幕間の話

 ある時から現れたオレさまの視界の斜め上。空を見上げるように映っていたポケモンを愛する彼女は、──オレさまが知るツムギでは、なかった。


◇ ◇ ◇


 あの日から二週間が経つ。
 いつまでも沈んではいられないと目から流れるものを拭い捨て、奮い立たせるようにジムの業務やジムリーダーとしての職務、宝物庫の番人として外部との対応。ワイルドエリアの巡回、ジムリーダーを含む新チャンピオンとの会合。日々忙しなく過ごしていた。

 新チャンピオン。それは……、ユウリ。ツムギと一緒に旅をしていた女の子がトーナメントを制しチャンピオンの座に着いた。年端もいかない少女が無敗のダンデを地に降ろしたんだ。
 新チャンピオンが生まれ、ガラル地方はまた盛り上がるだろう。だが、まだまだ経験が乏しい若者を、オレさまたちジムリーダーが支えなければならない。

 今まで通り、いやそれ以上に気合いを入れてこなしてきた。そうしてようやく、オレさまの日常は戻ってきた。戻ってきた、はずだった。

「キバナくん、明らかに体調悪いわよね」
「あんたが体調管理疎かにするなんて珍しいじゃない。まーたしょうもないことでウジウジ悩んでるんでしょ」
「ダンデに勝てないのは今さら。それも身に染みてるだろうに。全く、お前のためにわざわざ招集に応じたオレの身にもなってほしいもんだね」
「ネズさん、もう少しオブラートに……」
「後で新鮮な野菜、たくさん持っていくわ」
「キバナくん、無理をしてはいけないよ」

 ……心配、させて……?る?心配してるかこれ?メロンさんにカブさん、ヤローと、ギリマクワくらいでは?別に心配してほしいわけじゃないんだけど、さ。
 サイトウとオニオンはリアクションに困ってなんだか慌ててるし。ルリナとネズは喧嘩売ってくるし。遠慮なく買うぞ。大人しく座っている……もはや素知らぬ顔を貫くビートとマリィを見習え先輩ども。無駄に煽ってくるな。
 そんで、召集かけたはずのダンデはどこだよ?いないじゃん。ここへ辿り着けるのか?

『──闇雲にダンデさんを探すより、リザードンを探した方が早そうですね。ふふっ、困ってそうですし電話してあげてください』

 ……ぐっ、イマジナリーツムギが脳内で囁く。
 やめろ抉るな。オレさまの涙腺を揺らすんじゃない。あの困ったような癒される笑顔が見たい、なんて思ってない。ググッと眉間に皺を寄せて一度机に突っ伏す。
 ──大丈夫、オレさまは大丈夫だ。
 この個性溢れまくるジムリーダーたちと今後のジムチャレンジについて話さなくては。新チャンピオンもダンデもいないけど。新チャンピオンは多忙でスケジュール調整が難しい。と、理解している。少しでも顔を出してくれたなら取りまとめた物を渡して、説明はオレさまからすればいい。

 ダンデ!お前、お前はちゃんと来い!どこでなにしてんだ!連絡しろ!!こっちから連絡してくるだろうとかいう甘えた考えは捨てろ!!お前はなあ、確定で!!迷子になるんだよ!道草食うのもいい加減にしろ!!

 怒りでスーーーーッと頭が冷えていく。血がのぼるほどの怒りは限界を超えると冷えていくわけだ。ウケる。怒りをぶつける相手がいるってのは良いことだな。
 後で覚えてろこの方向音痴のバトル馬鹿!!

 スッ、と突っ伏した頭を上げる。オレさまたちで諸々決めちまおう。ホワイトボードの前へ進み出る。さっさと会議を始めようとマーカーを手にした。すると、

「おっ回復した?」「最近のキバナ情緒不安定すぎない?」「よく見ると目の下の隈が酷いですね」「シャキッとせんね」「栄養が不足しとるんだろうねぇ」「トップジムリーダーの名が泣きますよ」「キバナくん、ボードが裏返しのままだよ!」「頑張ってくださいキバナさん」

……なんて好き勝手言われる始末。が、頑張ってやるよ!全員、協力よろしくな!
 支えられ激励も受けながら、ジムリーダーとしての業務をこなした。


 夜のワイルドエリア。フライゴンに乗り数時間かけて見回る。まず、キャンプをしているトレーナーたちに声をかけ適正レベルのポケモンを有しているかを確認する。ワイルドエリアを舐めていたら普通に死ぬ。シンプルに自然の猛威にやられることもあるし、強い個体のポケモンに襲われてそのまま……ということもある。実際、後者の割合が圧倒的に多い。ただでさえ夜に活動するポケモンは厄介な奴らばかりだ。エンジンシティ側から来た、若葉が取れた新人トレーナーは特に気にかけたいところ。
 しばらく飛んでいると雨が降り始めた。

 スコールかと思うほどの急な豪雨。急ぎ、雨宿りできる大きな木の下へ避難する。フライゴンが身を震わせ羽や体についた雨の飛沫を飛ばす。隣にいたオレさまは、無言でその水飛沫を全身で受ける。……ん。いいのいいの。オレさまはタオルを持参してるから。タオルももうビッシャビシャに濡れてるけど。フライゴンが気持ち悪く思ってる方がオレさまも嫌だからさ。ほらよく言うだろ?水も滴る良い男、ってよ。……ははは……。

 ──ロトロトロト!

 雨露を払っているとスマホロトムの声。心臓が跳ねた。
 ……違う。ツムギじゃない。こんな夜遅くに連絡してくることはない。いや、それ以前に……もう、彼女に連絡する手段は残っていない。

「……どうした、誰からだロトム?」
「大変ロト!キバナ、ツムギに送ったロトムが帰ってきたロト!」
「ツムギに、送った……ロトム」

 あの日、ツムギの顔を見ることなく別れてしまった後。ツムギの電話番号はすぐに消した。
 ロトムをこっちに送ると言っていたが、こちらがツムギの番号を先に消せばロトムを送り返せないと考えたからだ。ロトムが代わりに守ってくれるといい。オレさまの盛大な勘違い、で、傷つけてしまった彼女を……守ってほしかった。干渉はもうしない。出来ない、から。せめて……せめてツムギの心に寄り添えるであろう賢いロトムを側に置いてほしい。ロトムなら、ツムギを傷つけはしないだろう。守ってくれるだろう。

「キバナ!聞いてるロト!?」
「……ああ。聞いてる。悪い。ここに呼び出せるか?」
「もちろんロト!出てきていいロ!」

 ポン、と現れた一匹のロトム。
 持ち主の名前はツムギ。間違いなく彼女の、ロトムだ。

「よ。元気だったか?……どうして、こっちに戻って来れた?」
「ボクは戻ってきたくてここに来たわけじゃないロト!ロトムはずっとツムギだけのロトムロト!ツムギのために、ボクは!……ばかばか!キバナのばぁぁぁぁか!!」

 の、罵られている。すごい勢いで。
 ロトムに事情を聞こうにもだいぶ興奮していた。なんなの。
 ……だが、その興奮ぶりに、胸騒ぎを覚える。

「なぁ、彼女は?ツムギは……どうしてる。戻ってきたくてきたわけじゃないなら、なんで戻ってきた?ツムギのため、ってどういうことだ!?ツムギに何か起こったのか!?」
「呼んだ、ロ」
「呼んだ……?」
「キバナの名前を、呼んだロト」
「……オレさまの名前を?っ、だからなんで!」

 嫌な想像をしてしまう。ロトムで対応できなかったこと。ツムギの身に何かが起こっていること。そしてツムギが、オレさまの、オレの名前を……呼んでいる。
 つまりそれって、助けを求めている……ということではないか?

「ツムギが呼んだから……ツムギを助けられるのはキバナだと思ったから、ボクは戻ってきたロト!ツムギを助けてほしいロト!」
「……ああ、助けたい。側に行けるものなら今すぐに。でもな、ロトム。ツムギはこの世界にいないんだ。ロトムは電子空間を行き来できるが、人間は……」
「いるロト!この世界に!!」
「…………はぁ?」
「えっと、えっと!イッシュ地方の!」
「まさか、ブルーベリー学園?」
「そうロト!……なんで知ってるロト!?」

 イッシュ地方の、ブルーベリー学園。ツムギから聞いたことがある。その学園を知った後、オレさまも個人的に調べてみた。島の大部分が海中に作られた人工島で、テラリウムドームと呼ばれる空間にテラリウムコア、ってのを有している。そのテラリウムコアが存在することでパルデア地方特有のテラスタル現象を発現可能にしている……と。教育機関ではあるが、ポケモンバトルにも力を入れていて、珍しくダブルバトルが盛んな学校……だったか。
 で、そこにツムギがいる、と?さらにオレを呼んでる?そもそもツムギがいたのはポケモンが存在しない世界で、もっと言えば次元すら……違ってて。高く手を伸ばしても絶対に掴むことができない世界。触れられない世界。
 ……いや、ごちゃごちゃ考えるのは後でいい。

「行かねぇと、」

 呼んでいる。ツムギが、……オレのことを。

『キバナさん』

 ツムギは、オレが探していたツムギじゃない。でも、オレは彼女を知っている。優しい彼女を、知っている。オレと会話できることに驚き、戸惑いながらもロトムを受け入れてくれた。何度負けても逃げ出すことなく、オレに挑んできた。他愛のないオレの話を真剣に、笑いながら、時に楽しげに聞いてくれた。そして……この世界にいるツムギの存在を否定することなく、オレの希望も捨てさせないために、言葉を尽くしてくれた。
 そんな彼女を、助けたい。他の誰でもない、オレ自身の手で。

「話は!聞かせてもらったぜ、キバナ!!」

 バッサァ!!と突如上空から人が現れた。リザードンの背に跨る、バトルタワーのオーナー。

「なっ!?なんでダンデがここにいるんだよ!?」
「雨が降り止んだし自宅へ帰ろうとリザードンとワイルドエリアを飛んでいたら、ここから大きな声が聞こえてな。盗み聞きは良くないと思ったが……、すまん!上空からでもほとんど聞こえてしまったぜ!何やら込み入った事情があるみたいだな?」
「ああ。イッシュ地方に助けたい人がいる」
「イッシュ地方、か。遠いな」
「だが行けない距離じゃない。今なら届く、掴めるんだ。オレ自身で助けに行きたい……!」
「キバナ」
「…………なんだよ」
「オレさま、だろ?」
「ぐぅぅうるせぇぇぇぇ!!切羽詰まってんのがわかんねーのか、この方向音痴野郎!!」
「む!今それとこれは関係ないぜ!?」
「何しに来たんだお前はよォ!オレさま気が立ってんの!茶化すなら帰れ!!」
「茶化す?オレがきみを?そんなことはしない。行ってくるといい。今すぐに、とはいかないが。向かうにも手配や準備が必要だろう?……まさか、フライゴンに飛んで行ってもらう……なんて無茶な真似をさせるわけ、ないよな?」

 ダンデが至極まともなことを言ってる気がする。えっ、こいつ本当にダンデ?この辺りにゾロアーク生息してたっけ?
 目を瞬かせているとダンデは笑い声をあげる。

「落ち着けキバナ!大丈夫だ、オレが……いいや!きみにはガラルのみんながついてるだろう?まずは自宅に帰って準備をするといいぜ、移動の手配とイッシュ地方への連絡はオレが。キバナが向かう現地のことはユウリくんにも尋ねるといい。彼女ならきっと何か良い案を提示してくれるだろう。その他のきみの業務関係は……、ははは!どうとでもなるさ!」

 快活に笑うダンデ。目頭が熱くなる。本当に、この男は。
 ガシッ!と強めに肩を掴んだ。

「恩に着る」
「気にするな。きみの行動に異を唱える者はいないぜ。助けたい人を連れて、必ずここに戻るとわかっているからな!」
「これ以上泣かすなよ〜〜〜〜!」
「キバナでも泣き顔はまぁまぁ汚いんだな」
「お前ェ!……帰ってきたら砂まみれにしてやる」
「それは楽しみだ!全部、吹き飛ばすぜ!」

 ニッと笑みを浮かべるダンデにもう一度礼を言う。オレさまのライバルは器が大きい。全く適わねぇよ。……まぁバトルでは負かすけど!?絶対!負かすけど!!
 ツムギのロトムはロトムフォンに入っててもらい、フライゴンをひと撫でしてから背中へ乗る。ふりゃりゃ!と気合いの鳴き声をひとつ。こちらの相棒も頼もしい限りだ。

 豪雨を降らせた雲はすでに消え失せ、空は見事に晴れていた。ガラルの夜空に星が煌めく。掴めない星に手を伸ばす。届かなくても叶わなくても、伸ばした手は降ろさない。

 いつかこの手に掴む……その日まで。


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