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──オレさまがジムチャレンジに挑戦した年。
少年・キバナは順調にジムチャレンジを進めていた。ワイルドエリアでレベル上げをしたり野生の高レベルポケモンから逃げたり、キャンプでカレー作りに勤しんだり。同じくジムチャレンジに挑戦していたルリナやダンデ、ネズとバトルもよくしていた。この頃からダンデは強かったよ。ダンデ曰く、あいつの幼馴染である博士のねーちゃんも強かったらしいんだが……オレさまとはバトルをしなかったし、出会う機会もあまりなかった。
ジムチャレンジもガラル地方の冒険もめいっぱい楽しんでいたある日、一人のジムチャレンジャーと出会ったんだ。
それが、──ツムギ、お前だった。
ナックル寄りのワイルドエリアで出会ったツムギは目と目が合った瞬間、バトルを申し出てきた。ゆっるい空気を纏ってたけど、その目は間違いなくポケモントレーナーのそれで。オレさまはもちろんバトルを受けたぞ。そんでボコしてやった。めちゃくちゃ悔しがる姿、今でも思い出せるぜ。
バトルしたら友だち、ってわけでもないがジムチャレンジに挑む同士だし折角だからカレーでも食べようとキャンプに誘ったんだ。そしたらカレーを作ってくれて。おそらくツムギ自身が好きなきのみと具材入れてるだけなのに、すげぇ美味いわけ。カレーを食べながらお互いの身の上話もしたよ。
出身はターフタウン。最初の相棒はサルノリ。パーティは、オレさまとツムギがナックルシティのバトルコートで戦った時と全く同じ。だから思わず「パーティ、変わらねぇんだな」って呟いたんだ。本当に驚いた。やっぱりツムギは、“ツムギ”なんだ……ってな。
連絡先を交換したし、ちょくちょく会ったりもした。会うのはもっぱらワイルドエリア。
オレさまは当時のチャンピオンに挑みたかったしダンデやルリナやネズ、誰にも負けたくなかった。もちろんツムギにも。ツムギとはバトル後に反省会をするのが楽しくてな。テンポの良い会話も、鋭いツッコミも、オレさまはそんな他愛のない時間も好きだった。
で、ツムギのことはあいつらに教えなかった。だって、絶対とられちまうじゃん?強い奴とバトルしたいダンデ、数少ない女子のジムチャレンジャーであるツムギにルリナが興味を持たないわけがない。ネズだって話せば気に入ってしまうだろう。そう思ったら紹介したくなかった。
頻繁に連絡して、キャンプやバトルをして。
オレさまがナックルジムへ挑戦する前夜、ツムギに連絡を入れた。先にクリアしてやるぜ!みたいなことをな。頑張れ、って淡白な返事しか返ってこなかった。それがちょっと面白くなくてツムギのキャンプに突撃したよ。もっと真剣に応援しろ!ってさ。若いよなぁ。
ワイルドエリアは夜でもよく晴れていた。綺麗な夜空が広がってて、星もたくさん見えた。ポケモンと触れ合ってたツムギが不意に立って近くの丘まで歩いて行く。何も言わずに進んで行くからオレさまも後に続いた。立ち止まって夜空を見上げるツムギ。オレさまも倣って見上げれば、今まで見たことのない光景が飛び込んできた。たくさんの、流れ星。なんだっけな、なんとか彗星の、なんとか座流星群。悪い、天文に関しては知識が浅いんだ。
とにかく、膨大な星が流れてた。降っていたのは、ただの隕石なのか。それともねがいぼしだったのか。今となっちゃわからない。わからないが、ツムギは何かを願ってた。
星が流れている間に願い事を三回唱えれば、それが叶う。小さい子どもがやるような
呪い。
鼻で笑ってやろうと思ったんだがツムギの祈りが真剣で、出来なかったな。何を願っていたのか……それも、分からない。ただ、顔を上げてオレさまを見たツムギは少し悲しそうな表情をしていた。それだけは鮮明に覚えている。
変な意地を張らず、素直に聞けばよかった。“星に何を願ったのか”を。
星降る夜を過ごした翌日。体調もメンタルも何もかもが整っていたオレさまは、余裕を持ってナックルジムのバッジを手に入れた。そのままの足でシュートシティへ向かおうと思ったが、ツムギへ報告したくてスマホロトムを呼んだ。ツムギに電話をしてくれ!と頼んだ数秒後。「番号が存在……しないロト」そう、返ってきた。何を言われたのかわからなくて、固まる。ロトムの言葉を反芻してやっと我に返り自分の目で確認しようと画面をタップした。信じられなかった。信じたくなかった。ツムギの番号を押す。程なくして……機械音声が流れた。
──この番号は現在使われていません。──
ショートメールは当然、送信しても返ってくる。メッセージアプリも削除したようで名前は表示されない。SNSはやっていないと言っていた。こちらから連絡を取る手段が残っていない。血の気が引いていくのが分かった。
頭の中は“なんで?”と“どうして?”で埋まる。それでも誰かしら知ってるはずだ、と諦めきれない自分がいた。ダンデやルリナにネズ。みんなに話さなかったことが裏目に出たと悔やむ。悔やんだって、どうにもならなかったけど……。
案の定、三人は……いや、ダンデの幼馴染もツムギのことは知らなかった。オレさまは一縷の望みに賭けてジムチャレンジの本部であるポケモンリーグへ駆け込んだ。あいつの名前と、ポケモンのパーティと、クリアしていたジムと。外見や服装さえ全て伝えて返答を待った。
待つこと数十分。本部のスタッフがオレさまを呼ぶ。告げられた内容は、昨夜ジムチャレンジの辞退を申請してきたこと。受理した際、当分ガラル地方を離れると言っていたこと。連絡手段は持っていかない、ということ。聞いた内容が、ぐるぐる脳内を回る。処理しきれなくて混乱した。未だに、なんで?と、どうして?は消えていない。
ツムギの実家へ行ってみよう、とも考えたがスタッフに見抜かれたようで、彼女の実家は教えられない。探し出そうとするのも良くない。君はジムチャレンジ中のトレーナーだろう?そう諭されて……、下を向いた。
昨夜は満天の星空を一緒に見上げていたのに。隣にツムギがいたのに。諦めたくなくて、もうガラルにいないと認めたくなくて……。まあ、荒れた。素行も態度も言葉も。全て投げやりなものになってしまって、チャンピオントーナメントすら投げ出しそうになっていた。そんなオレさまの前に現れたダンデが思い切り横っ面をぶん殴り、そこでようやく正気に戻った……と思う。たぶん。ちょっとこの辺は記憶が曖昧でな。ダンデの渾身の力で殴られたのが原因だよ、絶対。今となれば感謝も……してる、けどな。
ツムギがオレさまの前から……ガラル地方から消えたその後。ダンデが新チャンピオンとして王座に着いた。オレさまとルリナ、ネズは各々様々な経験を経た数年後、時期はズレつつもジムリーダーに就任。エンジンシティにはカブさんが戻ってきて、ヤローも新米のオレさまたちを支えてくれた。ポプラさんとメロンさんは厳しくも見守ってくれたし、同期の間では互いに喝を入れ続けていた。そうしてオレさまはオレさまとして少しずつ地に足がつき始めた。
そして、ある年のジムチャレンジ開催前のエキシビションマッチ。ダンデとオレさまのバトルが組まれた。エキシビションだろうがなんだろうがダンデを観客の前で倒せるまたとない機会。快諾した後、試合までのスケジュールを調整するためジムの事務所から宝物庫やスタジアムに居るリョウタたちを呼ぼうと席を立てば、デスクに置いたロトムが慌てて飛んで来る。
「ツムギの情報が、入ってきたロト!!」
耳を疑ったよ。数十年探していた人の名前をロトムが口にしたんだからな。だが、その言い方に疑問を持つ。ツムギの情報。どういうことだ?
ロトムへ詳細を尋ねると「他の機械から、ええと媒体から……ムムム、分かりやすく省きに省いて言えば別世界からの干渉……ってことロトね!」全く意味がわからない。
頭が肩に付くほど思い切り首を傾げた。
実際見て確かめるロト!と言われたが今すぐには確認できないらしい。ロトムが言うにはエキシビジョンマッチの時に見れるはず、とのことでその日を待った。
そして試合当日。ロトムに導かれるままバトル前のスタジアムを覗きに行く。そこにある大型モニターを見上げた。観客席を映すモニター。大勢の観客でスタジアムは満席だ。いくつかあるモニターの一つが目に入ると、息を飲んだ。オレさまは食い入るようにモニターへ釘付けになる。そこに……ツムギの姿があったから、だ。
当時の幼さはなく、優しげで大人な雰囲気を纏う女性になったツムギが確かにそこに居た。いくつ歳を重ねたとしても、ツムギの姿をオレさまが見間違うわけがない。
仕組みはわからない。何が起きてるのかも……わからない。さらに驚くことに、モニターに映るツムギはオレさまとロトムにしか見えていないらしい。リョウタにモニターに何が見えるか聞けば「大勢の観客が映っていますね。……珍しく緊張してるんですか、キバナさま?」と不思議そうな顔でそう答えが返ってきた。ついに自分の頭がおかしくなった?強めの幻覚では?そう思うくらいパニックだった。
混乱の中、エキシビションマッチが始まる。落ち着くために大きく深呼吸。頭を切り替えて目の前のダンデとのバトルに集中した。その結果は、惜しくもオレさまの負け。だがダンデの相棒、リザードンまで引きずり出したんだ。悔しさはあるが手応えもあった。……ツムギ、見ていてくれただろうか。オレさまを、覚えているだろうか。
オレさまから見て斜め上。少しだけ空を見上げるような角度で、ツムギの姿が視界に映る。楽しそうに笑い、真剣にバトルに挑み、愛おしそうにポケモンたちと接する。
ああ、ツムギだ。あの頃に出会った、ツムギ。
ジムバッジを三つ集めてナックルシティへやってきた時はかなり緊張した。オレさまに気づくのか、どういう反応を見せてくれるのか。そうして現れたツムギは、目の前のオレさまではなく一人の女の子を見つめていた。
ジムチャレンジャーの、ユウリ。そう、ツムギは彼女であり、彼女は……ツムギではない。
話をしたい。あの時何があったのか聞きたい。そこはどこなんだ?ガラル地方じゃないのか?なぜこちらにいない?この子、ユウリ……は、お前の何なわけ?全て口から出そうだった。けど、必死に自分の感情を押し留め、宝物庫の番人として対応した。
ダンデの幼馴染で博士のねーちゃんと宝物庫を眺めるその姿を、見つめた。ガラルの歴史。過去ガラルを襲った厄災。英雄の話。前回のジムチャレンジでもここへ来たのだろうか。
ツムギのこと、知ってるようで全然知らない自分に呆れる。それでよく探していた、なんて言えたもんだ。
ラテラルタウンへ向かおうと宝物庫を後にするツムギの後ろ姿。思わず手を掴んでしまった。
「なぁ。……ジムチャレンジ、楽しめてるか?」
突然尋ねられて戸惑っているのが手に取るようにわかる。そりゃ、困るよな。いきなり話しかけられても。首を傾げたツムギに苦笑する。
前回ジムチャレンジを途中で辞めたのは、このジムチャレンジの旅が楽しいと思えなかったからじゃないか?……これは本当に邪推がすぎるし、真相はツムギの中にしかないが、どうしても聞かずにはいられなかった。肯定も否定もせず、困惑顔のままな、ツムギ。
「また会いにきてくれると嬉しい」
オレさまが、会いたいから。ツムギに会いたい。これまでの話もしたい。今までのツムギの話を聞きたい。一人が無理なら……彼女、ユウリと一緒に。
手を離して見送った。どういう意味で声をかけられたのかわからなかったツムギは、オレさまの周りをチョロチョロ駆け回る。……可愛い。いやダメだ、反応してはダメだ。
……そういえば、ちゃんと名乗ったのに何も反応がなかったな?まさかオレさまの名前すら忘れてる、とか?マジかよ。……マジ、かよ……。ヘコんだ。残ってた仕事が手につかないくらいヘコんだ。おそらくこの予想は当たっているだろう。悲しい。
ツムギと久しぶりの再会は随分呆気ないものだった。返事が返ってこないのは寂しかったし、声を聞けなかったのも、同じく。きっとツムギはこの世界ではない、別の世界にいる。だからツムギの声はオレさまに聞こえないのかもしれない。なんて、突拍子もないことを考えた。そうやって、自分の心を守ろうとしたんだ。でも……この考えはなぜか腑に落ちてしまって。
バッジを五つ集めたツムギはナックルシティに近いワイルドエリアへ通い始めた。パーティの育成やキャンプでポケモンたちと触れ合っているようだった。そのため必然的にナックルシティのポケモンセンターへ回復をしに来る。
ジムリーダーがジムチャレンジャーに声をかけるのは別に珍しいことじゃない。だからオレさまはナックルシティへやって来るツムギに度々話しかけた。
……誰から貰ったのか知らないが、ポケモンのたまごを持っているのを見かけるとオレさまもあげたくてナックラーのたまごを手渡した。ちょっと、やり過ぎ?構いすぎてる?と、思わなくもない、が。どうしてもツムギの動向は気になる。
だってまた突然いなくなるんじゃないか。せっかく会えたのに、また。一切合切の痕跡を無くし姿を消したあの日。心臓を強く強く掴まれたような、心が凍るような……。そんな苦しい思いはもう二度としたくない。逃したく、ない。
だからオレさまはツムギがナックルシティに来るだび、目の前に現れ続けたんだ。
そんなある夜のワイルドエリア。
天気は晴れていて星もよく見えた。まるであの夜と同じような満天の星空。ワイルドエリアに異変がないか、夜空を飛んで巡回しているとツムギの姿を見つけた。どこにいても必ず見つけてしまう自分に笑う。
夜のワイルドエリアでのキャンプは危ないからポケモンセンターで過ごせよ!そう声をかけようとした。が、不穏なセリフを耳が拾ってしまった。
「最後のジム戦を終えたら、もうキバナさんとは会わないんだろうなぁ」
手足が、体が……冷えていく。唇まで震える。ジム戦を終えたら、もうオレさまとは会わない?……どうして。なんで?
我慢できずにフライゴンを急降下させてツムギの側へ降り立った。問い詰めもした。ツムギがオレさまの名前を呼んでくれるが、敬称を付けて呼ぶことに胸のざわつきが治らない。
「あの!キバナさん!“私”に向けて言ってるんですよね!?」
ここにツムギ以外は誰もいない。話しかけるのもツムギに向けて、だ。どこもおかしなところはない。ない、はずだった。違和感を指摘されたオレさまは少しずつ冷静になっていく。
ツムギに会うといつもオレさまから話しかけていた。だがツムギが返事を返してくれることはなかった。もちろん話しかけてくることもない。そう、ツムギはオレさまが“ユウリに話しかけている”と思っていた。そのことをオレさまもうっすら気づいていた。
ところが突然“ツムギ自身が呟いた言葉”にオレさまが反応を示した。だから驚いている?……ツムギから声をかけてくれるまでずっと我慢していたのに。余計な話をしないよう気をつけていたのに。盛大に……やらかした。
やらかしたものは仕方がない。オレさまは開き直って斜め上にいるツムギに話しかけた。
──以降の出来事は、ツムギも知る通りだ。
語りたいことは山のようにあるけど。知りたいのはオレさまがツムギを知っている理由……だもんな。オレさま個人の感情の話はこの辺で止めておく。
オレさまと一緒にジムチャレンジをしたツムギと、今この場で話をしているツムギは、同一人物だと思ってる。オレさまがツムギを知っている一番の大きな理由は、過去のお前のことを知っているから……だ。ツムギはあの時のツムギだ、って確信してる。
だから、ツムギも話してほしい。なぜガラル地方からいなくなったのか。どうしてジムチャレンジを辞めてしまったのか。そしてその後、どこに居たのか。
……話せる範囲でいい。ツムギから直接、話を聞きたい。
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