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 ──キバナさんは語るのを終え、私を見ている。
 キバナさんが私のことを知っているのは私の過去を知っているから。過去に出会った“ツムギ”と“私”が同一人物だと思っているから。だから躊躇いもなく話をしている、と。
 ……なるほど、なるほど。そういうことか。もっと動揺する理由なのかと思った……。実はどこからかこの部屋を監視していて、いつの間にか個人情報をも抜かれていた……とか。
 うん、なんとなくわかった。聞く前は緊張して構えていた心は今、落ち着いていた。
 確かにツッコミどころ満載ではある。

「キバナさん、はっきりお伝えしますね」
「お、おう?」
「私は確かにツムギです。ですが間違いなくキバナさんと出会ったツムギではありません」
「…………は?」

 は?というセリフのポップアップがワンテンポ遅れた。すごい、文字まで間の抜けた感じになるとは。いやぁ、相変わらずかがくのちからってすげー!

 今まで誰にも伝えたことがない話を、キバナさんは話してくれた。それなら私は応えるべきだ。あなたの知る“ツムギ”と“私”は別の人間だということを。

「まず、私はガラル地方で生まれ育っていません。この世に誕生してから今まで身近にポケモンがいたこともないです。……いえ、キバナさんが送ってくれたロトムが、初めて私の身近に現れたポケモンですね。後はジムチャレンジも過去に行っていませんし、キバナさんと出会った記憶もありません」

 キバナさんにとって“ツムギ”という人と大事な思い出があり、忘れられない過去になっている。そこに名前と見た目が似ている“私”が現れたから……。きっと勘違いしてしまったんだ。錯覚をも起こしてしまうのだろう。それほど、会いたい人なんだ。
 分かってしまった、知ってしまったからこそ、否定しなくては。
 キバナさんが探すべき人は、まだそちらの世界に居るのだから。

「たまたまロトムが同じ名前の私を見つけたんでしょう。似たような容姿で、雰囲気すら似ている。いくら二人が似ていると感じようとも、私はキバナさんが求めていた“ツムギさん”ではないんです。なぜなら、そちらの世界と私の世界は同じではないから。キバナさんが探すべき、会いたいと願っている“ツムギ”さんは確実にそちらにいます」

 そこまで言い切るとかなり微妙な空気が流れた。ああ、これは戸惑っている……か、混乱しているのかもしれない。自分の中の“ツムギ“を信じていたのに、ずっと会いたかった“ツムギさん”が私だと思っていたのに。それを真っ向から否定されたんだもんな。
 ……怒ってる、かな。

「……ツッコむより先に、否定から入ってすみません。ですが、こうして真実を伝えないとキバナさんは探すのを止めてしまうと思ったんです。そこまで想っているなら、こんなに強く想っているなら、きっと見つかりますよ。諦めないで頑張ってほしいです」

 話を聞いてもう一つわかったこと。キバナさんはツムギさんに恋している。好きで好きで、仕方ないんだとわかる。だから私相手に「妬く」とか「オレさまの」とか言葉にしてきたんだ。抑えてきた恋心が故に、発せられた言葉たちだった。
 “ツムギさん”はずっと忘れられないほど、熱烈に愛されているんだなぁ……。

「話してくださり、ありがとうございました。この話は誰にも言いません。キバナさんがツムギさんと出会う日まで胸に秘めます。……求めていた言葉じゃなくて、ごめんなさい」

 押し黙ったままのキバナさんに胸が痛む。
 ショック、だよね。探していた人じゃなかったんだ。

 ──ああ、あの時のキバナくんか。ナックルシティのジムリーダーにまでなったんだ。すごいね。ジムチャレンジ、何も言わずに辞めてごめん。急に姿を消してごめんね。こうしてまた会えて嬉しいよ。私を探し出してくれて、ありがとう。

 ……こんな返事を期待していたのかな。嘘でも、言えない。二人のことを何も知らない私が口にするのは間違ってる。そしてそれが嘘だと分かった時に傷つくのはキバナさんだ。
 そんなことは出来ない。この人に、キバナさんに嘘はつきたくない。

「……ツムギ、」
「……はい」
「オレさまのこと、覚えてない?」
「はい。ユウリちゃんを通して初めてあなたを知りました。あなたとの過去は、ありません」
「一緒に、流星群、見た……よな」
「すみません、一緒に見たのは私じゃないです。そんなに綺麗な流星群、だったんですね……」
「パーティ、変わってないじゃん……」
「好きなポケモンが同じだったんですよ」

 嘘はつきたくない。本当の気持ちだ。でも、本当のことを口にするのも……かなりキツい。キバナさんの心を確実に抉っていると理解してるから。

「ツムギさんのこと、好きなんですね」
「…………ああ、好きだ」
「ご本人を見つけたら私にしてきたこと、話しちゃダメですよ?笑い話になればいいですけど、喧嘩になったら困るのはキバナさんですからね?」
「……会いたい」
「……」
「ツムギに、会いたい……」

 オレンジ色のバンダナを深く下げた。
 初めて出会った時。ジムチャレンジ中やナックルシティでの出来事。ワイルドエリアでのキャンプ、ロトムをこちらに送ってきたこと。電話越しでも守ってくれようとしたこと。キバナさんは……いつも優しかった。ずっと見守って、寄り添うように側にいてくれた。

 私のことを想い人だと思っていたから。
 ツムギさんだと信じていたから、私を気にかけてくれていた。
 ──でも、それももう。必要ないよね。

 傷ついているのはキバナさんだ。私じゃない。……私が傷つくのは間違ってる。
 胸が痛いのは気のせいだ。芽生えそうだった何かは、今すぐ摘んでしまおう。私が持っていい感情じゃない。……私は、“ツムギさん”じゃない。

「……私、ジムチャレンジを辞めます」

 キバナさんの胸の内をも知ってしまった。それなのに、このまま何事もなかったようにストーリーを進められる?……できるわけがない。
 私からではわからないけど、キバナさんには私の姿が見えてしまっている。それなら、このポケモンソードはもうプレイできない。自分の想い人と姿や名前が似ている奴なんて視界に入れたくないでしょう?これ以上、嫌な思いはしてほしくない。

 見守ってくれた優しいキバナさん。そんな彼に私が出来る唯一の、精一杯の……恩返し。

「ロトムもお返ししますね。電話番号も消します。キバナさんも私の情報は消してください」
「……お前まで、いなくなるのかよ」
「……私は、私です。ツムギさんにはなれません。だからもう、会わない方がいいんです」
「逃げるのか」
「そう、ですね。……逃げます」
「ツムギ、」

 私であって、私ではない名前。画面上の文字でも違うとわかる。……わかってしまう。

「……なぁ、ツムギ!」

 返事はしない。できない。

「っ、オレはお前を、呼んでるんだ!!」
「キバナさん。キバナさんが呼んでいるのは私じゃありませんよ。あなたが探し出して呼ばなきゃいけないのは、あなたの世界のツムギさんです」
「違う、オレは、ツムギを……っ!」

 こんなにも想われているツムギさんが羨ましいな。
 私にも現れてほしい。キバナさんみたいに、一途に真っ直ぐ想ってくれる……素敵な人。

「キバナさんに出会えて、よかったです。初めは不可解なことばかり起こってわけが分からなかったんですけど、他愛もないやり取りや私の知らないポケモンの話を聞かせてもらえて……本当に楽しかったです。キバナさんの貴重な時間を私に割いてしまったことは申し訳ない限り、ですが……。遠く、えっと、例え次元が違うとしても!……遠くからキバナさんを応援しています。ダンデさんに勝ってくださいね!」

 声が震えてきた。はは、おかしいなぁ。私が泣くのはお門違いもいいところ、じゃない?
 泣きたいのはキバナさんの方だ。ぎゅっと瞼を閉じた。強く強く。
 こぼれないように、溢れないように。……流さないように。

 そうして、瞼を上げて。

「キバナさん」

 優しい優しい、ドラゴンの名前を呼ぶ。

 顔はバンダナに隠れてしまっていた。下げた頭も相まって、沈みに沈んでいるとよくわかる。撫でてあげたくなる。ヨシヨシ、って。そうしたらいつもの可愛いワンパチスマイルを見せてくれるのかな。……なんて、もう触れることはできない。起こり得ない、ね。

「あなたの好きな人、必ず見つけてくださいね」

 ──さようなら。

 私を知っている、あなた。


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