましく眺めていられる。
 この子たちが解散するまで見守ろうとボーマンダに声をかけた瞬間、砂嵐の向こう側から地響きが聞こえた。何かがこちらへ砂を巻き上げて……、来る。

「ブルルルゥ!ヒヒィーーン!!」

 上空からでも分かるほど大きなバンバドロ。ズルッグとグレッグルたちに向かって突っ込んで行く。大半はバンバドロに気づいて驚き、逃げ出す。だが、一方的な小突き合いをしている二匹は未だにその場から動かない。
 なるほど、ボーマンダが察知したのは砂地を走り回るバンバドロの方だったんだ……!

「ボーマンダ!りゅうのいぶき!!」

 技名を声に出した瞬間、即座に力を溜めて竜の炎を放つ。バンバドロに当たると数歩後退した。その隙を見逃さず、ズルッグとグレッグルの元へ急降下。これを行うと胃がヒュンッ!とします。胃だけでなく全臓器かな!急降下にはまだまだ慣れない。
 上手く二匹を両腕で抱えてバンバドロから離れた場所まで飛んでもらい、ボーマンダの背中から飛び降りる。私が地面に着地したのを確認してボーマンダは踵を返しバンバドロの元へ。私は砂地から草地に向かって駆けながらボーマンダへ指示を出す。

「旋回して後ろを取って!」

 頼もしい鳴き声が響き、バンバドロに迫る。バンバドロは迎え撃とうと前脚を高く上げ、ボーマンダへ振り下ろした。だが、それが当たることはない。素早さはこちらが上なんだなぁ!
 ぐるりと旋回し、バンバドロの背面を取る。

「ボーマンダ、かえんほうしゃ!!」

 広範囲の火炎放射が砂地を覆う。地面タイプのバンバドロに炎技はあまり効かない。百も承知よ!今の技はこちらへおびき寄せるための炎上網です!案の定、炎から逃れて私がいる草地へ駆けてきた。
 弱そうな私に標的を変えた?残念。こちらにはもう一匹頼もしい仲間がいるんだなぁ!
 エルフーンの入ったボールを上へ投げる。

 草地の天候は日照り!そう、にほんばれだ!

「エルフーン!ソーラービーム!」

 にっこり笑顔なエルフーンはバンバドロを視界に入れた瞬間、ノータイムでソーラービームを放つ。いやぁ、えげつない。溜め時間ないのはありがたいけど、相手からすると怖すぎよ。
 効果抜群のソーラービームが決まり、バンバドロは大きな砂埃と共に地面へ沈んだ。よし、保護のための捕獲!保護専用のボールを投げてバンバドロを回収。捕獲後は回復させてからまたワイルドエリアへと戻す。
 上手く捕まえることがきてよかった。人知れず胸を撫で下ろし、息を深めに吐いた。

 バンバドロを回復させた後、ボールの中で落ち着きを取り戻したのを確認する。これなら、出しても大丈夫そうだ。ポン、と出してあげたら一度いなないて砂地の方へ駆けて行った。
 少しだけ……触らせてほしかったなぁ。脚の筋肉すっごかった。あの脚で踏まれた日には、全身粉砕骨折だろう。四足とも筋肉隆々だったから、ズルッグたちが引かれた、踏まれていたらと思うと……震えちゃう。誰か手持ちにいなかったかな。ヤローさんとか土を均すために何匹か所持してそうだけど。うーん、やはりここは図鑑保持者のユウリちゃんに聞いてみよう。きっと彼女なら毛並みの良い、でっかいバンバドロがボックスにいるはず。

「さて、きみたちは無事かな?」

 振り返った先に居るのは、腰を抜かしているズルッグとグレッグル。先ほど小突き合っていたのに二匹はお互いにぎゅぎゅっと抱きついて震えていた。そ、そんなにビビらせちゃった?

 ふわん、とエルフーンが二匹に近づいて何か喋っている。ニコニコしているけど、おそらく注意しているんだろう。周りを見なさいよ、的な注意を。その光景を見守っているとボーマンダが私の腕と脇の間にグイグイ頭を捩じ込もうとしてきた。おわぁ、びっくりした!よしよし、ありがとうねぇ。かっこよかったよ!頭と顎の下を撫でくりまわし、ぎゅーっと抱きしめる。二匹に話をしていたエルフーンもふわふわやってきて、私の顔面に引っ付いた。モンメンの時の癖が抜けないんだよねぇ。全く……可愛いんだから!

「エル!ルルフーン!」
「エルフーンもありがとう!ところで、ズルッグとグレッグルはどんな感じかな?」

 チラリと見やれば、ビクビクゥ!と肩を跳ねさせた。……えっ、私にビビってるの?まさか、指示を出してたのが私だから……か!?ヘ、ヘコむ……!

「……きみたち!なにがあったかわからないけど!喧嘩はよくないよ!特にズルッグ!一方的に相手をぽこぽこ叩いたらダメ!グレッグルは一度も叩き返してないんだから、しっかり謝ること!言いたいことがあるなら……うん、話し合おうね!」

 しょんぼり顔のズルッグがグレッグルに頭を下げた。それを受けたグレッグルはポンポン、と、ズルッグの肩を叩いてにっこり笑う。グレッグル優しいな……。仲直り、できたよね?よかったよかった!

 じゃあ、みんなで仲良く遊ぶんだよ!二匹と取り巻きにも声をかけて、ボーマンダの背中へ乗る。手を振るズルッグとグレッグル。ほっこりした気持ちで手を振り返す。仲良く手を振る二匹だが、大きく腕を振ったグレッグルの手が、ズルッグの頭に……当たった。

 嫌な予感!

 キッ!とグレッグルを睨むズルッグ。手を振っていた腕を……グレッグルに向けて……。ぽこん!と叩いた。こら!すぐに手を出すんじゃないよ!声をかけようと身を乗り出したら、グレッグルの体が光をまとい始めた。えっ、まさか……!

 眩い光が消えると叩かれ放題だったグレッグルは、なんとドクロッグへ進化していた。嘘でしょ……!?こんなこと起こるんだ……。
 ズルッグも驚いたようで尻もちを着いていた。そりゃ驚くよね、小突いていた相手が進化したんだから。しかも自分より体格が良くなって……。
 グレッグル、いや、ドクロッグはキョトンとしながらも自分の進化に納得したようで笑っている。そしてズルッグにニコニコ顔で手を差し伸べた。や、優しい!惚れてまうやろ〜!?

 差し出されたドクロッグの手と顔を交互に見つめるズルッグ。驚きの表情から一変、キッと睨みつけて……ドクロッグのすねを蹴り飛ばした。ズルッグゥーー!!え!?何してるの!?せっかくのドクロッグの優しさを!
 ふん!と鼻息荒くズルッグは草むらへ入って行く。うずくまり、すねを押さえるドクロッグ。なんとか立ち上がると足を庇いながらズルッグの後を追って草むらに消えた。……ええ?この二匹の関係性が謎すぎる。

「ルル、エルルゥ」

 やれやれ、とでも言いたげな声色で私の後頭部に引っ付いているエルフーンが鳴いた。


◇ ◇ ◇


「──以上が、砂塵の窪地での出来事です」

 ワイルドエリアから戻ってきた私は報告のため、ナックルジムの事務所へ来ていた。そう、管轄責任者であるキバナさんの元へ、だ。
 最初は真面目に聞いていたキバナさんだが、途中から肩を震わせながら視線を落とした。

「……報告書、必要ですか」
「くっ、ふふ、あっははは!そんなことあるんだな!?動画に撮ってほしかった〜!」
「必要ありませんね!」
「ああー!ごめんごめん、保護ボール使用したなら報告書は必要です!ツムギちゃん拗ねないで〜!プンスコしてるのも可愛いねぇ〜〜!」
「拗ねてないですし可愛くもないです!」

 衣服の砂を払い落としてから報告書を作成しよう。からかおうとするキバナさんをスルーして一礼すると事務所を出る。……出ようとしたのに手首を掴まれた。振り返るとそこに居るのはキバナさん。事務所にはキバナさんしかいないから当然だけど。事務所を出たいんです。細かい砂を早く落としたい。ザラザラしてて気持ち悪い。
 なんですか?と首を傾げれば、にぱっと笑う。

「ツムギ、ぎゅーしよ?」
「しません」
「今事務所にはオレさましかいないから!」
「しません。キバナさま、公私混同はよくないですよ。書類の山を片付けてください」

 ナックルジムの規則に則って、私もキバナさんのことを“さま”付けで呼んでいる。キバナさんはだいぶ嫌がったが、この規則を定めたのはキバナさん自身なので覆すことはできない。

「本当にだめ?」
「お家に帰ってからにしましょう」
「今日オレさまの帰り、遅くなるんですよ」
「存じ上げております」
「帰ってからだとツムギは寝ている時間だし……」
「……明日休みなので、お部屋で待ってます」
「……オレさまの部屋?」

 顔を見ずに頷けば掴まれていた手が離れた。そしてそのまま無言で自分の席へ戻って行く。何も言わないキバナさんもまぁまぁ怖いんだよな……。
 キバナさま?と声をかけたら。

「書類の山を片付けて予定も早く終わらせてフライゴンに全力で飛んでもらって速攻で帰る」
「瞳孔が開いてますよ!?」
「今夜は寝かせねぇからな!!」

 目力が強い〜!あとここ職場だってばキバナさん!声もだいぶ大きいんですよ!言わせたのツムギじゃん!って言われそう。それも、確かに。
 しょんぼりキバナさんを目の当たりにして気を緩めてしまった。

「キバナさま!声が大きいですよ!!」

 バターン!と事務所へ勢いよく入ってきたのはリョウタさん。ツムギさんが報告に来る度、絡むのは止めてください!風紀を乱さないで!
 ごもっともなお叱りを受けたキバナさんは、へへへっと笑って謝る。反省してない笑い方だ。
 リョウタさんに挨拶をして報告書について尋ねた。保護用のボールは一度使用したら回収する。回収後、分解と洗浄、消毒。その他諸々を整え、またナックルかエンジンへ戻ってくる。使い捨てではなくリサイクル。エコで素晴らしいよね!
 いくつかの指示を受け、報告書のテンプレ用紙をいただくと二人に頭を下げて事務所を出た。

 ジムの裏口で上着を脱ぎ細かい砂を叩き落とす。報告前にだいたいは落としたつもりだけど、袖口や縫い目などに付着しているようだ。小型のエアブロアーを使ったりブラシを使ったり。最後は専用の洗濯機に入れて終了。巡回用の上着の下はナックルジムのロゴが入った半袖Tシャツを着ている。ワイルドエリア巡回スタッフはみんなこれが制服だ。動きやすさ重視!
 ボーマンダとエルフーンの回復を終えてスタッフルームで報告書の作成。使用に至った経緯、使用後のポケモンの様子、なるべく細かく書いて仕上げた。仕上げたものはキバナさんに提出。お渡しするとまたまたニッコリ笑ってくれる。……くっ、笑顔が素敵だ。

 今日はもう上がりなので買い物をして帰ろう。キバナさんの帰宅が遅いなら晩ご飯の準備はしなくていいはず。遅すぎた日にウィダーイン的なものを飲んでいるところを見かけたことがある。……うーん、おにぎり作ろうかな?食べない場合は冷凍庫へ入れてください!とメモを残しておけば無駄になることはない。そうしよう。お米はあるので海苔を買わなきゃ。
 洗剤も柔軟剤もあったし、急ぎで買い足すものはなかった……と思う。私のポケモンたちの好きな木の実のストックを買っておこうかな?

 頭の中で買う物を考えていると、ナックルシティの門前付近に人だかりが見えた。なんだなんだ、お忍びでダンデさんが来ているとか?ダンデさんの人気は衰えることなく、どこに現れても全然お忍びにならないんだよね……。有名なのも大変だなぁ……。人だかりに近づいて様子を伺うと。スタジアムのリーグスタッフさんが数名、ワイルドエリアの方向を見つめて深刻そうな表情で何かを話し合っていた。
 ……なんだか穏やかじゃない空気を察知したので駆け寄り、スタッフさんへ声をかけた。

「すみません、私、ジムのスタッフです!何か問題でも起きたんですか?」
「ああ、ワイルドエリアの巡回員の方ですね!……それが、ワイルドエリアからナックルシティへ侵入しようとするポケモンの群れがいまして。動けるリーグスタッフたちだけで押しとどめているんですが、思っているより数が多くて……!」

 ……言われてみればワイルドエリアの方からバトルの音やポケモンの鳴き声が聞こえる。

「キバナさまへ連絡は入れましたか?」
「はい、もう間もなくいらっしゃるかと……」

 それなら安心だ。キバナさんが来るならすぐに解決してしまうだろう。ポケモンの群れと言っていたから、間をすり抜けて周囲にいる一般市民の皆さんを襲わないとも限らない。もう少し入口から遠ざけないと。
 誘導を手伝う旨を伝えて警備に加わる。何があったのか尋ねられたら大量発生したポケモンが門前まで迫っていることを伝える。理由を話せば「定期的に起こるアレかぁ」と納得して、誘導に素直に従ってくれた。……何度も同じような経験をしてきたからこそ、理解を示してくれるんだろう。ポケモンの群れの襲撃が定期的に起こる……。だいぶ怖いな。安全な場所まで誘導を終えると規制線を張った。これで市民の皆さんの安全確保はオッケー!

 改めて門前へ振り返るとキバナさんがちょうど現れて降り立つところだった。フライゴンから降りて状況確認を始める。……ただそこに降り立っただけなのに、もう安心感がすごい。群れが来てもキバナさんがいるなら大丈夫だという気持ちになる。それに……見慣れたつもりだけど、その姿を視界に入れると……かっこいいな。そう、見惚れてしまう。規制線を張るこちら側に振り向くとキバナさんが目を見開いた。どうやら私がいることに気付いたようだ。……首は突っ込んでないですよ!手伝いをしていただけです!
 こちらへ手を出して指先を上下に動かしている。あれは「おいで」ではなく「はよ帰れ」だな。ちえっ!はーい。これ以上首を突っ込みませーん!
 背を向けて帰宅しようと歩き出した。──が。

「ツムギ!!」

 キバナさんの焦る声が耳に届き、再び振り向く。

 リーグスタッフさんたちとキバナさんの足元をすり抜け、こちら側へ飛ぶように走ってくる……ルチャブル。咄嗟にボーマンダのボールを手に取り放った。
 ズシン、と現れたボーマンダは迫るルチャブルに大きな鳴き声で威嚇。怯んだルチャブルは急停止。ホッとしたのも束の間、今度は上空から何かが降ってきた。これは……砂?いや、違う!砂よりさらに細かな粒子……っ、花粉だ!足元のルチャブルに気を取られ、警戒を怠った。上空から風に乗って、まさかのラフレシアが舞い降りる。

「ボーマンダ、ダブルウィングで風を起こしてラフレシアを遠ざけよう!……うっ、やばいちょっと吸った……!っ、エルフーン……!」

 急いでエルフーンも呼び出した。麻痺の痺れはない。毒特有の気持ち悪さもない。あるのは眠気……!ねむりごな……か!意識が遠のく。瞼が落ちる。まずい。ここを抜けられたら街への侵入を許すだろう。市民にも危害を加えるかもしれない。それは避けないと……!

 私の異変を察知したエルフーンとボーマンダは寄り添おうと近づいてくる。二匹に大丈夫だと合図を送り、ルチャブルとラフレシアに集中してもらう。

「エルフーン、ルチャブルがまた突っ込んでくる、から、コットンガードで弾き返して……!弾いたところを、ボーマンダ……が、ドラゴンテールで門前、ううん、それより向こうの……ワイルドエリア……っ、に、吹き飛ばしてほし……い」

 瞼が閉じる。膝が揺れる。まだだ、ラフレシアの一撃が残ってる。薄れゆく視界に花びらが舞った。……来る。はなびらのまい、からのムーンフォース?それだとボーマンダに効果抜群だ、から……。っくそ!頭が回らない……!そうだルチャブルは!?……見えない。ボーマンダが、ドラゴンテールで思い切り吹き飛ばしてくれた……ようだ。

「エル、フーン……!ボーマンダにてだすけ、を、お願い!ボーマンダ……っ!」

 閉じかけた視界の向こう側。キバナさんが見える。……ナックルシティを守るキバナさん。……ここは、絶対に……一匹も通さない……!

「ドラゴン、クロー……ッ!」

 地面に膝をつき、ラフレシアが戦闘不能になったのを確認して……、意識が途切れ……た。







 ──膝から崩れ落ちるように、倒れた彼女。

 一瞬の油断だった。ルチャブルが門前から抜けて勢いよく突っ込んで行く。空から降りてきたラフレシアにもツムギが咄嗟に対応して、二匹の侵入を防いでくれた。ルチャブルはボーマンダのドラゴンテールでワイルドエリアまで吹っ飛び、ラフレシアは戦闘不能。さすがだ、と思ったのも数秒で、倒れゆく彼女の姿に血の気が引いた。
 それと同時に怒りが沸く。油断した、己に。

 ポケモンたちの群れ。それがナックルシティへと雪崩込む。ごく稀に起こる、謎の行動。いつもは押し止められるほどの数だが今回は通常より多かった。
 オレの手持ちのポケモンたち、みんなをその場に出した。フライゴンに簡易的な風を起こさせ、コータスにかえんほうしゃを繰り出させる。広範囲の熱風に煽られた野生のポケモンたちが炎に怯んだところにヌメルゴンのだくりゅうで炎ごとワイルドエリアまで押し流す。
 これですぐには入ってこれない。近くにいるスタッフたちへ下がるよう促した。規制線あたりまで下がったのを確認する。……ツムギは、レナやヒトミが介抱してくれているようだ。

 城門を過ぎ、長い階段を降りてワイルドエリアへと踏み入れる。そこにいたのはオレを囲み威嚇する野生のポケモンたち。

「……ここから先へは入らせねぇよ。無闇やたらとこちらに突っ込んでくるな。お前たちが思ってるほど快適に住めるような場所じゃない。そろそろ仲間内で共有してもらいたいところだが。まぁ、聞くわけもないよな」

 ナックル丘陵は晴れ。だがギガイアスにサダイジャが前に出ると風が吹き、砂が空を覆っていく。少しずつ大きく広がっていく砂嵐。
 一定の距離からオレを睨みつけているポケモンは、ソーナンスにウソッキー、ヌイコグマ、いつも見かける奴らに加え、アオガラスやニャスパー、ギギアル、バイウールー、そしてルチャブル……。多種多様、揃っている。ざっと数えて五十匹ほど。

「お前たちが襲おうとしたのは、オレさまが守護するドラゴンの街。そこに住む人やポケモンたちに攻撃をするのなら、容赦はしない。オレさまのたからに手を出せばどうなるのか……。身を持って、知るがいい!!」

 フライゴンが地面を蹴り砂嵐の中へ飛んで行く。鳴き声を上げれば、周囲のポケモンたちの攻撃力が下がる。砂漠の精霊の声に気を取られた奴らに向けてコータスが火を吐き、バクガメスがその炎に熱を重ねてさらに広げていく。サダイジャが地震を仕掛けると足元を取られ体勢を崩したポケモンたちにギガイアスが岩を飛ばす。
 空から、地面から。それぞれにあらゆる広範囲の技を放たせ、最後の一撃はジュラルドン。

 逃げ惑い始めた野生のポケモンたち。……なぜ群れを成しナックルシティへ入ろうとしたのか。人とポケモン、共存していくには互いの住処への不可侵は貫かなければならない。人間は不必要にワイルドエリアの縄張りを荒らさず、ポケモンはナックルの門を超えてはいけない。
 野生であるポケモンは人間の言い分など理解しないだろう。だからこそ、人間側が常に歩み寄り、時に離れて見守る。そうしてバランスを保ってきた。

 お前たちに悪気はないのだろう。本能のまま、こちらへ突っ込んできたんだろう。その気持ちはわからないが、理解は示そう。許してやる……なんて傲慢なことは言わない。ただ、どうしても、ナックルシティの守護者としてもオレ個人の感情としても我慢できないことがある。
 街や人、ナックルに住む全ての者に牙を向けられて黙ってられるほど優しくはない。

「ジュラルドン!ラスターカノン!!」

 地面へ横一線。野生ポケモンたちの足元を深く抉ったラスターカノン。相対する全員が固まり、動けずにいた。バチバチと石が弾ける音。地面の焼ける臭い、立ち上る白い煙。そこを、オレが越える。煙の中から現れたオレの姿を捉えた野生のポケモンたちは、ジリジリ後退していく。震えるような怯えた鳴き声も聞こえた。
 怖いだろう、恐ろしいだろう?ここには、この城壁の向こうには。触れてはいけないドラゴンがいると、怒らせると危険な人間がいる、と。各々の脳裏にしっかり刻みつけてほしい。

 ナックルの門前から我先にとワイルドエリアへ散り散りに駆け出し、逃げて行く。
 ──どうやらようやく、わかってくれたようだ。

 当分は近づかないだろう。数ヶ月に一度あるかないかの群れでの襲撃。少し深めにため息を吐いた。……あまり、こちらから手を出したくないんだけどなぁ。野生のポケモンをぞんざいに扱いたくはないし、保護すべき存在だと思ってるからこそ。

 気合いを入れて頑張ってくれた仲間たちを労う。六匹全員を繰り出す、なんて滅多にないから少しテンション高かった気がする。集まってくれるみんな、一匹ずつ優しく撫でた。
 ……いつもオレの無茶に付き合ってくれてありがとう。


 ナックルシティへ戻ると、ワッ!と歓声が上がった。目を瞬かせていたら「ありがとう、キバナ!」「かっこよかったぜ、キバナさま!」「さすがナックルシティの守護者ね!」……そんな声があちこちから届く。誰も怪我をしなかったか尋ねればみんな首を縦に振り、無事を教えてくれた。それだけでも僥倖だ。笑みを浮かべて片手を上げ、もう大丈夫だと伝えた。

「キバナさま、こちらです!」

 レナが駆け寄り、オレさまを急かすように呼ぶ。急かす理由は一つ。……ツムギ。
 ポケモンセンターの傍らでヒトミとジョーイさんが介抱していた。様子を聞けばラフレシアのねむりごなで眠っているだけ、らしい。数時間で起きるだろうとのこと。倒れる直前にエルフーンが綿毛を飛ばしてくれたおかげで頭を打ちつけずに済んだ、とも聞いた。よかった。
 自宅で様子を見て、数時間何事もなければそのまま療養。吐き気や体調異常が見られたら、病院へ。

「フライゴン、頼む」

 ふりゃりゃあ?ツムギを心配する鳴き声。眠ってるだけだよ、そう声をかければいつもより体勢を低くした。……できるだけ揺らさないように乗れ。だな?お前もツムギが好きだもんな、じゅうぶん気をつけるよ。

 横たわるツムギを抱えた。周囲がざわつくが問題ない。ツムギがオレの婚約者だということは、すでに周知の事実。モデルとの熱愛を否定し、婚約者の存在を週刊誌が取り上げ、なおかつ一般人であるツムギへの接触は、ドラゴンの逆鱗に触れる、と称し誌面で牽制に似た文も載せていた。ちゃあんと仕事をしてくれて、オレは嬉しいぜ。
 小さく名前を呼べば少し身じろぐ。

「キバナ、さん……」

 そっとオレに擦り寄るツムギ。はい可愛い。可愛いの塊。
 お姫様抱っこのままフライゴンに乗り、静かに浮上していく。ツムギを自宅のベッドに寝かせたら現場へ戻るつもりだ。緊急時はロトムに連絡してもらおう。

 自宅へ着くとツムギの部屋へ。心の中で謝り、着ていたTシャツを脱がし部屋着へ替える。ボーマンダとエルフーンをポケモンたちの部屋へ出してツムギの状態、状況を伝えた。短く鳴いた二匹を確認してもう一度ツムギの部屋へ戻る。
 すやすや、穏やかに眠るツムギ。頬に触れて撫でる。熱もないし呼吸も乱れていない。ひとまずは大丈夫そう、だな。……今日はマジで早く帰ってこよう。

 離れる前に、と。眠るツムギの唇に口付けたくて近づけば。

 ──ぱちん。

 細い指がオレの唇を押さえた。もしかしてツムギ、気がついた……?

「ツムギ、」
「キ、バナ……さ、ん?だめだよ……眠っちゃう、から……」

 そう言って口を閉ざす。目は開いていない。……え、無意識?オレの気配に反応した?だめだよ、眠っちゃうから。もしかして、ねむりごながつくから、ってこと?……フフッ、いや。それはそれで構わないんだぜ?もし眠くなったら一緒に寝ちゃお。後でみーんなから怒られるだろうけど。それでツムギの眠気が薄まるなら。
 唇を押さえるツムギの指にオレの指を絡めてそこから離す。そして遠慮なく、口付けた。

 もちろんオレが眠りに落ちることはなく、後ろ髪を引かれながら現場へ戻った。
 その数時間後、ツムギが起きたことをロトムが連絡してくれた。体に異常はなく気分も悪くない、むしろ眠ったことで頭がスッキリしているとのこと。何事もなくて本当によかった。

 現場検証も滞りなく終え、山のような書類も捌ききり、予定を前倒しで済ませて、宣言通りいつもより早く自宅へ帰れたことを……ここに記しておく。


戻る】【Topへ戻る