夜明け前の流星群
──月日はさらに流れ。
ガラル地方にジムチャレンジの季節がやって来た。
ジムチャレンジャーたちとジムリーダーたちのダイマックスバトルを、実際に間近で観戦できる!と密かに胸を膨らませて楽しみにしていた私だが。
紆余曲折あり、なんと。
『──ここはナックルシティ、ナックルスタジアム!ガラル地方のジムバッジを七つ揃えた者のみが挑戦できる、最後にして最大の難関!ジムリーダー・キバナが待ち構えるドラゴンの要塞!!はたしてチャレンジャーは乗り越えることができるのか!?
今回、ドラゴンストーム・キバナに挑むジムチャレンジャーを紹介しよう!普段はワイルドエリアの巡回員の仕事に勤しみ、ポケモンたちのこととなると途端に熱くなる素敵な女性!そう、今や知らない人はいないでしょう!ドラゴンストームの恋人でもある、この人を!!流星群のツムギの、入場だぁーーーーッ!!』
私がジムチャレンジに挑戦しているのである。
……それにしてもこのナレーションはなんなのか。誰が考えたんだろう。言い回しとか、某忍者的アスレチック攻略番組の紹介文みたいになってる。それに私の個人情報抜かれすぎでは?いや!そもそも!“流星群のツムギ”って?謎の二つ名がついてるぞ?
なんとも言えない複雑な心境でスタジアムの中へ。
ゲームをプレイしていた時と同じように、チャレンジャーのユニフォームに身を包みバトルコートまでの道を歩く。私の背番号は142。これは背番号を決める際に何も考えておらず、悩みに悩んで、ようやく思いついたのがこの数字だった。ポケモン図鑑の番号ではない。手持ちのみんなが大好きなので一匹の番号に絞ると大変なことになる。
アナウンスが入る直前まで案内をしてくれたのは、ナックルジムのトレーナーであるレナさん、ヒトミさん、リョウタさんの三人。恐れ多くも三人揃って付き添ってくださった。
「頑張ってくださいね、ツムギさん!」
「キバナさまを倒せばバッジが揃いますよ!」
「ツムギさん、ここから応援しています!」
「ありがとうございます!頑張ります!」
笑顔で背を押してくださる三人に、気合いを見せて頭を下げた。
一歩踏み出せばスタジアムに歓声が響く。どのまちのスタジアム、ジムも観客が多かったけど……、ナックルスタジアムは今までより観客の数が多く、声援の熱量も凄まじい。
バトルコート中央まで進むと対戦相手であるジムリーダーのキバナさんが待ち構えていた。
「……よう、ツムギ。とうとうここまで、オレさまの元まで来たな」
「お待たせしました、キバナさん」
「う゛っ……あまり笑いかけないで……今必死にジムリーダーの顔を保たせてるんだから」
「キリッとしたお顔も素敵ですね」
「緩ませようとしないでくれる!?……なあ。どうだった、ジムチャレンジの旅は?」
「そうですね……。ガラル地方はどこへ行っても自然が豊かでした!どの分野の産業も盛り上がっていて、訪れた先々で皆さん生き生きと仕事も生活も営んでいました。交通網も陸路、空路、どちらも上手く発達しているのを知りました!人とポケモンたちが助け合い、寄り添い合って暮らしている。ワイルドエリアの雄大さや野生のポケモンの脅威も身を持って体験してきました。ジムチャレンジはとても、とても!楽しかったです!」
笑顔で応えると同じように笑ってくれるキバナさん。
次に私のユニフォームを指差し、首を傾げた。
「背番号、どうしてそれにしたんだ?」
「……聞きたいんですか?」
「もちろん。ツムギから直接聞きたかった」
目の前にいる人の背番号は241。私が142。
……そう、キバナさんの数字を反対にしただけ。
「キバナさんの数字を使いたかったからです」
「あぁー……!やっぱり?くっ、キュンときた……」
「迷惑、でしたか?」
「すっ……ごく嬉しいよ……」
「よかったぁ」
「ねぇツムギ。早くお家に帰って来て?ツムギ不足でオレさま精神的に病みそう。こうして腕を組んでないと間違いなく抱き寄せちまう。今も抱きつきたい衝動に駆られてる。少しでも抱きついたり接触したらチャンピオンたちが降臨するからできないけど!……そもそもなんでオレさまが制限かけられなきゃいけないわけ?ほんと意味わかんない……」
もう充分病んでるのでは?遠い目をしているキバナさん。慰めてあげたいが私も我慢だ。
──さて、バトル直前のこのタイミングで私がジムチャレンジに至った経緯を話しておこうと思う。
ことの発端は一本の電話だった。
ジムチャレンジが始まる数ヶ月前。私もキバナさんも仕事が休みの夕方頃、着信が入った。その着信の相手は……カキツバタ。
『おーす、ツムギ!良い報告だぜぃ』
「こんにちは、カキツバタ!良い報告?」
「お、カキツバタ?」
『ん。キバナさまもいるんで?ちょうどいいや、スピーカーにしてくれーい』
「はいはーい。で、なにがあったの?」
「恋人でもできたか」
『相変わらずだねぃ、ドラゴンストームの旦那は。奪い取っていいならそうするけど?』
「通話切りまーす」
「キバナさん!茶々を入れるのやめてください!」
「いいじゃん、カキツバタだし」
「ダメ。私の可愛いキョーダイなんです!」
『へっへっへ!オイラ愛されてるぅ。……じゃなくて!はいお二人さん、お耳を拝借!』
なんと!この度、卒業が決まりましたぁー!
「本当に!?わ、おめでとうカキツバタ!四留は免れたんだ……!よかったねぇ!!」
「四留の四天王、語呂が良かったのにな」
「流石に体裁が悪すぎますよ!」
「仕方ない、ここは素直におめでとうと言っておくか。カキツバタ、おめでとう」
『どーもどーも、ありがとさんでーす!そういうわけで、オイラ卒業後にガラルでジムチャレンジしたいのよ。キバナさま、推薦状ちょーだい?』
「えっ?」とキバナさんと私の声が重なる。
ジムチャレンジ。ガラルで、カキツバタが?
「まぁ、お前なら渡しても構わねぇけど。イッシュでもうひとつ上に進学するだとか、どこかしら就職とか、イッシュリーグに挑戦とか。そっちでやることあるんじゃないのか?」
『あるっちゃあるぜぃ?んでも、ここまで自由に放置してくれたんだ。もう一年くらいどーってことない!ガラル地方での〜びのび羽を伸ばさせてもらうもんね〜!』
「良い根性してんなぁ〜!?」
『褒められてら』
「褒めてはいる。ふぅん、カキツバタがジムチャレンジに来る、ね。いいじゃん、面白くなりそうだ!推薦状と関係書類はどこに送ればいい?ブルーベリー学園の方か?」
『絶対断られると思った。いいでやんすか』
「もちろん。公式戦でお前をボコす!」
『こわぁ。本音は胸に秘めててほしいぜぃ』
カキツバタがこっちに来るんだ!
そしてキバナさんとの公式戦が見れる!?なにそれ楽しみすぎる!
『と、いうわけで。オイラの良い報告でしたぁ。あ、それと一つ提案なんだけど。ツムギもオイラと一緒にジムチャレンジやんない?』
「「……は??」」
「お前、なに言って……」
「私がジムチャレンジ。やらないよ!?」
『え?バッジがないと個人ではナックル側のワイルドエリアに入れないんじゃねぇの?』
「……確かに、そう言われてみれば……」
「!カキツバタ、それ以上はやめろ……!」
『仕事始めちゃって新しいポケモンとの触れ合いもなかなか出来てないんでしょ?オイラと一緒ならキャンプも安全だしバトルのアドバイスもしてやれるし、キバナさま対策も一緒に練れるし、なによりジムチャレンジの競争相手……ライバルにもなれるぜ?』
「カキツバタが、ライバル……!」
「待っ、ツムギ!ちょっと待とうな!?安全じゃない、カキツバタと一緒のキャンプは安全じゃねぇよ!?ワイルドエリアに行きたいならオレさまと行けば……!」
『一人で散策する時間もほしいだろ?』
そう。そうだ。エンジンシティ側のワイルドエリアには個人的に何度か行ったことがある。でもナックル側は……というと。毎回キバナさんと一緒に行っている。考えてみれば巡回以外に一人でじっくりナックル側を散策したことがない。
なぜなら、くさ、みず、ほのお。三つのジムバッジを所持していないから。私もジムチャレンジに挑戦して三つのバッジを手に入れたら全てのワイルドエリアを一人でも自由に行き来できる……ってことだよね?
一人では不安だけど、カキツバタもいるなら……大丈夫な気がするし。
「……いいね、私も挑戦しようかな!」
「あー!乗り気になっちゃったぁ!」
『さっすがキョーダイ!話が早ぇや!』
「ツムギ、ジムチャレンジって数ヶ月単位の旅になるんだよ!?毎日自宅へは帰って来れないし!っほら!ジムリーダーであるオレさまとは会えなくなるんだぜ!?」
『キバナさま必死すぎてアノホラグサ〜!』
「お前ェ……、全力で相手するからな……!」
仕事のことは巡回員のチームリーダーに相談して、ジムトレーナーのお三方にも話をしてみよう。そして全ての責任者で管理者で上司であるキバナさん、は……。うん、説得が難しそうだからユウリちゃんに連絡を取ろう。面白そう!で推してくれるはず。
「キバナさん!私、参加したいです!」
「来年ならいいよ」
「……カキツバタがいるから今年がいいです」
「カキツバタがいるから来年がいいの!」
明らかに見るからにイラッとした表情。少しずつ機嫌が悪くなっていく。手に取るようにわかるけど。チャレンジを否定する理由がカキツバタ、っていうのが……嫌だな。キバナさんはカキツバタを気にしすぎというか過敏というか、拒否しすぎというか……!
だんだん私も、むむむ。と眉間に皺が寄る。
「オレさま、ツムギに推薦状出さないよ」
「結構です!ユウリちゃんに連絡します!」
「はぁ!?そこまでしてカキツバタとジムチャレンジしてぇの!?ふーん!そうですか!」
「一々カキツバタに突っかかるのやめてください。大人気ないですよ、かっこ悪いです!」
「かっこ悪……っ!?……オレさまはただ、心配で、」
「心配はありがたい、ですけど。十代の元気な若者ではないので無茶な真似はしませんよ」
「違う!カキツバタと一緒なのが心配なの!」
「……」
私たちの会話を静かに聞いていたカキツバタは笑っている。「キバナさま、相変わらずおっもしれぇ人だなぁ〜!おもてぇ〜!」じゃない。この会話を楽しむんじゃないよ。
このように、意見がぶつかってはお互い譲らないので、キバナさんの説得は早々に諦めた。その後、ユウリちゃんから正式に推薦状をいただけることとなりジムチャレンジが決定した。
ジムチャレンジが決まったことを職場の皆さんへ報告すると、温かい言葉をかけてくれて、準備のためにシフトを調整したり、ジムバトルの日程が決まればその都度休みを入れる、と、協力体制を敷いてくれる。なんという優しさ。ありがたい。絶対三つのバッジを手に入れる。
キバナさんはギリギリまで渋っていたが、ジムリーダーの皆さんやジムトレーナーのお三方、さらにはユウリちゃんとダンデさんまでもやって来て説得に説得を重ね、最後のひと押し。
「キバナさんと本気のジムバトルをしたいです!」
私のこの一言を受けてようやくジムチャレンジの挑戦を受け入れてくれた。目に涙を浮かべてダンデさんに肩ポンされている姿は……忘れられない光景だ。
ジムチャレンジが始まる。一週間前。
カキツバタがガラル地方へやってきた。スボミーインに泊まる予定だったらしいが、意外にもキバナさんが自宅へ招いてくれた。推薦したのはオレさまだし。と。感動して頭をヨシヨシ撫でさせてもらえば、「べっ、別にツムギのためじゃないんだからね!」とキバナさんの貴重なツンデレを浴びる。そのテンプレなセリフ、久しぶりに耳にしたなぁ。
その一週間内にも色々あったが長くなるので割愛。
……一つだけお教えするなら、カキツバタの来訪が嬉しくて歓迎会を自宅でした時。いつもは飲酒を控える私だが記念にとお酒を開けた。するとカキツバタが次から次にお酌をしてくれた結果、しこたま飲み、酔い。あろうことかキバナさんの前でカキツバタに絡んだ。猫を被る必要のない相手がそばにいて、なおかつ久しぶりに会えた喜びでぎゅうぎゅう抱きついた……らしい。そう、私はなに一つ記憶がない。それくらい酔っていた。のまれていた。
『かきつばた!かーきーつーばーたー!』『おうおう、そんな呼ばなくても側にいるぜぃ』『ほんと?へへへ!うれしいなぁ』『なんでぃその可愛い笑顔。キバナさまがいるのにオイラに抱きついちゃっていいの〜?』『うん。こんやはとくべつ!だよね、キバナしゃん』『……離れろカキツバタ……オレさまが暴れ出す前に』『こっわ。無理無理、絡みついてんのツムギなんですぜぃ?引き剥がしてくだせえよ』『ツムギ、オレさまんとこおいで』『や』『『や!?』』『やだ。キバナしゃんおこってるもん。かきつばたのギュー、おちつく。ふふ、においかがないで〜くすぐったい〜』『かっわいい……やべぇ……ムラムラしてきた。キバナさま、どこまでなら手ぇ出してもいい?』『カキツバタ』『初めて聞く声色!ドス効かせすぎでしょ!?なにこの板挟み……ツムギ、離れよっか!』『やぁだ!』『オイラの命を助けると思って。な?』『……かえらない?』『ん?おう。キバナさまが世話してくれるっつーんで、当分の間は帰らねぇよ?』『そばにいてくれる?』『は〜、ツムギ連れて帰りてえ〜!』『ツムギちゃん?そろそろオレさま我慢の限界でーす』『やきもちだ』『当たり前だろう』
……以上、ロトムにバッチリ撮られていた一部始終でした。これは酷い。
──ここまでがジムチャレンジに至った経緯。
まとめると。
カキツバタのガラル来訪がきっかけで、ワイルドエリアを自由に行き来したいがためにジムチャレンジに挑戦することとなった。
私がジムチャレンジをするにあたって、なぜかキバナさんに対し制限がかかった。ジムチャレンジ中の私と必要最低限の接触しかしてはならず、個人的に会うことを禁止する……というもの。ガラル地方の歴史を伝えたり、宝物庫の案内などジムチャレンジに関することなら話をしても良い。だが、自宅へ帰宅の誘導、過度な接触をしてはダメだ、と。
これはチャンピオンたちからのお達しではなく、リーグ本部からのお達しだったようで受け入れざるを得なかったらしい。キバナさんは床に膝も手をもついてさめざめと泣いていた。
ジムチャレンジ中は自宅へ帰れない。ワイルドエリアでキャンプをするか、スボミーインに泊まるか、ポケモンセンターを利用するか。チャレンジャーは皆この三択になるとのこと。私ももちろん従う。確かに一人だけトップジムリーダーが待つ自宅に帰るのは良くない。助言をもらったりズルしてるんじゃないかー、みたいな変なイチャモンつけられても面倒だし……。
「オレさまを倒してバッジを八つ集め終えたら、自宅に帰宅してヨシ!だってさ。リーグに確認済みだよ。……だから早めにオレさまを倒してもらえると……助かる。オレさまが」
「キバナさん心が折れすぎでは!?」
「ずっとやばい。日々のパフォーマンス崩れまくり。マジで帰ってきたら覚悟しといて」
「……帰宅するのが怖くなりますね!」
「わざとは負けられないから、最悪ギブアップするのも視野に入れといてくれよ?」
「……ん?最悪ギブアップするのも視野に入れとく……?それではまるで私がキバナさんには勝てない……みたいな言い方ですね?結構カチンときましたが?」
ここまでに七つのバッジを手に入れた。ジムリーダーの皆さんとバトルして力をつけた……つもり。正直、一回で突破できたジムの方が少ない。それでも諦めず進んできた。パーティも六匹に増えキバナさんとのバトル対策もバッチリ。……あの時のように、ゲームで挑み続けた時のように、何度も何十回も負けるわけにはいかない。
ギブアップ?しないよ、絶対に。だって勝つから。キバナさんに勝つ。
「……オレさまはジムチャレンジ最後の砦であり、チャンピオンへ挑戦する資格があるかふるいにかける……いや、ふるい落とす役目だからなぁ。挑んできたジムチャレンジャーに手加減する、ってのは……なぁ?」
「……その言葉、どこかで……。……あっ!」
「ふっ、ははは!思い出したか?」
「はい。ふふふ、聞いたことのあるセリフですね」
「そうだな。何度でも会いにきてほしくて、バトルしたくて、オレさまを……見てほしくて。全力で挑んできたチャレンジャーに向けて放ったセリフだ」
ニヤリと笑うキバナさん。……懐かしいなぁ。
「絶対に、負かしてやりますから!」
「ああ。オレさまを倒してみせろ!」
私も不敵に笑ってみせる。先ほどまでの陰鬱で重めの空気はどこへ行ったのか、お互いポケモントレーナー同士、バトル前のバチバチな雰囲気に変わった。
ガオー!と例の映えちゃうポーズを決め、写真を一枚。ボールを手に取るキバナさん。
「ジムリーダーキバナは天候を操るだけでなく、二対二の戦いを望む!あらゆる状況に対応できるか見定める!準備はいいな!?チャレンジャー!」
「はい!その天候、利用して!覆して!ドラゴンストームを乗り越えてみせます!」
『──相対した二人がボールを構えました!ナックルジムまで各地のバッジを集め、辿り着いたチャレンジャーは今までに五名!しかしここを通過した者は未だに現れていません!彼女は四人目の挑戦者でありドラゴンストームの恋人!いいや恋人という立場は関係ありません!はたして彼女は立ちはだかるドラゴンの牙城を崩すことができるのかァ──!?』
熱気に包まれ、盛り上がるスタジアム。アナウンスにも力が入っているようだ。ドラゴンの牙城、ね。表現が独特で耳に残るなぁ。
バッジを七つ集めたのは私を含めて五人。ナックルジムへ挑戦するのは四人目。五人のうち、あと一人はカキツバタだ。私がキバナさんとのバトルに勝つのを待っている。そんな気がする。それと、チャレンジャー全員のバトルを見てキバナさんの対策を練ってもいそう。相変わらず緩さは健在だが、強かさも健在のようだ。実にカキツバタらしい。
バトルコートにボールが四つ、宙を舞う。
スタジアムが歓声に包まれた。砂嵐が巻き起こり、視界を覆っていく。
目の前にいるのは……私の好きな人。ずっと一緒にいたい人。そして、絶対に倒さなければならない……ガラル地方のトップジムリーダー。
▼ジムリーダーの キバナが 勝負をしかけてきた!
「吹けよ風!呼べよすなあらし!!」
「私たちが有利な舞台に塗り替えるよ!エルフーン、にほんばれ!」
◇ ◇ ◇
──ナックルスタジアムでのジムチャレンジを終えて一夜明けた、次の日の夕方。
私はワイルドエリアのミロカロ湖、北側の湖畔に来ていた。ここで待ち合わせをしている。
「──ツムギ!悪い、待たせたな」
「キバナさん!いえ、大丈夫ですよ」
そう、待ち合わせの相手はキバナさん。接触が解禁されました。
つまり!キバナさんに一度で勝ったのです!
あの後のバトルは一進一退の攻防が続き、お互い最後の一匹になって相棒を出すと、すぐにダイマックス。キバナさんはジュラルドン、私はボーマンダ。
ここもまた、前回と同様の展開。ダイマックスのバトルになった途端、割れるような大歓声が沸き起こる。どうやら観客はこれを見に来たといっても過言ではないらしい。バトル内容は前回と同じ……ではなく、かなりギリギリの戦いだった。そして、繰り出す技はボーマンダのりゅうせいぐん、ダイドラグーンでジュラルドンの体力を削りきれず、反撃を受けてしまう。ああ、これで私の負けだ……と、思ったが。
ボーマンダは悲しませまいと持ちこたえた。
……目頭が熱くなる。ダイマックス状態で持ちこたえてくれるなんて。攻撃を耐えてくれたことによって、お互いダイマックス状態が解け、通常サイズで相対する。
キバナさんは驚いた表情から、破顔した。そして「全力で攻撃してこい!受けて立つ!」そう叫ぶ。……キバナさんはキバナさんでとっても格好良かった。惚れてしまう。はい、もうとっくに惚れてるんでした。汗が滴り落ちるほど熱のこもったバトル中なのに、キバナさんを真っ直ぐ見つめてしまった。ボーマンダの鳴き声で我に返る。
よし、と気合を入れて。渾身の力でりゅうせいぐんを叩き込み、勝利を掴んだ。補足しておくと、いのちのたまの効果でボーマンダも倒れてしまうのだが先にジュラルドンが戦闘不能になったため、勝負は私に軍配が上がった。
近づいてバトル後の挨拶を交わし、握手しようと手を出せば。出した手を掴んで思いきり引っ張られた。飛び込むようにキバナさんの腕の中へ。強く強く抱き締められ公衆の面前で、大勢の観客がいる前で……バトルコートのど真ん中で。両頬を包まれキスされた。
『おーーっとドラゴンストームキバナァー!?一体我々は!何を見せつけられているのでしょうか!?みんな沸いてくれているから良いものの、そういうことは自宅に帰るまで我慢してくれーッ!ネット配信のコメント欄はダイソウゲンで草が覆い尽くしている!うわぁ……。大変なことになっているぞ〜!?そうだ、ツムギ選手を擁護しておこう!チャレンジャーは握手をしようと手を伸ばしただけ、一切何も悪くないぞ!我慢できなかったのはキバナの方だー!!さあ、今回も大炎上!ガラルの、世界のトレンドを掻っ攫う男!おめでとう!!』
……捲し立てて囃し立てる、実況者。ここの盛り上がりもすごかった……らしい。キバナさん曰く今でもSNS上では“熱烈キッス”と“キバナ大炎上”がトレンド一、二位らしい。
さすがです、おめでとうございます。……いや草ァ!!
キバナさんとのバトルが終わると、今回初の全ジム制覇者ということでインタビューを受けたり、ありがたいことに私のファンだという方々とお話をしたり、慌ただしく時間が過ぎた。スボミーインへ戻れたのは日付が変わる直前。あまりに遅い時間だったため、自宅には帰れなかった。キバナさんも渋々だが納得してくれた。……というか、お叱りを受けていたので自分も帰れない、と連絡があった。叱っているのはリーグ本部の人だろうなぁ……。合掌。
今日の午前中はシュートシティでチャンピオンへ挑むためのトーナメント戦に登録するため、受付手続きをしていた。その後、キバナさんのファン数名に絡まれてバトルをも挑まれ、それに勝ち続けていると「ツムギちゃんのファンになったわ!」そう言われたのでみんなで近くのカフェへ行き、お茶をした。「ツムギちゃん推せるんだけど〜!」とも言ってくれたので、悪意はもうないと思う。バトル結果が全て……か。ガラルの人、マジの戦闘民族すぎる。
そうして昼を過ぎてようやくキバナさんと連絡が取れ、ワイルドエリアで会う約束をした……という流れだ。
「どちらからここへ来たんですか?」
「リーグ本部!代わる代わる偉い人に怒られてた」
「衝動を抑えられないからですよ……」
「バトル後だし負けちゃったし目の前には愛しのツムギがいるし!アドレナリン出まくってて抑えられるわけなくない?怒られるの理不尽すぎ〜!」
「あれは怒られて然るべきです」
「やだぁ!ツムギまでそっち側につかないで!オレさまの味方でいて!ハグさせて!」
「ふふ、最後の本音が可愛いですね」
両腕を広げてぎゅうっと抱きしめにいく。
はぁ、キバナさんだ。大好きな匂い。落ち着く腕の中。
私にとっても数ヶ月ぶりのキバナさん。
「ツムギ、明日の予定は?」
「午後からワイルドエリア巡回員の定期報告会があります。ですが午前中はフリーです!」
「そっか。家でゆっくり出来るな」
「はい!キバナさんは明日もバトルですか?」
「うん。ジムチャレンジャーが再戦するって。調整をしてないから昼過ぎを予定してるよ」
「キャンプしてて大丈夫です……?」
「キャンプとバトルは別でーす!なんといってもツムギとの数ヶ月ぶりのキャンプ!オレさま、楽しみに来たんだぜ?」
「私も、です!どこへ行きましょうか!たまにはエンジン側にします?それともキバナさんお気に入りのげきりんの湖ですか?たくさんカレーの具材を持ってきましたよ。みんなにもたくさん食べてもらいたいです!」
ジムチャレンジ中にキャンプをたくさんした。カレーも散々作った。もはや得意料理に数えてもいいだろう。もちろんカキツバタにもたくさん食べさせた。当初はサンドイッチやジャンクフードを恋しがっていたカキツバタがカレー好きになったのは、ガラルの力だ!
……キバナさんから返事が返ってこない。多分何かしら考えてて、その思考の海に浸かって戻ってこれないんだろう。煩悩じゃなければいいけど……。うん、放置!
ドラゴンパーカーの中央ジッパーを勢いよく下ろしてユニフォーム越しに抱きついた。
「……はっ!?えっっ、何してんのツムギ??」
「久しぶりのキバナさんをより近くに感じたかったので。厚手のパーカーが邪魔だったので!……キバナさん。キバナさんだ……。はぁ、好き。すごく落ち着きます」
「落ち着くぅ!?ちょっとオレさまキャンプどころじゃなくなったよ!?お家帰ろっか!?」
「帰んないです。一緒にキャンプしたい、カレー食べたいって言ったのキバナさんですよ!」
「──っスゥーー……2、3、5、7、……」
「え、なんですか……、……あっ!素数を数えてるぅ!!」
末永く面白い男でいてほしい。
四桁いくまでに煩悩が消えるといいですね。ジッパーを上げてパーカーを元に戻して、腰に着けたボールホルダーから一つ手に取る。移動するのでキバナさんをお願いね、フライゴン!
さぁ、げきりんの湖へ向けてレッツゴー!だ!
目的地についたらキャンプの準備を開始。テントを手持ちのみんなと一緒に張って、調理の道具を揃える。そしてカレーの具材も取り出した。作っている間、ポケモンたちには自由に過ごしてもらおう。キバナさんにはフライゴンが「仕方ねえな」という顔で付き添ってくれているから大丈夫。キバナさんの手持ちの子たちも外へ出して上げて、っと。これでヨシ!
今回はみんなが食べられるよう甘口めに仕上げるつもりだ。お鍋でじっくり煮込む。
「……ツムギちゃん」
「はーい。素数の世界からお帰りなさい、キバナさん!」
「なんとか落ち着いたよ」
「なによりです。一緒に作りますか?工程は味を整えるところですよ」
「うん、作る〜。今日は何カレー?甘口と辛口、どっち?」
「辛口が苦手な子がいるので甘めにしようかと!」
「りょーかい。味を整えるのは任せてくれ」
ジムチャレンジ中の話をしながらカレーを作る。その間のキバナさんの話も聞かせてもらった。そうして喋っていたらあっという間にカレーが完成。
みんな揃って食べ始め、完食する頃には陽が完全に落ちて辺りは真っ暗に。
ワイルドエリアの夜は少し肌寒い。焚き火にあたりながら、まったり過ごす。私とキバナさんは引き続き話をしていた。お互いに話題が尽きなくて会えなかった時間の長さを実感する。
そうして時間が過ぎていくと、ポケモンたちが眠たそうに近寄ってくる。みんなウトウトと眠そうなお顔が可愛い。寝よっかぁ、とキバナさんが声をかけたら各々鳴き声を上げた。
大人が四人ほど横になれる大きめのテント。そこに入って柔らかい敷物を何枚か敷いた上に寝そべる。私とキバナさんだけではなく、小さめのポケモンも入ってくる。みんな眠たいね。
「オレさまたちも寝ようか」
「ですね、さすがに疲れました」
「明日の夜は帰ってくる?」
「はい、久しぶりにお家で寝たいです」
「じゃあご飯を作って待ってるよ」
「バトルの後ですし、大変じゃないですか?」
「だーいじょうぶ!」
「……わかりました、楽しみにしていますね」
横になりながらポツポツと会話が続く。
話題は私の謎の異名。なぜ、“流星群のツムギ” なんて大仰な異名が付いたのか。不思議です。と伝えればキバナさんはその理由を知っていた。
ジムチャレンジでジムリーダーとのバトル。私はいつもボーマンダかエルフーン、どちらかをダイマックスさせていた。エルフーンには様々なタイプのキョダイ技を撃たせていたのに、ボーマンダには“りゅうせいぐん”しか撃たせていなかった……らしい。
そのことに気づいた人がその異名を呟き、瞬く間に拡散され定着に至ったという。面白いな。
「ボーマンダ使いが少ないのも一因かもな」
「そうですね……、あまり見かけないです」
「まず育てにくいドラゴンタイプだし、ボーマンダへ進化すると性格が荒々しくなるだろ?」
「……性格が、荒々しく……?」
「ツムギのボーマンダもそうだよ。ツムギと仲間には温厚で大人しいけどさ。オレさまなんて何度も何百回も威嚇に威圧に、警戒されまくってるからな?」
「……確かにキバナさんには低い声で鳴くときありますね。……あれ、でも、カキツバタには、……いえ、なんでもありません。失言でした」
「おいおいおいおい、あいつには懐いてんのか?」
「特別に懐いているというわけではなく……スンッとした表情と言いますか。ああ、なんだ、カキツバタね。みたいな顔で……」
「懐いてんじゃねぇの、それ?」
ええと、それは……黙殺。
妬ける〜!と言いながら抱き寄せられた。
「キバナさんはどうだったんですか?ドラゴンストームという二つ名?がついた時は」
「なるほど、言い得て妙だな〜!と思ったかな!気恥ずかしさもあったけど。でもそれがガラルに、世界中に浸透すればあいつも見つかると思ってたし」
「あいつ、……ツムギさん、ですね」
「そ。結局全く見つかんなくて再会できたのは昨年だったけど。もう呼ばれ慣れちまったな」
「……キバナさん」
「なぁに?」
「妬けます」
抱き寄せられた体をこれでもかと密着させて、胸元に顔を埋める。世界中に浸透すればあいつも見つかると思ってた、か。……すごい言葉だ。羨ましいとすら感じる。
「ツムギは可愛いねぇ」
「キバナさんは私のキバナさんだもん……!」
「くううう可愛いねぇ!」
だもん、とか言ってしまった。我ながら気持ちが悪い、きっつい語尾。
でもだけど、だってもう私のキバナさんだよ!
「オレさま、見つけたんだぜ。好きな人!」
「……好きな人、」
「ああ。大事な大事な可愛い子をね。一目惚れだよ?振り向かせるために、好きになってもらうために、なりふり構わず手段を選ばず強引に近づいてさ。そのくせ馬鹿な勘違いをして、傷つけて戸惑わせて、そんなオレさまなんかの心のケアまでさせて……当たり前だけどフラれちまった。情けない限りだったなぁ。ジムリーダーって立場がなかったらヤバかったと思う」
私の頬を撫でる、大きくて優しい手のひら。
「助けを求めるようにオレさまの名前を呼んだと知らされた時、……正直、すっげえ嬉しかった。喜んでる状況じゃないのに。オレさまがその手を取っていいんだ、側に行ってもいいんだ。……って、さ。もしあの時、すぐに向かわなければカキツバタに心を奪われていたかもしれない。隣に立っていたのはあいつだったかもしれない。そう考えると今でも心臓がギュッとなるよ。カキツバタの腕の中にいるのを見た時もそうだ。……かなり、しんどかった。見たくなかった。オレさまは手だって指先だって触れたことがないのに、あいつはずっと近くでベタベタ見せつけるように引っ付いて。オレさまの威嚇を流したかと思えば煽ってくるし。そんな状況でバトルに集中できるわけない。普段はバトルが始まれば周りなんて見えなくなるんだがな。トップジムリーダー、とまで呼ばれているのに情けない」
……そんなことを考えてたんだ。眉は下がっているが、優しく微笑んでくれるキバナさん。
キバナさんの手に自分の手を重ねる。
「オレさまの名前を呼んで、真っ直ぐ見つめてくれただろ?気合いが入ったよ。負けるわけにはいかねぇ!ってな。……それに何よりツムギ、オレさまを求めてたもん。目が言ってた。オレさまのことが好きだ、って。気づいてなかっただろうけど。なんでわかったか教えてあげようか?……ツムギな、カキツバタの好意に気づかないのに、オレさまの好意には敏感だったんだよ。だから意地でも他の部屋には泊まりたくなかったわけ。オレさまを見てほしいから。意識してほしいから。必死、だよなぁ。間違いなく……必死だった」
カキツバタの好意に気づかないのに、キバナさんの好意には敏感だった。……そう言われてみれば、思い当たる節がある……ような気がする。
「今こうして、腕の中にいるツムギが愛しくて仕方ない。やきもちを妬いてオレさまのことを誰にも渡さない!って態度を出してるツムギが可愛くてたまんない。オレさまだって誰にもツムギを渡さねぇよ。例えどこに行こうが、誰と居ようが、ツムギの心はオレさまのものだ。オレさまの心は、ツムギのもの!な?」
「はい。心も、体も、キバナさんのものです」
「ああ。ツムギのぜーんぶ、オレさまのだよ」
不敵に笑って口付けてくれる。
「……ふー、また素数を数えるべき?」
「ふふ。それなら私も、です」
「キャンプのテントの中では……ちょっとなあ。ツムギの可愛い声が外に漏れるの嫌だし!」
「確かに声は我慢できる気がしません……」
「くっ、あまり下半身にくること言わないで……!生殺しがすぎるぜツムギちゃん!」
「言わせてるのキバナさんですけどね!」
明日、早く帰ってきてね!お湯を溜めるから一緒にお風呂入ろう?そんで、オレさまのワガママ聞いて!いっぱい抱き締めさせてほしいし、甘えさせてほしい。キスだってしつこいって言われるくらいしたいし、ツムギ不足だった分たくさん触りたい!
──め、目がギラギラしてる。……煩悩の塊ですね、わかります。いやでも、よくこの場でその欲を抑えられているなぁ。謎に感心してしまう。
「キバナさん。お話聞かせてくれて、ありがとうございます」
「オレさまの好きな人の話のこと?」
「ふふ、はい。好きな人の話です」
「今度はツムギの好きな人の話、聞かせてね」
「もちろんです。……キバナさん、」
「ん。もう少しキスしよ?」
目が合っただけでわかってくれることが、同じ想いで触れてくれることが嬉しい。私のことを好きだと伝えてくれるキバナさんが愛おしい。
キバナさんが何度もキスしてくれるから、もっと欲しくなる。もっともっと、と……深くまで求めてしまう。煩悩の塊なのは私も一緒だ。……抑えなくちゃ、ね。
離れたら、またギュッとくっつく。顔を見合わせ、笑う。おやすみの言葉を交わして目を閉じた。トク、トクと心臓の音が聞こえてくる。いつもより速い鼓動に、私の心臓もキバナさんと同じくらい速くなっていく。心地良い音に瞼を落とす。
広めのテントの中で抱きしめ合って眠る。離れないように、と体に回された逞しい腕。思いきり絡みついてくる長い脚。もしかして私、キバナさん専用の抱き枕だったのかもしれない。それくらい隙間がない。そのうち、寝づらくなったら離れるだろう。それまでは……安心できるこの腕の中で、大好きなキバナさんの側で。目を閉じていたい。
◇
「──ツムギ、ツムギ。起きて?」
名前を呼ばれ、頬に優しく触れる手のひらの感触で目を覚ます。どうやらすっかり、ぐっすりと眠っていたようだ。微睡みながら目を開けてみると外はまだ暗く、夜が明けていないことがわかる。目を閉じて、触れる手のひらに擦り寄った。
「……キバナさん、おてて冷えてる。私で暖をとっていいから、もう少し一緒に寝よ……?」
「寝ぼけ方が可愛すぎるんだよなぁ〜!敬語が崩れてるのも可愛さポイント爆上げ。一緒に寝たいのは山々なんだけど。ツムギ、眠たいとこごめんね?ちょっと抱えるからオレの首に腕を回して。ギュッと抱きついてくれる?」
「オレ……?オレさま、でしょ……?」
「ははっ、そうだねぇ。外なのにツムギと二人きりだと緩んじゃう。……ツムギの前では素のオレでいたいんだ。よーし、しっかり抱き着いててな!」
体が地面から離れていく。腕を伸ばして肩に手を添えるように置けば、そこじゃないよ?と置いた手を掴まれて首の方へ回される。
どこかへ向かっている、けど、私は目を閉じたまま。とても眠たい。瞼を開けない。回した腕に力を込めた。キバナさん、どうしたのかな。どこに行くのかな。
浮遊感は続きキバナさんの足音だけが耳に届く。野生のポケモンたちの鳴き声も聞こえない。それほどまだ、夜が深い……ということだろうか。
キバナさんを呼べば立ち止まって、なぁに?と抱きしめながら額にキスされる。お姫様抱っこのまま額にキス。くっ、ときめかないわけが……!首に腕を回しているから、ギュンと高鳴る心臓を抑えることは叶わなかったが、ときめいたおかげで脳が目覚めた。
全く、やることなすこと様になる人だ。
「キバナさん、どこへ向かってるんですか?」
「もうすぐ着くよ」
「フライゴンやボーマンダ、みんなは……?」
「寝てたから起こさなかった。心配いらない、もし何か起こっても抱えたまま逃げられるぜ」
「キバナさん、大型ポケモンですもんね」
「大型ではあるけどポケモンじゃないでーす」
「ドラゴンタイプの映えポケモン……」
「ツムギまだ眠たいでしょ?」
その通り、まだ眠たい。脳は起きたけど頭が回ってない。キバナさんは「ドラゴンタイプの映えポケモン……」と私の言葉を復唱している。どうやらツボに入ったようで抱えられた体が小刻みに揺れた。
しばらく歩みは止まらず、眠い目を擦りながら夜のワイルドエリアを眺める。降ろしてほしかったが、靴を履いていないので止めておいた。裸足で歩き回るのは危険だ。抱えるのを選んだのはキバナさんだし、もうとことん甘えちゃお。
目的地に着くまで野生のポケモンに一度も遭遇しなかった。ゴーストタイプにすら出会わないなんて珍しい。日中でも岩の下、木陰等に入ればゴースやヨマワル、ムウマにフワンテが突然視界にふわふわ現れて驚かされるのに。
キバナさんが歩き続けること数分。
「ツムギ、着いたよ」
「ここは……?」
「空を見上げてみな?」
空?言われるがまま空を見上げる。視界に映ったのは満天の星空。そういえばずっとワイルドエリアの森や草原、砂地を眺めていたな……と、ここで気づく。
夜空に散らばるたくさんの星。雲ひとつない夜空に幾つもの星々が眩しく光る。どこを向いても煌めく夜空。圧巻の光景に口を開けたまま、言葉が出ない。
「昨日この時間帯に流星群が見られる……って情報を知ったんだ。ツムギに見せたかった」
流星群。
向こうの、私がいた世界でも時々ニュースで話題に挙がるのを知っていた。知っていたけど実際に流星群というものを目の当たりにしたことはない。なぜなら、明日の仕事に差し支えるという理由で避けていたり、時間帯が遅すぎてタイミングを逃していたり。……そもそも。夜の空を見上げる、という行為自体……社会人になってからほとんどなかった、気がする。
ジッと夜空を見つめる。目の前に遮るものがないワイルドエリア。広く映る空は上下左右、あちこちに綺麗な星が散りばめられていて、地上の私たちを照らしているようだった。
すると、一筋の光が視界を横切った。それを皮切りに無数の星が次々と流れ始める。
溢れんばかりの星たちが夜空に流れていく。目を、心さえも奪われる景色。キバナさんに降ろしてもらおうと声をかけてお願いしたが、首を横に振られた。
「ツムギが連れてかれそうで、嫌だ」
「星に、ですか?……そんな心配しなくてもキバナさんの側から離れません。離れられませんよ。そうだ!不安なら、手を繋ぎましょう。ね?私はここにいます」
優しく声をかけて笑みを見せる。キバナさんは悩みに悩んで、その場へと降ろしてくれた。私の右側に立ち、手を繋ぐ。何かあった時に動けるよう、自分が右側!とのこと。利き手は大事だもんね。この警戒心の高さよ。
降りた地面は草地だったから素足でも痛くない。
「夜明け前が一番多く流れるらしいぜ」
「そう言われてみれば……空が白んできましたね」
「ガラルの綺麗な夜空を見せたかったんだ。……星に魅せられないか不安もあったけど……」
「キバナさんに出会った日から、名前を呼ばれた時から……ずっと心を掴まれてます。私の心はキバナさんでいっぱいなので、星が入り込む隙はありませんよ。魅了も効きません!」
星空からキバナさんへ視線を移す。
目が合うと目尻が下がって優しく微笑んだ。
「……なにか、願い事した?」
「願い事?あ、流れ星が流れている間に三回願いを唱えると叶う、ってやつですね!いえ、無心で見つめていました。それに私の願いはもう、叶っているので」
「叶って、る?」
「はい。……心の奥に隠していた私の願い。それは、“キバナさんに会いたい。” です。ほら、ね?叶ってます!それに隣にいて手まで繋いでくれて。さらには私のことを好きになってくれた上に、全部もらってくれたんですよ?これ以上、願うことはないです!」
あるとするなら、強いて挙げるのなら!これから先もずっと一緒にいられますように!ですかね。……それは私たちの努力次第だから願い事じゃないか。願い事、ねがいごと……。うーん、改めて考えると出てこない!キバナさんは?願い事、しましたか?
尋ねると声を出して笑うキバナさん。なに?
「ツムギ、好きだよ」
「……突拍子もなく、なんですか」
「愛しくなって言葉に出てきた」
「願い事の話をしてましたよね……?」
「フフッ、オレも願う事は特にないかな。ダンデにはオレ自身の実力で勝ちたいし、ツムギの心も体もぜーんぶ掴んで離さないつもりだし。こうして流れ星綺麗だな〜!って、二人で夜空を眺められるなら、それでいい」
「キバナさんは自ら叶えるタイプですもんね!」
「そうだな。与えられると嬉しさより悔しさが上にくるタイプだ」
「ドラゴンポケモンのキバナタイプ!」
「まんまで笑う」
「ふふふ!キバナさん、好きですよ」
「……突拍子もなく、どうした?」
右手を引かれて、キバナさんの腕の中へ。
「愛しくなって声に出ました」
「うん、わかるよ。言いたくなるよな」
「はい。言葉にしないと、伝わりませんから」
ぎゅっ、と抱きしめてキバナさんを見上げる。見上げたキバナさんの後ろに、降り続く流星群。流れては消えていく夜空の燃える欠片たち。
「夜明け前の流星群……か」
「ロマンチックですね」
「ああ。早起きして正解だった」
「連れてきてくれてありがとうございます」
「また一緒に見ような」
「はい!ちなみに、なんですけど。この流星群になにか名前など付いてたりしますか?」
「名前?」
「ほら、なんとか座流星群!みたいなやつが……」
「なるほど!付いてたぜ。確か今回のは……」
──アルセウス座流星群。
「アルセウス、座……」
「そもそもアルセウス座ってのが北の方に見える星座のことで、なおかつ位置は違えど世界のどこからでも見える星を有している……だったかな。今回みたいに夜明け前にしか訪れない流星群は、世界を創ったとされるアルセウスにあやかって、始まりを告げる星降り。アルセウス座流星群……と名付けられたらしい」
「もしかして調べたんですか?」
「当然!……まぁ、相変わらず天文のことには疎いからさ。ツムギを起こす前に今回の流星群のニュースを見たり、過去の文献を見たり。ロトムを叩き起して調べたよ。そのロトムは今頃テントの中で充電しつつ寝てる〜!」
教えてくださった後、へへへ、と照れたように笑うキバナさん。
奇しくも……、私を連れて来たポケモンが流星群の名前として付けられているとは。北の方に見える、どこからでも見える星。向こうの世界にもある北極星みたいな位置付けなのかも。始まりを告げる星降り。名付けた人、めちゃくちゃセンスあるな。
もう一度キバナさんにぎゅぎゅっと抱きついて、体勢を変えた。ワイルドエリアの方へ向き直る。白んでいた空が少しずつ明るくなってきた。夜空を駆けていた星たちは太陽の光に当てられ、少しずつ見えなくなっていく。これも貴重な光景だろう。
二人で静かに見上げていたら、後ろにいるキバナさんが右腕を空へと伸ばした。
「流石に流星群は掴めないな」
「ふふ、そうですね。手は届かないです」
陽が昇る直前、腕を伸ばしていたキバナさんが手を閉じる。
何かを掴んだような、握っているような……そんな動作で。
「最後に流れてきた星を、捕まえたよ」
捕まえた?最後に流れてきた星、を?なんだ、どういうことだろう。不思議な発言に首を傾げつつキバナさんを見上げた。にっこり笑顔のキバナさん。見てて?そう言われ、体に回っていた左腕が離れると私の左手を取った。
キバナさんの手のひらに重なる私の左手。
「ツムギに貰ってほしいんだ」
「星を……ですか?」
「そう。オレは……その星を着けたツムギがほしい」
「?」
いよいよもって意味がわからなくなる。首がもげてしまう。
星を着けた私がほしい……とは?
長い指が触れたのは、左手の……薬、指。
キバナさんの右手が私の左手に重なる。指に何かが着けられていく。忙しなく心臓が動き出した。右手が離れ、私の左手の薬指で光る──何か。
「ジムチャレンジでオレを倒したら渡そうと思ってたんだ。……オレはもうツムギを離してあげられない、離したくない。オレの隣にいてほしい。オレと一緒に歩んでほしい。……いや、オレは欲張りだから。ツムギの人生ごと、ほしい」
指が、手が、震えた。左指から目が離せない。じわり、目の奥が熱くなる。少しずつ溢れて、こぼれた。こぼれた涙に気づいたキバナさんが強く抱きしめてくれる。
そうして抱きしめた腕をゆっくり緩めると私の前に回り、地面に片膝をつく。
左を掬って、薬指に唇が優しく触れた。
「──ツムギ。オレと結婚してください」
熱と愛がこもった言葉に、声が、言葉が詰まる。溢れてくる涙を止められない。
嬉しい、どうしよう。私でいいの?本当に?キバナさんが好き。離れたくない、離したくない。私よりキバナさんに似合う素敵な人がきっとどこかにいるはず。……それでも、もう、キバナさんの隣は誰にもあげたくない。譲りたくなんてない。
様々な感情が一気に押し寄せる。まるでジェットコースターだ。上がって、下がって。
ぐっ、と強く目を閉じて涙を拭けば、慌てる声。こんな時でも優しいキバナさん。ううん、キバナさんは出会った時からずっと、ずっと……優しい。
私のこたえは、ひとつだ。
「はい……!」
私の返事に幸せそうな満面の笑みで、目に少し……涙を浮かべて。私の体を丸ごと抱きしめてくれる。そんなキバナさんに、私も強く抱きしめ返した。
「私、キバナさんを幸せにします」
「ふっ、ははは!それオレのセリフじゃない?」
「私はもう幸せも幸せなので、キバナさんを幸せにしたいんです!……なので、キバナさんへの指輪を私からも贈りたいです……」
「ん。嬉しい。一緒に選ぼうか、マリッジリング」
「……?これは、違うんですか?」
「こっちはエンゲージリングだな」
「違いが今ひとつわかりません……!」
「威嚇のための指輪ってことで覚えてて!」
「威嚇」
「そ。あらゆる方向と特定の人物への威嚇!ツムギがジムチャレンジしなければ、もう少し早く渡してたんだけどね〜!」
「ふふふ、そうだったんですね」
「出発前に渡そうかとも考えた。でもあの時は家にカキツバタがいただろ?ムードもへったくれもない中、しかもあいつの目の前で渡したくなかったわけ!」
なるほど。確かにカキツバタの目の前で渡そうものなら、
『ヒュウーッ!やるねぃキバナさま!愛の証で呪いで縛るものを旅立つ前にプレゼント、たぁね!威嚇で威圧で警戒心バリ高ときた!まぁでも?ジムチャレンジ中のツムギにもし何か起きたらオイラが即駆けつけるんで。なーんも心配するこたぁございやせんぜぃ?』
……みたいなセリフ、絶対言う。カキツバタは言う。どう考えてもそこでまた一悶着、どころかバチバチのガチバトルになる。拳が出るバトルになる。わかる。
似たような想像をしたのだろう、ぷんすこ気味なキバナさん。片膝をついているからいつもよりお顔が近い。私は両手でぷんぷんする頬を包んだ。
「キバナさん、私と家族になってくれますか?」
「家族!うわ嬉しい……!もちろん、喜んで!」
「キバナさんが好きです」
「うん、オレもツムギがだーいすき!」
「目を閉じてください」
「はぁい!」
可愛い。ニコニコで目を閉じてくれた。可愛い。
額に、頬に、唇に。触れるだけの口付けを。くすぐったそうに笑うキバナさんに私もつられて笑ってしまう。可愛くて格好良い人。私を、この世界へ呼んでくれた人。
耳元に唇を寄せ、意を決して。
「愛しています、──キバナ」
愛しいドラゴンの名前を、呼んだ。
初めて敬称を外して呼ばせてもらった。とても、照れる。キバナさんを驚かせたい、照れさせたい気持ちがあるにはあるけど、まだ私自身が慣れていない。喜んでくれたかな?
そわそわする私。そして一拍の間を置いて。
「──……帰ろう」
「え!?あの、お名前を呼んだことに対するリアクション……などは……?」
「してるよ。だから、帰ろう?」
再び抱き上げられた。一気に視界が高くなる。慌てて腕を伸ばす。腕、痛くならないのかな。たまにはおんぶでも……。いや、お姫様抱っこが好きなんだキバナさんは。
そっと横顔を盗み見れば視線はまっすぐ、前を見ていた。左手で頬に触れたらすぐにこちらを向いて噛み付くようにキスされる。鼻で息をさせてもらえない、荒々しい口付け。
「は……我慢の限界。早く道具を片付けて帰ろう。時間ギリギリまでツムギに触れていたい」
「っ、キバナ……さ、ん」
「やばい。オレの瞳孔開いてない?くそっ、シーズン中じゃなければ抱き潰すのに……!」
「抱っ……!キ、キバナさん!?」
「愛してるよ、ツムギ。狂おしいほど」
そう言ってまた、唇を塞がれた。
「……なぁ、もう一度名前を呼んで?」
「キバ、ナ……さん」
「ツムギが愛してる男の名前だよ」
「キバナさ、ん」
「だめ。ちゃんとオレを呼んで」
「……キバナ。大好き、キバナ」
キバナさんの想いは言葉で、行動で、私の身も心にもたくさん伝わっている。だから私の想いも伝えたかった。日常生活中ではまだ、呼べない。やっぱりキバナさんは……どうしても、“キバナさん”だから。大事な時だけ、……大切に呼ばせてほしい。
離れていく顔を見つめていると視線を感じたのかこちらを向く。そしてすぐに逸らされた。心なしか頬が……赤い、ような?
「……あんまり見つめないで」
「見ます。照れているキバナさんは貴重なので」
「ヤダァ!照れて余裕のない顔は見られたくないの!恥ずかしい!あー!嬉しい!」
情緒が忙しいなぁ。……それは私も一緒、かな。
小さく笑って照れて赤くなった頬にキスをひとつ。
もう!ここで食べちゃうよ!?そう言ってまたぷんすこ顔。とんでもなく可愛い。
そうしてじゃれあいながらテントへ向かって歩いているとフライゴンとボーマンダが飛んできた。「どこ行ってたの!」という鳴き声のフライゴンに対して、キバナさんに低く唸り威嚇の声を上げるボーマンダ。私が裸足で抱っこされている姿が許せないらしい。
「絶対落とさない!信用して!オレのこと!!」とボーマンダに頭を下げに下げてくれたおかげでテントまでキバナさんに抱えられて戻ることができた。後でボーマンダとフライゴンを撫でてあげよう。心配させてごめんね……!
太陽が昇ると野生ポケモンたちも活動を始める。湖へ水分を求めてやって来たり、寝ぼけてそのまま湖に入ってしまう子もいたり、ほとりで木の実を食べたり。大きなあくびをして鳴き声を上げる子がいたり。野生のポケモンたちはいつだって自由だ。
キャンプの道具やテントを片付け、火の始末を終えたら、帰宅準備は完了。家に帰って朝ご飯をみんなで食べよう。久しぶりに帰るキバナさんと、私の……家。
荷解きしたら手持ちのみんなを出してあげて、ゆっくり休ませたい。きっとみんな眠れるはずだしゴロゴロと羽を伸ばせるだろう。私もお風呂に浸かりたいなぁ。
「ツムギ、帰ろっか」
「はい。帰りましょう」
差し出された手を取り、繋ぐ。
「キバナさん。夜が明けても、隣にいますよ」
「!……オレの隣はツムギじゃなきゃ嫌だぜ?」
「もちろんです!私以外は許せません!」
「ツムギのやきもち可愛すぎ」
にぱっ、と目を細めて笑う。ワンパチスマイル。
そこからのニヤリ、口角を上げた悪そうな笑み。
「昼前まで、オレの部屋で過ごそうね?」
「……お手柔らかに、優しく、お願いします……」
「もちろん優しくするけどお手柔らかにはできないかも〜!敬称とって名前を呼ばれてからもうずっと勃っ「朝イチの下ネタ、ほんと勘弁してください!」てるもん。ふっ、ははは!ツムギをいーっぱい触っちゃお!」
バトルに遅れてまた偉い人たちに怒られちゃえ……!
恥ずかしさが相まってキバナさんから顔を背けた。
繋いだ手に力が込められると視界に影が落ちる。唇にそっと触れるだけのキス。
キバナさんはフライゴン。私はボーマンダの背に乗り、空へ舞う。向かうはナックルシティ。朝日に照らされながらワイルドエリアを飛ぶ。数分前まで幻想的な空だったのに、陽が昇るとあっという間にいつもの青い空。だけど、今日のワイルドエリアの予報は全域で荒れ模様……とのことだった。飛んでいるうちに雨や雪、砂嵐が巻き起こるかもしれない。広大なエリアで少しずつ天候が異なるのは本当に不思議な現象だ。
……不思議な生き物がたくさん住んでいるから、かな?
マンションの入り口前で降り、ボーマンダをボールへ戻す。エントランスからエレベーターに乗り込み自宅の玄関前まで着いた。数ヶ月離れていたからドアが視界に入るだけで懐かしさと安心感が込み上げてくる。ようやく、帰って来た。
ドアを開けたキバナさんの後に続いて中に入る。ひとまずキャンプ道具を片付けて。だいたいを片付け終えたらしっかり手を洗い、手持ちのポケモンたちを出してあげる。キバナさんのポケモンたちも私のポケモンたちも久しぶりに会えた喜びからか、キャッキャと戯れながら彼らの部屋へ。みんなが喜んでいると私も嬉しい。
微笑ましく見つめていたら、隣にキバナさんがやってきた。
優しい笑顔で腕を広げてくれる。
「ツムギ、おかえり」
「ただいま、キバナさん」
私が帰ってくる場所。これから先、どこかへ冒険に出ても必ず帰ってきたい私の居場所。
こんな私を迎えてくれる大好きな、宝物のような人。
私は、この世界でキバナさんとポケモンたちと一緒に生きていく。
──これからも、ずっと。
星に願いをかけて、叶えてくれた流星群。
隣にいるのはお互いの──運命の、人。
Fin.
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