あなたを知っているわたし
真っ暗な空間に漂う。足場はなく掴むものもなく、ふわふわと浮いている感覚があった。
……うん、前にも体験したことがあるな?ブルーベリー学園のポーラエリアの海に落ちた後、この真っ暗で真っ黒な場所に来た。
相変わらず、変な場所だ。
──戻りたいか?
……知っている。私はこの声を知っている。特徴的な声。はっきりとした発音ではなく、揺れている感じのもの。戻りたいか?もちろん、戻りたい。叶うならキバナさんの、元へ。
──お前は選べる。ここか、向こうか。
ここか、向こうか。この世界へやって来て半年と少し。過ごした時間は元の世界が圧倒的に長い。でも、もう、私はここがいい。私の居場所はここだと、この世界に居たいと、心から思う。選ばなければならないなら……こちらを、選ぶ。
──決めたのならば、道は定まった。
道は定まった。……つまりどういうことだってばよ?こちらに居てもいい、ってこと?ええと、ありがとうございます。で、いいんだよね?
そうだ、この声の主に尋ねておきたいことがあった。聞いてもいいかな?……いいよね。きっと今後出会えない存在だろうし、聞いちゃえ!
どうして私は、この世界へ来たんですか?
──答えよう。一人の少女の願いを叶えたからだ。
一人の少女の、願い?それが私をここへ呼び寄せた理由?……誰なんだろう。アオイちゃんか、ユウリちゃん。どちらか……だと思うけど。
──否、どちらでもない。あの日、少女は願った。流星群の夜、強く強く願っていた。
“私たちに運命の人が現れますように” と。──
私、たち?願ったのが誰か、というのを話さないなら、その複数人の人物も教えてはくれないんだろう。なぜ私がここに来たのかまだわからない。
──物語の主人公たちからはお前たちの姿が見えている。幾万幾億もの主人公。彼らはみな等しく、お前たちの存在を知っている。最初から最後まで共に歩んでいる。そのことに気づかないのは“向こう側”にいるお前たちだけ。
物語の主人公……。それこそアオイちゃんやユウリちゃんのことだ。つまり?彼女たちは常にプレイヤーの姿が見えている?本当に?じゃあ、赤緑や金銀の時も……彼らは私の姿が見えていた、ってことになる。ヤッッバすぎ。ボンジュール!の彼を当時イジり倒した記憶しかない。主人公、伝えてないよね?赤緑の主人公は無口な設定だったはずだから、口外していないことを祈る。フラグになりませんように。脳内に最終決戦の専用BGMが流れてくる……!ピジョットの鳴き声までがセットだぞ!
一旦、深呼吸。
……声の主の言いたいことはなんとなくわかった。アオイちゃんたちに私の姿が見えた理由も。だからこそ、なぜ。キバナさんやカキツバタに私の姿が見えていたのか。教えてほしい。
──それは彼らも望んでいたから。己を想い、己が想える人物に出会うことを。膨大にある幾つもの世界で、お前は繋がった。世界を一つに繋げた。だからこそ私はお前を選び、この世界へ呼び寄せた。
言い回しが独特で理解するのに時間がかかる。ポケモンの世界はプレイするデータごとにそれぞれの世界があって、私はキバナさんと連絡を取れるようになったから世界が繋がった……。こちらへ来た?ってこと、かな。幾つもの世界。プレイヤーの数だけ世界がある。……それは確かに膨大に違いない。
キバナさんについては色々と納得できるけど、……カキツバタも?私を想ってくれていたの?……本人がいないところで勝手に知ってしまったのは申し訳ないけど……。そうだったんだ……。誰にでもあの距離感だと思ってた。違ったんだな。カキツバタは私にとって恩人で可愛いキョーダイ。想いの形は違うけど、カキツバタも大切な人に変わりはない。
声の主が少女の願いを聞き入れ、私とキバナさんがゲームとスマホロトムを通して繋がり、想いを通わせた。そして私はこの世界を選んで……これからも歩んで行く。
私、この世界に居ていいんだよね?
──お前は選び、応えた。それが全て。
その言葉の後、暗闇に一粒の光が現れた。そこから光が溢れ、広がり、真っ白に塗り替えていく。
そっか。わかった、わかりました。あなたが私をこの世界から弾かない限り、大丈夫だということを。把握。むしろ「帰れ」と言われてもしがみついて居座り続けてやりますよ!
……で、結局この声は誰なの?パルキア?ディアルガ?それとも、セレビィ?
──お前を見ていよう。遥か彼方、時空と次元の狭間から。世界を司る、アルセウスが──
ア……アルセウス!!巷で色々、良いも悪いも何とでも言われ放題になっちゃっている、あのアルセウス!?やっば。そんな人、ポケモンに見られてるとかビビり散らかすわ。やっぱり私なんて見なくてもいいです。問題行動を取らず、普通に暮らしますので。もっとこうさ、悪の組織とか!一般市民に害を成す存在たちに目を向けてもろて。お願いします。
だいぶ引けば白い空間に笑い声が響く。これだからヒトという生き物は。……前も同じセリフを言われた気がする。見守ってくれるんだろうけど、面白がられてもいるなぁ。
なんだかおかしくなってきて私もつられて笑う。よし!と気合いをひとつ。顔を上に向けて真っ白な世界を真っ直ぐ見つめた。
そろそろ、目を覚まさなくては。待っている人がいる。会いたい人たちがいる。私と一緒にいることを選んでくれたポケモンたちがいる。だから私は、この世界で生きていく。
貴重な話を聞かせてくれてありがとう、アルセウス。
◇ ◇ ◇
静かに目を開ける。今はもう見慣れた天井。ここはキバナさんの自宅。その家の私の部屋。寝たまま辺りを見渡せば、側にスマホロトムがいた。
ばちりと目が合えばビュン!と勢いよく浮いて私の体調を尋ねてくる。……確か、ラフレシアのねむりごなを吸って眠ってしまったんだっけ。さすがにまた二日間も意識を失ってた……わけじゃないよね?
──キバナにツムギが目を覚ましたことを伝えたロト!ツムギはまだ横になっててロト!
そう力強く言われては、聞かないわけにいかない。
三十分ほど横になり、気持ち悪さも熱もなかったので起きた。ぐっすり眠れて、頭がスッキリしてる感じだ。これって快適にお昼寝しただけでは?
自分の服を確認すると巡回用のTシャツから部屋着に変わっている。着替えさせてくれたんだ。……キバナさん、自宅に連れ帰ってくれただけではなく、そこまでしてくれたの?ちらりと確認した下着は手付かず。配慮してくれたとわかるので、素直に感謝。
お風呂に入ってサッパリしたら冷蔵庫にあるものでご飯を作ろう。冷蔵庫を見ながらロトムに私でも作れそうな簡単レシピを探してもらって、レッツ・クッキング!半年が経とうとも簡単な調理しかできません。そんなもんよ。
モンメン、ボーマンダ、私。三人揃ってご飯を食べる。食べていると、玄関から帰宅の声。お箸を置いてパタパタと急ぎ足で玄関へ。キバナさんは靴を脱いで上がるところだった。
「おかえりなさい、キバナさん」
「ツムギ、ただいま。体は大丈夫か?気分は悪くないか?」
「この通りいっぱい眠って元気です!ご心配おかけしました」
「ああ。本当に。心臓が止まるかと思った……」
ぎゅうぎゅうと強めに抱きしめられる。
「私もキバナさんの大事なナックルシティを、大切な街の人たちを……守りたかったんです」
「そっか。ちゃんと守れてた。かっこよかったよ、ありがとう……」
「ふふふ、よかったです!」
「あの後、ポケモンの群れはオレがしっかり追い払ったから、当分の間は群れでの襲撃はないと思う。……オレも油断してごめんな」
「いえいえ、キバナさんが謝ることなんてないです!素早さの高いルチャブルでしたね」
「野生ポケモンたちがコンビ技を決めてくるのは脅威だよな。警備の質も上げていかないとだ」
玄関でのハグもそこそこに、着替えたりシャワーを浴びたりとキバナさんも寛ぐための準備を始めた。晩ご飯はまだだと言うので、私たちが食べていたものをもう一度作る。
もちろんロトムの指示を仰ぎながら。
ご飯の後はソファーでポケモンたちの毛繕いや爪切り、表面を磨いたり汚れたところの詰まりを取ったり、綺麗にしたら保湿も忘れずに。それぞれあちこちのケアを行う。私はモンメンとボーマンダのお手入れを終えるとキバナさんの手持ちの子たちを手伝った。手持ち以外にも自宅にはナックラーとヌメラも居るのでその子たちもモチモチ触りながら綺麗に整える。
綺麗になって満足したポケモンたちは寝床へ。私とキバナさんも歯磨きと明日の準備。
「ツムギ、先に部屋へ行ってて?」
「?どちらの部屋ですか?」
「……オレの部屋で待っててくれるんでしょ」
「……あ、そういえば私が言いました、ね」
「ツムギの体調が悪ければ何もしないよ。けど、大丈夫なら。今夜は寝かしてあーげない!」
「お手柔らかに、お願いします……」
にっこり笑顔が解かれると、熱のこもった瞳で見つめられる。真っ直ぐ、射抜くように。
……うう、慣れない。半年経っても。キバナさんの全身で愛してくれる行為に慣れない。翌日が休みじゃないと本当に大変なことになる。……もちろん、その……嫌じゃ、ない。
自分の枕を持って、キバナさんの部屋へ。静かに部屋の中へ入る。……いい匂い。キバナさんの匂いがする。大きなベッドの端に腰掛けて失礼します、と誰に言うでもなく呟いて真ん中あたりへ移動。自分の枕を置いてキバナさんの枕に顔を埋める。
……はぁ、キバナさんの匂い本当に好き。
「……嗅ぎすぎじゃない?そんなに臭う?」
「臭うんじゃなく、好きな匂いなんです」
「匂いに惹かれるのは遺伝子レベルで相性が良い、らしいぜ。確かにオレら相性いいもんな」
「……たまに出るセクハラ紛いの発言は嫌です」
「事実を口にしたまででーす!」
トレーを片手に部屋へ入ってきたキバナさん。そのトレーの上にはコップ二つと、ウォーターピッチャー。お水を持ってきてくれたんだ。ありがたや。
「オレもツムギの匂い好きだぜ〜」
「匂いだけ、ですか?」
「なに、煽ってくるじゃん。ツムギの全てが好きだよ」
「っ、素面で言うのはすごいと思います……」
「言わせてるのツムギちゃんだけどね?それで、オレの部屋に来たらどうするんだっけ?」
「……敬語を崩す、約束です……」
「約束したよねぇ!敬語やめてー!」
……そうです、そういう約束をしました。キバナさんへは常に敬語を貫いていた私だが、ここだけは、キバナさんの部屋に来た時だけは口調を崩してほしい。と言われて……。首を縦に振ってしまったのだ。行為中の意識が飛ぶ直前に、ね!よくない……。よくないよねぇ!?理性も何もかもがトんでる時に約束するのは!よくないよ!
「部屋から家の中に拡大させたいな〜」
「まだ猫を被らせてください」
「はい敬語ォ!」
「くっ、……もう!普段の私は口調が良くないからキバナさんに聞かせたくないの!」
「猫被ってないツムギも可愛いのに」
「やだ」
「ほらもう可愛い。やだ、だって。嫌ですがやだ、に変わるだけでオレ昂っちゃうからね?」
「わー!知りたくなかった!」
「ツムギが言うからこうなるんだよ」
わぁわぁ言いながら隣へ来て横たわるキバナさん。私の首の下に腕を入れると抱きしめてくる。左胸に右手を添えると伝わる鼓動。余裕そうに見えて、心臓はとても忙しない。この音も好き。嘘偽りなく、私にドキドキしてるんだと実感する。うん、嬉しいと……思う。
抱きしめてくれるから、強く抱きしめ返す。
「キバナさん、服に手を突っ込んで背中を触っていい?」
「背中?……いいけど」
「わーい」
「っ、ゾワゾワする〜!」
「……何これ背筋やば……。キバナさん、背中にちゃんと筋肉がある!どうしたらこんなに立派な背筋が……?あっ、これ傷跡かな。引っかかれたみたいな……細めの傷が……」
「ツムギにも背中に筋肉あるよ。ただ柔らかいだけで。あと、その傷跡の犯人はツムギです」
「私。身に覚えが……。……あっ、ハイ……ありました……。ちゃんと爪は切ってるのになぁ。いや、違いますね、キバナさんごめんなさい!痛い……ですか?」
「ぜーんぜん痛くないよ。気持ち良いのをどうにか逃そうとしてて、でもキバナさんから離れたくない〜!って、縋る姿にオレはめちゃくちゃ興奮するし」
「あ"ぁーーーー!!ややややめてください、ごめんなさい!今後は気をつけます!」
「敬語〜!別に気をつけなくていいの。嬉しいから今後もしっかり抱きついてほしい」
照れさせようとしたのに私が照れてしまった。そのまま背中を触っていたら、私の背中にも大きな手が入ってきて、スルスルとまさぐられる。背中に脇の下、うなじ。大きな手のひらと長い指が触れて、くすぐったい。そして器用に下着のホックを外してしまう。
「オレも触っていい?」
「もう触ってるぅぅ……!」
「ツムギ、服脱ごっか」
耳元で囁かれ、ぶわっと体温が上がる。頬にも熱が集まってきた。私が頷くのを見て先に服を脱ぐキバナさん。すっごくスタイルがいい。全く見慣れない。どう頑張っても見慣れない。
脱がしてあげよっか?とニコニコ顔で尋ねてきたので思いきり首を横に振った。恥ずかしすぎる。体を起こしTシャツの中に腕を入れ、もぞもぞ動く。腕を引っ込めたままベッドの端に移動して下着を枕元に置いた。またもぞもぞ動いてキバナさんの元へ戻る。
「……脱いでなくない?」
「だって恥ずかしい……」
「もう全部見てるのに?」
「とってもスタイルの良いキバナさんと私とじゃ天と地の差があるでしょ!平凡で平均的な体を見られることに慣れるわけがないんですー!」
「意味わかんない。可愛い」
「可愛いくない!」
「可愛いよ、出会った時からずっと可愛い」
キバナさんに捕まると腕の中へ包まれた。私が何をしても可愛いしか言わないマンになってる。こうなったらもうダメです。愛でられるだけです。
額から順にキスの雨が降る。大きな手のひらが頬を撫で、耳に触れて、後ろ髪を梳く。
「好きだよ。ツムギが……大好きだ」
返事の変わりに私から唇を合わせた。すると嬉しそうに、幸せそうに笑うキバナさんを見て……ときめく。キバナさんこそ、どんな時も格好よくて可愛い。
私なんかが隣に居ていいのかな?という葛藤は未だにある。ある……けど。私以外の誰かがキバナさんの隣にいるのを見ることは嫌だと思う。優しく触れる指が、愛おしそうに名前を呼ぶ声が、……私を映す綺麗なシアンの瞳、が。自分以外に向いてしまう、なんて。
想像すら、したくない。
「キバナさん、好き。だいすき……」
「ん。嬉しい、ツムギかわいー……」
ああ、自分にもスイッチが入ってしまった。もうキバナさんしか見えない。
触れたい、触れてほしい。求めるような目で見てしまう。何度も触れるだけのキスを繰り返していたら、後ろ髪を梳いていた手が後頭部に固定されて唇を舐められる。そうして食べられるようにキスをされた。
「……ね、敬称外して呼んで?」
「けい、しょう……?」
「そう。キバナ、って。呼んでほしい」
「……いや。やだ。キバナさんは、キバナさんなの……」
「えっちの時だけでいいから」
「……無理」
「ツムギ、焦らされるの好きじゃないでしょ?」
「そ……それとこれとは……っ!」
「オレは焦らされて身悶えるツムギにもすげぇ興奮するけど?ほら、オレの名前呼んで?」
「キ、っ……キバナ、……さん」
「さん、はいらないよ」
だ、だからぁ!行為中にそういう!大事なことを!求めないでいただきたいわけ!もう脳内溶けてきてるからイエスしか言えなくなるんだよ、私は!
無理だよ、呼べない。キバナさんはキバナさんなんだよ。敬称込みでキバナさんなんだよ!
恨みがましい目で見てもどこ吹く風。むしろニヤニヤしている気がする。くっ、それなら、いつか呼ぶ日が来たら。キバナさんが照れるようなタイミングで、呼んでやるんだからね!
今は!絶対に!敬称を取って呼びません!!
「呼ばないと触んないよ?」
「呼ばせたら触らせないよ」
「ぐっ……!?ツムギ、我慢できるの?」
「キバナさんこそ、我慢できるの?」
「ぐぐぐ……!言うじゃねぇか……」
「我慢するから、キバナさんも我慢してくれる?」
「できるわけないです……。ちぇ、今回はオレが折れるかぁ」
「ふふ、キバナさん優しい。好き。キスして?」
頭上から「可愛すぎるんだが……?」と声が聞こえる。自分で自分を可愛いとは思わないけど、キバナさんがそう言って愛でてくれるのは嬉しい。キバナさん、自己肯定感上げてくれる天才なのでは?ふふっ、と小さく笑みをこぼせば顎を掬われ、唇を食まれた。触れるだけだったキスが深くなっていく。
翻弄して、翻弄されて。離れてもすぐにくっついて。
触れて、重なる。熱を纏った私とキバナさんは心も体も夜の帳に溶けていった。
◇ ◇ ◇
野生のポケモンたちがナックルシティへ襲撃してきたあの日から、一ヶ月ほど経ったある日。
ナックルスタジアムのロビーは混迷を極めていた。
「早くキバナに会わせてくれる!?」
「ですから……キバナさまとアポを取っていないのであればお通しすることはできません」
「できるでしょう!?だって私は!」
キバナと結婚……するかもしれない女なのよ!
……そう。キバナさんのことが大好きで直接会って想いを伝えたい!と言う女性が現れたのだ。スタジアムの受付に訴えてもここはポケモンリーグ本部の管轄でもあるので、門前払いされるのは当たり前というか……。せめて宝物庫の方へ来るなら……、うーん。それはそれでレナさんからより強い門前払いを喰らうだけかな……?
好きな人に想いを伝えたい。その気持ちはわかる。私も想いから目を背けていた分、好きという言葉は本人にちゃんと伝えたい。……わかるよ。わかるけれども。
ここは大衆の面前。キバナさんのお膝元、ナックルシティのスタジアム。つまり周りはキバナさんのファンもいれば、スタジアムを見学しに来た一般のお客様だっている。受付スタッフを困らせ、大声で想いを叫び、周りが引いた目で見つめる。こういうことが起きて一番困るのは誰か。……そう、あなたの好きなキバナさんなんですよ……?わからないか……?
ワイルドエリアの巡回へ向かう前にヒトミさんからスタジアムスタッフへ言伝を頼まれた私は、この光景に足をビタァッ!と足を止めた次第である。野次馬です。
今は受付の方に声をかけられないな。と、判断してユニフォームショップへ。
「お疲れ様です。宝物庫より言伝を頼まれたのですが……。どう見ても取り込み中みたいなので、こちらでお伝えとメモをお渡ししてもよろしいですか?」
「お疲れ様です。はい、こちらで……承ります」
「こういうこと、よく起こるんですか?」
「そうですね……。以前はよくありましたね。最近は婚約者の公表もあり、だいぶ落ち着いてきた……と思っていたんですが。やはりキバナさまの人気はそう簡単に衰えませんねぇ」
「もしかしてこれも炎上する要因の一つだったり……」
「確実に一つでしょう……」
遠い目をしながら対応するスタッフの心労が気掛かりすぎる。……うん、私は私の仕事をしような。口頭で伝えた後、メモも書いて手渡す。
もう少し野次馬したかったが、巡回の時間が迫ってきた。ショップのスタッフさんへ挨拶し、スタジアムを後にしようと出入り口に向け歩を進める。
今日はハシノマ原っぱへ向かう。周辺の木の実がなる木々の状態も確認するよう指示を受けている。ホシガリスならまだしも、ヨクバリス数体が木の上に乗ってしまうと軋んだり折れたり、とにかく木が痛む。木を揺らすトレーナーの上に落下して怪我させることも問題になっているし、定期的な見回りは本当に大切だ。
向かう途中の天候が砂嵐と雨だったので、ゴーグルを装着。保護用ボールは持った。その他アイテムもある。エルフーンとボーマンダの体力は満タン!よし、それじゃあ行こう!
「あっ!来てくれたのね、キバナ!」
女性の大きな声に周囲がどよめく。私も思わずもう一度振り返った。「えっ、本当にこの人が婚約者……?」「大丈夫なのか、キバナさま!?」「襲撃があった日に見た人とは違うような……」「あーあ、こりゃまた炎上だな!」「話題に事欠かないわねぇ」
……などなど。周囲の言葉が耳に届く。女性は興奮しつつキバナさんに近寄っ……あ、近寄れはしないみたい。リョウタさんのガードが固い。ジムトレーナーって護衛も兼ねてたっけ?……ああ、なるほど。キバナさんよりリョウタさんの方が怒ってるんだ、これは。
「失礼ですが、あなたはどなたでしょうか」
「あんたこそ誰?私はキバナに用があるの!」
「本日のキバナさまのスケジュールに、あなたと面会する予定は入っておりませんが?」
「予定がなくても会えるのが恋人でしょう?」
「……あなたがキバナさまの恋人?」
「そうよ!婚約者、ってのも私のことなんだから!……多分!」
ちらりとキバナさんを見上げるリョウタさん。あ〜〜!見上げるというか、ジト目で睨むというか!この事態を早急に収めてください。的な圧を放ってる!遠くの私にも伝わる!
「えーと。きみはオレさまのファンの子だよな?その熱烈な想い、ちゃんと受け止めたぜ。ありがとうな!」
リョウタさんの後ろから声をかけて、にぱっと微笑むキバナさん。それよそれ。その素敵な笑顔!出発前にキバナさんの笑顔をひと目見れて満足しちゃった。
……私がここで野次馬してるなんてバレたら、ちょっと面倒なことになりそうだな。
「受け止めたってことは!私をあなたの恋人に、婚約者にしてくれるってことよね!?」
「そういう意味じゃないよ?きみの想いはオレさまに伝わったってこと。その想いに応えることは出来ないけど、これからも応援してくれると嬉しいぜ」
「え?でも恋人はいないんでしょ?」
「ごめんね、プライベートのことだから」
「いないなら断る理由なくない?私、きっとキバナの力になれると思うの!SNSのフォロワーも多いのよ?ネイルも今日はキバナカラーなの!」
ほら!なんてネイルを見せるイケイケなお姉さん。お、落ち着こう?話の曲解もすごいな!?キバナさんを見てください、目が!据わってきてる!ハイライトも消えちゃう!
キバナさんが現れたことでテンションを上げてしまったその人。
おもしれー男には、おもしれー女が寄ってくるんだなぁ。……なんてね。
さて、いい加減に巡回へ向かおうかな!お姉さんの言動にキバナさんがどう返すのか見たかった。それも本音だけど!帰ったらぎゅうっと抱き着きながら教えてくれるだろうし、心配するようなことはきっと起こらないでしょう!ってことで、私は仕事離脱。
「そこのワイルドエリア巡回員さーん」
キバナさんの素敵なお声がロビーに響いた。
……おっ、ふ。ワイルドエリア巡回員。私か?ぐるりと見渡しても巡回姿のスタッフは私しかいない。まさかすでに見つかってた……?いや、キバナさんが現れる前にゴーグルしてたし、巡回用ジャケットを着て体型は隠れている。帽子も被っているからパッと見では私だと気づかないはず。気づかない……はず、なんだけど。
踏み出した足を止めてキバナさんの方を向いた瞬間。
「良いタイミングでここにいるなぁ、ツムギちゃん!」
いつの間にやって来たのか目の前に居たキバナさん。瞬歩でも覚えてるのかな?肩をがっしり組まれてぐっと体を折り耳元で名前を囁かれた。お仕事前にごめんね。と頬ずりもされる。マーキングされてますねこれは。ほんとにもう、可愛い人だなぁ。
ゴーグル越しに私と目を合わせるとにっこり笑う。そして、すぅ、と息を吸って。
「オレさまには、恋人で婚約者がいる。週刊誌にも載ったしオレさま自身でそう投稿もした。もちろん全て本当の話だぜ?こちらのワイルドエリア巡回員の彼女がそうさ。おっと。ナックルのスタッフだからって彼女を撮るのはやめてくれよ?一般人だからな?」
さらに周囲がざわざわし始める。大丈夫なのかな。キバナさんのことだ。考えがあって今、こうして紹介しているのかもしれない。離れたところにいるリョウタさんは静観していた。
やれやれと首を横に振っていないところを見るに、良い機会だから言っとけ!的な……?
「そんな泥だらけ、汗まみれになる仕事をしている人がキバナの恋人なの?ええ〜?どっかのお嬢様が相手だと思ってた。だから意外〜。キバナと釣り合わなくない?」
「そう?ワイルドエリアのポケモンたちのため、ナックルシティに住むみんなのために働いてる彼女を、オレさまは誇らしく思うけど。それに、オレさまの彼女は気安い言葉遣いはしない。相手を思って言葉を使う。スタジアムのスタッフにもジムトレーナーの仲間にも、誰に対しても誠実な態度で接してくれる。オレさま、そういうところもめちゃくちゃ好きなわけ」
すごい寄りかかってくる……!腕も絡みついてくる。本当に大丈夫これ!?女性を煽ってない?そして何より私が居た堪れなくなってきた。くうぅ当事者!恥ずかしいな!
「SNSをやってないからフォロワーはいない。爪も切り揃えてるから短いよ。でもそれはポケモンたちが傷つくから、って理由。砂嵐の中も雨の中も迷いなく突っ込んで行く。彼女、ポケモンが大好きなんだ。オレさまが忙しくて帰れない時は苦手な料理を作って置いててくれる。職場や現場に突然押しかけてくる、なんてこともしないよ。むしろオレさまが働いているところへに絡みに行ってるかな?愛しくて仕方ないんだ」
ひえええ。本人を、私を前にして全力で惚気ておられるこの人!
くうっ、照れる……。ゴーグルしててよかった。
「……ちょっとツムギ。可愛く頬を染めないで?ゴーグルしててもわかるの。その顔、オレ以外に見せるのはダメだからな?」
それなら耳元で囁くのもやめてくださるとありがたいんですけどね!?私に効果抜群だよ!
そして一人称の使い分けがエグい。周りに話す時は“オレさま”で私の耳元だけ“オレ”。マジでこの人やばい。心臓がギュンってなる。思わず下を向いてしまいそうになる、けど。ここは真っ直ぐ立たなくちゃ。キバナさんの隣にいるんだ。
「オレさまが想う人は彼女だけなんだ。彼女以外の女性に心は動かない。断言出来るよ」
「そ、そんなことないでしょ!?私とも付き合ってから決めたらいいじゃない!」
「随分自信があるんだな?」
「ええ!私は私を磨き続けてきたの!当然よ!」
「自己研鑽は良いことだ。まぁ、だからといってオレさまがきみと付き合うことはないな」
──どうして!?私の方がキバナの隣に相応しいわ!
お姉さんの発言に、ロビーが静寂に包まれた。
ふーーーー、と長めに息を吐くキバナさん。少しずつイラついてますね……。それはそう。あのお姉さんもなかなか諦めない。すごいな、なんてどこか他人事のように成り行きを見守る。
「オレさまの隣は、オレさまが決める。この先の人生、一緒に歩むなら彼女がいい。ポケモンたちを愛して、オレさまを愛してくれる。ナックルシティを愛してくれる、そんな彼女とずっと一緒にいたい。彼女が隣にいてくれることがオレさまの幸せなわけ」
「……っ、私はバトルだって強いのよ!」
「ふぅん。そっか、じゃあ戦ってみる?」
……え?戦ってみる?だ、誰が!?誰と!?
勢いよくキバナさんを見上げれば、良い笑顔。
つまり?私とこちらのお姉さんが、バトルするの?
正気か?
「──何を言ってもわかんねぇならバトルで思いきりブチのめせば流石に理解すんだろ……。ツムギ、遠慮はいらない。やっちまえ……!」
「相手に聞こえていないからって物騒なことをつらつらと口にしちゃダメですよキバナさま」
「いやもうオレさま限界よ?我慢してる方!」
「確かに我慢はしてる方ですね」
「でしょ?」
でしょ?じゃないのよ。もう少し我慢してください。
……キバナさん、困ってるっぽいし。仕方ないか。
ひとつ頷けば周りのギャラリーが浮き足立つ。「あの人がキバナの本当の恋人!?」「ワイルドエリアを見回ってる人だよね!?」「ねぇ、今すごい惚気聞かされなかった!?」「この人が恋人だってんなら、バトルも面白いことになるな!」「バトルコートへ行こう!」……などなど。みなさん楽しみ始めてやしないかい?
リョウタさんへ視線を送れば肩を竦ませていた。容認されちゃった。後には引けない。
──宝物庫近くのバトルコート。
「シングルとダブル、どちらがいい?」
「あら、私が選んでいいの?じゃあシングルで」
「手持ちの数は、」
「私は三匹いるわ」
「わかった。戦えるポケモンがいなくなればそこでバトル終了。それでいいな?」
「勝った方がキバナの恋人ってことよね?」
「……そんなこと一言も言ってないぜ?」
「あら!キバナは恋人が勝つとは思ってないのかしら?ふふふ!」
……キバナさん、キバナさん。女性があなたの方を見てない瞬間を見計らって、親指立てて首元を横一線に切るのはやめましょう。とてもお行儀が悪いです。ギャラリーもいます。そのアクションはやめておきましょう。
勝った方がキバナさんの恋人、ね……。
このバトルを仕切ってくれるのはリョウタさん。ナックルジムのジムトレーナーとして中立な立場で判断します。とのこと。信頼できる。
「では、常識の範囲内でのバトルをお願いいたします。周囲の皆さんへ攻撃技が当たったり、公共物を壊すような動きをした時点でバトルは即中止、無効とします。よろしいでしょうか。それでは……始め!!」
「いけっ、ブリムオン!」
おお。ブリムオン!ちゃんと育てているんだ。
お姉さんが強いというのは嘘じゃないかもしれない。
「出番だよ、エルフーン!」
ルルフーン!元気な鳴き声で出てきたエルフーン。ふわんふわん!と浮かぶエルフーンがブリムオンの姿を視界に捉えた。そして私へ振り返る。巡回じゃなくてバトルだよ〜!
エルフーンを出したら、ギャラリーが少しザワッとした気がするけど……。なんでかな。
いかんいかん、バトルに集中!まずはブリムオンの素早さを下げよう。
「エルフーン、わたほうし!」
「ブリムオン、サイケこうせん!」
こちらの技を避けないブリムオンの足元へわたほうしが引っ付く。……おや?素早さは私のエルフーンが上だったか。わたほうしに足を取られたブリムオンのサイケこうせんは、合図を出したタイムングで上手く避け、エルフーンには当たらなかった。
ふわりと地面に降り立つエルフーン。こちらの攻撃を避けなかったのは気になるが、相手は高火力の技を覚えているようだから、そこは気をつけておかないと。
「どくのこな!からの、にほんばれ!」
「ブリムオン、構わないわ!サイコキネシスよ!」
なにが構わないんだよ!?構え!足元はわたほうしが邪魔して動きづらいでしょ!だから命中率の低い毒の粉も確実に当たっちゃうの!せめて避けて、とか、念力で当たらないようにするとか、わたほうしを吹き飛ばすとか、もっと指示を出さんかい!ブリムオンは避けたいだろうに動かずまともに毒を喰らった。……そんな状態で集中してサイコキネシスを撃てるとでも?無理だからね。
ここはゲームの中ではない。紛れもなく現実だ。ポケモンバトルはリアルタイムで戦況が変わる。ターン制バトルなんかじゃない。トレーナーの指示ひとつでバトルは不利にも有利にも動く。動かせることができるんだ。トレーナーズスクールの初期も初期に習う、トレーナーとしての基礎だ。って先輩巡回員から聞いたぞオラァ!
そしてさっきからチラチラとキバナさんを横目で見つめるな!今はバトル中でしょうが!自分のポケモンとバトルしている私たちに集中してくれ!
……ブリムオンには悪いけど私も負けるわけにいかない。成り行きとはいえ、勝った方がキバナさんの恋人だと言えるんでしょう?……それなら尚更。
「エルフーン、遠慮はなしだよ!ソーラービーム!」
「エルルーン!」
にほんばれのおかげで力を溜めずにすぐ撃てる。素早さを下げられ、毒状態でフラつくブリムオンへ容赦なく放ったソーラービームは逸れることなく真っ直ぐ当たる。
悔しそうな鳴き声と共にブリムオンは倒れた。
「やだぁ、本気すぎてキモ〜い!」
おうおう、本気じゃないバトルなんて出来レースでしょうが!真面目にやれって言っていい?リョウタさんへ視線をやれば首を振られた。我慢しろ、ダメだ。ですってよ!ちっ。
「ブリムオン、戦闘不能!」
「仕方ないわね、次はユキメノコ!」
……ユキメノコ。めざめいしで進化する子だ。ちゃんと進化方法を理解、してるんだよね?ブリムオンにしろユキメノコにしろ、最終進化までさせているところを見るに、トレーナーとしてきちんと育てている。はず、なのに。バトルの仕方がなんというか……こう、素人すぎる。とても勿体無い。バトルを始めて半年の私がこう感じてるんだから、キバナさんやリョウタさんから見たら……額に青筋ものじゃないだろうか。ちょっと二人の方を見れない。
にほんばれが続いているからエルフーンで削ることも出来るけど。相手はおそらくまた高火力の技を使うだろう。……エルフーンもボーマンダもどちらも相性はよくない氷タイプ。
一度、エルフーンには戻ってもらおう。
「お願い、ボーマンダ!」
ボールから出てくるとズシン……!と重めの音を出し低い鳴き声と共に着地する。やはり何度見ても登場が格好良いんだよねぇ!惚れ惚れしちゃう!
ここで再びギャラリーの方々がざわつく。さっきからなんだろう。エルフーンもボーマンダもそんなに珍しいポケモンだったっけ?ざわつく理由がわからん。
──こっちの巡回員、やっぱりあの時の人だ!
──あの時って野生の群れが街へ入ろうとした時の……?
──ああ!ルチャブルとラフレシアを倒した人か!
──なるほど、通りで見覚えがあったわけだ!
聞こえました。あの時のことを覚えてくださっていたんだ。ラフレシアのねむりごなで眠らされちゃったけど、侵入は阻止したあの事件。……嬉しいような、恥ずかしいような。
ユキメノコの初手はこおりのつぶて。先制技だ。先制技だが必中するとは限らないわけで。ボーマンダは上手く軌道を読んで避けてくれた。全部当たらなかったのは大きい。タイプ一致のこおり技は効果抜群で痛いんだよ……!……でもあられじゃなかったな?あられからのふぶき、じゃないの?天候が吹雪なら必中なんだよ?やっぱり戦い方が勿体無い!
フラグになっても嫌なので、かえんほうしゃでユキメノコを沈める。まさかの一撃で倒れるとは。……もしや持ち物、持たせていない感じ?ステータス上げもしていないな?
「ユキメノコ、戦闘不能!」
「信じらんない!こんなに弱かったっけ?」
弱くない!ポケモンたちは弱くないんだよ!
喉の奥から飛び出しそうな言葉をグッと堪える。堪える必要、あるのかな……。
二匹目を倒されたのにキバナさんへ視線をやってる場合か!?まだ集中できないの?戦ってる自分のポケモンたちを見ずに、このお姉さんは……!
最後に繰り出してきたのはラプラス。えっ、ラプラス?本当になんで先ほどあられを出さなかったのか。環境を有利に変えれば相性で上をとり、無双できたのに。もし今、天候があられで吹雪を撃たれていたら私のボーマンダといえど相当痛手を負っただろう。
小さく息を吐いてラプラスを見つめる。よし、攻撃力を積もう。耐久値の高いラプラスにコツコツ攻撃してもいいけど、賢いラプラスのことだ。上手く躱される気がする。というわけで、りゅうのまいだ!水の攻撃は避けられるものと避けられないものがある。少しずつボーマンダの体力が削られていく、が、まだ倒れはしない。何度かりゅうのまいを積んでることもあり、戦う意思も折れていない。
「このままじゃジリ貧ね……、一匹くらい倒させてもらうわ。ラプラス!」
ほろびのうた。
「っ、そうじゃないでしょう!」
「!?」
たまらず大声を上げた。我慢出来なかった。ギャラリーは私を見つめ、目の前の女性も私を見る。
「あなたのポケモンたちは!あなたのために戦ってるんですよ!?あなたの想いに応えようと、勝たせてあげたいと指示に従っているんです!本来なら私たち人間なんか簡単にぶっ飛ばせる力を持っているポケモンが!あなたを自分のトレーナーと認めて。バトルの場に立っているんです!」
これは許せないよ。見過ごせない。一匹くらい倒させてもらうわ?勝てる見込みがなくなったから、ほろびのうたを放つ?その技を使えばお姉さんには交代できる手持ちがもういないからボーマンダが倒れると同時にラプラスも倒れてしまう。もしくは、私がボーマンダを引っ込めてエルフーンに交代してしまうと倒れるのはラプラスのみ。せっかくラプラスがこちらの攻撃を避け、どうにか勝とうとお姉さんの指示にも応えているのに。……それでも、戦闘不能になってしまうと分かっていても、ラプラスはほろびのうたを歌うだろう。だって、ラプラスの……己のトレーナーがそう指示を出したから。全幅の信頼を、お姉さんに寄せているから。
「あなたは一人で戦っているんじゃありません!自分のポケモンを見てください。相手の、私のポケモンを見てください!何をしようとしているのか、どんな技で応戦するか、避けたらいいのか、判断を委ねないであなたが決めてください!!彼らのトレーナーは、彼らが信じて見ているのは、あなたなんですよ!」
ハッ、と。息を飲んだ女お姉さん。頼むから響いてほしい。
ポケモンたちが報われないのは……悲しすぎる。
「バトルの理由はキバナさんですが、バトルが始まったらキバナさんを忘れてください!」
えっ?と本人の困惑声が聞こえた。……今は無視!
「自分を磨くのは結構です。あなたは私よりとても素敵な女性だと思います。ですが、ポケモンバトルにおいては私の方が輝いていますからね!」
「あんた、何言ってんの!?」
「なぜかわかりますか!?」
「わ、わかんないわよ……!」
「私とエルフーンとボーマンダは!」
同じ気持ちでバトルしているからです!
あなたに勝ちたい、負けたくないと!思っているから!
「ポケモンはアクセサリーではありません。自分の意思を持つ生き物です!不思議な不思議な、生き物です!そんな彼らが力を貸してくれるから私もあなたもこの場に立てています!舐めたバトルをするあなたには、容赦なんていらないですよね!」
ラプラス!!構えなさい!
声を張り上げるとラプラスは力を入れて構えた。
「ボーマンダ!その人の目を覚させてあげよう!渾身の力で!ドラゴンクロー!!」
バトルを見ずにキバナさんばかり見てるから、何度りゅうのまいを積んだかわからないでしょう!最大まで上げたよ!この技がどれだけの威力があるかわからないでしょう!?計算、してなさそうだもんねぇ!いくら耐久値が高く体力があるラプラスといえど、攻撃力を最大まで上げたこの一撃で、倒れないわけがないんだよ!
お姉さんは唇を震わせながら、声をあげた。
「ら、ラプラス……っ、ダメ!避けて!」
「次はもう少し早く判断してください!」
避けて、の声に反応したラプラスは咄嗟にヒレを動かし……急所を避けようとした。トレーナーの一言でポケモンは察する。いつもと違う、焦る声でわかってくれる。
──なぜならポケモンはいつもあなたを見ているから。
素早さも上がっているボーマンダのドラゴンクローは見事に決まった。ただ、急所には入らず積みに積んだ攻撃力のおかげで倒れてくれた。
やっぱりラプラスはポケモンたちの中でトップクラスに賢い。
「ラプラス、戦闘不能!勝者……、巡回員!」
リョウタさんの言葉でバトルが終わる。私は一度、相手に頭を下げた。そしてボーマンダに駆け寄り、頭や顎下を撫でる。ラプラスの攻撃に耐えてくれてありがとう。お疲れ様。今日も格好良かったよ!私ももっと、バトルの研鑽を積むね……!ぎゅうぎゅうに抱き着いた。
クルルゥ、と鳴いて擦り寄ってくれるボーマンダ。格好良いと言ったけど、今度は可愛いんだよなぁ。私のボーマンダは両方を兼ね備えているっ!
ひとしきり撫でたあと、バトルしたお姉さんの元へ。
「……バトル、ありがとうございました」
「……あんた、強いのね」
「そうですね、私のポケモンたちは強いです」
「……そう。そうね、私が弱かっただけ」
ちょっとだけでも、目が覚めました?
尋ねてみると小さく頷いてくれた。頑張ってくれたのはポケモンたちだとわかったようだ。……若干、涙目になってる気がしなくもないけど。しっかり握手を交わしてくれた。よかった。
「キバナはあんたに譲るわ」
「譲るもなにも、最初から私のキバナさんです」
「……なぁに、あんたそういう性格なわけ?」
「ふふ、冗談です。言い返してみたくなったんです。真っ直ぐな想いは素敵だと思いますよ」
「それなら譲ってくれない?」
「私に勝てるようになってから言ってください」
「あんたやっぱそういう性格じゃん!」
そりゃ、まぁ、ね。譲る譲らないの話ではないけど、キバナさんは大事な人で離せない人だから。そう簡単に譲ることなんてできない。
お姉さんは憑き物が落ちたようにスッキリした表情で笑った。そしてキバナさんへ向き直る。
「キバナ!あんたの恋人、おっかないわ!」
「ははは、そこも魅力の一つなんだぜ?」
「あと、ポケモンへの愛が強すぎ」
「それはオレさまも完全同意〜!」
「なに同意してるんですか、キバナさん」
「間違っちゃいないだろう?」
「間違ってはいないですけど」
「……あんた、キバナとお似合いだわ」
私、この子たちと真面目に向き合うから。だからまた、あんたとバトルしたい。
そう言ってキバナさんには目もくれず、真っ直ぐ私を見つめるお姉さん。彼女の言葉を信じよう。ひとつ頷いて「ぜひ。待っていますね」そう返した。
バトルが終わり、お姉さんが大きく手を振ってバトルコートからいなくなると観戦していたギャラリーの皆さんも解散していく。「面白いバトルだったなぁ」とか。「ボーマンダって近くで見るとマジで迫力あるな」とか。「キバナさまの恋人ってだけはあるね」とか。「強いし、ポケモンに情熱のある人だったんだな」とか……。様々な感想が飛び交っていた。
……楽しんでもらえたなら何よりです。
キバナさんとリョウタさんが近づいてきて、お疲れ様!と声をかけてくれる。私も同じように言葉を返す。そういえばキバナさん、予定があったのでは?私も巡回へ向かわないと。出勤時間を大幅に過ぎている。
「勝った方がオレさまの恋人、だったよな」
「今の女性が勝手に提示したルールでは?」
「そうだけどぉ!でも実際ツムギが完勝してくれたじゃん?これで名実共に大声でオレさまたちは恋人だぜ!って言えるわけだ!」
「キバナさまはこれだから……。ツムギさん、お引き止めしてすみません。ワイルドエリアの巡回、どうかお気をつけて」
「それオレさまのセリフじゃない?リョウタ?」
お二人にお礼の言葉を伝えて頭を下げ、急いでワイルドエリアへ向かおうとした。
……が。
「待ってください、巡回員さん!」
見知らぬ男性に呼び止められた。
私の顔見知り……ではない。ナックル市民の方かな?
「僕、あの時……ワイルドエリアの野生の群れがシティ内へ入ってこようとした時、ルチャブルとラフレシアを倒したあなたに一目惚れしたんです!今のバトルも、女性にかけた言葉も、とっても感動しました!もし、よければ僕と……!」
「僕と……?なに?付き合ってくれ、って?」
背中にぴったり体をつけてきたキバナさん。長い腕が私の体に絡み、抱きすくめられる。いつの間に背後に来たんだ。リョウタさんの慌てた声と走ってくる音が聞こえる。
この状況……いったい、何が起きて……?
「さっきから散々言ってると思うんだけどね?この子は正真正銘、オレさまの恋人なんだ」
「それって先ほどの女性を煙に巻くための嘘だったんじゃないんですか?」
「嘘。オレさまが嘘をついていると思ったから告白したんだな?」
「はい!巡回員さんは強くて凛々しくて、とても魅力的です!」
「うんうん、わかるわかる。それに真面目で誠実!さらには可愛いし魅力満載だよなぁ」
男性の言葉を肯定しながら背後からのハグを解き、キバナさんの方へ体を向き直される。するとおもむろにゴーグルを外し片手で頬を撫でられた。優しげに私を見つめる瞳が、なんだか不穏な光を宿している。……ように見える。おっとこれは嫌な予感。
「オレさまの愛しい恋人に告白する……ってことは、つまり、だ。オレさまに対する宣戦布告、という意味で間違いないよな?オレさまの恋人を奪おうって言うんだ。あんたのその覚悟、見せてもらおうか……!」
強い視線で男性を見……睨む。男性は「ヒッ」という怯えた声を上げた。キバナさん、威嚇にしてはやり過ぎじゃない?超至近距離にいる私もその鋭い眼光に怯んでしまう。
声をかけようとキバナさんを見上げた、瞬間。
「ツムギはオレさまの、だもんな?」
優しく唇を重ね、リップ音と共にすぐ離れた。……かと、思ったが。
今度は悪い表情を浮かべ、口角を……上げて、私に微笑みかける、と。
バトルコートのド真ん中でディープなキッスをかましてきた。
いやここ普通に往来なんですけどーーーー!?それにバトルコートは公共施設!ちょっと待って、なんで、何をして……!?意味がわからないし脈絡なさすぎ……っ、突然の事で息がもたないっていうか鼻で息をするのを忘れるくらい私も焦り倒してる!苦しい!空気を奪うような深いキスに誇張ではなく溺れてしまう。酸素が足りない……!それにギャラリーが減ったとはいえ、人がいるところでのキスとか嫌すぎる。
ぎゅっとドラゴンパーカーを掴んでやめてほしいことを目で訴えた。目が合って訴えを理解してくれたはずなのに、ゆるりと目を細めて笑うだけで止めてくれない。
私が眉間に皺を寄せたところで、ようやく少し唇を離してくれた。
「キバ、ナ、さ……っ」
「は、かわいー声。オレさまのこと、もっと呼んで?」
「だ、めです、だってここ、外ですよ……!やめてください、」
「やめないよ?だってここまでしなきゃわかってくれないんだもん」
そう言ってちらりと男性を横目に見たキバナさん。私の頬を両手で包んでいるので私からは男性の姿が見えない。すぐに視線を私に移し真っ直ぐ射抜くように見つめてくる。
「オレさま、ツムギのこと大好きだよ。ツムギもオレさまが大好きでしょ?」
「そ、そうですけど。でも今ここでキスするのは……」
「ツムギに触れてるのはオレさま。ツムギに触れていいのはここにいる他の誰でもない、オレさまだけ。キスするのもそれ以上も、オレさまだけ。そうだよな?」
「う。はい、キバナさん……だけ、です……」
「フフッ、可愛い。オレさまとキスするの、好きだもんね?」
指が耳たぶを弄び、ちゅ、ちゅっと触れるだけの口づけを何度も繰り返す。そして顔を耳元に近づけると、ふうと息をかけられ思わぬ行動に肩がびくりと跳ねた。
「──なぁ、ツムギ。“オレ”しか見えないだろ……?」
夜の情事を思わせるような、色を含めた艶めく声に脳が混乱する。思考が揺れる。私に触れる大きな手のひら。熱を帯びた視線。優しいキス。
……キバナさんしか、見えなくなる。
「ツムギ、愛してるよ」
「キバナ、さん。すき……。すきです」
私を覆い隠すように抱きしめてくるキバナさん。やばい、ちょっと蕩けさせすぎちゃった。他の人に見せたくないからしばらくこのままな。……そんな言葉でワンテンポ遅れて我に返る。再び戻ってくる羞恥心。言わされた。間違いなく言わされた。恐ろしいよキバナさん。恥ずかしい、信じられない。……あー、完全に飛んだね、意識。
この際だから気を失いたかった。それなら恥ずかしさも……多少薄れていた、かもなのに。
「キバナさま!!」
するとようやくここでドクターストップならぬ、リョウタさんストップが入った。キバナさんを諌めることができる貴重な人物!リョウタさまぁぁ!
力強く私を抱きしめるキバナさんと私の間に腕を入れて、主にキバナさんを思いきり引き剥がしてくれた。ありがとうございます、ありがとうございますリョウタさん!!
「やりすぎですよ!」
「そう?今ので分かってくれただろうし結果オーライだろ!……な?分かったよな?」
「は、っはい……!軽率にキバナさまの恋人に告白してすみませんでした!!」
「謝らせてるじゃないですか……!」
「わかってくれたってことー!よっし、ツムギ。大丈夫?可愛かったし充電しちゃった」
「キバナさんの、ばか……!」
「んっふふ!か〜わいい〜!整えてあげる!はい、ゴーグル着けて。髪も梳いてあげちゃお。ジャケットの乱れなし!身だしなみはオッケー。巡回員の服装も様になってきてオレさまも嬉しいぜ!んじゃオレさまの隣においで。そそ。──こういうわけだから!みんな拡散よろしくな!この子がオレさまの大好きな恋人で婚約者!ゴーグルを外していた時の写真はネットに載せちゃダメだぜ?完全装備の巡回員の姿ならヨシ!質問とかも投げかけちゃあだーめ!これから仕事だからさ。邪魔しないでくれよ?」
なんて話術の上手い人なんだ……。撮っても良いけど巡回員の姿だけ。このままの姿でならネットに上げてもイイヨ!顔出ししてるものはダメ!だなんて。さすが、ガラルの炎上系インフルエンサー!……私からの文句は帰ってから言わせてもらおう。
「ツムギ、気をつけて行ってらっしゃい!」
「……はい。キバナさんもお仕事頑張ってくださいね」
甘い笑みを見せて手を振るキバナさん。この人は……。全くこの人は!その笑顔で何もかもが許されると思ったら大間違いですからね!?この後リョウタさんもお灸を据えてほしい。いや、絶対してくれる。リョウタさんは常識人という意味でとても信頼の置ける人だ。
よろよろしながらボーマンダの元へ。背に乗ろうとしたら、ぽむっ!とボールの開く音。え?と思ったのも束の間。なんとエルフーンがキバナさんへ突撃しに行った。なんでなの。綿毛を広げてばっふばふと体当たりしている。どうしたのエルフーン!?
「……仕事前に手ぇ出すな!だって……」
「エルフーン、ありがとうね!」
「ボーマンダじゃなくてよかった……」
ボーマンダの体当たり。それこそ吹っ飛んでしまう。エルフーンを呼び戻して居住まいを正した。ロトムに巡回員の先輩へ連絡を入れてもらう。キバナさんが理由で遅れています。今から全速力で向かいます、と。
「皆さまお騒がせしてすみませんでした!お先に失礼します。キバナさま、行ってきます!」
「おう!気をつけてな!!」
キバナさんにリョウタさん、バトルコート付近にいた市民の皆さんが大きく手を振ってくれる。応えるように手を振り返し、ワイルドエリアへ。
現場で合流した先輩にもう一度謝罪して、今までの出来事を話すと大笑いされた。相変わらず面白いなキバナさま!そしてやっぱり愛が強いねぇ!とも。
ハシノマ原っぱをボーマンダに乗り、空を飛びながら先ほどの出来事を改めて思い返す。
とても熱烈な女性だった。初めて告白シーンを見てしまった。
……キバナさん。ナックルシティの宝物庫の番人。ダンデさんに挑み続ける、ガラル地方のトップジムリーダー。ドラゴンタイプをこよなく愛する人。
そして、ゲーム越しに話しかけてきてロトムを送ってきた。優しくてバトルが強くて、妥協なんてしなくて。努力を怠らず一所懸命で、真っ直ぐ一途に……私を想い続けてイッシュ地方のブルーベリー学園まで迎えに来てくれた。私のだいぶ重い想いをぶつけても、同じように想いを返して心から愛してくれる人。
出会った頃は、よく分からない人だった。グイグイくる感じに引いたし謎の圧が怖かった。キバナさんを知っていくにつれ、どんどん惹かれて心を掴まれた。きっとまだ、私の知らないキバナさんの一面があると思う。私だって、キバナさんの前では猫を被っている。アオイちゃんやカキツバタと接するように砕けた態度を見せるには……もう少し時間がかかりそう。
私もまだ知らないキバナさん。私が知っているキバナさん。どんなキバナさんもこれからはすぐ側で……限りなく近くで、知ることができる。
そのことが、とても……とても。嬉しくてたまらない。
──ロトロトロト!
「どうしたのかな、ロトム?問題発生?」
「違うロト!キバナからメールロト!」
上空でスマホの画面は触れないからロトムに読み上げてもらう。
『ツムギ、愛してるぜ!』
最大級の愛の言葉。思わず、笑みがこぼれた。
私は知っている。
惜しみない愛をこれでもかと溢れんばかりに与えてくれる人だ、ということを。
私は知っている。
小さな嫉妬も、隠さない独占欲も、キバナさんの大きな愛だということを。
──私は知っている。 キバナさんを知っている。
だから私も応えたい。想いを伝えたい。
キバナさんのことが大好きで、心から愛しています……と。
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