名前を呼ばないと出られない
(女夢主/酒場の店員、年下/赤髪が常連)
(赤髪視点)
「どこだ、ここは」
顔馴染みの酒場、毎回同じ席で、いつもの時間に、大好きな酒を飲んでいた。
ただ、それだけだったはず。
おれはいつの間に眠っちまったんだ?
出された酒に違和感はなかった。
周りの客にも不審な動きはなかった。
何がおれの身に起こっているのか。
正方形の白い部屋。
窓はなく、扉がひとつ。部屋の中央に違和感しかないベッドが置いてある。
それ以外は特に何もない。
なんだ、そのベッドで寝ろってか?
そりゃあベンにバレて怒鳴られねェなら寝たい。…残念ながら怒られる未来しか見えないのが悲しいところだが。
さて、どうしたもんか。
顎の髭を触りながら悩む。
怪我はしていない、拘束物もない。
愛刀は…持ってきていなかった。
ひとまず扉を調べるために立ち上がる。
なんの変哲もないただの扉。ということは、物理的に破壊出来る可能性が高い。
ドアノブはあからさまに怪しいので触ることはしない。危険は避けるに限る。
足に力を込めて思い切り蹴りつけるが
全く手応えがない。
蹴る感覚も、当たる感触も、何も。
と、なると。可能性としては…。
「悪魔の実の能力、か」
待て待て、よく思い出せ。
おれは酒場で誰といた?何を話した?
店員はモカちゃんがいた。
いつも酒を出してくれるモカちゃんが。
今日も声をかけて、話をした。
本当に他愛ない話だったと思う。
二人で話をしていたら…あァ、そうだ。
誰かに話しかけられた。…誰にだ?
「ん…」
おれ以外の声が耳に届いて身構える。
ベッドの方から?
起き上がった人を見て驚いた。
「モカ、ちゃん?」
「…あれ?赤髪のお兄さん?」
酒場の店員のモカちゃんがいた。
なんだこれ、どういうことだ??
心の底からわけがわからねェ。
「ここはどこ、ですか?」
「おれもわかんなくて困ってる所だ」
「ええ…?あっ、そういえば!赤髪のお兄さん、大丈夫でしたか!?」
「大丈夫、って」
「ほら!小さな男の子が近づいてきて、握手を求められてたじゃないですか!手を握った瞬間に、倒れたんですよ!?」
「小さな男の子…」
記憶を手繰り寄せるが、思い出せない。
しかし、その子どもが能力者であるということは明白だ。なるほど、気を抜いてしまうわけだ。恐らく外見が子どもに見えるだけで、中身は別物だろう。
どっこいしょ、とベッドの端に座る。
するとモカちゃんは離れていく。
…そんな、あからさまに避けなくても。
あぁそうか。おれは海賊だった。
警戒するのは当たり前だな。
「そこの扉から、出られないんですか?」
「んー、開かなかったんだよなァ」
「赤髪のお兄さんの力でも、ですか」
「だっはっは!四皇なんて大層な名で呼ばれてるのに力及ばずで申し訳ねェ!」
「笑いごとではありませんよね!?」
「はぁ、一人じゃねェって分かって気が抜けたわ。ちょっと寝ていい?」
「ダメです!!出ましょう!」
言葉に力がこもってるな。
おれも出たいのは山々なんだが…、物理的にやってもダメなら覇気でどうにかなるとも思えなくて、こうなりゃのんびり過ごしたくなってきたのも正直なところ。
アレだ、ベンにバレなさそうで良いな。
そわそわと居心地悪そうにしているモカちゃん。おじさんこう見えて怖くないよ〜?
…いや、まぁ、怖ェか。
モカちゃんは突然立ち上がり、迷うことなく扉へ向かって行く。触るな、と声をかける間もなくドアノブに手をかけた。
ガチャガチャと捻る音が鳴り響く。
どうやら、開かないようだ。
モカちゃんにも何も変化はない。
怪我がなくて良かった。
「勇気あるなぁ!」
「なんなんですか!この部屋は!?」
「まぁまぁ、落ち着け落ち着け」
「赤髪のお兄さんはなんでそんなに落ち着いてるんです!?怖くないんですか!」
「怖くはねェなァ」
「私は…っ、怖いです…!!」
足が震えていた。
涙も堪えているようにも見える。
得体の知れない狭い部屋に、図体のデカい男…それも海賊の船長と二人きり。
怖くないわけがない…か。
「すまん、おれが悪かった。なんとかしてみるから、モカちゃんはベッドに座ってな?」
近づけば、離れていく。
…おお、これは地味に傷つく。
仕方がない。身から出た錆ってヤツだ。
おれもドアノブを触ってみるが、開く様子はない。無理に扱えば壊れるかもな。
うーん、と再び顎に手をやり悩む。
何かいい案はねェかな?
そんな時。
ひらりと一枚の紙が頭に落ちてきた。
なんだこれ。摘んでそれを見てると。
【名前を呼ばないと出られない部屋】
その一文だけが書いてある。
意味がわからん。
「モカちゃん」
「は…はい?」
ドアノブを捻る。開かない。
いやいやいや、どういうことだ。
今、確かに名前を呼んだよな??
“ちゃん”が付いたからか?
「…モカ」
「っ!!な…ななななんですか…」
もう一度ドアノブを捻る。開かない。
「???」
「あの、赤髪のお兄さん…?」
呼ばれて振り返る。
あぁー、なるほど。分かってしまった。
モカちゃんもおれの名前を呼ばないとダメっぽいな。なるほど。ふざけてやがる。
紙を見せようと近づく。
そうするとモカちゃんはそのぶん離れる。
思わず苦笑いがこぼれてしまった。
ま、警戒心が強いのは良いことだ。
ベッドの上に置いて、離れる。紙を取ったのを確認してもう一度話しかければ。
めちゃくちゃ目が泳いで顔も赤く染まる。
思っていた反応と違うな?
青ざめるとさえ思っていたが。
「これ、なんですか…?」
「多分そのまんまの意味だと思うが」
「もしかして、私も赤髪のお兄さんの名前を呼ばないといけない…とか?」
「理解が早くて助かるな!」
「む…!無理です!無理ですよ!!」
「呼ぶだけで開くかもしれねェのに?」
早くここから出ておれから離れたいんじゃないのか?首を傾げるとさらに顔を赤くするモカちゃん。なんでそこで赤くなる…?
…っ!おいおい、まさか。嘘だろ。
おれの勘の良さがにくい。
そして結構おれの勘は当たる。
つまり。
「おれの名前は知ってるか?」
「…もちろん、存じ上げてます」
「いつもおれに酒を出してくれるもんな」
「それは偶然で、提供も仕事ですし」
「逃げるのはおれが嫌いだからだろ?」
「嫌いじゃないです!」
「…へぇ」
しまった、という表情を浮かべる。
あーあー。からかってしまいそうだ。
おれの悪いくせが出てしまう前に、とっとと名前を呼んでもらおう。
大股で歩いてモカちゃんとの距離を縮める。その間、逃げるように離れようとするが、この部屋は正方形。
歩き方ひとつで簡単に追い詰めることが出来る。大柄なおれには造作もない。
追いやられたモカちゃんは部屋の角に背中をつけてへたり込み、肩を震わせている。
怖いのが半分、期待が半分…だといい。
体を折って彼女の耳元まで近づく。
「モカ」
「っ!!あ、赤髪のお兄さ…」
「おれの名前を、呼んでほしい」
頼むよ、モカ。
ふっ、と息を吹きかければ、それはそれはバギーの鼻も負けてしまうほどにモカちゃんは顔を赤く染めた。期待通りの反応を見れて、満足満足。
…満足してる場合じゃない。
もう一押し、必要だろう。
「おれは“赤髪のお兄さん”って名前じゃねェよ?モカの口から、それを聞きてェ」
嫌か?
目を逸らせないよう、頬に手を添える。
戸惑う瞳がなんとも可愛い。
さぁ、呼んでくれ。おれの名前を。
「し、シャン、クス…」
「ん?なんて?」
「絶対聞こえてますよね…!?」
「モカ、おれを呼べよ」
「〜〜〜っ、シャンクス!」
ガチャリ、鍵が外れる音が聞こえた。
これで外へ出られるはずだ。
しかし、なんてたちの悪い能力を持っているのか。まだ島内にいるかもしれねェ、とっ捕まえてお灸を据えてやろう。
おれはちょっと、怒っているぞ。
「ありがとな、モカちゃん」
「う、う"うぅ〜!」
「怖かったか?ごめんな、許してくれなくていい。…でも、忘れないでほしい」
俺は、シャンクスだ。
赤髪のお兄さんじゃねェ、ってことを。
涙を零す瞳に唇を寄せる。
せめてここを出るまでは、想っていてほしい。…なんてな。我ながら性格が悪い。
片腕で抱き上げて部屋を後にする。
抵抗しているが、全く問題なし。
酒場まで一度も降ろすことなく、モカちゃんを送り届けた。降ろした瞬間、力強いビンタが飛んできたのは、自業自得…だよなァ。
頬をさすりながら、酒場から出た。
そこから出てすぐにベンやヤソップ達と合流できたのは幸いだった。敵の姿や能力を伝えて他のクルーに号令を出す。
女の子の淡い恋心を利用したおれは最低の男だ。その最低なことをしたおれが出来る、彼女へのせめてもの罪滅ぼし。
おれから逃げられると思うなよ…!
名前を呼ばないと出られない部屋
気に入ってたんだ、あの酒場も。
…あの子も。
Fin.
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